久しぶりの更新です。明日は嶋田さんの勉強会ということで、行く予定です。ご縁ある皆さん、よろしくお願いします。雪の心配をしていましたが、今のところたいしたことはなさそうです。


前回はR1000さんの投稿文でした。今までに無い反響と言いますか、アクセス数の推移がありました。傾向から推測しますと、新しい読者の方も随分あったのだろうと思います。


さて先日、「システムアーキテクト試験」の合格証が届きました。3年前に「ITストラテジスト試験」のことをネタにしましたが、今回も味わうところがありました。その味わいについて書こうと思ったのですが、内容を考えていたら長くなりそうでしたので、今回は別のことを書きます。


今回は、私の話(昔話)を少しすることにします。


私は浄土真宗親鸞会とかいう宗教団体(このブログでは単に「親鸞会」と呼称)に、十数年所属していたことになっていますが、つい二年ほど前に「親鸞会とは関係無い人」になりました。

私個人の意思で親鸞会から離れたわけでは無いので、別段親鸞会館へ行くこと自体は現在でもやぶさかでは無いのですが、立場上行けないことになっているので行っていません。(どうしても行きたいわけでもありませんので)


さて、そもそも私がそういう宗教団体と縁があったのは、大学入学手続きの日に声を掛けられて話を聞き始めたのがきっかけではありましたが、そもそもそういう話を聞く縁となったものがあったわけです。



私が実家にいた頃は、一応皆で一緒に晩ご飯を食べていたのですが、だいたい親はさっさと食事を済ませて居間に行ってしまっていたので、祖母と私が残りました。祖母は大正時代の人でしたので、戦争やら伊勢湾台風の話やら、よく昔話をしてくれました。

そこで、どういうプロセスを経てそうなったのかは覚えていませんが、多分に祖母の話の影響があったのでしょう。小学一年生だった私のヒエラルキーのてっぺんには、昭和天皇が君臨していました。

そういう意味で、昭和64年の1月7日の天皇崩御は、当時小学一年生だった私にとって大きな出来事でありました。

あの日は確か土曜日だったと思いますが、いとこの家に遊びに行っていた私は、テレビの昭和特番をずっと見て昭和時代を振り返っていました。まあ、振り返るだけの経験値はありませんでしたが。


天皇でさえも永遠でないという、当たり前と言えば当たり前の事実を実感しまして、人生の本懐というものを考えるようになったのでした。本懐というと大げさといいますか、小学一年生に馴染みませんので、「何をしたら良いのかを考えるようになった」と置き換えましょう。


あまりにテレビを熱心に見ていたからか分かりませんが、昭和天皇崩御後しばらくは、寝床に昭和天皇の顔が浮かんできて寝付きが悪かったことを覚えています。とはいえ、昭和天皇が出てこなくなった後も、寝付きの悪さは相変わらずでした。


最近は知らぬ間にすぐ寝付いてしまうことが殆どですが、それこそ大学を卒業するくらいまで私は、毎日寝付くまでに一時間くらいは掛かるような状態でした。そして、寝付くまでには人生について数々の妄想を広げていたのでした。


おそらく小学一年生だか二年生だかの時期に、「将来なりたいもの」を書かされました。そのときに私は「バスのうんてんしゅ」と書いたのですが、実は非常に困ったのでした。率直に言えば書くことが見当たらなかったのですが、当時の狭い世界の中で書けることを書いたのでした。


そうやってもやもやしながらの日暮をずっと送っていたのですが、どうしたことかそのような思考については、特に誰に話すわけでもなく、過ぎていきました。話すような内容でもないと思ってみたり、それが宗教的であるように思ってみたり、どういう心持ちだったかハッキリとは覚えていませんが。


こうして、いろいろありまして、大学時代に親鸞会の人(と言っても当時そのことは知りませんでしたが)に声を掛けられて話を聞いたのでした。


そういえば、そのときに「人生の目的」というフレーズが出てきました。その時に私は「こいつらは宗教だ」と直感したのです。私の中では胡散臭さ全開というか近寄りがたいというか「あっちの世界の人」のようにさえ思ったのですが、一方で「人生の目的」という単語は、今まで自分が考えていた内容であるようにも思えたのでした。

たぶん、そう思わなかったら聞かなかったのだろうなあ、と思いました。


最初から阿弥陀仏の本願とか言われて、ありがたい話と思ったかと言えば、まず思わなかっただろうなあと思います。未だに南無阿弥陀仏とのご縁があったことが不思議に思われます。

称名。