あさ川進の、宗教と私

浄土真宗親鸞会に所属しながらアウトサイダーだった私(現在は会員でなくなりました)が、宗教(浄土真宗親鸞会)との付き合い方を考えつつ書いている更新頻度が低いブログ(この説明も暫定です)リンクフリーです。なお、投稿文を受け付けております。「【投稿文】」と書かれている記事は、頂いた投稿文です。

2013年11月

最近は一週間に一回くらいのペースになってしまいました。
それでも、毎日固定的にご覧になっている方も少なくありません。ありがとうございます。
なお、今回の週末はテレビ講演の予定でしたが、私はもともと予定が入っていたのでご縁がありません。


さて、先日の二千畳講演の内容をまだ書いてないので(55周年も書き終わってませんが)、その話を書いてもよく分からなくなってしまうようにも思いますが、今回はそれについての話です。
 

先回の二千畳講演で終わったのかもしれませんが、しばらく「講演」については「五重の義」の話が続いておりました。そこで以前の記事にて、先回の内容についてものすごく大雑把に、以下のように書きました。
 

宿善=過去(現在世含む)一切にやってきた善。聞法心となってあらわれる。
善知識=正しい仏教を説かれる方
光明=遍照の光明
信心=まちがいなく浄土往生できるとハッキリすることを信心決定という
名号=お礼の念仏


毎回富山にはご縁がなくて、私が毎月話をしている会員さんがあるのですが、先日、その会員さんとこの内容について話をしました。



「光明=遍照の光明」という説明について首が斜め45度を向いてしまった私ですが、なぜそうなってしまったのか、はっきりと言語化することができてませんでした。特段、首斜め45度になりましたとか、そんなことは話をしなかったのですが、これについて「どう思われますか」と聞いたところ、タイトルのような趣旨のことをいわれました。


その理由というのは、

「光明=遍照の光明とすると、遍照の光明はすべての人にかかっているのだから、五重の義の三番目が最初からあることになってしまうから変だ」
 
というものでした。 

これだけだと言葉足らずの気がしますので補足します。


毎度五重の義の話の最初にいわれるのが、


「五重の義とは、”五つのものが揃わなければ、浄土往生できませんよ”ということ」
 
 
という内容です。 こういった話とか、あるいは


「五つものを揃えるために、私たちは生きている」


といった話を聞くと、普通の感性の持ち主は、それこそRPGよろしく「五つのアイテムを手に入れることができれば目的を果たせる」 という理解をしてしまうのが素直な理解だと思います。ドラクエ3で言うところの、オーブを6つ集めるとラーミアが出現するようなもの、と書けばなんとなく伝わるでしょうか。
(ちなみにその会員さんは、アイテムを集めるというような理解はしていないようですが)


「手に入れる」ということは、裏を返せば「今、自分には無い」ということですから、「光明=遍照の光明」の説明だとすべての人に掛かっていることになるので、話が合わなくなる、ということです。言われてみればそうだなと思ったのですが、なかなかそこまで考えが至りませんでした。


「光明=遍照の光明」の説明はおそらく、時系列で順番に並べたときに「信心決定」より前に来るから、という理由なのかなと推測しています。



今回の話の内容を書いていないので、よく分かられないかもしれませんが、皆さんはどう思われるでしょうか。
 

山も山さんからコメントをいただきました。ありがとうございます。親鸞会館で「五重の義」についての話があったということで、山も山さんも「五重の義」について書かれたとのことです。ひとまずこちらにも同じリンクを貼ります。


ここ(安心問答 2013/11/18の記事)



さて、このブログ内で「五重の義」を検索したら20件以上の記事がヒットしました。私は教学的な内容について今まで、ほとんど触れてきてはいないのですが、「五重の義」について少し書いていた記事を思い出したので、一応リンクを貼ります。
 

これ(当ブログ 2012/12/9の記事)

 




ちなみに、昨日の親鸞会館でのお話では、ものすごく大ざっぱに言うと、以下のような解説でした。


宿善=過去(現在世含む)一切にやってきた善。聞法心となってあらわれる。
善知識=正しい仏教を説かれる方
光明=遍照の光明
信心=まちがいなく浄土往生できるとハッキリすることを信心決定という
名号=お礼の念仏


