あさ川進の、宗教と私

浄土真宗親鸞会に所属しながらアウトサイダーだった私(現在は会員でなくなりました)が、宗教(浄土真宗親鸞会)との付き合い方を考えつつ書いている更新頻度が低いブログ(この説明も暫定です)リンクフリーです。なお、投稿文を受け付けております。「【投稿文】」と書かれている記事は、頂いた投稿文です。

2015年06月

しばらくぶりにPCを起動したところ、メッセージやメールを何通か頂いておりました。取り急ぎお返事したつもりですが、一週間程度放置してしまった方もあり、失礼しました。


先週の土曜日、広島別院で合同布教大会がありました。

この日、私はいくつかの予定が重なってしまっていて、広島に行く予定は無かったのですが、最終的には始発に飛び乗っての日帰りという形で広島に行ってきました。


私の家からですと、最寄り駅の始発列車に乗っても始発の東海道新幹線に間に合わないため、十一時前くらいの到着になりました。それでも、最短の乗り換えで行けたので、乗換え案内で調べたよりは30分ほど早く到着しました。

そのようなわけで、どうにかひろしさんの感話には間に合いました。ひろしさんは、緊張していて予定とは別の話をしてしまった、ということでしたが、それはそれで良かったかなあと思いました。


山も山さんの感話は、夕方の座談の後に設定されていました。座談はアンケートの結果に基づいて2部屋に別れまして、「信心について」「聴聞のご縁について」ということで、大方の人は信心の部屋に行かれたようでした。
私は、アンケートに「(お坊さんは、)若い人が聴聞のご縁を持てるようなアイデアをお持ちですか」ということを書いてしまっていたのでもう一つの部屋で座談をしていました。

この座談が長引いて、無理矢理終わった後で本堂に戻ったところ、すでに山も山さんの感話が始まっていました。当日ご覧になっていた方はお分かりだと思いますが、途中から入った私には、感話と言うより法話にしか見えませんでした。たしかに、感話のお題は「浄土真宗の信心について」。なるほどと思った次第です。


このほか、若手のお坊さんの法話はそれぞれに特徴があり、味わいながらご縁を頂きました。

ブログの読者の方ともご縁をいただきまして、一緒に昼食を取ったりお話ししたり、ありがたいご縁でした。


懇親会があるということは知らず、知っていても帰れなくなるのでご縁は無かったのは残念ですが、またご縁があればと思いつつ、終わったその足でそのまま帰りました。


私にとっては初めての広島。お好み焼きを食べることが出来たのは良かったですが、広電を乗りつぶせなかったのが少し残念でした。


ご縁のあった皆さん、ありがとうございました。そして、強行日程に付いてきてくれた妻もありがとう。

あさ川です。連投になりますが、今度はRCさんからメールを頂きましたので掲載します。以前に投稿文で頂いていた7月の勉強会についてのお知らせです。


=======(以下、RCさんからの投稿文です)======

RCからも、勉強会の日程の変更をお知らせいたします。

前回のお知らせでは、7月19日、20日の2日間でしたが、7月19日 のみになりました。

7月19日 9:00-12:00 13:00-17:00
です。
勉強会のテーマは、

南無阿弥陀仏の心
( なぜ 救われないのか )

(個人的な勉強会ですので 全日程 の参加でも 短時間の参加でも大丈夫です。)

場所: 埼玉県の公共施設
(前回と同じ所です)

参加ご希望の方は、
私 RCに メールでお知らせ下さい。
詳しい場所など ご連絡いたします。

私の メールアドレスは、

rokujinotsudoiアットマークyahoo.co.jp
(アットマークは、 @に変えて下さい。)
です。

あさ川です。ちょっと間隔が空いていたので文章を書いていたのですが、とくよしみねさんから勉強会日程変更のお知らせを頂きましたので、先に掲載します。とくよしみねさんの勉強会は、中部地方でとのことです。


