あさ川進の、宗教と私

浄土真宗親鸞会に所属しながらアウトサイダーだった私(現在は会員でなくなりました)が、宗教(浄土真宗親鸞会)との付き合い方を考えつつ書いている更新頻度が低いブログ(この説明も暫定です)リンクフリーです。なお、投稿文を受け付けております。「【投稿文】」と書かれている記事は、頂いた投稿文です。

2018年10月

あさ川です。

前回、熊谷は暑くなると書いた後で埼玉恵日会に行ったのですが、正直なところそこまで暑さを感じませんでした。当日の最高気温は32度くらいだったようですが、朝に洗濯物を干す時に強い日差しを浴びた印象が強かったのでした。ちなみに、最近は熊谷もめっきり涼しくなりました。もう今年は35度を超えることも無いでしょう。


さてRCさんから、次回の埼玉恵日会の案内と前回のお話の内容をいただきました。詳細は本文に書いてあるのですが、次回は熊谷ではなく(埼玉の)大宮の予定とのことです。私の場合は熊谷駅と比べたらそれなりに遠くなるのですが、東京方面の方から見たら近くなりますので、来やすくなるかと思います。


========(以下、RCさんから投稿文です)========

RCです。

次回の埼玉恵日会のお知らせと、前回の報告をさせていただきます。

次回の埼玉恵日会は、

日時 : 12月2日(日)14:00〜17:00
場所: プロスパー大宮ビル 2階 会議室 202号室
(住所 埼玉県 埼玉県さいたま市大宮区大門町3-64)
●アクセス
大宮駅「東口」を出て大通りを直進します。
そのまま進みますと左手に「河合塾」さんが見えてきます。
河合塾さんを越えてすぐ左折しますと会議室のある
建物(プロスパー大宮ビル)があります

講師: 阿部 信幾 先生

埼玉恵日会は、ずっと 埼玉の熊谷市での開催でしたが、次回は、大宮での開催とさせていただきました。
理由は、単純に、熊谷で会場が取れなかったから、なのですが。
でも、埼玉恵日会にご参加されている半数以上の方は、大宮の方が 近い ようなので、皆さんの評判が良かったら、今後も 大宮での開催も考えていきたいと思っています。

なので、次回の埼玉恵日会は、熊谷ではなく、大宮 という点、ご注意ください。

それから、10月7日の埼玉恵日会の内容や、感じたことなどを書かせていただきます。

*スッキリまとめるのも難しく、また、お聞きしたことをそのまま、全部書くのも難しいので、まとまらない文章になってしまいました。
そして、内容も勉強会の半分くらいまでしか書けませんでした。m(_ _)m

でも。
教行信証というお書物が、浄土真宗にとって どんなに大切なお書物なのかということと、浄土真宗に祈祷を混じらせて、浄土真宗を滅ぼしてしまう危機を 生命を捨てて守られた方のお話しに感動したので、そこのところをお伝えしたく、書かせていただきました。

また、この耳に、南無阿弥陀仏と、聞こえたのは、決して 偶然ではなくて、たくさんの方々のご恩報謝の実践が、私の耳への南無阿弥陀仏の通り道となってくださったのだと思います。

親鸞会にいた時は、聴聞は、信心決定のための重要な手段、という位置づけでした。
もちろん、正しい浄土真宗でも、聞かなければ救われません。
でも、聴聞を重ねて、やがて救われるのではありませんでした。
「もう救いの法が完成して、『南無阿弥陀仏』と 私に届いていること」をお聞きするのですから、聞いた時が、救われる時です。
聞いてから、救われるのではなく、救いの中にいることをお聞きするのです。
だから、「聞 即 信」です。
それを お聞きした後の聴聞は、南無阿弥陀仏という宝物のことを、いろんな言葉でお聞きするので、ひたすら嬉しいばかりです。
そして、その宝を完成してくださった阿弥陀さまと、届けてくださった尊い方々のご恩をお聞きすると、煩悩具足の私であっても、少しでもご恩に 報いたいと 思い、また ご縁のある方に南無阿弥陀仏をお伝えするお手伝いをさせていただきたいという 心も、出できます。
こんな心も、阿弥陀さまのお育てがあったなればこそ、と思うと、更に ご恩を感じます。

