あさ川進の、宗教と私

浄土真宗親鸞会に所属しながらアウトサイダーだった私(現在は会員でなくなりました)が、宗教(浄土真宗親鸞会)との付き合い方を考えつつ書いている更新頻度が低いブログ(この説明も暫定です)リンクフリーです。なお、投稿文を受け付けております。「【投稿文】」と書かれている記事は、頂いた投稿文です。

2013年10月

先にお知らせしていた通りですが、明日の二千畳講演にはご縁がありません。来週も残念ながらご縁がありません。


55周年の話が土曜の午前で止まっていますが、さすがに記念行事ですので、だいぶ伸ばし伸ばしになってはいますが書いていきたいとは思います。といいつつ、今日も違うことを書きます。
 

以前に少し触れましたが、私の地元の会館で、蓮如上人に倣って一週間の報恩講をしようということになっています。そこでの信心の沙汰に私も少し参加しようと思っております。

その信心の沙汰のネタとしては、おそらく直近のご法話なり講演なりの内容がメインになるのではないかと思っているのですが、せっかくなので自分の頭の中も整理して話が出来ればなと思っていたところです。 


学生時代は、ものすごく教義に拘っていろいろと読みあさっていたものですが、ここ数年はそういう気持ちがものすごく薄くなって、このブログを読まれてもお気づきのように、今の私はほとんど私は教義に触れていません。これは私自身の味わいの問題でもあるのですが、皆さんからご覧になると「一文不知」にどん座っているように見えるかも知れません。 


そんな私でも、親鸞会の話を聞いていて首が90度になるくらい傾いているわけですが、そういった内容のうちいくつかを信心の沙汰のネタとしてみたいなと思っていたわけです。その覚えとして、ブログのネタも書こうかと思っていたのはここだけの話です。


ちょうど、飛雲氏が三願転入について書かれていて、私も三願転入の解説で学生時代から不思議に思っていたことがあったので、近々それをネタにブログを書こうと思っていたところ、ちょうどその内容を飛雲氏が書かれていました。


これ


実際に飛雲氏が書きたかった内容と、私が思っている内容が同じかどうかは分かりませんが、私が思っていたのは、大略以下の内容です。



親鸞会でよく話をされる三願転入の話は、19願→20願→18願 の道程を通ります。
この最初の19願には、もともと入っているという話の展開の場合もありますし、最初は19願にも入っていないという意味合いで話がある場合もありますが、最近は「19願の軌道に乗る」という話を聞きますので、そういう意味では「まず19願に入りましょう」という意味合いなのだと思います。


ここをもって愚禿釈の鸞、論主の解義を仰ぎ、宗師の勧化によりて、久しく万行諸善の仮門を出でて、永く双樹林下の往生を離れ、善本徳本の真門に回入して、ひとえに難思往生の心を発しき。しかるに、今特に方便の真門を出でて、選択の願海に転入し、すみやかに難思往生の心を離れて、難思議往生を遂げんと欲す。果遂の誓、まことに由あるかな。


ここで、三願転入のご文を見ますと、19願にあたる「万行諸善の仮門」「双樹林下の往生」については「出でて」「離れ」と言われています。


「久しく万行諸善の仮門を出でて」というのは、「19願に長くいた」ということだという説明を聞いたことがあります。出たのはそこにいたから出たのでしょうが、出たからと言って皆がそこにいなければならない、というのは違う話だと思います。


社会に出てから入会された会員さんの中には、他の宗教団体に所属していらした方もそれなりに見られます。

そのような方が体験発表をされると、だいたいは、


「親鸞会で教えを聞いて、○○(もといた宗教団体)の教えの間違いを知らされ、きっぱりやめました」
(もっとも、教えすら無いという話をされる場合もありますが)


といった話をされます。


その方が、とある宗教団体の間違いを知らされたのも事実でしょうし、現在親鸞会で喜ばれているのも事実でしょう。ただ、だからといって、「間違いを知らされるために」○○という宗教団体への入信を勧めていることになるのでしょうか。


