あさ川進の、宗教と私

浄土真宗親鸞会に所属しながらアウトサイダーだった私(現在は会員でなくなりました)が、宗教(浄土真宗親鸞会)との付き合い方を考えつつ書いている更新頻度が低いブログ(この説明も暫定です)リンクフリーです。なお、投稿文を受け付けております。「【投稿文】」と書かれている記事は、頂いた投稿文です。

2014年06月

前々回のブログの続きを忘れているわけではありませんが、今日はまた別の話です。


さて、またブログの読者の方に教えていただいたお寺のご縁をいただきました。
あまり詳しくは分かりませんが、このお寺の住職さんは、在家だったところに仏法とのご縁があって、自分で寺を作ったということだそうです。ご縁のある方すべてに弥陀の慈悲を届けたいという思いを大きな声で話しされてましたが、今回のお話は住職さんではなくて別の先生のお話でした。


例によって、私のメモから簡単に振り返りたいと思います。いつものように、「私はこう聞きました」というメモです。あまり詳しく書いてないので、わかりにくかったら失礼しました。


・・・・

「「愚者三人に智者一人」とて、何事も談合すれば、面白きことあるぞ」と、前々住上人、前住上人へ御申し候う。是また、仏法の方には、いよいよ肝要の御金言なりと云々
(蓮如上人御一代記聞書)



・ 愚者三人・・・仏法を興す人
 讃歎、談合をする。これが大切だと言われている。

・讃歎、談合は真宗繁昌の根元 

・(誰かが言われた)讃歎の七徳
 ①聴聞の誤りを正す・・・六人のうち四人が聞き誤っている
 ②未聞の法を聞く
 ③いよいよ明瞭堅固なる・・・自分の進むべき道が明らかになる
 ④お互いの心中を知る
 ⑤報謝の情を増す・・・ご恩のお返しをするところを持つ
 ⑥懈怠の改まる縁となる
 ⑦教人信となる

・讃歎談合の根本
 1.愚者の意識
   「浄土宗の人は愚者になりて往生す」と、御消息に法然上人のお言葉をひかれている
   自分は常に教わる側だと、被教育者に徹する人が真の念仏者
   人に言って聞かせるという意識は讃歎を自己顕示の場とする
 2.御同朋御同行の心
 3.継続一貫、積極性
   続けることが大切。また、積極的に参加することが大切

・求道心を失わせるもの
 1.教法に対して恭敬供養讃歎の心をなくすこと
 2.きょう慢心
 3.約束を守らない
 4.よき師、よき友に対する尊敬の念を失う

・仏法を興す人
 ご再興の上人、蓮如上人は二つのことを言われている
 ①仏法は聴聞にきわまる・・・・信心念仏となる
 ②仏法は讃歎・談合にきわまる
  この二つは縦糸と横糸のようなもの。
 

・・・・

私の味わいとしては、少し前にもコメントをいただいた「愚者になりて往生す」について思い出しました。
智者は一人で考える、愚者なればこそ讃歎談合をする、蓮如上人が「ものを言えものを言え」と言われたことお併せて味わわれました。

 
簡単ですが、今日は以上です。 

前回の記事とはおそらくまるで関係ありませんが、山も山さんのブログで「やや日刊カルト新聞」の件が紹介されていました。今日は、少しだけ思ったことを書きます。


やや日刊カルト新聞に紹介された最近の親鸞会の新規勧誘潜入レポート(動画あり)を読んで思ったこと - 親鸞会を脱会した人(したい人)へ

 
ビデオでは、思いっきり親鸞会と書かれていたので迷うことはないと思いますが、親鸞会と書いていなくても「親鸞会の行事の映像だ」ということは明らかな映像でした。私のいた支部では、「親鸞会」と名乗っていた会場もいくつかあったと思いますが、東京では難しいのかもしれません。