では、10月7日の埼玉恵日会の内容を、書かせていただきます。
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●最初の質問は、
浄土真宗では、「所行」と「能行」ということを聞きますが、どんなことでしょうか?
ということでした。

●能行、所行という言葉は、存覚上人の書かれた「六要鈔」という、教行信証の解説書にあるのだそうです。
その「六要鈔」に、辿り着くまで、本願寺の歴史とか、教行信証の歴史とか、興味深いお話しをたくさんお聞きしました。
長ーく親鸞会にいても、知っていることは、ホントに少ないので、何でも初事として聞けるのは、有り難いですねー(?)

●かつては、龍谷大学の授業などで、教行信証の勉強するとき、「教行信証の研究」と言うのはおそれ多いので、「六要鈔の研究」として、教行信証の研究がされた。それほど、教行信証は、尊ばれ、大事にされてきたお書物だということでした。

また、浄土真宗では、「真宗の学問」を「宗乗」、仏教学を「余乗」といわれていました。「宗乗」では、教行信証に 何が書かれているのかということを学ぶことが中心ですが、それを学ぶには、基本的な仏教の知識がないと、教行信証は、読めない。だから、教行信証をきちんと理解するために、仏教学、「余乗」の勉強が、必須となります。
余乗の勉強としては。
龍樹菩薩の書かれた中論を研究して出来た「中観(ちゅうがん)」、中観には、「空」ということが教えられている。また、天親菩薩の教えされた「唯識」という学問。だから「中観」と、「唯識 」というのは必須なのです。それから、仏教用語を正確に理解するためには、「倶舎論」というのをやらないといけない。倶舎論は、天親菩薩が、まだ、大乗仏教徒になる前に書いた書物で、仏教の言葉を覚えるのです。
こういう勉強は、教行信証を学ぶお坊さんの仕事です。
教行信証は、世間の仕事の片手間に勉強をやって、わかるものではないのです。
教行信証に、真向きになって、教行信証に何が書いてあるのかということを、徹頭徹尾、これを 解ろうという生活を始める。これが、浄土真宗のお坊さんになるということです。
その中で、出てくる問題が、「能行」「所行」ということです。だから、ハッキリ言ってしまえば、浄土真宗のお坊さん以外は、「能行」「所行」ということは 知らなくてもいいことです。
では、お坊さんでない人ほ、どこから 浄土真宗を頂くんですか?というと、「ご文章」です。
ただ 「ご文章」は、問題がある。
どういう問題があるかというと、蓮如上人の時代は あれで 100%わかったんです。ところが、江戸時代に、日本語が、変わったんです。特に 大きく変わったのが、「たのむ」という言葉。
蓮如上人がご文章を書いた時代に、「たのむ」は、「まかせる」という以外のたのむという意味は無いんです。ところが、江戸時代に言葉が変わって、「たのむ」が、「お願いする」という意味になった。これで「ご文章」が、わからなくなってしまった。
たのむ一念。お願いしたその時に。
そしたら、阿弥陀様ってお願いしなければ、助けてくれない仏様になっちゃう。
たのむ一念というのは、おまかせした時っていう意味なんです。
っていうことは、阿弥陀さまは、何て言っているかというと、「まかせなさい」って言っているんです。これが 南無阿弥陀仏なんです。
だから、「南無阿弥陀仏は、おまかせしなさいっていう、仏さまの言葉だ」っていうのが、「教行信証の行の巻」の「六字釈」なんです。
これ、親鸞聖人が元ですから。
「南無」というとのは、「たのむ」というとことだ。だから、「南無阿弥陀仏」っていうのは、「阿弥陀をたのめ」。もっとわかりやすく言ったら、阿弥陀さまが、「阿弥陀にまかせよ!」と。
これが、たのむというと意味で、だから、「たのむ一念の時」というとのは、「おまかせするその時に、」というのが ご文章なんです。これが、江戸時代に たのむっていう意味が、変わって お願いするっていう意味に変わってしまったから、お願いしたその時にって、なって、ここから、ご安心が、おかしくなった。
ここをちゃんと、お取り次ぎする役目が、実は、浄土真宗の説教なんです。
ところが、そういうことをちゃんと、お取り次ぎする布教使は、非常に少なくて。
当時娯楽が、無いもんだから、面白い話をして笑わせたり、悲しい話しして泣かせたり、ある意味、説教を娯楽の一部にしてしまった。それで 楽しみも無い時代だったから、お寺に行ったら、面白い話しが聞ける、涙を流せる話しが聞けると、今のテレビの代わりをしていたんです。
テレビの代わりにをしていた証拠に、テレビが普及したら、お参りなくなったんです。
「最近は、お参りが、少なくなった」という住職に、「昔は、お参りがそんなに多かったんですか?」と聞いたら、「昔は、お参りがたくさんあった」って言うんです。「じゃあ、いつから少なくなったのですか?戦争ですか?」と聞くと、「そうじゃない。前後は 特にお参りが、あった」って言うんです。
第二次世界大戦後、今まで神さまだって言っていた人が、降りてきて、「私は人間です」と言い始めたり、「あいつら鬼畜生だ」って、言っていたアメリカさんを、みんなで、ヨイショして「アメリカさん素晴らしい」なんてこと言い出したり、したのですから、真面目に生きている人達は、混乱してしまいす。
だから、余計 お参りがあったって言うんです。
「じゃあ、いつから少なくなったんだですか?」って言うと、「テレビです」って、ハッキリ言っていました。
テレビが普及したら、お参りする人は居なくなってしまった。っていうことは、なんていうことはない。説教ではなく テレビの代わりにをしていたんです。
娯楽を与えていたんです。娯楽のない時代に。

