あさ川進の、宗教と私

浄土真宗親鸞会に所属しながらアウトサイダーだった私(現在は会員でなくなりました)が、宗教(浄土真宗親鸞会)との付き合い方を考えつつ書いている更新頻度が低いブログ(この説明も暫定です)リンクフリーです。なお、投稿文を受け付けております。「【投稿文】」と書かれている記事は、頂いた投稿文です。

2014年05月

最近すっかり更新が滞っていますのは、ひとえに私の問題ではありますが、夏くらいに落ち着けば良いかなというくらいの見通しでいます。


実は読者の方から法話のお誘いも受けたりしておりますが、なかなか都合が合わず(言い訳)に、実際のところは一ヶ月以上法話に足を運べていません。かといって、親鸞会のあれこれを書く気もあまり起きなかったので、更新ができていませんでした。楽しみにされている方、失礼しました。

来月、仕事の後で久しぶりに法話に行ければと思います。14日は残念ながらご縁が持てませんが・・・



さて、今日の記事もかなり私事ですが、家にある仏教関係の本を一つの本棚にまとめてた話です。



どこまで書いたか分かりませんが、私の妻はもともと宗教嫌いでした。ところが、とあるきっかけ(当時の彼氏が親鸞会の会員さんだった)ことによって浄土真宗とのご縁があった人です。なぜだか分かりませんが、親鸞会には行かずに、自分でお寺に足を運んで弥陀の本願を喜ぶようになったそうです。


そんな妻の家には、仏教関係の本が結構あったのですが、私の家に引っ越してくるに当ってその一部だけ持ってきました。私も、親鸞会関係を除けばたいした冊数を持っていなかったのですが、せっかくなのでということで、二人の持っている仏教関係の本を一つの本棚にまとめたのでした。(実は仏教関係の本でないのも混ざってますが)


真ん中が、妻の持ってきた本。上と下が、かつて私が買いあさった本です。二人が一緒に買った本を除けば、かぶっていたのは鈴木大拙さんの『妙好人』だけでした。


こうしてみると、妻と私の好みがくっきりと分かる気がします。本を買いあさっていた当時の心境もあるのですが、改めてみると学問系が多い印象があります。実は『真宗辞典』も持っていたのですが、これはある方にお譲りしました。


まだ、妻の持ってきた本は読んでいないのですが、少しずつ読んでいきたいと思います。


ちなみに、一万年堂の本は、この下に置いてあります。
 
写真 (3)

(1)を書いてから、(2)を書こうと思ってはいたのですが、どうしたことかノートが見当たらなくなりました。少し探してみたのですがやはり見つかりませんので、(2)はおそらく書かないことになろうかと思います。ノートが見つかったらそうしたご縁があるかも知れませんが。


4/5のお話で、私が良かったなと思ったことはいくつかあったと思うのですが、やはり放置してしまうとそのままうち捨てられて、現在はなかなか申し訳ない状態になっております。そんな中で記憶の片隅にある話を今回はします。


浄土真宗を聖道門自力の仏教と比較して、のお話の中で、こんなことがありました。


自力の教えは、 「幸せは、自分が頑張った先の未来にある」。
浄土真宗はそうではなく、今、幸せになる教え。
 
この話を聞いて、学生時代を思い出しました。



自力で幸せになる教えは、自分がどれくらい頑張ったかが結果として返ってくるもの、とすると、ある意味世の中の営みそのもののような気がします。
 

「この坂を 越えたならしあわせが 待っている そんなことばを 信じて越えた七坂四十路坂~」


この歌詞は、新入生勧誘の時期に 毎年のような新入生に語るフレーズの一つです。

「しあわせが待っている」のが「この坂を越えたなら」ですから、幸せはどうあっても未来です。そうやって、未来にきっと幸せになれると信じて頑張っているけれども、最後には必ず裏切られて云々、という話です。


そこで、「生きている現在只今、人生の目的が云々」と、話をするわけでした。



しかしながら、そんな話を新入生に話をしている当の学生は、当時の私も含めてですが、「この坂を越えたなら」を地でいっているように思えてなりませんでした。


思えば、私が大学一年の頃。

今でもよく覚えていますが、三万八千円の合宿費を払って新歓(先輩的には新勧)合宿に行ったのは、先輩の言葉を脳内変換して「新歓合宿に行けば人生の目的が達成できる」と思ったからでした。ちなみに、先輩は「人生の目的がハッキリする」としか発言してませんでしたけど。

どういう理解からか、先輩は皆「人生の目的を達成している」と思い込んでいて特に疑わず、合宿で先輩同様に「人生の目的を達成できる」と思っていた私は、当然に新歓合宿を失望のうちに終えることになったのでした。

その新歓合宿で、「高森先生」なる存在を知らされて、「この先生から話を聞けば人生の目的を達成できる」と、これまた勝手な脳内変換が私の中でなされて、聴聞のためのアルバイトをするようになったのでした。

アルバイトで貯めたお金を握りしめて、大阪で話を聞いたものの、これまた「人生の目的は達成されずに」失意のうちに帰りのバスに乗り込んだものでした。


一年生の時の七月、私は唯一だと記憶していますが、このときに「人生の目的を達成できそうにないからやめたい」と先輩に言いました。しかし、「一年だけ頑張って聞いてみよう」と励まされてその場を過ごし、新入生を迎える頃にはやめるにやめられなくなったのです。(気分的に)