この話は個人的な体験談で、親鸞聖人の三願転入は全人類共通の体験だ、ということかもしれません。
そういう目で見ても、親鸞聖人は三願転入で19願を「出た」「離れた」と仰っているだけですから、19願については「出る」「離れる」ことに力を入れるのが親鸞聖人の趣旨だと思います。
 


大略、こんな内容でした。論旨は飛雲氏の内容がすっきりしていると思います。


こういう話をすると、なんとなくレスポンスがループするのだろうということを想像をしてます。 

私としては、つくべき縁あって親鸞会にいるわけであって、離れるべき縁があって追い出されたらそれはそれで結構です。今は追い出されてないので親鸞会に居続けているわけです。 

先週の土日は仕事、今週末の富山もご縁が無く、来月のご法話もご縁が無い予定ですので、しばらく間隔が空きます。55周年の話の続きを書こうと思ったのですが、長くなってしばらく更新間隔が空きそうですので、今回は別のことを書きます。


55周年で顕正新聞を受け取っていて、軽く目を通してはいたのですが、今のところ10月15日号に言及した記事は無さそうです。そんなわけで少し触れたいと思います。


10月15日号のメインは、関西西宮会館落慶の記事でした。10月1日号の埼玉熊谷会館落慶特集は7面使った大々的なものでしたが、この関西会館も7面の特集が組まれていました。


熊谷会館は平屋でしたが、関西会館はなかなかにモダーンなビルのようでありました。 
関東と関西で、なかなか好対照です。


熊谷会館は、関東の中でも「同朋の里」という位置づけなので、東京の皆さん中心に都内にもという望みがあるのだと思いますが、とあるブログにあったコメントによると、関西会館もメインの位置づけでは無いようでした。
埼玉熊谷会館の通称が熊谷会館であるので、関東の代表は別にありそうな雰囲気を醸し出しているのですが、関西西宮会館の通称は関西会館だそうですので、「関西のメインの会館」ができたらどういう名前になるのか興味があります。
 

顕正新聞にも特集されてましたし、55周年最後のビデオではさらに多く紹介されていたのですが、年内落慶予定のものも含めて、いわゆる「芳野作戦」でつくられた会館は今までに25カ所に上るそうです。先回紹介した名古屋の会館は年内落慶予定ではなく、他の会館もいくつか予定があるようなので、実に30カ所以上の会館ができることになっています。


55周年のスローガンに、

「湧き出ずる」

と表現されたように、各地に会館が建っていますが、自然発生したわけでは無いのでやはり「勿体なや」だと思います。 


あと、法友通信では、9/22の二千畳講演についての手紙が紹介されてました。私はご縁がありませんでしたのでよく分からないのですが、手紙を見る限りは皆さん「善知識」に触れられていましたので、話の中で「善知識」が結構強調されたのではないかと推測しています。 

個人的には、五重の義は善知識を強調する内容ではないと味わっておりますが。 

皆さんにとってはどうでも良いのですが、個人的に最近は各方面で慌ただしくなってきました。明日からは静岡に行くので数日間は(たぶん)更新できません。(コメントのお返事も微妙)
実は書きたいこともあったのですが、取り急ぎは55周年でどういうお話があったのか、それをあさ川はどう聞いたのか、といったところの需要がありそうな、そんな気がしましたので、取り急ぎ土曜の午前だけ書いておきます。


ただ、話の内容を整理している余裕がなかったので、基本的に「このように聞こえた」という内容をつらつら書いています。端折った部分もありますが、聞こえたままの文章のところも多いため、若干読みにくいかも知れませんがご承知おき下さい。

ついでにいいますと、推敲もしてません。誤字脱字等ございましたら、お知らせ頂けると有り難いです。


=====

親鸞聖人のご恩に報いる報恩講。親鸞聖人のご恩に報いるには、私たちは何をすべきか。親の恩に報いるには、親が一番喜ぶことをすれば良い。親鸞聖人の一番喜ばれることをしなければ報恩講にならない。

