あさ川進の、宗教と私

浄土真宗親鸞会に所属しながらアウトサイダーだった私(現在は会員でなくなりました)が、宗教(浄土真宗親鸞会)との付き合い方を考えつつ書いている更新頻度が低いブログ(この説明も暫定です)リンクフリーです。なお、投稿文を受け付けております。「【投稿文】」と書かれている記事は、頂いた投稿文です。

2014年01月

先回の記事もそうですが、今回もスマホからポチポチ書いてますので、短い記事です。手抜きに感じられた方がありましたら、失礼しました。

また何人かの講師部員の方とここしばらくでお話する機会がありました。今更ながら、私がこのブログを書いていて、親鸞会から何の反応も無かった理由がおぼろげに分かった気がしました。単純に、読まれて無かったのかなあと思った次第です。


さて、PC版でお読みの方の中にはお気付きの方もいらしたかもしれませんが、数日前に「あさ川の思い入れのある記事」についてのリンクを付けました。これも実に今更です。
スマホや携帯電話の方は、そのリンクが見られませんので、こちらに書いておきます。スマホ版のエディタでリンクが反映されているか、若干の不安はありますが、反映されてなかったらすいません。

http://blog.livedoor.jp/skai_as/archives/27812241.html


もう250本くらいの記事がありますが、割合このような中身に乏しい記事も多いです。そのようなわけで、一応私の言いたいことがある程度書かれている記事はまとめておいたほうが良かろうと思った次第です。
ご意見、あるいはその他お気に入りの記事などございましたら、教えていただけるとありがたいです。

先日、晩ご飯を食べていたら支部長さんとばったりお会いして、少し話をしました。この件はそれだけです。


さて、明日はもともと録画のビデオ講演との予定でしたが、「順調に回復されている」とのことで、「座談会をつとめてくださる」ということになったと連絡がありました。

と言いつつ私は、もともと遠方に行く予定でしたので御縁がありませんけれども。


今回はそれだけです。

今日はテレビ座談会でした。ちなみに私は初聞法会にはご縁ありませんでしたので、久しぶりのご縁でした。
内容は「破闇満願」というお言葉について、でした。


ごく大ざっぱに内容を書きますと、

・破闇満願、とは仏教の全てを表した言葉
・破闇=闇を破る、満願=願いを満たす
・闇=疑いの心・疑情。(「誠なるかなや」のお言葉から)摂取不捨の真言(阿弥陀仏の本願)を疑う心
・摂取不捨の真言とは、煩悩具足の大宇宙すべての仏から見捨てられた極悪人を絶対の幸福に助ける、という阿弥陀仏のお約束
・摂取不捨の真言に疑い晴れたのが、「誠なるかなや摂取不捨の真言」
 ①私が煩悩具足の者であったこと
 ②私が絶対の幸福になったこと
 の二つがはっきりした、と仰っている。
・(①について)親鸞聖人は歎異抄に、「いずれの行も及びがたき身なれば~」と仰っている。
 煩悩具足の凡夫=いずれの行も及び難き身 同じこと
 地獄一定は阿弥陀仏に救われても変わらない。
・(②について)「利他の信楽うるひとは~」のお言葉で
 絶対の幸福にするという阿弥陀仏の本願と一体になる(願に相応)→絶対の幸福になった
・絶対の幸福になったこと=満願。阿弥陀仏の願いを私たちの上に満たす
 現生十種の益=前九益が別益、入正定聚の益が総益
 絶対の幸福のことを正定聚という。
 阿弥陀仏の本願の目的は総益、正定聚にすること。
・10番目(入正定聚の益)は絶対、1~9番目(前九益)は相対。
 絶対から相対が流れ出る。18願から、19願20願が出てくる。
 
なんだか、ここに書いただけでは端折っていてよく分からなくなっているようにも思いますが、あくまで大ざっぱな内容ということでご理解頂ければと思います。


あとは、

・3月2日は学生大会、4月6日はご法話。今後、行事は文字にして連絡して良い
・アニメバスを9月までに全国で10台にする。(多分発注済み)
・講師部員の配置が大きく変わり、支部のガラガラポンが始まる