信心の説明が微妙なのですが、信心というより信心決定という言葉で説明があった記憶があります。「遍照の光明から摂取の光明に救われて信心となる」というメモが残ってますが、上記の文脈と同じようです。

 




私は、この「五重の義」を全部弥陀のお手回しと味わっているので、「(私が)揃えなければならない」という思いは微塵も持っておりません。上記の対応を見る限りでは、特段自分で集めるようなものは見受けられないようには見えます。(個々の解説の内容は置いといて)
さて、ここずっと仏教のお勉強をサボっている私なのであまり分かってないのですが、「光明=遍照の光明」という説明に首を傾げてしまいました。この辺りもおそらく山も山さんが解説されると思いますので、また見てみたいと思います。今度の地元の会館での信心沙汰の話題としても良いかもしれませんし。

 
今日はこれだけにします。

55周年の話もまとまっていませんが、今日は二千畳講演でした。お題は例によって「五重の義について」でした。
今日は講師試験もありまして、私の車に乗る人も受験ということで出発が一時間以上遅かったので早く帰れるか少し心配でしたが、幸いに渋滞もなく、蓋も少なく、ほぼ目標通りに帰宅できました。


今回は「光明」について、ということだったのですが、午前の前半までは「宿善」「善知識」までの話で、午後の後半に「光明」が出てきました。 「光明」が出て、そのまま「信心」「名号」の話まで進んでひとまず終わったようですので、来月からは違う演題になるかも知れません。


ところで、私が以前頂いたコメントへのお返事に、

実のところは、親鸞会が正統派だとは親鸞会自身も断言していなかったように思いますが、自称正統派と異端が逆転とは何度も言っていましたね。

と書いたからというわけではないのでしょうが、顕正新聞11月15日号の法友通信のタイトルが『55周年「正統」に集う』となっていました。 やはり親鸞会が正統だと断言したかったのだと思います。




ところで今日、唐突に昼休みの時間15分を使って、アニメバスのビデオが上映されました。アニメ「世界の光 親鸞聖人」を上映するためのバスが東北の被災地に行って上映会をしたという内容だったのですが、個人的にはそこに映っていた看板に書いてあった「東北震災こころの復興支援事業」の「支援事業」の文字に微妙なモザイクが掛かっていたように見えたのが気になりました。そんなところに目が行くのは、私がひねくれてるからかも知れませんが。

被災地の方が喜ばれていた映像で、それ自体は良いと思いましたが、変なところが気になりました。
 

55周年も一ヶ月を過ぎてようやく土曜日の午後が出来ました。この分だと日曜日ができあがるのはもう一ヶ月かかるようなペースですが、できれば書いていきたいと思います。


毎度のお断りですが、「私にはこう聞こえた」というメモです。前回同様、中身をほとんど整えることなく運版に書いていますので、話がループしてたり文章が繋がってなかったりするかも知れませんがご容赦下さい。


=====

今日は親鸞聖人報恩講。親鸞聖人のご恩に報いる。
親鸞聖人の喜ばれることをしなければ、報恩講にはならない。

親鸞聖人の喜ばれることは、親鸞聖人がただ一つ教えていかれたこと、平生業成の身に私がなること。
絶対の幸福になるということ。

親鸞聖人の教えを聞かないと、平生業成の身に私はなれない。それには仏法を聞かなければならない。
仏法は聴聞に極まる。

聴聞とは、きく一つ。きく一つで平生業成の身に私はなれると教えていかれたのが親鸞聖人。

では、何を聞くのか。親鸞聖人はあのように教えられている。


「聞」というは、衆生、仏願の生起・本末を聞きて疑心あることなし。これを「聞」というなり。
(親鸞聖人)
 

仏=阿弥陀仏
願=本願

阿弥陀仏の本願の、生起と本と末を聞け、それだけで平生業成の身になれますよと親鸞聖人は仰っている。 

阿弥陀仏とお釈迦様の関係も午前中に話をした通り。
お釈迦様は地球上で一番偉い方だが、私たちの罪があまりに思いので私たちを見捨てられた。
それを阿弥陀仏が、我一人助けんと本願を建てられた。

