あさ川進の、宗教と私

浄土真宗親鸞会に所属しながらアウトサイダーだった私(現在は会員でなくなりました)が、宗教(浄土真宗親鸞会)との付き合い方を考えつつ書いている更新頻度が低いブログ(この説明も暫定です)リンクフリーです。なお、投稿文を受け付けております。「【投稿文】」と書かれている記事は、頂いた投稿文です。

2014年08月

考えてみると今日で8月も終わりでした。そういえば私が親鸞会を追い出されて、超「親鸞会」を書いてから半年あまりが経ったわけですが、早いものです。ちなみに、親鸞会関係のブログをやっている方の中には、顕正新聞を入手して情報を得ているという方もあるかしれませんが、私は一切そういうものがありません。


ふと思い出してみると、そういえば千葉会館がもうすぐ手に入るとか、そんなことをいっていたような気がします。東京の会館はできたのかなあと、ふと思い出しました。


そんなことを思い出したのは、先日私が初めて「真宗会館」に行ったからでした。


いきさつはよくわかりませんが、この真宗会館は関東の皆さんに南無阿弥陀仏のご縁を、ということで建てられたものだそうでした。教えの内容云々、という話はあるかしれませんが、そこを抜きにすると経緯は似ているような気もしました。これは私の主観です。


私はかつて練馬区に住んでいたこともあるので、懐かしい思いに浸りました。ただ、失礼ながら公共の交通機関を使って行くには若干不便な立地でした。


今回のお話も、私にとっては味わい深いご縁でありましたが、それはまたご縁があればということで、今回は別の話です。


・・・


私が通っていた小学校には、高さ3m弱の金属のポールが立っていました。私が在学中に建てられたもので、伊勢湾台風時の、最大浸水高が記されていました。


伊勢湾台風といえば、昭和34年の台風15号で、国内では戦後最大級の被害をもたらした台風ですが、こと名古屋近辺の被害は甚大でした。私の実家のあった学区はほぼ水没し、貯木場から流出した丸太によって大きな被害が出ました。


とはいえ、50年以上前の話ですから当然、私は生まれていません。生まれていませんが、伊勢湾台風の話は身近にあったこともあり、何度も何度も聞いたものでした。


家にいた祖母も名古屋の人でしたので、何度か話をしてくれました。ただ、何を勘違いしていたのか、伊勢湾台風は「台風26号」だったと私に教えてくれたのでした。


そんなわけで、私は小学生の間しばらく、「伊勢湾台風は”台風26号”だ」と思い続けていたのです。


「正しい情報」に触れる機会はありました。当然ながら本を読むと、「台風15号」と記載があるのです。


しかし、「おばあちゃんの言っていた”台風26号”が正しい」という前提で読んでいた限りにおいて、その「正しい情報」は力及びませんでした。


さすがに大きくなって、ある程度分別もつくようになった(つもりの)時期には、「総合的に考えて”台風15号”が正しい情報である」と考えるようになったのですが、それでも小学生の間数年間を費やしたものでした。


・・・


さて、いつ、誰からだったのかは忘れましたが、ずいぶん前に「人間の脳は、最初に入ってきた情報を”正しいもの”と認識する」という話を聞いたことがありました。


気になってネットで探してみたら、このような記事が見つかりました。この記事の”4番目”に記載がありました。


これ


唐突に伊勢湾台風についての思い出を書いたのは、私にとっての実例として、でした。この程度のことを、と思われるかもしれませんが、このようなことでさえ、なかなか塗り替えるまでに時間が掛かったものでした。



私が今日を迎えるまでの道程は、多くの親鸞会(現・元)会員さんからご覧になると「変」なので、あまり参考にはならないのかもしれませんが、私が本願寺などのご法話のご縁にあうたびに思いますのは、


「会員さんがこのお話を聞いて、果たして”これが親鸞聖人の教え”と思うだろうか」


ということでした。私は、弥陀の本願を喜ぶようになってからも8年近くほぼ親鸞会のみで話を聞いてきたこともあるので、その間も「仏法」の話はほとんど会員さんとだけ話をしていました。


たとえば、私が親鸞会の外で今まで何回か聞いてきたご法話の中には、「善のすすめ」の話は一切出てきていません。
親鸞会では、「親鸞聖人の教えに”善のすすめ”はある」ということが前提になっています。


また、親鸞会では「信心決定」が最重要であるように話をされます(私の印象)が、今まで親鸞会の外で聞いてきた法話で中心なのは「お念仏」でした。


両方の経験がおありの方はいろいろと心当たりもあるかと思いますが、親鸞会の内外で聞く話は、ずいぶん(まったく)違うように聞こえると思います。


先ほどの話に戻りますと、脳の構造から言っても「最初に入ってきた情報を正しいものとする」性質があるということは、親鸞会でほとんど初めて「浄土真宗の話」を聞かれた方の場合、親鸞会で聞いたことが「浄土真宗」となってしまうことになります。