説教の真髄は、後生の一大事の解決。死んでいく問題の解決。これが、説教の真髄なんだけど
それを ちゃんと言わずに、面白い話しをしたり、泣かせてみたりして、なんとかやってきたから、テレビが、そういうことを受け持つようになったから、寺に来なくなっちゃった。

でも、テレビは死んでく問題の解決など、絶対に言いませんから。
だから、「死んで行く問題の解決が聞きたかったら、ここに来なさい。」
これが、 皆さん方が 元 居た親鸞会です。
だから、親鸞会の誘い方は、真っ当ですよ。
後生の一大事が、一番大事じゃないですか。
我々は、死ぬんだから。
「今 生きてるけど、アンタいつ死ぬかわからんよ。その問題は、解決ついているのか?何のために生きているのか?後生の一大事の解決のために、生まれて来たんだ」って、これ、真っ当な言い方ですよ。
ここまで、間違ってないんだよ。
逆にいったら、本願寺が ちゃんと、そう言うことを言わない。

だから、後生の一大事の解決が、一番の中心です。

得度をして、浄土真宗の坊さんになったら布教ネタを探すのではなくて、教行信証を学ばなければならない。

浄土真宗の得度では、教行信証と 黄袈裟をもらう。
*黄袈裟は、安居(浄土真宗のお坊さんが、集まって、真宗の教義の問答をして、研鑽を積む場)の時に、かけるもの。

世の中が安定していた江戸時代に、親鸞聖人の教行信証をじっくり学ぼうと始まったのが、安居です。
安居の歴史は、370年です。
その安居の最初の頃にいた日渓法霖という僧侶がいた。
日渓法霖の時代の門主は、湛如上人(たんにょ上人)という方で、すごい イケメンだった。
湛如上人は、身体が弱くて 結核になってしまった。
そしたら、なんと、皇室のお裏方が本願寺に祈祷所を作って、そこで祈祷を始めた。門主である湛如上人の病を治すために。
それを聞きつけた、日渓法霖が、門主に毒を出してた。門主に「死んでくれ」と。
なぜかというと、「アンタが生き残ったら、浄土真宗が潰れる。死んでくれ。」と言った。
そしたら、湛如さんも、わかったと言って、飲んだ。
法霖 は、門主を毒殺したんです。
そして百ヵ日の法要を済ませて、日渓法霖が自分の寺に帰る時に、町に入る手間の橋の下で
腹を切って死んだ。 その前に 血で、門主を毒殺したので生きているわけにいかないと、書いた。
そういう事件があった。