親鸞聖人が一番喜ばれることとは、私たちがどうすることか。親鸞聖人が90年の生涯、ただ一つ教えられたことがあり、それを実行するということ。親鸞聖人の一生涯教えていかれたこととは何か。

平生業成 ということ。

親鸞聖人の生涯教えていかれたことを漢字4字で教えられた言葉。親鸞聖人から出た言葉。


平生=達者な時、生きている時、死んでからではない。親鸞聖人は平生のことを教えられた方。
業=大事業。何のために生まれてきたのか。
   ただ食って寝て起きて、では死ぬために生きていることになる。
   親鸞聖人は、大事業を完成するために生きているのだ、と言われている。
成=完成


これ一つ果たすために人間に生まれてきたということが全人類にある。
人それぞれではなく、全人類共通の生まれてきた目的がある。それを親鸞聖人は「業」と言われた。
まさに人間出世の本懐。
秀吉や松下幸之助のやったようなことではない。秀吉はあれだけのことをやったが、
臨終には「夢のまた夢」と泣いて死んでいった。人間出世の本懐とは、夢のように消えていくようなものの
ために生きているのではない。
これ一つ果たしたら、生きて良し、死んで良し、そういう大事業がある。殆どの人が知らないこと
そういうことを親鸞聖人はハッキリ教えられた。 

そして、それが平生に完成する、達成すると教えられた。だから今日親鸞聖人は世界の光と言われている。
その親鸞聖人の教えを平生業成という。

 
全人類の人間に生まれてきた目的、共通の目的、今日の言葉で絶対の幸福ともいえる。

すべての人は幸福を求めて生きている。これに異論のある人はいない。不幸を目的に生きている人はいない。
そのために政治も経済も芸術もスポーツも倫理も道徳もあるから幸福を目的としている。
しかしどんな幸福でも、秀吉のやったように必ず消えてしまうようなもの。そういう儚い幸福ではなく、絶対に変わらない幸福こそ、すべての人の求めている究極的なもの。
そういう絶対の幸福になることが、全人類が生まれてきた目的、大事業だと教えられたのが親鸞聖人。
それが死んでからではない、平生達者な時に達成できると教えられた。
親鸞聖人には、これ以外教えられたことはない。教行信証もこのこと一つ書かれている。 

その親鸞聖人のご恩に報いるには、親鸞聖人の教えられた絶対の幸福になる、そして人間に生まれてきて良かったという生命の大歓喜を得る、これが親鸞聖人がお喜びになること。
報恩講とは、私たちが生まれてきた目的を果たす、それが一番の報恩講。
これ以外に親鸞聖人のご恩に報いる道はない。


では、どうすれば平生業成の身になれる、と教えられたのか。
平生に大事業を達成したということは、達成ということがなければならない。ゴールに向かっている。
全人類は、意識しようとしまいと、ここ(たての線)に向かって生きている。
だからこのゴールに向かって進みなさいよ、そうすれば必ず業成ということがありますよ、人生の目的達成したと言うことがありますよ、絶対に変わらない幸福ですよ、このように親鸞聖人は教え続けられた方。
その教えに従って、平生業成の身になることが、親鸞聖人がもっともお喜びになること。今度の土日の報恩講はそういう集まり。


たまたま今年は親鸞会55周年。
3人で結成した親鸞会。55年間、何を私は教え続けてきたか。
この親鸞聖人の教え、ただ一つ。

親鸞聖人は、平生業成の身になるにはどうすれば良いかといいますと、親鸞聖人は聴聞に極まる、こう教えられる。

親鸞聖人が教えられた教えは仏教。仏法ともいうが、仏法は聴聞に極まる。親鸞聖人は聞思と仰っている。
平生業成になるには、聴聞という道一本しかない。聞思という道一本しかない。

では聞思とは何か。聞は「きく」、思も「きく」。だから聞く一つ。聴聞も聞思も聞く一つ。
二千畳が出来たのも、平生業成の身になる、会館が出来たのも仏法を聞く一つ。


じゃあ、仏法を聞くというのは何を聞くのか、親鸞聖人の教えを聞くとは何を聞くのか。
親鸞聖人は、この道を進むとはどういうことか、を教えられている。


「聞」というは、衆生、仏願の生起・本末を聞きて疑心あることなし。これを「聞」というなり。
(親鸞聖人)