といった趣旨の連絡がありました。
1番目にある通り、今後は日程を文字にして連絡して良いそうなので、覚え書きとしてここにも書いておきます。

今日は取り急ぎ以上と致します。

 

日曜日は地元の会館にて、関東学徒の集いがありました。私にとってはやや久しぶりの、光晴先生とのご縁でもありました。参詣者が何人くらいだったのかは分かりませんが、落慶座談会並の参詣者ということだそうでしたので、畳72畳の仏間に300人くらいの方が来られたということでしょうか。おかげで行事中は休憩中も含めて身動きが取れませんでした。


午前は、55周年大会のスローガン2つを通して、主に「『なぜ2』を書かれた御心」のお話、
午後は、四苦八苦のお話から「『なぜ2』には何が書かれているのか」のお話、と理解しました。
今回の表題は、一日を通して私に伝わってきたお話の趣旨を文字にしたものです。同じお話を聞かれて、「そんな趣旨では無い」と言われる方があるかもしれませんので、そういう方がありましたらコメント等頂ければと思います。


お話によりますと、

・『なぜ生きる』では多生の目的一つを書いたが、どうすれば達成できるのかについては紙幅の関係で書けなかった。機が熟して、55周年の節目ということもあり執筆した。
・「その道に通ずる人のアドバイス」によって、意訳を先にした。
・(『なぜ生きる2』は)三世十方を貫く書物で無ければならない、との思いで書いた。

といった趣旨の話が、とある座談会でなされたようです。

年末にお話しした会員さんも首を傾げていられましたが、『なぜ生きる』の後書きの件について私は学生時代に、


「書く必要が無いから書かなかった」


という趣旨の話を聞いた記憶があります。そもそも最近は、「以前こう聞いた、というのは根拠にならない」というようなことを言われているので、根拠にならないと言ってしまえばそれで終わる話なのですけれども、もし当時のことを覚えてらっしゃる方があればお聞かせ頂ければと思います。


すでに、陸続と反響のはがきが届いているという話もありました。またその中には、「自殺を思いとどまった」と言われる方もあったそうです。


それで私は、また学生時代のことを思い出すのです。


・・・


あまり詳しいことを書くのも憚られますが、学生時代に親鸞会でご縁のあった方の中には、「自殺をしようと思っていたが、真実の仏法を知らされて自殺をやめた」と言われた方が私が知るだけでも何人かありました。 


その中身が適切かどうかはさておき、親鸞会は「人生の目的」「生きる意味」を、非常に泥臭く訴えてくれた団体でした。私なんかは、最初に話を聞いた時はドン引きでした。
 

別に親鸞会に限らないのかも知れませんが、そういう意味では、「親鸞会の命を救われた」ということになる方もあったのだろうと思います。


しかし、その全てとは言いませんが、私が知る何人かのその人たちは皆、親鸞会を去りました。

そのすべての理由は分かりません。その中の一人は、「親鸞会では解決できないと思うからやめた」と書き残して退会しました。 「人生の目的」という希望の灯火によって望みを与えられ、その灯火が求めても求め得ない物に感じられた、のかどうかは分かりませんが、そんな思いがにじみ出ていました。




もう一つの学生時代の思い出。

私は、学生時代の先輩の勧めによって、とある健康法を実践してました。
その健康法は、「朝食を抜くだけで元気いっぱい、健康になれる」という趣旨のものでした。
 

朝食を抜くだけ、というのは、当時の私にとっては非常に都合が良いものでした。なぜなら、楽だからです。お金も掛からないし。


しかし、単に朝食を抜くだけでは駄目でした。


朝食を抜いてしばらく経っても、私の体に良い兆候は特に現れなかったのです。


実際によくよくその健康法を詳しく見てみると、ただ朝食を抜くだけではなく、全体に量を減らさなければならないとか、 食べていいもの悪い物を分別しなければならないとか、色々気に掛けなければならない問題が出てきたのです。


