あさ川です。前回に続きまして、わいるどひっぷさんから投稿文の③です。


========(以下、わいるどひっぷさんから投稿文です)========


 関わっていると、正直つらくなる。だから、もう、辞めた。考えないでいよう。そう思って、仏法にはふたをしてしまいました。
 院に入った時、生計のため学習塾講師の職を得ました。「今でしょ」が一時期はやった、某大手予備校です。その、高校生部門ではなくて、つまりCMに出てくるような有名どころの講師、ではなくて、小中学生部門(ややこしいですか)、の講師から始め、卒業後もなんとなく続いて、教室責任者も任せていただくようになりました。仏法のことは考えないでいようとする態度、生活、それが、7,8年ばかり続いたでしょうか。
 ところがある時、たまたまインターネットで、会に関するブログを見てしまいました。最初がなんだったか、もはや忘れましたが、「えー!そうだったのか!?」という思いで、あるだけ読みました。その内容は、びっくりの連続、衝撃でした。「清森問答」「苦笑の独り言」「…なぜ辞めたのか」そして「さよなら親鸞会」。自分が思い込んでいたものは、ウソだった。自分の格闘は、何だったんでしょうか。こんなことのために、長い間、勝手につらいと思っていたのか。心の重しが次第に取れていくように感じました。マインドコントロールって、ほんとにこわいですね。ただ、わたしの中では、会にいたことももはや忘れられない一部になっている一方で、離れた後の期間のほうがずっと長いため、被害の感覚はあまりありません。それよりも「自分は、自分で、よかったんだ」とほっとできたことのほうが大きいです。ブログを立ち上げて下さった方々、ありがとうございます。ようやく、自分で自分を肯定できるようになりました。

 その後、ブログのほうは、ページが更新されるたびに読むことが半ば日課のようになっていました。「親鸞会ブログポータルナビ」ができて、とても便利になりました。ぶるうのさん、ありがとうございます。教義関係のブログ(「飛雲」など)や、質問形式のもの(「安心問答」など)、種類も増えて、とても勉強になりました。「私の白道」も、ほんとうに胸に迫るものがありました。それらを通じて「救わる、ということが、本当にある」「現に、南無阿弥陀仏を叫んでおられる」「そこでなくても、他所でも、説かれる方はいらっしゃる」ということは、理解はできました。
 それでも、重い腰を上げてまで、再び聞こうとする、までには至りませんでした。もはや過去のこととしておいて今さら面と向かいたくない、何となく遠ざけておこう、という意識や、日々の日常のルーチンにいるうち「今すぐに、でなくても、そのうち」と思っているものは、いつまでたっても手につけずじまい、という惰性的な気持ちに流されて、また5年6年、たってしまいました。
 一昨年、会社の部門整理により退職することとなり、一時的に平日の多忙さが一気になくなりました。職探しについて、どうしようかという心配はありましたが、ぽかんとしたヒマができた分、あまりに手持無沙汰で、今まで考えずに放ってきたことを、自然と考える機会となりました。そこへ父の危篤も重なり、身辺が急にあわただしくなってきたな、と思っているところ、半ば日課のブログめくりをやっていたら、RCさんの勉強会案内が目に留まったのでした。
 勉強会のあることは、その時初めて知ったのではなく、ネットを見ている中で、存在は知っていましたが、講師でいらっしゃるのが嶋田さんと知って、心に「うん?」と動くものがあったのでした。私の知っている、嶋田さんが、わたし自身はとうに郷里を離れて暮らしているのに、その福井からこちらに向かってくる。なんだか、これは行かないわけにはいかない、この機を逃してはいけないと思われて、前日あわただしくRCさんに問い合わせ、参加させていただいたのでした。
 仏願の生起本末を聞かせていただきました。少しの懐かしさと、本当の教えはこうだったのか、という、おそらくその時その当時でしか感じられないであろう新鮮さと、これまで放り出してきたままのことが、また目の前にあったことの不思議さとを、感じておりました。ありがたいことでした。
 以後、「やっぱり聴聞しよう」と思い直しました。嶋田さんからは本もいただき、早速読みました。築地本願寺の常例布教にも行ってみました。RCさんからは、ご法話の案内もいただいたので、失業中のひまも手伝って、機会のある所には出向いたりしました。
(近所のご法話にも一度行きましたが、その時は「あれ?違うぞ」と思いました。一々は覚えていませんが、救われた後の前提で「今の生活をいかに御恩報謝するか」というように聞こえてしまったのです。「信心決定しなければならないのに、そんなのんびりした話があるか」「どうやったらいただけるか、を聞きたくて来ているのに、それは済んだ話になっているのではないか。これは、あかん。」と勝手に決めつけてしまったこともありました。今にして思えば聞き間違いだと思いますが。)
 築地では、阿部信幾先生のご縁もいただきました。「南無阿弥陀仏は往生の証拠です。」と、その心をお説き下さいました。「法蔵菩薩が、わたしを救わずば仏にならないと誓いを立てられて、兆載永劫の修行をなされ、阿弥陀仏という仏になられた」「その阿弥陀仏は、南無阿弥陀仏という声の仏となられて、いまこの私の元に届いている」「今、南無阿弥陀仏が聞こえる世界に、いるのです。」「そのように誓われた法蔵菩薩が、阿弥陀仏になられたということは、わたしの往生は定まった、ということです。」「南無阿弥陀仏は、往生の証拠です。」(このようにわたしは聞きました…。)
 南無阿弥陀仏の意味を教えて下さり、それはそれでよかったです。有難くお話を頂戴いたしました。
 が。それはそれとして。南無阿弥陀仏が完成していることは、話としては分かりました。
で。肝心のわたしが、まだ救われていないんですけど。
 どうしたら、救われた身に、なるんですか?
 どうやったら、それを、いただけるんですか?
 それを、教えてくれませんか。
 こんな疑問が、どんどん出てきました。その日は食事会もあり、「お尋ねしたいことは何でもどうぞ」という雰囲気だったので、先生にいくつか質問をさせていただきました、今にして思えばどうでもいいことですが。お気楽に受けて下さりありがとうございます。(日中の常例布教でご法話された鈴木純幸先生もその場にいらっしゃり、わたしの質問を聞いて下さっていました。よほどわたしの物言いが他力をはねつけていたのでしょう、先生のお答えに返事するわたしに「その、はい、が大事ですよ。」とおっしゃって下さったのが、印象に残っています。)
 以降、新たな職にも就き、聴聞するようになりました。
 が。「救われていないわたし」は一向に変わりませんでした。どうしたら、南無阿弥陀仏をいただけるのか、は、相変わらず疑問のままでした。肝心のことを、聞けていない。阿部先生のご縁も、都合のつく限り、聞かせていただきました。昨年最初の、この勉強会で嶋田さんから教えていただいても、やはり疑問は変わらないままでした。
 わたしにとっては、なぞでした。
救いは完成しているはずなのに、救われていないわたしがいるのはおかしいじゃないか。
なぜ、わたしは、救われていないままなんだ?
いつになったら、助かった身に、なるんだ?
どういう心境になったら、救われた、というのか?

