あさ川進の、宗教と私

浄土真宗親鸞会に所属しながらアウトサイダーだった私(現在は会員でなくなりました)が、宗教(浄土真宗親鸞会)との付き合い方を考えつつ書いている更新頻度が低いブログ(この説明も暫定です)リンクフリーです。なお、投稿文を受け付けております。「【投稿文】」と書かれている記事は、頂いた投稿文です。

2016年05月

一応は前回の続きを書こうと思いながら、なんだかんだで一週間経ってしまいました。

会員でもないのに入場料を払って「なぜ生きる」の映画を見るような物好きはそうそういないと思っていたのですが、山も山さんも見に行かれたようです。ただ、チケットは入手されたようですが。ちなみに私は1800円を映画館で支払いました。あと、パンフレットはもらってません。


なお、前回の記事で了顕の名前を間違えていたのでしれっと修正しました。


とりあえず前回の続きです。


映画を見に行くと言った時に妻が、「この映画は誰に向けての映画なのか」というようなことを言ってましたので、その時私はなんとなく「会員さん向けではないか」と言いました。映画を見て、改めて誰に向けての映画なのかを考えてみたのですが、やはり会員さん向けの映画だろうと思いました。


たとえば、上映館の偏りを見ましても、東北地方は宮城県に一カ所である一方、富山県は2カ所など、会員さんの多そうな地域には多く配分されています。上映会場を親鸞会が選べるのものなのかどうかは知りませんけど、アニメバスでは盛んにやっていた復興支援と同じようにはいかないようでした。


公式サイトも、そこはかとなく感じられる宗教臭が漂い、親鸞会と縁の無い人が見たいと思うような代物では無い、というのは妻の言い分ですが、私もなんとなくそうだろうなと思いました。もっとも、親鸞会と縁の無い方から見ればただの宗教臭ですが、親鸞会を知っている人間から見れば、その中でも独特な親鸞会臭といえるような気がします。


あと、これは私の主観ですが、内容についてもところどころ、会員さん向けと思われるメッセージが読み取れました。熱心な会員さんなら、さらに感動してお礼状を書かれるのだろうと。

会員さん向け、というのは2つの意味で、一つは「会員さんが見るための映画」、もう一つは「会員さんが誰かを誘うためのネタとしての映画」と言えると思います。


続いて感想その他です。


作中の蓮如上人の説法シーンは、始終立ちっぱなしでの説法でした。また、親鸞会の根拠装置よろしく、根拠は屏風のようなものを立てかけて表示していました。そういえば、この手の時代物の映画の場合、たいてい時代考証がなされるものだと勝手に思っているのですが、エンドロールのクレジットにそれらしい文字があった記憶はありませんでした。見落としただけかも知れませんので、あったら教えて下さい。

ちなみに、作中に出てきた本願寺の本尊は、親鸞会の名号本尊でした。


さて、作中の蓮如上人の説法の内容ですが、私の記憶にあるのは

・難度海のたとえの話
・生死の苦海ほとりなしのご和讃
・水よく石を穿つの内容

です。一週間経つとあまりよく覚えていませんが、この「水よく石を穿つ」は、「どうすれば船に乗れるのか」の話として、聴聞が大事だというところで出てきました。

そのしばらく後に、本光房了顕が「信心の沙汰」の中心で門徒の方からいくつか質問を受けるシーンがありました。詳しいことは覚えていませんが、ひとまず以下のところが気になりました。


話のまとめとして、最後に作中の了顕が、「大悲の願船に乗せて頂くところまで、蓮如上人のご説法を真剣に聴聞しましょう」という趣旨の言葉(正確な台詞は覚えてません)を述べて信心の沙汰を締めくくるシーンがありました。

いつ書いたか分からないくらい前の記事にも少し書きましたが、この「~ところまで真剣に聞かせて頂きましょう」の表現は、南無阿弥陀仏を取引の対象にしてしまっているように聞こえて好きではありません。「人生の目的」を標榜する親鸞会としては当然の表現なのでしょうが、どうも馴染みません。