その日渓法霖が、あるお寺に行ったときに、住職に、教行信証をちょっと見たいと言ったら、そこの住職は、懐にから、教行信証をパッと出して出して、渡した。
日渓法霖は、ビックリして、「アンタはこれ、いつも持っているのか?」と聞いたら、その住職は、「これは、和上の言葉とは、思えませんな。武士が刀を持たずに歩いて武士と言えますか? 教行信証を持たずに歩いて僧侶といえますか?」と言ったというんです。
それで 日渓法霖は、参った、と言って、アンタの言う通りだ、と言って、それ以来、得度の時に、教行信証を与えるという制度に変えたというんです。
そう言う伝統かあるんです。
だから、浄土真宗の僧侶になるということは、一生涯 教行信証を読みますという、これが、浄土真宗の僧侶なんです。
そして、教行信証に親鸞聖人の声が残されているから。僧侶のお聴聞というのは、教行信証を学ぶということはです。
で、それを誰にでもわかるように、説いたのが、蓮如さんです。
だから、蓮如さんが、僧侶の手本なんです。
浄土真宗の得度をするというのは、蓮如さんの後を行くということです。
それは、一生涯をかけて、教行信証を学ぶということで、そして、それをその時代、その時代に合うように、蓮如さんはお手紙を使い ご教化をなさったんです。
文章伝道の始まりです。
それと、同じように、布教によって、教行信証の内容を人々に、お伝えすると、ここに浄土真宗の僧侶の役目がある。これ自信教人信というんです。
蓮如さんが何を参考にして、教行信証を読んだかというと、三代目の覚如上人の長男の存覚さんかお書き残した「六要鈔」です。
その 六要鈔に、この 「能行」「所行」という言葉が出ています。

●「能行」と「所行」について。
英語で言うと、能行は、active (アクティブ)、所行はpassive(パッシブ)です。
要するに、する側、と される側ということ。
能行は、する側、所行というのは、される側。
本来は、そういう言葉です。
ところが、浄土真宗の宗学用語として使われるのは、「行とは、一体 どこで 行というか?」というところです。
能行派の代表は、江戸時代の石泉という和上の学派です。石泉学派という。
石泉和上は、広島の出身なので 「芸哲」。安芸の芸、哲は学問という意味です。
芸哲といって、広島の石泉学派が 「行は称名で、行を言うんだ」「称名のところになって、初めて、行という名が付く」という言い方をするんです。
だから、私の上に称えられて、初めて 行という、と言うんです。
それを、能行派 というんです。
能行派で あろうが、所行派であろうが、どっちも異安心ではないんです。
ただ 行を、どこで、行と名付けるのか。
仏教には、行のない仏教はないって言うんです。
例えば、禅宗なら禅という行があり、天台宗は天台の行があるんです。真言宗は真言宗の行がある。日蓮宗だって 唱題目という行があるんです。仏教で行のない仏教はないんです。
浄土真宗も仏教ですから、じゃあ浄土真宗の行は何かと言ったらそれは称名です。
こういう言い方をしたのが、どうも石泉和上らしいです。らしいという言い方をしたのは、私はそんなに詳しく江戸時代の和上の学説を全部調べたわけではないですから。

能行、所行の問題は、どこで 行を抑えるか?
ここから 話しが始まっているんです。
仏教 全般から言えば、禅宗には 禅という行があり、真言宗には真言の行があり、天台宗には天台の行があるが、じゃあ浄土真宗の行とは、何ですか? 念仏が行であります。というふうに、称名念仏のところで、行を語るのを能行派というのです。
かと言って、称えておる念仏とは言うけれども、これは阿弥陀さまが 私の上にはたらいているのを念仏と言うのであって、何が はたらいているかというと、南無阿弥陀仏 そのものが、私の上にはたらいて、称名となって現れ出でいるんだ。だから、出でおる南無阿弥陀仏を行と呼ぶのであって、私の称えたところでしか、行は言わなんと言う言い方は、言わないんだ というのを 「所行派」というんです。
自分が称えておる行だからと言って、それは自力とは言わないんですよ。あくまで、阿弥陀さまが 私の上にはたらいている念仏で、これは 能行の人も ちゃんと、そう言うんですよ。
自力の念仏とは違うんです。
あくまでも、他力。念仏は阿弥陀さまがはたらいているんですよ。
それ以外の念仏ってないんですよ。
なぜかって言ったら、元は、重誓偈です。
重誓偈は、四十八願の後に、三つのお誓いがあって、重要なのは、三番目です。