批判サイトをいろいろ見て、疑問に思って調べていくうちに、「親鸞会は間違いだ」となればその前提は崩れるのですが、「親鸞会が教えることが正しい」という前提のまま、あるいは明確にそう思っていなくてもそのような前提がある状態の場合、後から入ってきた話に耳を傾けることは難しいのだとろう、と思うのです。


ちなみに、先ほどご紹介した記事には、人間の脳の特徴として


・これまでの知識を正しいとして判断する
・目で見たことを正しいと思う
・「自分が考えていることが正しい」と錯覚する
・最初に聞いたことを正しいと思う


が挙げられていました。


「”最初に入ってきた情報が正しい”とするなら、本願寺にいた人が親鸞会に入会した場合はどうなんだ」という話もありそうですが、そういう方はそもそも”本願寺が正しい”という前提がなかったりしますので、やはり親鸞会の外の話に耳を傾けることは難しいのかもしれない、と思うのです。




難は疑情、易は信心


親鸞聖人はこうおっしゃっています通り、弥陀の本願念仏を無心に聞こうとしても、自分の思いや経験から外れたものは受け付けにくいところが難しいのだと思いますが、やはりそこは「南無阿弥陀仏」をただいま聞いていただきたいと念ずるばかりです。

また間が空いてしまいました。楽しみにされている方、失礼しました。


先回の記事で書きました通り、15日はお寺に行きました。妻が仏法を聞いていた寺です。妻は北陸出身の人ですが、関東に引っ越してしまったので、久々のお参りでした。


お寺では、念仏についてのお話がありました。
時間が経ってしまったので曖昧ではありますけれど、南無阿弥陀仏と称える念仏を聞く、「名を聞く」ということについてもお話があったと記憶しています。今日はそれについて思ったことです。


考えてみれば、といいますか、考えるまでもなく「南無阿弥陀仏と称えている声を耳で聞く」ことは「名を聞く」ことなのでしょうが、親鸞会で十年あまり話を聞いてきた私の中には、そのことが抜け落ちていました。


「聞」の話はよく聞きました。そして「聞即信」、聞くことすなわち信だという話もよく聞きました。そこで、「声なき声を聞く」という話を長く聞いてきたためか、私の頭の中ではいつの間にか、耳で聞くということではないものだということになっていました。


思えば学生時代、隣で念仏称えている先輩後輩の声を聞いていました。自分で称えている声も耳に入っていました。しかしながら、南無阿弥陀仏の呼び声はそのうちどこかから心の中に湧いてきて届くものだと勝手に思っていました。そして、信心決定という摩訶不思議な「体験」をするものだと考えていたように思い出します。


もっと言いますと、自分の念仏は(空念仏だと思っていたので)ともかくとして、周りの方の念仏を聞いて、そこに信仰の浅深を推し量るようなこともしていました。「この人は念仏を大切に称えているなあ」「この人は大声で機関銃のように念仏称えて功徳を蓄えているのか」など。音としては「南無阿弥陀仏」と聞こえていても、その周りのお念仏の声を通して南無阿弥陀仏の呼び声を味わうことをしていませんでした。


そんな南無阿弥陀仏を遠くに追いやっていた私が、今弥陀とのご縁を喜んでいるのもまた不思議ではありますが、周りの人や自分が称えている南無阿弥陀仏のお念仏を「聞く」ということを、今回のご縁ではたと味わわせて頂いたのでした。



さて、話は少し変わりますが、今朝、山も山さんの脱会ブログを読んでいましたところ、妻が


「どうして”一向専念無量寿仏”が”阿弥陀仏に向け”ということになるの?」


と言ってました。言われてみれば、普通はそういうふうに読まないな、と思いました。
親鸞会では「一向」という文字を「一つに向け」と言っているから、「阿弥陀仏に向け」となるのだろうと後になって思い出しましたが、「一向」の辞書の意味に「一つに向け」という意味はありませんでした。


妻は、誘われて親鸞会で話を聞いたこともありましたが、もともとは地元のお寺で話を聞いていたそうなので、親鸞会で教えられていることの知識はあまりありません。


こういうのもなんですが、親鸞会で聞いていると、シンプルなことが随分複雑かつ難解に感じられることが他にもあるように思います。妻と話していて、そう思ったのでした。

またしばらく間隔が空きました。空きましたが、今日は少しだけです。

今までは、自由にコメントしていただこうということで、コメントに特に何の制約も設けてませんでしたが、最近スパムがひどくなってきたため、若干設定を変更しました。
おそらく、普通にコメントされる分には問題ないかと思いますが、ひょっとしたらエラーメッセージが出るかもしれません。ご不便に感じられるかもしれませんが、よろしくお願いします。