それはさておき、偽装勧誘云々についてはほかの方が色々突っ込みを入れてくださることと思いますし、実のところ私がこの映像を見て確認したことはそのことではありませんでした。


座談会の映像を見て思い出したのは、私が追い出されて「最後に」講師の方とお話ししたときのことでした。このことについて過去に触れたかは分かりませんが、こういう内容のお話がありました。


「今年に入ってからは、先生は二千畳にお立ちになってない」

 
この話は二月末のことでしたから、昨年と同じペースで行けば富山の全体行事が4回過ぎていた計算になります。昨年の年末に『なぜ生きる2』が出版され、それと時を同じくしたくらいから「お休みになって」いましたが、三ヶ月経っても「二千畳でお話」の機会は無かったということでした。


但し書きをしておきますと、行事自体が無くなっているわけではなく、おそらくは自室と思われるところからのビデオ上映、あるいは二千畳に音声だけ中継される、などで行われていたようです。


その話を聞いたときに思ったことは、「もう会員さんが今までのように二千畳に集まっても、姿が見えずに音声が聞こえるのみになっていくのだろうか」ということでした。


昨年までは、自室と思われるところからの中継でした。このときは少なくとも、姿は見えていました。


一月になって、メーリングリストに流れてきた情報によると、皆は二千畳で聞き、基本的な話は(別室からの遠隔指示を受けている)壇上の講師部員がする、というスタイルになったそうです。


私が「もう姿も見えずに」と思ったのは、そういう経緯があったからでした。


今回の映像ではご本人がわずかに映っていましたが、別室の映像と推測されたことから、このときも「会員さん達は二千畳、別室からの指示でお話しをする講師」のスタイルなのだろう、と思いました。


・・・・

学生時代、「直接のご縁が大切だ」とさんざん聞かされて、確かにそうだと思って足を運んでいた記憶があります。にも関わらず、お布施の額が足りずに別会場で映像を通してのご縁とがっかりしたことも覚えています。まあ、がっかりしたなどというと怒られるかもしれませんが、当時はそう思っていました。


それが、二千畳の大講堂ができたことによって「一緒に聞かせていただける」となったのは、当時会員さんだった皆さんが覚えてらっしゃるのではないかと思います。


蓮如上人は、聞きに来られた皆さんと同じ高さで、車座でお話をされたと聞きます。


体力的に難しいのかもしれませんが、親鸞会の会員さんにとっては、「先生」がどんどん遠ざかっていっているように思えてなりません。


別にそれは、往生浄土とはまったく関係のない話なのですが、「直接のご縁」と聞かされ続けてきてそれを真受けにされているとすれば、あるいは弥陀の本願までも遠ざかっていっているように思われるかもしれません。


「汝今知るやいなや阿弥陀仏、ここを去ること遠からず」


と「教学聖典」にも書かれているとおり、阿弥陀仏は常にともにいられるのです。


ブログで語っても詮無いことかもしれませんが、「見えなくなっていく先生の背中」をご縁に「常に寄り添いたまう阿弥陀仏」のご縁をお互い喜ぶことができればと思います。

 
さすがに、降誕会は二千畳で執り行われたと思いますが・・・

ふと、そんなことを思いました。 

三週間くらい間があきました。こんなに更新が途絶えていても、毎日コンスタントにほぼ同じくらいの数の方がアクセスされているようです。ありがとうございます。


正直なところ、ブログの更新を頻繁にしていた頃は、色々書きたいことがあって書き続けた時期と、義務感から書き続けた時期とがありました。義務感というのも変な話ですが、更新し続けないと気持ち悪い、といったような感覚でしょうか。今はそういう心も飛んでしまっているので、更新頻度が下がってしまいました。楽しみにされている方には失礼な話ですが、また心が変わったら、状況が変わるかもしれません。