我至成仏道  がしじょうぶつどう
名声超十方  みょうしょうちょうじっぽう
究竟靡所聞  くきょうみしょもん
誓不成正覚  せいふじょうしょうがく

私が もし 仏になったその暁には、私の名前が 声となって 十方世界に届きますように。
もし そのようにならなければ、私は覚りは開きません。

「 名声超十方 」、 名声は、名号が声となってということです。名前が声となって、 超十方だから、 十方世界に 超えて、それが響き渡る。
だから、南無阿弥陀仏が響き渡りますように。
私が覚りを開いたら、私の名号がどんな世界においても南無阿弥陀仏が響き渡りますように。もしそのようでなければ、私は、覚りは開きません。と言うのだから、「阿弥陀さまが覚りを開いた証拠」は、「お念仏の声が聞こえているっていうこと」です。
もっと言えば、「お念仏となってはたらく」とお誓いになったのが、阿弥陀さまです。
そのお誓いの通りに申している念仏を他力の念仏って言うんです。
「念仏を称えることと、引き換えに浄土参りを手に入れよう」とやっているのを「自力の念仏」。
阿弥陀さまのはたらきにおまかせをして、阿弥陀さまのはたらきのまんまに、お念仏しておるのを言うのを他力の念仏っていうんです。
阿弥陀さまのはたらきのまんまと言うことは、「私は声となってあなたの世界に届きます」って言うのが、阿弥陀さまのお誓いだから、声となって届く念仏とは、何かと言ったら、称名念仏です。だから、称名念仏となって あなたの世界にはたらきますとお誓いくださっているのが阿弥陀さまだから、その阿弥陀さまのはたらきが私の上にはたらいている、そのまんまを念仏と言い、だから、他力なんです。

それを 「阿弥陀さまのはたらき」を名号の上で、名号がはたらいてと言って、「名号で 抑えるの」を「所行派」って言うんです。
行ぜられるのは、名号でしょ。
南無阿弥陀仏と称えるという称名のところで、行をいうのを「能行派」。
はたらいている名号のところで、行をおさえるのを「所行派」。
学問的には、所行派が 、実は 主流で、やってきて、この所行派の代表を 空華学派と言います。
空華学派は、「名号大行」と言って、南無阿弥陀仏が、行であります。南無阿弥陀仏を行でおさえる。
ところが、さっき言った石泉和上は、南無阿弥陀仏が私の上にはたらいて称名念仏となったお念仏のところで、行をおさえる。
この違いです。
どっちでおさえようとも、異安心ではない。
もっと言うと、どっちも間違いじゃないんです。
ただ、石泉に限っては、「称名以外では、行は言わない」と言うから、問題なんです。
だから、行と言ったら、称名でしか言わない。
南無阿弥陀仏と口にのぼったところで 行と言うんだと。
名号で 行と言うことは、言わない。
という 「称名に行を限る」という言い方をするので、議論になっているんです。

