あさ川進の、宗教と私

浄土真宗親鸞会に所属しながらアウトサイダーだった私(現在は会員でなくなりました)が、宗教(浄土真宗親鸞会)との付き合い方を考えつつ書いている更新頻度が低いブログ(この説明も暫定です)リンクフリーです。なお、投稿文を受け付けております。「【投稿文】」と書かれている記事は、頂いた投稿文です。

2016年02月

かるがゆえに知りぬ。円融至徳の嘉号は、悪を転じて徳を成す正智、難信金剛の信楽は、疑いを除き証を獲しむる真理なりと。(教行信証総序)


先日お話しした元会員さんが、こんなことを話してくれました。これまで、親鸞会の会員であったということをなるべく隠していたのだが、誰でも彼でもというわけでは無いけれども、少しずつカミングアウトするようになった、と。

また、別の元会員さんは、いろいろ不審があって親鸞会を離れたが、親鸞会に出逢ったからこそ仏法を聞こうという気持ちにさせてもらったという点だけは感謝している、ということをいわれてました。


そのことを聞いた私は、少し嬉しくなりました。


別に親鸞会が良いとかいう話ではありませんけれども、それまで否定的に捉えていたものに対して違った見方が出来るようになった、といえるのだろうと思いました。いわば心の転換、とでもいいましょうか。もっともこれは、自力がひっくり返って他力になった、ということでは必ずしもないわけですが。


嬉しくなった、と言いますのは、私がブログを始めた頃は、なかなかそんな方が見られなかったからでした。全く無かったということではないのでしょうが、親鸞会を肯定的に見ているように思ってしまうのか、親鸞会との縁があったので弥陀の本願とのご縁もありました、などと書いた時には随分批判する人があったものでした。


私自身は、やはり外から見ていると酷いところしか見えない親鸞会に対しては穏やかならぬ思いもありますし、わざわざ親鸞会と縁の無い方に、かつての関わりをアピールしようという気持ちもさらさら起きません。

起きませんけれども、親鸞会との縁が無ければ今のご縁も無かったなあとは思うのでした。


・・・

弥陀智願の広海に 凡夫善悪の心水も
帰入しぬればすなわちに 大悲心とぞ転ずなる
 (正像末和讃)


南無阿弥陀仏を作られた阿弥陀仏の本願を、よく海にたとえられます。海は大きいとか広いとか、深いとかいう話はよく聞いた記憶がありますが、「転ずる」はたらきがあるのだ、とも言われています。


「海」と言うは、久遠よりこのかた、凡聖所修の雑修雑善の川水を転じ、逆謗闡提恒沙無明の海水を転じて、本願大悲智慧真実恒沙万徳の大宝海水と成る、これを海のごときに喩うるなり。良に知りぬ、経に説きて「煩悩の氷解けて功徳の水と成る」と言えるがごとし (行巻)


親鸞会を離れた方も、今も親鸞会を続けている方も、それぞれにいろいろな思いがあったのだろうと思います。
親鸞会にいたときに抱いていた思いとは、どんな思いだったでしょうか。


なんだかんだ教学が無いと信仰は進まないだろう、とか

とにかく悪をやめて善いことをたくさんし続けなければ助からないだろう、とか

南無阿弥陀仏と称えないよりは称えた方が良いのだろう、とか

救われた人はなんだかんだで大変わりするのだろう、とか

なんとか地獄行きから逃れたい、とか

お金をたくさん出した方が良いだろう、とか

家族の反対など仏法に比べたらものの数では無い、とか

親鸞会以外に真実は無い、とか


人によって色々なことを思っていたのだろうと思います。私に関して言いますと、下の2つは学生時代も含めて全く無かったのですが、


人生の目的と聞いて、自分の力で、自分の努力で幸せになろうとしていたこと、
弥陀の本願と聞いて有り難いと思ったり思わなかったり思わなかったり思わなかったりしたこと、
他力全託と聞いても何かを差し挟もうとばかり思っていたこと、

こんなことは思ったりしていました。



親鸞聖人の言葉を振り返りますと、「凡夫善悪の心水」、あるいは「凡聖所修の雑修雑善の川水」「逆謗闡提恒沙無明の海水」と表されていますが、そういったあれやこれやもすべて転じてしまう南無阿弥陀仏であると味わわれます。


そうしますと、まだ南無阿弥陀仏を頂いてないから転じるとか言われてもピンとこない、と言われる方もあるかしれません。
南無阿弥陀仏と聞いても称えても、なんだか遠くにあって掴もうとしてもどんどん遠ざかる、というような思いを抱かれる方もあるのかもしれません。


ここをもって、愚禿釈の鸞、論主の解義を仰ぎ、宗師の勧化に依って、久しく万行・諸善の仮門を出でて、永く双樹林下の往生を離る、善本・徳本の真門に回入して、ひとえに難思往生の心を発しき。しかるにいま特に方便の真門を出でて、選択の願海に転入せり、速やかに難思往生の心を離れて、難思議往生を遂げんと欲う。果遂の誓い、良に由あるかな。ここに久しく願海に入りて、深く仏恩を知れり。 (化土巻)