しばらくは自分なりに頑張ってみたものの、気に掛ける項目が果たせていない自分に落ち込む毎日を過ごしました。不甲斐ないことですが、結局私は、成就できそうに無いと思ってその健康法をやめてしまったのでした。


 
・・・


竊かに以みれば、難思の弘誓は難度海を度する大船、無碍の光明は無明の闇を破する恵日なり。しかればすなわち、浄邦縁熟して、調達、闍世をして逆害を興ぜしむ。浄業機彰れて、釈迦、韋提をして安養を選ばしめたまえり。これすなわち権化の仁、斉しく苦悩の群萠を救済し、世雄の悲、正しく逆謗闡提を恵まんと欲す。かるがゆえに知りぬ。円融至徳の嘉号は、悪を転じて徳を成す正智、難信金剛の信楽は、疑いを除き証を獲しむる真理なりと。しかれば、凡小修し易き真教、愚鈍往き易き捷径なり。大聖一代の教、この徳海にしくなし。穢を捨て浄を欣い、行に迷い信に惑い、心昏く識寡なく、悪重く障多きもの、特に如来の発遣を仰ぎ、必ず最勝の直道に帰して、専らこの行に奉え、ただこの信を崇めよ。ああ、弘誓の強縁、多生にも値いがたく、真実の浄信、億劫にも獲がたし。たまたま行信を獲ば、遠く宿縁を慶べ。もしまたこのたび疑網に覆蔽*150せられなば、かえってまた曠劫を径歴せん。誠なるかなや、摂取不捨の真言、超世希有の正法、聞思して遅慮することなかれ。ここに愚禿釈の親鸞、慶ばしきかな、西蕃・月支の聖典、東夏・日域の師釈に、遇いがたくして今遇うことを得たり。聞きがたくしてすでに聞くことを得たり。真宗の教行証を敬信して、特に如来の恩徳の深きことを知りぬ。ここをもって、聞くところを慶び、獲るところを嘆ずるなりと。
(教行信証総序)



私が健康法を断念したのは、単なる私の怠慢だったと言われればそれまでです。しかし、世の中頑張っても報われないように思えることも少なくありませんし、そもそも頑張れない人もあります。


先に挙げた親鸞聖人のお言葉を味わいますに、親鸞聖人が教えていかれた浄土真宗は、

凡小修し易き真教、愚鈍往き易き捷径

なのでありましょう。 
誰もが助かる教え、ということは、がんばれる人だけの教えでは無い、ということです。



親鸞会の存在によって、「命を救われた」という方がある一方で、「結局自分は助からない」と絶望に陥る方もある。
 

浄土真宗はそういう教えではありません。弥陀が助けると言われているので、「結局自分は助からない」ということは無いのです。



私は年頭に寄せて、『なぜ生きる2』をすてて、と書きました。

「先生が満身創痍でお書き下された御本を何だと思っているのだ」と思われる方があったかもしれません。


「全人類の指南書」と言うと、この本があたかも導くように、あるいはこの本の導きによって、と思われる方も出てくるでしょうが、あくまでも南無阿弥陀仏、弥陀に導かれるのだと味わわれるので、そういうふうに書きました。


「全人類の指南書」を標榜するのであれば、蓮如上人が仰ることに尽きると思います。


そもそも善知識の能というは、「一心一向に弥陀に帰命したてまつるべし」と、人を勧むべきばかりなり。
(御文2-11)