蓮如上人の御文章2帖目8通に、そのように書かれている。


それ十悪五逆の罪人も五障三従の女人もむなしくみな十方三世の諸仏の悲願に漏れて捨て果てられたる我らごときの凡夫なり、とは
十方衆生、大宇宙すべての人は、大宇宙の諸仏の力ではどうにもならない、極悪人だといわれている。
それで、私たちは捨てられた、
諸仏方はみな大慈悲の方。その大慈悲を持った仏方が見捨てた。見捨てられたのは私たち、十方衆生。

これは一部の人のことでは無い。十方衆生が見捨てられた。
お釈迦様がそう仰っている。地球上で一番偉いお釈迦様でもどうにもならないとお釈迦様が仰っている。
だから阿弥陀仏に助けてもらえ、阿弥陀仏のところへ行け、一向専念無量寿仏。
これがお釈迦様の結論。
無量寿仏=阿弥陀仏。

それを蓮如上人はこの後に仰っている。

しかればここに弥陀如来と申すは、三世十方の諸仏の本師本仏なれば、久遠実成の古仏として、今の如きの、諸仏にすてられたる末代不善の凡夫、五障・三従の女人をば、弥陀にかぎりて、我一人助けんという超世の大願をおこして、


十方衆生を、阿弥陀仏だけが、我一人助けん
これが阿弥陀仏の本願。

これを皆さん聞かれると、「俺はそんな悪いことしていない。仏に見捨てられるようなこと、考えられない」、こう思う。

それで、阿弥陀仏の本願の生起を今から話する。


生起とは、阿弥陀仏がなぜ本願を建てられたのかという理由。

それは、十方の諸仏から捨てられた十方衆生だから、見ておれない。それをその中阿弥陀仏が独り助けんと立ち上がられた、ということ。

ということは、大変に重い病気だということ。
そうでなければ全ての医者から見捨てられるということはない。
大慈悲を持った仏方が見捨てた、ということは、十方衆生は大変な悪人だということ。

ところが、私たちは、自分がそんなものだとは夢にも思っていない。

もしそうなら、十方の諸仏は見捨てない。お釈迦様も見捨てた。蓮如上人の仰っている通り。お釈迦様がお経で仰っている。


では、十方衆生はどのようなものなのか。この中に入らない人はいない。すべての人。
仏さまの目線で言われている、お釈迦様のお言葉。


心常念悪 口常言悪 身常行悪 曽無一善 (大無量寿経)

 
仏さまとは、見(見ておる)聞(聞いておる)知(知っておる)の方。
私たちの心も口も体も全てご承知、ということ。


それで、私たちの心と口と体をご覧になって仰っている。

中でも心を一番重視せられている。
なぜなら、心が言わせるから。心がやらせるから。
悪いことをしていたら心が悪いことを思っているから。 

だが、心で思っていることを取り締まることは出来ない。
けれども、口で言わせるのも体を動かすのも心だから、仏さまは心を問題にされる。
 

心は何を思っているか。悪を思う、こう仰っている。
心がそうだとすれば、口も体もそれに汚染されている。 
心ではどう思っているか。
自分の思っていることを人に言えるか。人に分かったとしたらどうなるか。


お釈迦様はこうも仰っている。


心口各異 言念無実
 


心で思っていることと口で言っていることは同じか。
仏さまからご覧になると、心で思っていることと口で言っていることが違う。
自分でもぞっとするようなことを思っていることはないか。
 
お世辞にもかわいいと思えない子供を見て、「あらかわいい」と言う。

「そんなこと当たり前でないか」これは人間の目線。 

何年も介護していて、医者にも見捨てられた親を見て、本当に心から治ってもらいたいという心があるか。
「もういい加減に・・・」という心は出てこないか。
そんなこと思うのが良いことか。人に言えるか。
「なんという親不孝者」と思われたくないから言えない、ということは、誰にも言えない心があると言うこと。
抑えても抑えても出てくる。