この三願転入のご文、『浄土真宗辞典』には、


(前略)
第十九願(自力諸行往生=要門)・第二十願(自力念仏往生=真門)の方便の教えを経て、第十八願(他力念仏往生=弘願)の真実の教えへと導かれていった親鸞の求道の歴程のこと
(中略)
これによって、方便の教えを捨てて、弘願真実の教えに帰すべきことが明らかにされる。


と説明されています。
いろんなブロガーの方が色々詳しく解説されていたと思いますから、解説はそちらを参照頂ければ良いかと思いますが、前者に書かれてある「親鸞の求道の歴程」を自らの力で歩もうとしますと、「掴もうとしてもどんどん遠ざかる」思いになってしまうのでは無いでしょうか。

自らの力で歩もうとする、というのは、例えば、先ほど出てきたこととかぶるかも知れませんが、


何が何でも富山に行って聞かなければ十九願の道を進めない、とか

お布施は多く出した方が十九願の道を早く進める、とか

おつとめで念仏を多く称えないと二十願に行けない、とか

力一杯やって刀折れ矢尽きたときに十八願に行けるのだろう、とか


そんなことと言い換えても良いかもしれません。

他力ということは、自力が入る余地はありませんから、自分で何かを用意したり、足したり、力んだりする必要が無いということです。これもよく出すご文ですが、


律宗の用欽の云わく、法難を説く中に、良にこの法をもって凡を転じて聖と成すこと、掌を反すがごとくなるをや。大きにこれ易かるべきがゆえに、おおよそ浅き衆生は、多く疑惑を生ぜん。すなわち『大本』(大経)に「易往而無人」と云えり。かるがゆえに知りぬ、難信なり、と。 (信巻)


シンプルなことを複雑に考えてしまいがちな「私」、
ありのままがありのままに聞こえない「私」、
どこの団体に所属しているかとか、どの先生から聞いているかとか、教義的な理解度が高いとか低いとか、行いの善し悪しとか、人徳の有る無しとか、心の純粋さとか、どうしてもそんな価値基準から離れきれない「私」、

そんな「私」だからこそ、南無阿弥陀仏とのご縁によって「転ずる」ことがあるのだと味わわれます。


・・・


親鸞会の中とか外とか、そういったこととは全く関係無く、南無阿弥陀仏とのご縁を喜ばれている方もあり、そうでない方もあるかと思います。喜ばれている方といっても、かつて親鸞会との縁があった方の中で、親鸞会に対してどのような思いを持たれているかということは、これまたいろいろあります。


全てのご縁に対して感謝の念が絶えない方もあるでしょうし、とにかく親鸞会だけには感謝の念など持ちようが無いといわれる方もあるでしょう。それは、それぞれの方の性格の違いもありましょうし、活動の熱心さや思い入れの違いにもよるでしょう。


別に無理に感謝の念を持つ必要はありませんけれども、信未信問わず、南無阿弥陀仏とのご縁に対する喜びが、そこに至るまでのご縁に対しての喜びへと転じるならば、これまた有り難いご縁となるのではないかと思うのでした。


