あさ川です。

先日(7/19)にあった、嶋田さんの勉強会の報告をRCさんから頂きましたので掲載します。この勉強会も定例になってきた感があります。RCさんが書かれてますように、勉強会のテーマも親鸞会あれこれからは離れて南無阿弥陀仏のお話になりました。

中部では、先日投稿文を頂いた通り、とくよしみねさんが8/30に企画されています。こちらも南無阿弥陀仏について、ということだそうです。



=======(以下、RCさんからの投稿文です)======

RCです。

以前に、お知らせさせて頂いた勉強会を、先日無事に開催出来ましたので、ご報告させていただきます。


7月19日 埼玉県の真ん中辺の公共施設に 集まり
テーマの
「 南無阿弥陀仏の心 」
( なぜ 救われないのか )

について 午前、午後 じっくり お話しをお聞きしました。

参加人数は、全員で 11名でした。
初めて参加された方は、お二人でした。
参加される方も 少しずつ 広がり 、また、勉強会の内容も 親鸞会組織の問題点や 親鸞会教義の間違え という
ところから 離れ、
「南無阿弥陀仏の心」という 真宗の教えの 最重要ポイントとなりました。
この勉強会も、阿弥陀仏のお育てを受け スクスク成長しています。

参加した皆さんも、ここ一つ聞きたいと臨みました。

私の文章力不足のため、上手くお伝え出来るかわかりませんが、
せっかくなので 、勉強会の内容 少しお伝えいたします。
(まとめるのは、難しいので 印象に残ったところを 抜粋させて頂きます)



️お話しの前に
嶋田さんが、南無阿弥陀仏のみ心をお伝えすることは、阿弥陀仏の心を「お取り次ぎ」するだけ と言われました。

「お取り次ぎ」につきましては、あさ川さんも、ブログで お味わいを述べておられましたが、
私も、「お取り次ぎ」という言葉が、心に残りました。

どなたが最初に 言われた言葉か 知りませんが 阿弥陀仏のご本願を大切に思う気持ち、阿弥陀仏のみ心のままを お伝えするだけという気持ちのこもった尊いお言葉と感じました。
(親鸞会では、聞いた事が、なかったです)


️仏教は 抜苦与楽 転迷開悟 の教えです。

苦とは 今死ぬとなると 恐ろしい不安一杯の暗い心になり、その行き先が 三界であり 地獄であり 後生の一大事です。
また 迷って行きます。

それを 
まかせておくれ 
絶対に堕としはせぬぞ
心配するな 
浄土に往生させて成仏させてみせる
もう迷わせぬ
が阿弥陀仏の願いであり 
与楽 開悟 なのです。

私のようなものが成仏させて頂くから 後生の一大事です。

このように 仏教を聞く目的をまず最初に 聞かせてもらいました。

「親鸞聖人が一切経の中から 大無量寿経を 選び、大無量寿経の中の48願から18願を選んで下さり、お伝え下さり、教えて下さったなれなこそ、 こんな私が本当に救われる教えを知る事が 出来た、聞く事が出来た事 を まず 喜ばねばならない。

人間努力すれば何でも出来ると思うかもしれないが、後生の一大事の解決は、努力だけではどうにもならない。ご縁がなければ、救われない。」
とお聞きして 阿弥陀仏のみ心をお聞き出来るご縁に恵まれました事 本当に有難く 思いました。

特に 目覚ましい努力もせずに、平凡な生活をしている私が、どうして こんな尊い教えに出会えたのか 申し訳ないばかりです。

そして 嶋田さんが作られた 4枚のプリントに沿って
阿弥陀仏のみ心 、
南無阿弥陀仏のいわれ を
お取り次ぎして 頂きました。

また、親鸞聖人のご和讃 4首 から、
私達凡夫の心の姿、阿弥陀仏のご本願を 明らかにして頂きました。


️私達が、阿弥陀仏のご本願を 聴聞させていただきながら 救われないのは「本願を疑う心」「疑心」があるからです。

「本願を聞いても、本願におまかせ出来ない」のは、とても苦しい状態ですが 、そこは誰もが通るところ。

それも、阿弥陀仏さまは、知っておられ、ほってはおかないのです。

どうしたら?どうしたら?どうしたら?と、私達は自力を押し通そうとします。

阿弥陀さまから 見れば 「自力は、無効だから 捨ててくれ」と叫んでおられるのですが。

ちょうど、「ドア」といっしょで
私が自力いっぱいで押しているドアを、阿弥陀さまは 向こうから押しておられるんです。
そして「お前に (六道出離という重い扉は)開けられるよつな扉では、ないよ、私に まかせてくれよ」と言われ、私が、手を離せば 扉は開いて 助かるように仕上げて下さっているのです。

ですが、
自分の疑心にばかり目を向け、どうしたら信じられる?どうしたらおまかせできる?と、自分の心をどうにかして救われようと 自分の心をこねくり回し 何年も格闘して しまう人がいます。
「自分の疑心」に目を向けるのでは なく、「阿弥陀仏のみ心、阿弥陀仏のご本願」に目を向け ご本願を聞くのです。

しかし「疑心、自力の心」は、十功の間、阿弥陀仏のご本願を聞かせなかった心であり、阿弥陀仏と互角に相撲を取って まけなかった心ですから しぶとい です。

でも、絶対 諦めない 阿弥陀仏がおられます。
「絶対 に、南無阿弥陀仏を聞いてくれる」と、私達を信じ切っておられる阿弥陀仏の思いは、微動だにしないのです。


︎「 二種深信」について、
救われた人は、この2つの事が心にあるのだと教えて頂きました。

機の深信に、つきましては、

私が 自分で、自分の罪悪深重、地獄行きを感じるのではなく、阿弥陀仏から見た私の姿として受け取るのだと教えて頂きました。

親鸞会にいた時は、「真剣に善をする事で 地獄行きの自分の姿を知らされる」と教えられ 毎月富山に参詣し、財施やチラシ配りを やりました。
しかし よくよく考えれば、煩悩具足の凡夫の不実な心で、どうして私の真実の姿を知る事など出来るでしょう?

最初から出来るはずのない事を 30年以上もやっていたのだと知らされます。

しかし
今、「仏になれる善をする心など 全く持ち合わせていない我が身」を知らされ、「そんな私を 仏にする」などという とんでもないご本願に 助けて頂いて、
今までの私の人生の 何もかもが、
阿弥陀仏のお手回しと 感謝いっばいで受け取められます。

阿弥陀仏のご本願の 相手でない人はいないので、
有縁の方に、阿弥陀仏のみ心を知ってもらうお手伝いを、少しでもさせて頂けたら嬉しいです。

なので
また、勉強会 開きます。
また、お知らせいたします。


南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