思えば一年生の時は、

新歓合宿、
大阪、
富山、
夏合宿、
報恩講、、、

と、「この合宿」「このご縁」と、次から次へと幸せ(「人生の目的達成」)を追い求め、学年が上がってもこのローテーションはさほど変わらず、さらに実感としては

お誘い
教学
ご報謝(今で言う「お布施」)

の繰り返しが続いていったのでした。



「今幸せになれる教え」を聞いていたはずが、実のところは「頑張った先の未来に【きっと】幸せになれる教え」を追い求めていたのだろう、そのように思いを馳せたのでした。


私がする苦労は全部弥陀が先にされている、とか私が頑張らなくとも弥陀がご苦労されている、などと聞くと、人によってはお気楽に聞こえるかも知れません。けれども、私が頑張らないといけない教えならば、私が幸せになるのも私の苦労した結果ですから、そこに報謝という思いはあまり出てこないかも知れません。善因善果自因自果、私が幸せになるのは当たり前、となってしまいかねないからです。

親鸞聖人が歌われた恩徳讃、それは、今幸せにしたまう如来や善知識の恩徳を思うからなのだろう、と、これまた思いを馳せたのでした。


まとまってませんが、今日はこれくらいにします。 

「親鸞会ブログポータル・ナビ」を見て、私のブログのマークが未だに緑色であることについて考えました。私のブログは、従来の定義では緑色でも赤色でもなかったのですが、おそらく会員だからという理由で緑色になったのだろうと思ってました。

今はすでに会員でないので、緑色である理由も無いのですが、かといっていきなり赤色になるのも変でしょうから、このままなのかなあと思っています。まあ、自分から「脱会」したわけではありませんし。


一応一般的にはGWで、私も一回の臨出以外はカレンダー通りの休日なのですが、妻は友人と旅行に行ってしまうのでやっぱり今年もひとりぼっちです。これも私以外にとってはどうでもいい話ですので失礼しました。
 

私の記事はいつも、本題に入る前にあまり関係ない話が入りますが、 更新頻度が少なくなっても基本的にこのテイストは変えずにいきたいと思います。

 
さて、親鸞会を追い出されてから一ヶ月程度更新を止めて、その後はほとんど親鸞会のことに触れていませんでした。いろいろ理由はあるのですが、別にあえて無視して親鸞会以外のことばかり書かなくても良いかなという心境になったので、今日は久々に親鸞会ネタです。といっても、新しい情報は一切持ち合わせていないので、少しだけの昔話です。



私が、その当時の担当講師と毎月池袋で話をしていた時なので八年くらい前のことです。当時私は、就職一年目で支部へ移籍させてもらえなかったので学友部に留まっていました。学生とはかなり離れてしまって、日常的に部会に参加することも難しかったので、お互いに比較的行きやすい池袋で話をするご縁を頂いていたのでした。

その方は概ね何を話しても良さそうな感じだったこともあったのと、私が弥陀の本願喜んでから日が浅かったということもあって、自己流の味わいを好き放題ぶつけていたのでした。


当時、一応は学生時代も含めて六年あまり、親鸞会で話を聞いてました。その中での理解は、親鸞会では「信心決定がゴールだ」というものでした。

どういう話の展開でそうなったのか、さすがに覚えてはいませんが、当時の私の味わいからしても「信心決定したからこれで終わりだ」という感慨にはならなかったのだと思います。弥陀の本願は、味わえば味わうほど深くなっていく、というような話をしていたのかもしれません。


そのときに、担当講師が「先生から以前にこのような話を聞かせて頂いた」ということで、

「信心決定は、たとえると雛がかえったようなものだ。その雛を育てていくのが聴聞だ」

という趣旨の話をされました。

 

八年ほど前なのでうろ覚えなのですが、そういう話をされたこともあるのか、という感慨がありまして、その話で盛り上がった覚えがあります。
 

雛がかえったということは、いわば「始まり」ということでしょうが、親鸞会で「信心決定は(ゴールではなくて)始まりなのだ」という話を聞いたのは、このときが初めてだったように思います。
 
いつどこで、その話があったのかという話は分かりませんが、雰囲気からすると講師部講義のようなご縁なのだろうと推測しています。

 

蓮如上人は、

「仏法は聴聞に極まる」

とおっしゃいました。
 

親鸞会で話を聞いている中では、信心決定のための聴聞、というような理解にしか(私は)ならなかったのですが、雛がかえるという話を味わうと、聴聞の意味合いもまるで変わるように思います。



講師部員だからこういう話があったのか、単純に聞きそびれていたのか、どちらなのかは分かりませんけれども、そのような味わいが、もっともっとできれば良かったのにと思い出す今日この頃でした。

 

なんでそんなことを思い出したのかと言いますと、山も山さんの脱会ブログに、おそらく講師部講義のようなご縁と思われる中での話しが出てきたからでした。

私がどう思ったのかは、皆さんのご想像にお任せします。
 


ここまで書いてきて、タイトルと中身が合ってるようで合ってないことに気付きました。
 

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