しかれば、大悲の願船に乗じて光明の広海に浮かびぬれば、至徳の風静かに衆禍の波転ず (行巻)





~~~~~~補足~~~~~~

最近このブログをご覧になる方が増えてきましたので、改めてご説明しますと、毎年2/26には●「親鸞会」と題した記事を書いてきました。

・卒「親鸞会」
・超「親鸞会」
・忘「親鸞会」
そして今回は、転「親鸞会」と題しました。

他のブログでは、いわゆる「聖典」の言葉に対しては現代語訳や解説などを載せる場合が多いのですが、当ブログは私の味わいを載せるだけにしております。現代語訳をご所望の方は、他の方の書かれたブログや書物等でお調べ下さい。

あさ川です。RCさんから次回の勉強会の案内を頂きましたので掲載します。埼玉での3月の勉強会の案内です。愛知ではとくよしみねさんの勉強会が2月14日だそうです。


今回は会場が変わって、熊谷駅近辺のようですね。熊谷駅といえば、

・北口に熊谷直実像
・ついでに?ラグビーボールの像
・やたらと妻沼聖天推し

というイメージです。初めてラグビーボールの像を見た時、「ラグビータウン熊谷」の意味が分からなかったのですが、春の高校選手権大会の会場だということでした。熊谷はそんな町です。


========(以下、投稿文です)========
RCです。

○第8回の勉強会のご案内です。

おかげさまで 第8回の勉強会 開催させていただく予定です。

●日にち:
3月20日(日)
午前9時~正午
午後1時~午後5時

●場所:
JR熊谷駅から徒歩圏内の会議室
(JR熊谷駅は、新幹線も止まりますので、遠方の方も ご参加頂けたらと 思います(^-^)/)

●テーマ:
「真実と 間違は どこが 違うのか」

参加ご希望の方は、
以下の私のアドレスにご連絡お願いいたします。


rokujinotsudoi アットマークyahoo.co.jp
(アットマークは、 @ に変えて下さい。)

また、JR以外の路線の方(東武東上線など)は、森林公園駅、または東松山駅に車で駅にお迎えに行きます。

回を重ね、勉強会も 充実感が増して来ました。
気になったておられる
「そこのあなた、あなたです!」
一度 覗いて見たら どうでしょう。

心より
お待ちしております。

南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏

だいぶ前に、教行信証の電子書籍化に試行錯誤した話をしていたかと思いますが、一太郎2016の発売を機に、5年ぶりに一太郎を買いました。これは、当時の記事に対してコメント頂いた方のご紹介もあってのことです。2年ほど前だったか、一太郎で電子書籍が作れるようになったというバージョンアップのお知らせをもらったときには「いらねー」と思っていた私でしたが、人生どう転ぶか分からないものです。


ところで、先日コメントへのお返事で、「あまり特定の方となれ合うのも云々」と書きましたが、これはブログの管理人としてのあさ川がそのようにしているというだけのことですので、コメントを書かれる方同士においては、コメントラリーをして頂いても、馴れ合って頂いても、差し支えありません。

コメントへのお返事は、基本的に
・あさ川の記事に対するコメントにはお返事する(概ね48時間以内を目安)
・投稿文に対してのコメントにはお返事しない(文章の主が投稿された方のため)
ということで運用しておりますが、投稿文に対するコメントでも、明らかにあさ川に対するコメントだと思われる時にはお返事します。そのようなことでよろしくお願いします。


・・・


さて、昨日は妻が一日中仕事だったこともあって、なぜか群馬の寺を見に行きました。法話を聞きに行くわけでも無く、ただ寺を見に行ったのでした。


おととし、私が友人から紹介されて、初めて大阪の八尾の寺で行われていた「仏教文化講座」に行った時に話をされていたのは阿部先生という方でした。たびたび築地本願寺でもご縁があるようなのですが、あの時以来お話を聞いていないなあと思いながら、ふと、どこの寺なのかなあということが気になったのでした。

群馬の寺とは聞いていたのですが、具体的に群馬のどの辺なのかなあと調べようにも、氏名と群馬県の寺という情報しか持ち合わせていませんでした。

とりあえず検索して、それっぽい寺の情報が見つかったので地図を見てみましたら、なんと見覚えのあるところでした。


三年くらい前だったか、私は群馬県の鉄道の乗りつぶしをやったことがありました。そのとき、鉄道の乗り継ぎの為に、とある町中を通ったことがあったのですが、ちょうどその当時私が通った道のすぐ近くに、寺はあるらしかったのでした。


そのようなわけで、その寺が目的とする寺かどうかも判然としないまま、「名前がそれっぽい群馬にある本願寺派の寺」という情報だけで、私は電車とバスを乗り継いで、2時間あまりかけて現地に赴いたのでした。


駅から現地への道は比較的分かりやすく、特に迷うほどではありませんでした。ただ、寺らしい建物はあったものの、寺の表示や掲示板など、あると思っていたものが道沿いに認められなかったため、最初は一度通り過ぎました。

一周して、墓地があるのを確認してもう一度寺の入り口らしきところを覗くと、本願寺のものとおぼしき懇志受付の紙が貼ってあるのが見えました。中は一部工事中のようでしたが、ここが探していた寺であろうということは一応確認できたので、特に何をするということもなくその場を後にしました。

せっかく群馬までやってきたということで、わ鐵の駅まで歩いて行き、「タブレットクッキー」を買って帰りました。


北関東はそれほど浄土真宗が盛んという印象が無いのですが、お寺の近くの方でも、どれだけの方がお話を聞くご縁にあわれているのかなあ、ふとそんなことを思いました。


ちなみに帰ってからGoogleのストリートビューで見てみたところ、きちんと掲示板に寺の名前が書いてあって、掲示板には法話の案内が貼ってあるように見受けられました。工事中のため一時的に撤去されていたのかも知れません。


寺の近くにいても必ずしも法話が聞けるわけでも無し、寺に出向いていっても必ずしも法話が聞けるわけでも無し、ご縁が揃わないとご縁にあえない、とすれば、法話のご縁にあうことは、なかなか有り難いご縁だなと改めて思ったのでした。



あまり具体的なことは書いていませんが、どこに行ったかはある程度察しが付く方もあるか知れません。念のためもう一度補足しておきますが、私が行った寺が必ずしも、当初の目的地(寺)とは限りませんので、よろしくお願いします。


「あさ川はしょうもないことやっているな」と思われる方もあるかと思いますが、実際その通りだと思います。

称名

(三年くらい前の乗りつぶしルート)
高崎⇒前橋、中央前橋⇒西桐生、桐生⇒沢入⇒大間々、赤城⇒東小泉⇒西小泉⇒館林⇒佐野、佐野⇒高崎、高崎⇔下仁田

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