親鸞聖人は何を聞くのかというと、仏願の生起と本末を聞くのだと仰っている。
聴聞、仏法を聞くというのは何を聞くのか。仏願の、と仰っている。

仏願=阿弥陀仏の本願

仏願の生起本末とは、阿弥陀仏の本願の生起・本末。
これ以外、聞くことはない。平生業成の身になるために、仏願の生起・本末以外聞く必要は無い。
これ一つ。仏願の生起本末を聞いて疑い晴れた時。
これを聞いたという。これを聴聞したという。これがゴール。


阿弥陀仏の本願の、生起と本と末を聞け、と仰っている。

まず生起を聞きなさい。そして本を聞きなさい。次に末を聞きなさい。

これが聴聞。これ一つ。平生業成の絶対の幸福になれるのですよ、
勿論、絶対の幸福になれば死ねば無量光明土、極楽浄土に往く。
生きている時は絶対の幸福、死ねば阿弥陀仏の無量光明土、極楽浄土にいく。二益。
そのためには、平生に業成していなければならないから、それにはどうすれば良いか。
聴聞に極まる。

何を聞くか、仏願、阿弥陀仏の本願の、生起と、本と、末を聞きなさいよ、といわれている。

これを聴聞という。これ一つ聞くために全てのものはこの世に存在すると言って良い。


まず生起とは何か。

生起の話をする前に、阿弥陀仏の本願と言われる阿弥陀仏とはどこから出てきたのか。

実は、仏教を説かれたお釈迦様は何を説かれたのか。
阿弥陀仏のこと。阿弥陀仏という仏が在すこと。
その阿弥陀仏の本願とは、阿弥陀仏という仏の本当の願い、これを教えられたのがお釈迦様。


釈迦は2600年前インドに生まれられた方。
80歳でなくなるまで一生涯教えられたのが仏教。一切経に書き残されている。
その一切経に何が説かれているか。


如来所以興出世 唯説弥陀本願海 (正信偈)


如来=この世(地球上)にあらわれた如来、お釈迦さま以外にない。

釈迦如来がこの世に現れられ、仏教を説かれた目的は=如来所以興出世


唯説=ただ一つのことを教えられた、親鸞聖人の断言。

ただ一つのこととは何か。弥陀(=阿弥陀仏)本願。

阿弥陀仏という仏が在すこと。 


ご存じのように、大宇宙には地球のようなものがたくさんある。
大宇宙には仏がたくさんおられる。これを十方諸仏といわれる。
大宇宙のことをお釈迦様は十方と言われる。

その十方諸仏の中に、阿弥陀仏という仏が在す、とお釈迦様が仰っている。 
お釈迦様がただ一つ説かれたのは、阿弥陀仏という仏が在すことだと。 
 

阿弥陀仏という仏はどのような仏か。一切経に説かれているが、一言で言うと
先生と弟子の関係。阿弥陀仏が先生、お釈迦様が弟子。


学校の先生が、生徒たちに「太陽と月はどちらが偉大か」と尋ねたところ、
生徒たちは、「それは月に決まってます」
なぜかと聞くと「月は暗いところを照らして明るくしているが、太陽は明るいところを照らしているだけだから」
 

月の光は太陽の光を反射しているだけ。
そのたとえでいうと、阿弥陀仏は太陽。その太陽の光を受けて反射しているのが お釈迦様。


お釈迦様は、自分の先生のこと一つ、私たちに教えていかれた。これが仏教。
親鸞聖人はそれを仰っている。
弟子は先生の本当の願いを皆さんに伝える。お釈迦様は弟子の役目を忠実に80年間なされた。

 
ここでお釈迦様は阿弥陀仏の本当の願い一つを教えられた。
親鸞聖人は、仏法は何を聞くのかというと、お釈迦様がただ一つ教えられた阿弥陀仏の本願を聞くのだと仰っている。