子供がかわいいと言っていても親に背いて苦しめるようになったらどうか。
「こんな子供、死んでくれたら・・・」と一瞬でも思わないか。

そんな心は、仏さまはみんなお見抜き。見聞知、みんな知っておられる。
それでも悪をしていないといえるか。
 

親鸞聖人は9歳の時から29歳の時まで比叡山でものすごい難行苦行をされた。
僧侶になって修行するということは、体で見たり聞いたりすることは、山に入ると女を見ないから罪を作らない。 
親鸞聖人は、20年間修行されて、見ざる聞かざる言わざるの三匹の猿はどうにかなった。 
ところが、思わざると言う猿はどうにもならなかった。
抑えても抑えても心はどうにもならなかった。
 
見たいけれども見ない、聞きたいけれども聞かない、言いたいけれども言わない。
抑えれば抑えるほど思わざるの猿が暴れる。これが悪。 
絶対人に言えない。

皆さんもその思っている心を見つめていく。
すると、これが十方諸仏が見放した心か、どこからこんな心が出てくるのか、となる。
仏法を聞くとは、心を見つめていくということ。鏡に映して見ていく。
親鸞聖人の教え、仏教は鏡。
お釈迦様は、「仏教は法(真実)鏡なり」と仰っている。

その鏡に何を映していくか。心を映していく。
すると、十方諸仏が見放した心というのはこの心か、と分かる。
自分の心を見なさい。 
心を見ていくと、お釈迦様が言われていたことが、「うん」となる。

心が親。 
その親が、口や体に全然思ってもないことを言わせている。やらせている。
これが「心口各異」
だから言ってることも思ってることもまことがない。
これが「言念無実」

これが、親鸞聖人20年間比叡山で修行されて、見ざる聞かざる言わざるの三匹の猿はどうにかなったけれども、思わざるの猿だけはどうにもならなかったと、比叡山を泣き泣き降りられた。
こんな親鸞を助ける方はどこにおられるのかと、29歳の時に降りられた。

十方諸仏に見捨てられた。親鸞聖人はその自分の心を徹底的に見られた方。
その心を見ていくのが二千畳。

そこで、阿弥陀仏は、十方諸仏に捨てられた極悪人、全然自分を悪人と思っていない、認めようとしない、
「私だけでない」「みんなやっている」とごまかしている、
しかしそのごまかしは、因果の道理には通用しない。
まいた種は必ず生える。心で思ったことは悪の種となってアラヤ識に収まるから、そんなごまかしはきかない。

それを親鸞聖人は、この思わざるの猿をなんとか助かる方法は無かろうかと、比叡山を泣き泣き降りられて法然上人の教えを聞くようになった。


だから、あくまでも自分の心の問題だから、「悪いことを言わないしやってもいないのに、どうして十方諸仏に見捨てられるような悪人なのか」と思うのは、自分の心を全然知らないということ。


善導大師という方がこう仰っている。


「一人一日のうちに八億四千の憶いあり、念念になすところこれみな三塗の業なり」


一人=善導大師
一日のうちに心で思っていることが八億四千べんも変わる、と仰っている。
これは自分の心を真剣に見つめていかないと分からない。
一生懸命聞こうとすると、ふっと心が二千畳にいなくなるのが見えてくる。
善導大師は真剣に自分の心を見られて、めまぐるしく変わる心が見えた。
 
しかも、思っていることはすべて、人には言えないような恐ろしいこと。悪ばかり。
こう仰っている。
 

善導大師は、30年間床を敷いて寝られなかった方、
また、向こうから女性が歩いてきたら笠で隠して見ないようにされた方。
石部金吉どころではない、それくらい自分の口と体というものに気をつけられた。
だが、心はこうだ、と。それくらい心というのはものすごい。
そういう心を十方諸仏は知っておられる。その上で、とても助けることは出来ないということで、
お釈迦さもあのように仰っているように、
十方衆生は心は常に悪を憶い、口は常に悪を言い、身は常に悪を行って、今まで一つの善をやったことが無いと。
こんな仏さまの目線でご覧になると、十方衆生はこんなもの。
 
親鸞聖人は、この姿を阿弥陀仏に照らし抜かれて仰ったのがこのお言葉。
 

煩悩具足の凡夫火宅無常の世界は万のこと皆もって空事たわごと、真実あること無し
(歎異抄)



煩悩の塊の親鸞、仏さまの目線で見られた自分の姿が知らされた。
本当の自分が、お釈迦さまの言われたあのとおりの姿であったと仰っている。
あのとおりの自分だと分からないのは自惚れているだけ。
親鸞聖人は本当の自分が知らされてあのように仰っている。
 