そんなバカなことは、あるか。口に称えられている名号であろうと、それは南無阿弥陀仏がはたらいている姿だ。だからあくまでも 南無阿弥陀仏がはたらいていることを行と言うんだと、「南無阿弥陀仏がはたらいていることを行という」、と言うことを「所行派」という。
それが口の上に現れているところで 言うのを、「能行派」って言う。
という風に 能行と所行という風に分けるんですけど、本来の、能行、所行という分け方は、そういう、称名をどこでどう取るかというこでは、なくて、「行ずる側を能行」と言い、「行ぜられている側を所行」というんです。
行ずるって言うのは、称えていることをでしょ。行ぜられてるっていうことは、名号でしょ。称えらているのは、名号でしょ。だから、「称えられている名号を、所行」と言い、「称えているところを能行」というんです。
それだけの違いなんです。
「能 所」というのは、英語で言えば、active (アクティブ)、passive(パッシブ)だから、passiveっていうのは、称えられている
だから、何が称えられているんですかって言ったら、南無阿弥陀仏の名号でしょ。だから、「南無阿弥陀仏の名号を所行」と言い、「称えられている側」と言い、「称えている、口で南無阿弥陀仏と称えている称名のところを 能行」と言い、だから、「称えるられている側」と、「称えている側」で、能行と 所行と分けているんです。
だから、能行派、所行派って言うのは、後に出できた特殊な言い方で、本来は、能行、所行っていうのは、そんな言い方ではないのです。
単純に、称えられている側、称えている側。
どっちも他力ですよ。称えられている側は、名号、南無阿弥陀仏。称えている側は 称名でしょ。
どっちも他力ですよ。
阿弥陀さまがはたらいているんだから。
どっちも他力だろって言う言い方が、ある意味、空華の言い方です。
「口にのぼっている称名といえど、南無阿弥陀仏のはたらきの姿であって、だから、行は、南無阿弥陀仏の名号だとおさえる言い方」が、「所行派の空華の言い方」で、「イヤ、そんなことはない。そんな観念的なものことを言っているんじゃない。自分の身体の上に 直接現れたところでしか、行は言わん」というのが「能行」。
非常に具体的なんですよ。能行の言い方は、だから、石泉和上は 非常に実際的、具体的です。我が身の上に現れたところでしか行は言わん。だから、称名でしか 行は言わんという言い方。
これは、間違いじゃない。
だけど、空華の場合は いや、称えていると言ったって、称えられているものがらがあって、それは何かと言ったら名号だ。だから、名号を行と名付くるのであって、称名でしか行は言わんなどというのは、極端な言い方であって、
それで、能行、所行の争いが延々続いている。
という意味の能行所行の分け方もあります。

以上が、10月7日の埼玉恵日会で、お聞きしたことの一部です。

ここに書いたこと以外にも、質問からは離れたお話しも、いろいろお聞きして、とても楽しい時間でした。

ぜひぜひ、皆さんとご一緒に、お聞きしたいと
思いました。

まだ ご縁のない方は、是非 一度は、埼玉恵日会に ご参加してみてください。

本当の親鸞聖人の教えをお聞きできます!

南無阿弥陀仏

今日は埼玉恵日会の日です。昨日もしれっと最高気温が30度を超えた熊谷でしたが、今日も日差しが強くてすでに30度を超えているようです。もっとも、今回の会場は駅直結の会場とのことですので、そこまで暑さは感じないかも知れません。


仏法とのご縁のたびに思い出すのが、蓮如上人のこの御文です。


細々に信心のみぞをさらえて、弥陀の法水をながせといえる事ありげに候う。
(蓮如上人御文 2-1)



ちょっとずれますが、今日は暑いので、熊谷がどれくらい暑いのかという話を書いてみます。

熊谷に気象台があるおかげで、予想最高気温の上位で名前が出る常連で、熊谷といえば暑いという単語が真っ先に紐付くという人も多かろうと思います。実際、今年も最高気温を更新しましたし、10年くらい前にも山形の記録を更新していました。ついでにいえば、6,7,9月の最高気温も熊谷が1番です。

そんなわけで、熊谷が暑いというのはその通りなのですが、たとえば40度を観測したという観点で見ると、熊谷が40度以上を観測したのは過去100年あまりで2回だけです。そのいずれも最高気温を更新した記録のために目立っているようです。


これ


40度以上を2回観測と言えば、同じ埼玉でも熊谷ほど暑いイメージが無い越谷も2回でした。意外?にも40度以上を先に観測したのは越谷でした。
ちなみに、10年くらい前に熊谷と同じ日に最高気温を更新した岐阜県の多治見は、40度以上を6回観測しています。

いずれも暑いには違いないと思いますけれども、こういう見方をすると熊谷の暑さも単純に暑い以外の見方ができるような気がしました。


自分で南無阿弥陀仏を味わうのもありがたいのですが、お聴聞を通して自分が味わっている以上の味わいができるというところも、仏法とのご縁がありがたいものであるゆえんだなあと思います。


まとまってませんが

南無阿弥陀仏

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