さて、形式上は自分の意思ではありませんでしたが親鸞会から離れて3ヶ月くらいでしょうか。 

ベルトコンベアで流れてくるようにやってくる「仏法とのご縁」

でも書きましたけれども、親鸞会にいたときと離れて今の時期と比べると、一番違うのは「聞法の予定」です。
(親鸞会のは「聞法」とは言えない、と言われる方もあるでしょうが、ここではこのように書きます)
 

私の場合は幸いなことに、このようにブログを書いていたことも手伝ってか、聞法のご縁を色々紹介してくださる読者の方があります。これは本当にありがたいことです。


最近は、「法話案内」といったサイトも充実して法話の情報が以前よりは集めやすくなっていますが、それでもやはり自分で探しに行くとか、教えてもらうとかしなければ、最初のうちはなかなかご縁をいただくのが難しいと思います。


それは、何も考えなくても向こうから次々と日程の連絡が来ていた親鸞会時代とはやはり違うところです。



そのように書くと、親鸞会を追い出されたことを後悔しているようにも見えるかしれませんが、特に後悔はしておりませんで、むしろ色々なご縁を自由にいただける状態が非常にありがたいと思っています。


もちろん、行くまでどういうお話があるのかも分かりませんし、どういう雰囲気のところなのかも分かりません。初めてのお寺に電話をかけるというのも少し勇気がいるものです。それでも、仏法とのご縁は本来こういうものなのだろうと思います。



先日は、ブログの読者の方の紹介も有りまして、「真宗光明団」の皆さんのところへ伺ってご縁をいただきました。


「念仏から開かれる人生」と題して、歎異抄第七章のお話がありました。

大雑把には、まず歎異抄のほかの章との関係から始まり、「”念仏”と”念仏者”」そして「”有碍”と”無碍”」についてのお話がありました。

その中に

無碍の一道、という無碍、ということは有碍を排除しなければ本来は成り立たないもの、それがここで言われる無碍は、人間の有碍のただ中に感得されるもの、如来の無碍の徳は、人間の有碍(人生の現実、苦しみ)を転じて仏道の内容とするはたらき、

というお話もありました。

 
このお話を聞きまして、教行信証の


故に知んぬ。円融至徳の嘉号は、悪を転じて徳を成す正智、難信金剛の信楽は、疑を除き証を獲しむる真理なり。


のお言葉を思い出しました。
皆さんにとっては当たり前の話なのでしょうが、弥陀の本願といっても今を生きている私に常に寄り添うものであるということを改めて味わった次第です。

 

それで、今日の話は、こういって様々なご縁をいただきながら思い出した、とある親鸞会の会員さん(たぶん今も現役)の話を書こうと思ったのですが、ここまで書くのに時間が掛かってしまったので、また次のご縁にでもと思います。


中途半端感が漂いますが、今回は以上といたします。
 

いつの間にか6月になりました。5月は法話のご縁を頂くことがなかったので、まるまる一ヶ月以上法話のご縁が無かったことになります。落ち着くまではなかなかご縁が無いかなあと思いながらも、やはり長いことご縁が無いのもなんだか気持ち悪い感じがします。

そういえばこのブログもひっそりと2周年を過ぎたのですが、今回は特別なことをしませんでした。


そんなことを思いながら先日に「法話案内」を覗いたところ、東京で二つのご縁が見つかりました。少し時間が取れそうでしたので、葛飾のお寺に参ることにしました。


二時間あまりという距離が近いのか遠いのかはよく分かりませんが、近くもなく遠くもない距離だ、といったところでしょうか。


地図を見ると、近隣に寺らしきものもなく道順も分かりやすかったので、八尾の時ほどに迷うことはなかったのですが、私がイメージしているような寺の建物が見当たらなかったので、危うく通り過ぎてしまうところでした。どうも幼稚園のようでした。


阿弥陀経のおつとめをしまして、「醒睡の催し」とあったのは落語でした。生の落語は初めてだったのですが、まさか寺で落語を聞くとは思っていなかったので、これはこれで楽しみました。この噺家さんも、建物が寺に見えなかったことをネタにされてました。