お釈迦様が阿弥陀仏の本願一つ教えられたから、親鸞聖人は、私たちがただ一つ聞かねばならないのは阿弥陀仏の本願だぞと仰っている。



そこで、親鸞聖人は、お釈迦様が教えられた阿弥陀仏の本願の生起、その前に阿弥陀仏の本当の願いとは何か。


すべての人を平生業成の身に救いたい


阿弥陀仏はこういう願いを建てておられる。

すべての人=十方衆生
 

お釈迦様の舞台は地球だが、阿弥陀仏の舞台は大宇宙。 

阿弥陀仏は十方の諸仏がとても考えられなかったことを阿弥陀仏がそういう本願を建てられている。
だから阿弥陀仏の本願はすごい。
 

本願というのは、仏さまはみな本願を建てられている。
本願とは、苦しみ悩む人を助けようという願い。

仏によって数が違う。お釈迦様は500、薬師如来は12。
数は違うが、問題は内容。阿弥陀仏の本願は桁違い。

それで諸仏方は「我が先生」と阿弥陀仏を褒め称えておられる。


(御文章2-8)

 
十方三世の諸仏の悲願に漏れた、といわれる。 

十方三世の諸仏=大宇宙の諸仏
悲願=私たちを幸福にしてやりたいという仏様の願い。慈悲から起きている。

ところが私たちは仏方の悲願から漏れた。罪悪が重かったから。
医師の力以上の病気は治せないのと同じ。

十方の諸仏は、私たちを助けようと悲願を建てられたが見捨てられた。
お釈迦様が仰っている。
とても俺の力でお前たちを助けることはできないから阿弥陀仏に助けてもらいなさい。


一向専念無量寿仏

 
これは阿弥陀仏の弟子であるお釈迦様のお言葉。そして、釈迦の教えの結論。

無量寿仏=阿弥陀仏、お釈迦様の先生。

その先生のところに向きなさい、助けてもらいなさい。
ここで明らかに、お釈迦様は阿弥陀仏の弟子である。私の先生に助けてもらいなさい、と仰っている。
阿弥陀仏以外にお前たちを平生業成の身に助けることは出来ないから、阿弥陀仏一つに向きなさい。

親鸞聖人はこのことを徹底的に教えられたから、浄土真宗が正しい名前だが、世間の人は一向宗といった。
お釈迦様の一向専念を親鸞聖人が厳しく仰ったから。
命に代えて伝えられたから。

十方の諸仏に見捨てられたような、私たちのように罪の重いものを阿弥陀仏一仏が、必ず 平生業成、絶対の幸福に助けるという本願を建てられた。

これが阿弥陀仏の本願といわれる。


その阿弥陀仏の本願の生起と本と末を聞く。そうすれば救われる。
親鸞聖人が「聞というは~」と仰っているのはそういうこと。 

土日で、親鸞会結成55周年、報恩講が行われました。報恩講なのでなかなかたくさんの人がいらしてましたが、黄色い名札の私は3番通路と4番通路の間に座ってました。

今回は珍しく用事があったので、土曜日の会食会には出なかたのですが、地元の会館の東屋で談笑している私の映像が流れていたそうです。複数の人から声をかけられたのですが、W部先生にもその話題で声をかけていただきました。ご縁があれば見てみたいですが、そういう機会はないかもしれません。「いみずの四季」で使用する映像だと聞いていたのですが、よもや私の入った映像が採用されるとは思っていませんでした。


ビデオ上映があるということで楽しみにしておりましたが、個人的には750回忌の生ナレーションビデオの印象が強すぎて、今回はそれほどといった感覚でした。やはり一流の方の生ナレーションは、場の雰囲気も引き締まるような印象がありましたが、今回はそんな印象を受けなかったので、ナレーションの力は偉大だなと思いました。

内容としては、一日目の前編は

・『歎異抄をひらく』の反論書が5年7ヶ月の間出ていない(自称正統派は沈黙)
・自称正統派は本尊から親鸞聖人の教えに反している(正しい本尊は名号)
・本尊についての弁論
・その辺のビデオご法話