どうも最近は、殺伐とした記事が続いてしまっているような気がしますが、今日は以上と致します。 

読みにくい記事が続いており失礼しております。来月の「ご日程」の連絡をようやくもらいました。

昨年は、
・親鸞会館ご法話
・大導師以上座談会
・二千畳講演
・テレビ講演
が基本的にはループしていたのですが、 

今年は一月・二月とも
・親鸞会館ご法話
・なし
・テレビ座談会
・テレビ講演(録画)
だそうですから、これが定着していくのかなと思っている次第です。


「ご回復」の場合はまた増えるのかも知れませんが、たしかもうそろそろ85歳といことだと思います。 


ところで、明日は「関東学徒の集い」を地元の会館で行う予定です。さすがに手狭ということでしょうか、若い人は昼食をできるだけ外で食べて下さい、という連絡がありました。 車も講師部員以外は第二駐車場に、とのことでした。駐車場を貸して下さる地元の方(会員でない方)があってのことだとしみじみ思います。実は手違いにより未だに顕正新聞の新年号を受け取っていなかったのですが、ようやく受け取れそうです。

しばらく前に、とある親鸞会関係のブログで「カルトの思い出」というようなタイトルの記事があったかと思います。
その記事を見て、ふと「親鸞会の思い出」というタイトルが浮かんで書こうと思ってから一月あまりが経過していました。そんなわけで、今回のタイトルはそのオマージュのつもりです。 




私は現在進行形で会員であるわけですが、入会が平成12年の12月でしたので、会員歴13年が経過しました。4月から聞き始めて入会が12月だったのは、単純に私が入会を拒否し続けていたからでした。 


今までこのブログを読まれてきた方、あるいは私を直接ご存じの方、それぞれの方が私(あさ川)をどのように捉えていらっしゃるのかは分かりませんが、おそらく「あさ川は親鸞会に対して入れ込んではいなかった」という感想はほぼ共通してお持ちではないかと思います。 

実際、私は学生時代も「L1」と呼ばれる幹部ではありませんでした。ただ、幹部ではなかったものの、一応は現在で言うところの「会計」にあたることをしていたので、親鸞会に対して全くお気楽に付き合っていたつもりはありませんでした。




ブログを始めてから今までの中で、様々な形で退会者の方とふれあうご縁がありました。これは私の勝手な印象なのですが、親鸞会が真実だと思って頑張っていた人ほど色々な意味でダメージが大きく、中には心の調子を崩されたと言われた方もありました。


私自身も実は、就職が決まってしばらくした辺りにちょうど、半分鬱のような状態だったことがありました。


「ネット診断」での、「重度の鬱の疑いがあります」という結果をネタにしていた記憶がありますので、本当に差し迫った危機感があったかどうかは疑わしいところですが、当時は当時で、私としては先の見えない真っ暗闇に迷っている心持ちでした。

それは、ちょうど就職も決まって修論を書くだけとなった段階でふと未来に希望が持てなくなったからでした。

 
このまま就職して仕事が忙しくなると、学生時代のように仏法を聞くことが出来なくなる。
学生時代のように頻繁に聞いていてさえ信心決定できなかったのに、聴聞のご縁が少なくなったらなおさら信心決定できるとは思えない。
ただ続けていても信心決定できるとは思えないが、聞かなくなって幸せになるとも思えない。

 
もう8年半も前のことで、今となってはまるで問題にしていないことなのですが、当時は切実でした。
ちょうどそんな時期に、私の大学の先輩は親鸞会をやめたのでした。そしてたまたまそのことを知った私は、それまで溜まっていた鬱憤を晴らそうと思いながら静かに今に至ったのでした。



冒頭に紹介した、「カルトの思い出」の記事にはこのようなくだりがありました。
 

>教団の正しさの上で疑問の答えを探して苦しんでいた日々から、一転してその「正しい」という土台を取り払ったら全てが簡単に説明のついてしまうことに気づいたあの日。忘れられません。


今回は詳細を割愛します(改めて書くかは分かりません)が、私の場合は親鸞会に対しては「間違いを見つけ出す」ことを密やかに願い続けていました。それゆえに「本尊論」に飛びついたわけで、その点では真面目に求めていられた方とは随分違って、そのような「忘れられない思い」はそんなに無かったのかな、と自分で思ってました。


私はこのブログの冒頭に、「そんな私自身の経験も含めて書くことで、宗教によって苦しんでしまった人に対して、なにかしらのご縁にでもなればと思います」と書いています。私としては、真面目に求めて苦しみ悩むことになった方にも弥陀念仏のご縁をと思ってのことでしたが、そもそも私が親鸞会の正しさを信じて苦しむ人に共感できるのか、という問題も感じてはおりました。