これは親鸞聖人お一人では無く、十方衆生すべての人がそうだよ、と仰っている。
 

一切の群生海、無始よりこのかた乃至今日今時に至るまで、穢悪汚染にして清浄の心なく、虚仮諂偽にして真実の心なし。


一切の群生海とは、すべての人間のこと。この中に入らない人はいない。
すべての人は、はじめの無い始まりから今までずっと、常に、悪に汚染されている、
全ての人間は悪の塊だと仰っている。
そして、清浄の心、これは善。一つの善もやったことが無い悪人であると。
そして、虚仮諂偽にして真実の心なし、心口各異言念無実のことを仰っている。
親鸞聖人は、本当の自分が知らされてこのように仰っている。


これは親鸞聖人個人のことではなく、十方衆生のことを仰っている。 
十方の諸仏が助けることが出来ないと見放された者、これが十方衆生の姿だから、阿弥陀仏は、これは捨ててはおけないと、我一人助けんと本願を建てられた、これが生起。

阿弥陀仏が本願を建てられた原因、生起は何か、これは十方衆生。
 

十方衆生は親鸞聖人が仰っている通り。悪の塊で、綺麗な心は全くなく、ウソ偽りばかりで真実の心が全くない者。一切の群生海。この一切の群生海のために阿弥陀仏は本願を建てられた。これが阿弥陀仏の本願の生起。

そんな者を阿弥陀仏はどうして助けようとされたのか。これを聞くのが本と末。

明日はこの本と末の話をします。



 

気がついたらまた間隔が空いてしまいました。ようやく人間らしい生活時間に戻りそうですので、折を見て書いていきたいと思いますが、未だに55周年まとめができておらずすいません。


前回の記事で少し触れましたが、11月1日号では珍しく「ご講演の要約」が掲載されました。


記念行事だったから、ということもあるのでしょうが、「自称正統派と異端の逆転」を吹聴しているわけですから、実際にどういう話をしているのかをきちんと公開するのは良いことだと思います。本来は生映像なり音声の方が雰囲気も分かって良いのでしょうが、ゆくゆくはそうしてもらいたいものです。 


そんなわけで、今日はその「ご講演の要約」を読んで少しだけ書きます。


先日、「仏願の生起本末」については、


生起=阿弥陀仏がどんな人のために本願を建てられたのか
本=どのように助けるのか(18願)
末=19願、20願


という内容の説明があった、と書きました。「要約」を読みまして、そういえば板書にはこんな感じで書かれていたな、と思い出しました。


     極悪人
生起 十方衆生
----------------
    無条件
本  18願  真実
----------------
末  19願
    20願  方便
 

この内容からお察しの通り、


・十方衆生はどのようなものか→極悪人
・その極悪人を無条件で助ける18願
・18願に導くために絶対必要な19願・20願


ごく大ざっぱに書くと、このような話の内容でした。


「生起本末」の話は、かつて「医者と患者のたとえ」で説明されていたと記憶しています。
この場合の本末は、患者がいるところから始まって、完治してお礼を言うところまでだったと思います。


そういう意味で「本末」というのは、話の流れから意味が通るので分かりやすかったのですが、最近のような説明での「本末」の意味合いから三願の関係を言われても、すぐにはピンとこないように思います。

 
55周年では微妙に違う説明でしたが、それまでのように 19願→20願→18願 という説明をしていると、なおさら19願・20願が「末」と言われても意味が分からないのではと思うのです。



さてここで、「要約」の「弥陀の創られた道程」の項目を引用したいと思います。

 
方便とは、ウソでもなければ、あってもなくてもいいというものでもない。
この弥陀の十九、二十の方便願を通らずしては、十方衆生誰一人、真実の十八願には入れないのだ。三願転入こそが、十方衆生を救済するために、弥陀が創られた唯一最短の道なのである。
自力が廃って他力に帰した一念、「極悪人の私でした」と「仏願の生起」に疑い晴れ、「無条件の弥陀の十八願、まことだった」と「本」に疑い晴れる。同時に「ここまで導いてくだされた十九、二十の方便願あればこそ」と「末」が知らされ疑い晴れるから、「仏願の生起・本末に疑心有ること無し」となるのである。