こんな内容だったと記憶しています。後編はあまり記憶がありませんが

・『なぜ生きる』が78万部突破
・「平生業成」が誤解されている
・本願寺では「平生業成」の正しい意味を聞いたことがない(というインタビュー)

というような内容だった記憶があります。


さて、お話の内容は「仏願の生起本末について」ということで、

生起=阿弥陀仏がどんな人のために本願を建てられたのか
本=どのように助けるのか(18願)
末=19願、20願

というような説明は最近と同じだったのですが、私が特に印象深かったのは板書でした。


通常、縦の線とよこの線を書いてそこに三願を書くので、

(18願) | (20願)  (19願)

という板書になるのですが、今回はなぜか

(18願) |

でした。

19願、20願で18願まで導かれる、という説明のされ方だったので、いつもの三願転入の話からすると、ずいぶん印象が違って聞こえました。


まあ、話の最初には「親鸞聖人のご恩に報いるためには、親鸞聖人の教えられたことを実行しなければならない」というような話がありましたので、てっきり19願の話になるのだと思っていましたが。


今日はこれくらいにいたします。

昨日は、テレビ講演が中止ということで地元の講演会(ビデオご法話)でした。地元の会館では、恩徳讃についてのビデオでした。


「身を粉にしても返すぞ」「骨を砕きても返すぞ」という板書を見て、ふと親鸞聖人はどのようなお気持ちだったのだろうかと思ったのでありました。


「恩に報いる」と書いても「恩返しする」と書いても、意味は同じようなので味わいの問題になるのかも知れませんが、「返すぞ」というよりも「報いずにはいられない」という説明通りに書いてもらった方が、個人的にはまだしっくり来ます。 

「報いる」という言葉は、「受けたことに見合う行為を相手に行う」だそうで、そういう意味からいえば、弥陀に対して報いるに足る行為とは何なのか、という問題があります。まさしく「報いた」ということがあるのか、という話もあるでしょう。といいつつも、何も出来ないと座っていても何もなりませんから、報いることができないとして報いようという心がやまない、報いずにはいられない、という心が恩徳讃に現れているのではないかと思います。

親鸞聖人が

弥陀の名号となえつつ 信心まことにうるひとは 憶念の心つねにして 仏恩報ずるおもいあり
(浄土和讃) 

といわれているのも、そういう思いから出ているのかなあと思いました。


学生時代、この恩徳讃の話を聞くのが苦痛でした。と言いますのも、「恩に報いるのは当然だ」というような押しつけの意味に捉えていたからでした。字面からいえば、そのような意味にもなるのだと思いますから、完全に的外れではなかったのでしょうが、今となっては恩徳讃の根底には親鸞聖人の、弥陀に対する申し訳なさが味わわれるのでした。



さて、親鸞会の報恩講は50周年以降、10月にずれたのですが、親鸞聖人のご命日は11月ということもあり、地元の埼玉熊谷会館にて、11月28日を含む一週間の報恩講を行う予定だ、ということでした。

一週間の報恩講といえば、蓮如上人のことを思い出します。その蓮如上人に倣って、信心の沙汰を存分にしようということだそうです。

「君を囲んでの信心の沙汰がメインだから」と言って頂いたので、どこかしらの日には参加する予定です。残念ながら、期間中の土日(テレビ講演の予定)は、すでに予定を入れてしまって関東にいない予定なので、そこは参加できず残念ですが、平日の夜はどこかしら顔を出して弥陀の本願を讃歎したいと思います。


他の会館ではどうするのか分かりませんが、せっかく地元の会館を作ったのなら、使わないと勿体ないと思います。

 

そういえば、先月末に連絡があったのですが、今日のテレビ講演は中止ということだそうです。もっとも、日曜日ですので代わりの行事があるわけですが。


ちなみに、メーリングリストでこの連絡は流れてきたのですが、少し前までなら電話できていたような内容の連絡だったと思います。この日程は、メールで送っても良いという日程だったからなのでしょうが、以前よりは少しゆるくなった気もします。