そんな風に思っていた私ですけれども、以前のメールを見返してみると、「親鸞会の論理に気付いた空しさ」を感じてはいたようでした。


みなさんがどのようにお感じになるかは分かりませんが、そのメールの文面です。
今となっては目新しい物ではないと思われるかもしれません。
当時の私が「ああやっぱりそうであったか」という空しさを感じていたように思われました。



===2005/9/6にぶるうの氏に送っていたメール(原文ママ)===


ちょっととやまに行って考えたこと。

みんな、ぶっぽうさんだんしてました。これはOK


そして、親鸞会を支えるロジック。

→先生の言われることなされることは全て正しい。

これ。

ていうかこれだけ。

いっぽまちがえば個人○拝

あとは些末。

どーしてああいうことされるのか
→それが善知識の選び抜かれた最短の道だから。

どーしてもぼくはこー思うんですけど
→自分の考えに従っていたら破滅だ、真実を体得された方からまことの教え聞く以外助からない。

いろいろとなやみがありますが・・・
→教えの通り進みましょう。


そーいうことですか。極論すれば。
 

元日の更新はなりませんでしたが、今年もよろしくお願いします。


このブログのテーマは何なのかということを考えたとき、皆さんが受けられる印象はいろいろあろうかと思います。最近は特に素っ気ない記事が多く、「もっと自分のことを書いたらいいのに」と苦言を呈されたりもしました。


書いている内容はかなり変遷があるような気もしますが、私の中で一貫しているのは「弥陀の本願は親鸞会の枠で語るものでは無い」という内容です。


初期の頃に、このブログのタイトルについて書いた記事がありました。 


http://blog.livedoor.jp/skai_as/archives/2012-09-08.html

一つは、親鸞会という枠を取り払いたかったからです。親鸞会という枠の中だけで話をしたくなかった、もっと言えば、弥陀の本願と親鸞会を切り離したかったから、ということです。


また、「親鸞会ブログポータル・ナビ」でカウントされているビジター数で一番多くの閲覧をいただいている「卒親鸞会」ではこのように書きました。


http://blog.livedoor.jp/skai_as/archives/23872989.html

それぞれの方がそれぞれの立場でそれぞれに振る舞って、それぞれの業に従って弥陀の本願念仏を喜ぶ。 
>そこに、親鸞会の組織の論理なんかはまったく関係がありません。
>このブログをご覧になる方は、親鸞会が縁となって弥陀の本願を知られた方が多いと思いますけれども、親鸞会がどうのこうのということから離れて弥陀の本願と向き合う、それが立場に関係なく、卒「親鸞会」と言っても良いと思います。もともと親鸞会など眼中に無かった人は、そのお立場があろうかと思います。



昨年は、引き続きの会館建設ラッシュにメニューお布施、そして『なぜ生きる2』の出版などがありました。

言うまでも無いことですが、親鸞会も難度海に浮かぶ丸太でしかないと同時に、『なぜ生きる2』も丸太でありましょう。


学生時代の私であれば、『なぜ生きる2』は「信心決定するための教科書」と崇めていたかもしれません。しかし、弥陀の本願の前には関係ないことでした。



結局、私が『なぜ生きる2』を読んだ結果味わわれたことは


「『なぜ生きる2』を捨てよ」ということが『なぜ生きる2』の主題だった

 
ということでした。 



弥陀の本願を知るには、弥陀の本願のことを教えてもらわなければなりませんので教える人が大切です。ただ、弥陀の本願と教える人が逆転しては詮無いことです。


あくまで「ただいま助ける」弥陀の本願を聞いてほしい、これ以外に弥陀の本当の願いはないのだと味わわれます。


今年はどういう形で弥陀の本願を語れるのか分かりませんが、様々なご縁があって今があります。
今年もよろしくお願いします。 

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