ご法話は、茨城のお寺の方で、失礼ながら思ったよりも若く、私より若干上、というくらいの年齢の方でした。

讃題は「本願力にあいぬれば」ご和讃。
静かな語り口でしたが、情熱的な感じを受けました。


少し経つとすぐに記憶が曖昧になるのですが、簡単に思い返してみます。



人は皆、いろんな生まれ方をして、いろんな行き方をして、世の去り方も人それぞれあるなかにおいて共通しているのは、世をむなしく過ぎたという人は一人もいないのだ、ということ。

それは、如来の本願力にあうから、如来の願いが私に働いて下さるからだ、


こんなようなお話から始まったと記憶しています。


また、途中でこのような『教行信証』のお話もありました。


浄土を論ずる者常に多けれども、その要を得て直ちに指うる者あるいはすくなし
(信巻) 



救いとはこういうものだ、こういうお働きだと、頭で理解して論ずる人は多い。しかし、「その要を得て直ちにおしえる者あるいは少なし」を書いてある。

ありがたい、と口ではいえど、如来の心を手づかみにして、縁に触れれば何でもすがってしまう私の姿が知らされるのではないか。

願うより先に願われている私であったと、如来の心が私となって心から頷かされる人、というのはどれだけあるだろうか。


どうしても私たちは、如来を向こうに回して頭で理解しようとする、如来との距離がある。私中心に考える。
そうではなくて、如来中心になるのだと。


こんなお話もあったと思います。




ここで親鸞会の話を出すのもどうかと思いつつ、まあ出しますけれども、私が追い出される少し前、 ある会員さんが別の会員さんと話をしているのが漏れ聞こえて来たことを思い出しました。会話の内容は、「私は弥陀に救われていない」、その先は別に書きませんがそんな話が聞こえました。


「私は弥陀に救われていない、それはハッキリしている」
 

いや、助けるとか助けないとかは弥陀の仕事だから、勝手に決めつけちゃいかんでしょう、と言おうとして、「いやあ、弥陀の一人働きだからねえ」としか言わなかった私はチキンかも知れませんが、このやりとりが、「浄土を論ずる」やりとりのように味わわれたのでした。


いや、この件だけではないのですけれども、


学生時代の私には、本願文の話を聞いた時に常に、まったく、(私にとって)理解不能な問題が頭から離れなかったのでした。


「十方衆生を助けるとかいってるくせに、自分が助かっていないということは、結局阿弥陀仏は嘘つきなのではないか」

端的に言えば、

「十方衆生を助けるとか言いながら、自分が助かっていないのはなぜだ」

ということ。


なるほど、まさに「浄土を論じて」いる姿だと味わわれたのでした。


自分が助かっているかどうか、それを判断する根拠が「私」とすると、どうしても如来と私の間に距離ができる、あるいは「私が如来のはたらきを理解して論ずる」ことになってしまうのではないか、と思うのでした。


とかく、根拠ガー根拠ガーと言う親鸞会に漬かっていると、やはりいろんな根拠を探し出して自らの正当性を担保したくなるのですが、最近は、如来の本願を語ることについてそういう力みを入れることに、意味を見いださなくなりました。もちろん、善知識方とくに親鸞聖人は教行信証等にたくさんの根拠を引いていられますが、あれは自らの正当性の担保のために出されたとは味わっていません。
 

山も山さんのブログで取り上げられていたこの質問も、今回のご法話を聞きながら思い出されたのでありました。

「阿弥陀仏に見捨てられるのではないかは思うと不安になります」(頂いた質問)

「縁さえ来ればどんなことでもしてしまう私」と口では言えるけれども、かといってやはり、「念仏者はこうあるものだ」というイメージが拭いきれない私。それもまた如来にはまったく関係がないのだと、改めて味わわれたご縁でした。



今回はいつも以上に何を言っているか分からない記事になってしまったように思いますが、ひとまず以上といたします。
 

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