また、「蓮如上人のご説法を真剣に聴聞しましょう」もさることながら、作中に何度か出てきた、「どうすれば大悲の願船に乗れるのか」の答えとして表現されていたものは、いずれも「聴聞しましょう」という趣旨のものでした。聴聞が大切なのはその通りなのですが、「では何を聞くのか」について、作中の「ご説法」を聞く限りは、仏願の生起本末、南無阿弥陀仏の心というようには聞き取れませんでした。


ところで念仏の扱いですが、記憶に残っているのは最後の最後、了顕が教行信証を守り抜いたところ(だったと思いますが)で、蓮如上人はじめ法友たちが念仏を称えているシーンくらいでした。ほかにもあったような気がしますが、扱いが少なかったように思います。伝承では了顕を偲んで蓮如上人がお念仏を称えられたとのことですから、それを目立たせる意図があったのか無かったのかは分かりませんが。


親鸞会について、とある布教師の方が「親鸞会は入り口ばかりで出口が無い」と評されてました。


この表現を借りるとすれば、この映画についても「入り口は丁寧に作られているが出口があるようで無い」といったようにも表現できるのかなあ、と思いました。そんなことを思いながら、山も山さんの感想を読んでなるほどと思った次第です。

山も山さんのブログから、今回の映画を見て思ったことに関連して、もう少し記事を紹介したいと思います。


親鸞会会員は何を目指しているのか?を考える。後生の一大事の解決から、よき求道者への変遷


親鸞会会員が「横の線」を進んでいるのになぜ「縦の線」にたどり着けないのかを、エッシャー上りと下り(無限階段)から考える


「よき求道者」の記事は、この映画もまた、「よき求道者への誘い」と味わわれたからでした。それは端的に言えば先ほど書きました通り、「大悲の願船に乗せて頂くところまで、蓮如上人のご説法を真剣に聴聞しましょう」の台詞に集約されます。


「無限階段」の記事は、今回の映画に直接結びつけるには強引かも知れませんが、「よき求道者」からの連想で味わわれたことです。


その他、迫害を受けての蓮如上人の独白など、会員さんが奮起するであろう場面はちりばめられていたように思います。親鸞会とは縁の無い方がこの映画をご覧になったとしても、人によってはそこまで違和感は感じられないかもしれませんが、それでもやはり会員さん向けの映画だろうと私は思いました。(しつこいですか)


里見浩太朗さんの蓮如上人は、全体的に楽しそうで良かったです。声優さんと映像と音楽も良かったです。親鸞聖人のアニメのときと比べると、映像や音楽の質はずいぶん上がっているように思いました。





さて、長々ととりとめも無く書きましたが、感想その他はこれくらいにしまして、あとは私の一週間以上前の記憶をたどりながら、ざっくりとした話の内容(と記憶に残った台詞)を途中まで書きます。ややネタバレですので、これからご覧になる予定の方はこれ以上先はお読みにならないで下さい。もっとも、正しさは一切保証いたしません。


上記の文章にまとまりがないと感じられましたら、それはその通りだと思います。
何日間にまたがって書きましたので、重複したり話が切れてたり、といったことがあったかと思います。


・・・・・・



・最初に、比叡山の僧兵が本願寺を襲うシーンからスタート。本光房了顕が僧兵をかわしながら教行信証や御本尊の入った箱を持ち出すシーン。

・主なスタッフ、声優のクレジット

・タイトル

・了顕が子供の頃のシーン。壺らしきものを持って寺の坊主に追いかけられているが、逃げおおせる。
「罰が当たったらどうしよう」→「バチなんてあるか」

・ある程度大きくなって、木刀で打ち合いをやるシーン。相手の足を払って相手を倒す。
「勝てば良いんだ」

・その後、本編のシーン。
・家で妻が恩徳讃を歌いながらごはんを作っているところに了顕が帰ってくるシーン。妻は身ごもっている描写。
「坊主の歌なんか歌うな」
「おっかあも早くお迎えが来ればな」

・農作業のシーン。農作業仲間と話し。
「一生野良仕事で人生を終わってたまるか」(了顕の生まれてくるであろう子供た対して?)