代わりの行事は講演会、とのことでしたので、おそらくビデオの上映かと思います。以前は学生でも上映できたのですが、最近は基本的に講師部員しか上映できなくなりました。場所によってはアニメ講師でも良いそうですが、それでも皆さんお忙しいので、なかなかそういう機会は減ったように思います。


取り急ぎ今日はこのくらいといたします。 

顕正新聞の10月1日号が届きました。結成55周年が来週末ということで、さすがに1面は「55周年 怒濤の光輪」と題したその記事でした。いつまでカウントするのかよく分かりませんが、[真実開顕へ刻む時]は、5年7ヶ月を迎えました。


そんな中、1面を譲ったからだか分かりませんが、3面から9面までがぶち抜きで埼玉熊谷会館の落慶特集でした。私がよく覚えていないだけかも知れませんが、ひとつの会館でこれほどの紙面を割かれたというのは、かなり異例のことのように思いました。


せいぜい日曜日(の一部)くらいしかご縁の無い私ではありますが、さすがに地元での話ですので、会館ができるまで、出来た後、色々な方の思いを聞いてきました。新聞には、印象的な話がいくつか出ていましたが、そういった話が掲載されていました。 と言っても、特にそういう思い入れが無ければ「ふーん」という話なのかも知れません。


あまり個別の話になると、個人が特定されかねないので控えますが、お金だけで無くていろいろな思いもあってできたのだなとしみじみ思っています。 


ちなみに、新聞ではまったく触れられていませんが、取得当時は大きな阿弥陀仏像が野ざらしになって立っていました。取得段階では、撤去するのか屋根をかぶせるのか決まってなかったのですが、

「私たちは、阿弥陀仏に救われるのではなく南無阿弥陀仏に救われるのだ」

という「ご教導」がありまして、撤去されました。その跡地には、立派な東屋が建ちました。

この会館には、私もいろいろ思うところがありますが、ご縁があればまた触れたいと思います。



さて、最終ページに、名古屋と石川県にも会館ができるという記事がありました。

写真だけではどういう建物かよく分かりませんが、名古屋の物件は4階建てのビルのようです。熱田区の19号近辺で東別院から車で10分ということは、広さにもよると思いますが、おそらく1億円は超えているのではないかと思います。どうでもいいですが、実家からもそれなりに近そうです。

石川県は、3つめの会館だそうです。「複数の支部で金沢市に」ではなくて単独で建てたということは、ほとんど支部ごとに作っているような気がしています。


いつもながらあまり中身もない記事ですが、ひとまず今回はこのくらいといたします。

昨日の記事については、大変に不快に思われた方もいらっしゃるかと思いますので、まずは冒頭お詫びします。特に、該当のコメントを頂いた林遊さんや、フォローのコメントを頂いたひろしさんに対しては、たいへんに申し訳ない気持ちでおります。


実のところ、ブログの「投稿する」ボタンを押す時に、だいぶ失礼で嫌味な文章になってしまっているように感じてはおりましたが、結局タイトルを少しぼかして投稿しました。「分かっているならやめるべきだ」というご指摘もあろうかと思いますし、ご尤もなことだと思います。投稿した理由については、後で少しふれたいと思います。 


さて、有り難いことに、お叱りのコメントを複数頂きました。


    • 1. K
    •  
    • 2013年10月01日 01:17
    • >お前、あほだろ。
      2chでこんなことをネット対策員も言ってたな。
      アホ、馬鹿発言は高森会長が以前よく言ってたが、あまり侮辱的なので嫌がっていた会員もけっこういた(嫌がってた人は退会したが)。

      こういう物言いはよっぽど親しい間柄じゃないと(たとえ単にインパクトを与えるだけの目的でも)誤解を生むので控えるべきだろう。

    • 2. さかさかしきひと
    •  
    • 2013年10月01日 05:33
    • エントリーを読んで親鸞聖人の御消息を思いだしました。

      故法然聖人は、「浄土宗の人は愚者になりて往生す」と候ひしことを、たしかにうけたまはり候ひしうへに、ものもおぼえぬあさましきひとびとのまゐりたるを御覧じては、「往生必定すべし」とて、笑ませたまひしをみまゐらせ候ひき。文沙汰して、さかさかしきひとのまゐりたるをば、「往生はいかがあらんずらん」と、たしかにうけたまはりき。