先日もふれましたが、先月は法話のご縁がありませんでした。明日は、妻が仏法聞いていたお寺の盂蘭盆会?に初めて行く予定です。実は年越しで一度お寺には行ってましたが、ご法座は初めてなのでした。


さて、今更な感じですが、前回あたりに親鸞会の追悼法要の日程を勘違いしてました。予定では先週末で、台風のため延期だったそうです。台風のため延期とは初めて聞いたような気がしますが、今回は金曜日には案内が回ったようですので、いつぞやみたいに直前にというのはなかったようです。
台風のために早々に延期が決まったというのは、私の学生時代と比べるとずいぶん違和感がありますが、会員でない方が比較的多い追悼法要だからなのかもしれないと思いました。

簡単ですが、今日は以上です。

なぜか知りませんが、「親鸞会ブログポータル・ナビ」の表示がおかしくなっているようです。別に私があのサイトに対して何かをしたということはないはずなのですが、私の記事が連続的に表示されてました。心当たりがあるとすれば、更新時刻が20時になっていたのですが、実際の更新は22時を過ぎてからだった、ということでしょうか。


前回の記事があまりにひどかった(妻にも、「意味が分からない」といわれました)ので、とにかく早く更新しようという趣旨での今回の記事です。 
といいながら、今回もひどいかもしれません。



さて、表題の「ちらし」は、実は親鸞会とはまるで関係のない墓地分譲のちらしのことでした。なぜそんなものが目に入ったかといえば、私が以前に目にした新聞広告に出ていた本のことが書かれていたからでした。


それは、『お寺の収支報告書』という本で、「宗教法人が行政に提出する書類(収支計算書+財産目録+寺院規則)初公開」という触れ込みのものでした。かつてその新聞広告が目にとまり、少し気になっていたのですが、すぐに忘却の彼方に行ってしまっていました。 


ところが、その本の著者がなぜか熊谷の寺の人で、そういうこともあってか家にチラシが入っていたのでした。



実際にはまだ本を読んでいませんので、中身についてのコメントはできませんが、目次あるいはHPを見てみると、どうも檀家制度にあぐらをかいている寺のあり方に問題意識を持って、檀家制度を廃止した寺の住職さんのようでした。


そして、ちょっとまた親鸞会と結びつけて考えてしまったのでした。



私がここに書くまでもないことですが、 親鸞会が「寺の坊主」とひとくくりにしているなかにも、今の寺の状況に問題意識を持って活動をしている人の話は、新聞などでも目にします。ところが、親鸞会の中にいたとき、ほとんどそういうことは触れられなくて、親鸞会の外はすべて堕落しているとか、間違ってしまっているとか、そんなような雰囲気を感じたことを思い出しました。

全体から見れば少ないのでしょうが、別にいないということでもないと思います。ただ、親鸞会だけが真実だとかいう思いに囚われてしまうと、親鸞会以外はすべて悪だとか間違いだとかいうように見えてしまうかも知れません。



ちょっと話がずれるかもしれませんが、私が本尊論を書いて講師部員の人と話をした時、私は

「本願寺シリーズ(親鸞会発行の、本願寺批判の著書群)では、名号本尊にしている寺は一つも無いかのように書いていますが、名号本尊にしている寺もあるのではないですか」

と、聞いたことがありました。
そのときの答えが、

「親鸞会の会員さんの寺は名号本尊だ。それ以外の寺はみんな木像だ」

というようなものでした。



私自身は全国の寺を調査したわけではありませんが、「実家が真宗の寺」という会員さんから「名号本尊のお寺も何カ所か存在する」という話を聞いてはいました。ただ、この方の頭の中では、親鸞会以外はみな木像だと断定されていたようでした。
 


私がいた頃、学生時代は特に「親鸞会こそ唯一絶対真実」というような雰囲気があったのですが、私はたとえ親鸞会が真実を説く団体であったとしても、そのような態度は気に入らないものでした。そもそも、凡夫の集まりが真実というのもおかしな話ではありますが。


最近はまったく親鸞会情報が入ってこないので、親鸞会でがんばっている皆さんはどうされているかな、と思いました。 親鸞会という色眼鏡を外してみれば、中で聞いてきたことが違って見えることもあると思います。弥陀の本願もまた、これまでと違って聞こえることがあるかしれません。


おそらく親鸞会の会員追悼法要が終わったであろう日に、ふとそんなことを思ったのでした。 
 

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