ちなみに、この道程は「聴聞の一本道」というお話だったわけですから、「真剣に聞け」という内容だったということになります。


以上の部分は、私が以前に少し「板書」について触れた部分と重なります。


>通常、縦の線とよこの線を書いてそこに三願を書くので、
>(18願) | (20願)  (19願)
という板書になるのですが、今回はなぜか
(18願) |
でした。


「要約」でも、「方便願を通らずしては真実の十八願に入れない」という書き方をしつつ、「ここまで導いてくだされた方便願あればこそ」という書き方をしています。


方便願は真実の願に入れるためのもの、だということなら、方便願の趣旨はやはり「真実の十八願に入れ」以外無いわけですから、どこを叩いても「一向専念無量寿仏」以外無いのだと味わわれます。


ですから、19願や20願に浮気しても、「18願にいけ」と追い出されるのが三願転入だと、実は言いたいのかもしれないけどオブラートに包んだ言い方にしているのだろうと勝手に思いました。まあ、これについてはご意見も出るだろうと思いますが。


ことさらに最近は19願の話ばかりで私としては寂しい限りです。そんなわけで、18願の話が増えることを念じながらこんなことを書いてみました。

なんだかんだでまた間隔が空いてしまいました。気がついたら11月になりました。


今回は、担当の方に特に請求していなかったので届くか気になっていたのですが、顕正新聞の11月1日号が届きましたので、きちんと対応して頂いたのだと思います。


55周年の話が、未だに土曜の午後を書こうとして止まっているのですが、今回の顕正新聞にあらましが掲載されてました。いわゆる「ご法話の記録」なのですが、私が会員になってから十数年、顕正新聞に書かれた記憶がありません(失念しているだけかも知れませんが)ので、顕正新聞に記録を載せるというのは随分久しぶりのことでは無いかと思います。(落慶記念グラフに載ったことはありましたが)

そんなわけで、私が55周年の話をここで書く意味があまり無くなったような気もしますが、できるだけ書きたいと思います。


よって、今日も違う話です。


55周年大会、ということでしたが、親鸞会としては報恩講でもあり、記念行事でした。以前にも書きましたが、報恩講や降誕会といった大きな行事になりますと、普段は来なくなった人も誘われたりして来たりすることがあります。そんな、なかなかご縁が無くなってしまった人に会うというのも、このような行事の楽しみでありました。


私も気がつけば、親鸞会と縁あって13年くらいになります。多くの先輩、同輩、後輩との出会いもありましたが、残念ながらその多くとはご縁が無くなりました。だんだん少なくなっていますし、今年はどうなのかな、と思いながらおりました。


会えなくなっている人の中でも、ことあるごとに気になっている後輩が何人かいるのですが、果たしてその一人と会えました。
 

髪の毛の色も雰囲気も随分変わっていましたし、最初は遠目に見かけただけだったのですが、不思議なことにすぐに分かりました。ずっと見かけていなかったのですが、元気そうだったので安心しました。なぜか55周年では、土曜も日曜も、何度も見かけたりすれ違ったりしてました。


話しかけたいという気持ちもあったのですが、それはやめました。その時々で縁も変わるのでしょうが、その子にとって今、私は必要な縁では無いのだろうと思ったからでした。別に私がどうとかではなく、親鸞会である必要も無いですが、ただ、弥陀とのご縁は続けてもらいたい。生きてさえいてくれていればまた、南無阿弥陀仏に恵まれることもあるでしょう。


今年は後輩を亡くしましたので、なおさらそう思うのですが、ひとまずは元気そうだったので、生きていてくれたから良かった、とも思うのです。生きていてくれて良かった、そして生きていてくれたから弥陀とのご縁も大切にしてもらいたい。そう思う一方で、弥陀だから、とも思います。


釈迦弥陀は慈悲の父母 種種に善巧方便し われらが無上の信心を 発起せしめたまいけり
(親鸞聖人)





と、あまり元彼女のことを書いているとヨメに怒られるかも知れませんからこれくらいにします。
ヨメはまた特別です。 私にとって懐かしい同行であり同朋です。

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