      >お前、あほだろ。

      は、「往生必定すべし」との褒め言葉です。

      それに対してよく知りもしない他人をここまで見下せる「さかさかしきひと」は、「往生はいかがあらんずらん」ということで。

Kさんからはこのようなご指摘を頂きました。

>こういう物言いはよっぽど親しい間柄じゃないと(たとえ単にインパクトを与えるだけの目的でも)誤解を生むので控えるべきだろう。

やはりあのような言葉をタイトルに持ってくるというのは慎むべきであったと思います。私自身も不快に思うところですから、ブログを読まれた方もそのように思われると思います。 


さかさかしきひとさんからは、ご消息を紹介頂きました。

故法然聖人は、「浄土宗の人は愚者になりて往生す」と候ひしことを、たしかにうけたまはり候ひしうへに、ものもおぼえぬあさましきひとびとのまゐりたるを御覧じては、「往生必定すべし」とて、笑ませたまひしをみまゐらせ候ひき。文沙汰して、さかさかしきひとのまゐりたるをば、「往生はいかがあらんずらん」と、たしかにうけたまはりき。

 
実は、あの言葉を読んでしばらくして「愚者になりて往生す」というお言葉を思い出して、あほというのはまさに「愚者」ではないか、と思ったりはしておりました。不勉強でしたので、その前後は出てこなかったのですが、しかしながら不愉快な気持ちもなかなか消えておりませんでした。そんな状態でこのお言葉を味わっても、よろしくない感情がにじみ出てしまうかなと思いましたので、書くことをやめてしまいました。


法然上人の味わいはまた格別だろうと思いますし、私が味わいを述べても浅薄に感じられると思いますが、私なりにこのお言葉を味わうと、「愚かなすがたを弥陀に照らされゆく」と味わわれます。

不愉快に思うのは、大なり小なり自分の愚かしさを認めない心があるように思われます。そのような愚かさ、煩悩燃えさかるすがたを弥陀は既にお見抜きであったと知られます。


以前の記事にて、このようなご文を紹介しました。


信をえたらば、同行に、あらく物を申すまじきなり。心、和らぐべきなり。触光柔軟の願あり。また、信なければ、我になりて、詞もあらく、諍いも必ず出来するなり。あさまし、あさまし。能く能く、こころうべしと云々


そういう意味では、「さかさかしさ」から遠ざかって「愚者に」かえっていくのが、弥陀の触光柔軟の願のお働きとも味わわれます。そのような「さかさかしさ」をご指摘を頂いたのだ、と味わっております。 



皆さんには不快な思いをさせてしまったかと思いますので、申し訳なく思っておりますが、それでも昨日の記事を投稿したのは、自分の思っていることを書いて一度皆さんからお叱りを受けないと、どうにも私の小賢しさが叩かれないように思われたからでした。


蓮如上人、仰せられ候う。「物をいえいえ」と、仰せられ候う。「物をいわぬ者は、おそろしき」と、仰せられ候う。「信不信、ともに、ただ、物をいえ」と、仰せられ候う。「物を申せば、心底もきこえ、また、人にもなおさるるなり。ただ、物を申せ」と、仰せられ候う由候う。
(蓮如上人御一代記聞書 87)


私の性根がすぐに「なおさるる」のかと言われると、なかなか恥ずかしい限りではありますが、このように弥陀の本願を振り返るご縁を頂いたことは有り難く思っております。

昨日の記事では嫌味にしかならないかと思いましたのであまり書きませんでしたが、今までとは違った南無阿弥陀仏の味わいを得るご縁を頂いた林遊さん、そして皆さんには大変に感謝しております。


「あさ川には愛想を尽かした」と思われる方もあろうかと思いますが、ご縁あればまた、ご覧頂くなりコメント等されるなりして頂ければと思います。


 
称名。 

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