知っている会員さんのうちの一人が、先日お会いした時に「最近は行かなくなった」と言われていました。親鸞会は元気が無さそうです。


さて、8月30日といえば、名古屋では「ど祭り」の時期ですね。関係無いですが、実家近くの商店街も会場になっています。久屋のあたりは特に賑やかだと思います。


======(以下、とくよしみねさんからの投稿文です)=======

皆様お世話になります。とくよしみねです。
早速ですが、勉強会の日程が変更となりました。
日にちは8月30日(日)に行います。以前アナウンスしたときと日程が変更になっていますのでご注意ください。
時間は午前10時から午後4時までの予定です。
勉強会のテーマについては、RCさまと同じで「南無阿弥陀仏の心(なぜ救われないのか)」です。
関東だけでなく中部でもありますので近い方は是非ご参加ください。
詳細についてお知りになりたい方は、私のブログのプロフィールにあるメールアドレスにメールしてください。
(アットマーク)は”@”に変更してください。
折り返しお知らせいたします。
私にメールをくださる場合、少しプロフィールも書いていただけると有り難いです。
個人情報を漏らすようなことはいたしません。
ということで私のブログのURLは以下の通りです。
よろしくお願いします。
http://tokuyoshimine.hatenablog.com/
aim_in_life(アットマーク)hotmail.co.jp

私自身がすっかり忘れかけておりましたが、当ブログもそろそろ三周年です。ただし、最近は特に長い文章が書けなくなってしまいました。また、家でPCを起動することも少なくなってしまっております。お返事が遅くなったりしておりますのはその辺のこともあります(失礼しております)。


更新をしようと思いながらも、5月は2回の更新のみでした。
今月はどうなるか分かりませんけれども、今日はずいぶん前に聞いた話についてです。


誰が言ったのかは知りませんが、親鸞聖人の教えを「海の宗教」と言った人がある、という話を聞きました。
そこで、JGREPの力を借りまして、お聖教のテキストデータの中に、何回「海」の文字が出てくるかを検索してみました。機械的な検索ですので、意味内容を取ってないことはあらかじめご承知おき下さい。


結果として、教行信証では73行が結果として出てきました。1行の中に複数回出てきているものも1行としてカウントされますので正確な回数ではありませんが、私が数えたところ、単純に「海」の文字は105回あるようでした。
(10年ほど前に西本願寺のHP経由でもらってきたテキストデータ)

ほか、三帖和讃で言いますと、

浄土和讃で2回 (いずれも「大心海」)
高僧和讃で6回 (生死の苦海、功徳の宝海、弘誓の智海、名号不思議の海水、大悲大願の海水、大心海)
正像末和讃で5回 (生死の大海2回、苦海、弥陀の智願海水、弥陀智願の広海)
※悲歎述懐和讃に苦海がもう一回


親鸞会で話を聞いた記憶を辿りますと、「海」で表されているのは

・広い
・深い
・一味
・すべての水がたどり着くところ

といったようなことが思い出されます。(正確なところは誰か教えて下さい)

また、行巻を辿るとこのような記述があります。


「海」と言うは、久遠よりこのかた、凡聖所修の雑修雑善の川水を転じ、逆謗闡提恒沙無明の海水を転じて、本願大悲智慧真実恒沙万徳の大宝海水と成る、これを海のごときに喩うるなり。良に知りぬ、経に説きて「煩悩の氷解けて功徳の水と成る」と言えるがごとし。

「海」とは、言うこころは、仏の一切種智、深広にして涯なし、二乗雑善の中下の屍骸を宿さず、これを海のごとしと喩う。このゆえに「天人不動衆 清浄智海生」と言えり。



これを見ますと、広いとか大きいとかいうこともそうなのですが、「転ずる」というところが特に大事なようにも思えます。転ずるはたらき、これを親鸞聖人は深く味わわれて「海」を多用されたのかも知れません。

詳しい意味は、教学に明るい方がして頂けるものだと勝手に期待して、今日はこれまでといたします。


ちなみに、蓮如上人の御文で「海」が出てくるのは、3-11と4-8の2つのようです。

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