・ある雨が降りそうな日のシーン、その後、不幸な事故により妻子を失う。
「おっかあだったら良かったのにな」

・失意の了顕が、蓮如上人のお話を聞かないかと誘われて聞きに行く

・蓮如上人の説法シーン。難度海のたとえ。
「千代は丸太なんかじゃない」

・しばらく悶々と思い悩む了顕のシーン

・意を決して蓮如上人と直接話をする了顕のシーン

・聴聞を重ねる了顕のシーン

・弟子入りのシーン

一ヶ月くらい間が空きました。楽しみにされている方がどれだけあるか分かりませんが、楽しみにされている方はお久しぶりです。久々の更新です。


私のブログで話題にするより前に、伊藤健太郎さんのブログで情報があった映画「なぜ生きる」が公開されました。今日は妻がパートに出ていくということで、その映画を見に行きました。妻は呆れてましたが、退会者の皆さんも概ねそうではなかろうかと思います。


一応補足しますと、妻は親鸞会の会員歴が無い人です。会員歴が無いので、先日話題にした「血染めの恩徳讃」についても当然知りません。

私が前々回に映画の話をネタにした時には特に何も言わなかったのですが、今日は私が見に行くと言ったので色々言ってきました。


・予告編(別の映画の上映前に上映されるもの)はどのようなものか
・どういう話か


など。私は詳しいことを知りませんので、映画の公式サイトを見せましたところ、酷評しておりました。


それはさておき、私の家の近くでは上映していませんので、色々調べた結果、一番行きやすくて上映時刻のちょうど良い新宿まで行くことにしました。ちなみに、それでも往復2千円以上掛かりましたが。


公式HPで得られた情報から、「寺嫌いの本光房了顕が妻や子供を失って、蓮如上人のお話を聞いて弟子入りし、吉崎にて血染めの恩徳讃を行う」というストーリーを想像していたので、実際どうかと思ったらその通りでした。


感想を少し言えば、「一般向けになるよう努力しているように見られるがやはり親鸞会の映画であるなあ」というものでした。ちなみに声優さんと映像は良かったです。


そのほかで言いますと、「世界の光親鸞聖人」のアニメを彷彿とするシーンがところどころありました。


・了顕が子供の頃のシーンにて、「バチなんてあるか」と言うところは第4部の平太郎の台詞と同じ

・結婚後に「俺は坊主が大嫌いだ」と言いながら寺の文句を言うのは、ほとんど第4部の日野左衛門と同じ

・了顕が母親に「早くお迎えが来た方が」というようなことを言っていたのは、王舎城の悲劇の阿闍世をほうふつとさせる

・「蓮如上人のご説法シーン」での丸太のたとえ

など。


なお、今回は「蓮如上人のご説法シーン」がかなり長かったという印象でした。全部足すと十五分以上はそんなシーンだったようなイメージです(あくまでイメージ)。内容は、難度海のたとえから始まり、「水よく石を穿つ」の話などがありました。話を聞く流れでの結論は、「ハッキリ知らされるところまで繰り返し聞け」と聞こえるのだろうと思います。


会場は数十人レベルの人がいましたが、座席数から言いますと2~3割といったところでしょうか。エンドロールになっても、席を立ったのは5~6人ですから、ほとんど親鸞会の会員さんだろうと思います。エンドロールの最後に「ご協力頂いた皆さん(文言うろ覚え)」とあって氏名が羅列されていたのは、一定額以上お布施されたみなさんでしょうか。


時間も時間ですので、とりあえずの走り書きでした。また書くかどうかは分かりませんが、取り急ぎ。

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