 聞いているはずのものを、聞いていないのでした。
「晴れているのが分かったら、傘は要らないでしょう。晴れていると分かるから、傘は要らない、ってなるんです。傘を離したら、天気は晴れになりますか?ならないでしょう。」
 阿部先生は喩えでこう話して下さるのですが、今となってはよく分かりますが、その時には分かりません。「晴れているのがよく分かっていないから、傘を手放さないのだ」と思い、まだどこかに自分の理解不足があるからだろう、晴れが晴れだとよく分かったら、手放すこともできるだろう、としか思えませんでした。
 聞き始めのときと、まったく、心は、変わっていない。こうまで聞かせていただいて、まだ、分かっていない。これは、まずい。
 1月の勉強会以降は、「理解不足をなくすため」に、買いこんでおいた「大経」「観経」など諸解説本、RCさんからいただいていたご法話の録音、嶋田さんからRCさん経由でいただいた本(のコピー)など、手元にあるものを片っ端から、読み直すものも、買っておいただけでまだ読んでいなかったものも含めて、仕事から帰って、寝てしまうまで、ずっと読み続けていました、「足りないはずの何物か、を埋める」ために。「それがあれば、助かるだろう」という手がかりが、どこかにあるはずだ、と思って、読み、録音を聞いていました。「それが何かは分からないが、それがあるために助かった状態にならない何か」を一生懸命、探していたのでした。
 そんな日が1カ月ほど続いたのですが、そんなものは、ありませんでした。相変わらず、「助かっていないわたし」だけが、ありました。
どうしたら、南無阿弥陀仏は、いただけるのか。これは、どうしても目の前にふさがる巨大な壁であり続けました。そしてその壁は、乗り越えることはできませんでした。「ここまで聞いても、分からなかった。自分は、分かる身じゃない。ほんとにあきらめよう」今度こそ、辞めた、と思いました。自分としては、やれることはやりました。思い直してまた聴聞しようとか、聴聞していったらそのうち分かってくるだろうとか、でも「救われた身になる能力」は、わたしにはございませんでした。
 聴聞も辞めた。仏法も、辞めた。ほんとに、辞めた。もう全部、辞めてやる。救われるなんて、辞めた。
 その時、ああ、そうだったのか、と分かりました。
南無阿弥陀仏。
だから、言ってたでしょう。最初から、わたしが全部用意してあるのだから、任せなさいよ。
阿弥陀仏のお呼び声、とは、このことだったか。
南無阿弥陀仏。
お任せします。
南無阿弥陀仏。
わたしで何か作るものではありませんでした。
南無阿弥陀仏。
任せなさい、とおっしゃるから、お任せします。来い、とおっしゃるから、「はい」と言うだけです。
南無阿弥陀仏。
こういうことだったのですね。
ようやく、南無阿弥陀仏の心を、分からせてもらいました。上の言い方では、全然、足りないですけど。わたくしの口から出た、わたくしの、今の味わいです。言葉は全然言い足りないですが、なんと、ありがたいことでしょうか。「にぐるものををわえとるなり」とは、このことでしょうかと、思っております。阿弥陀様は、ずーっと、いて下さった。今、現に、南無阿弥陀仏となって、おわします。
(大学入学時のご縁も捨て、もう一度と思ってみたのも捨て、ほんとうのご縁だと思ったものも捨てようとして、そこに、ありました。わたくし的三願転入でしょうかね。まあ、今の身としては、そんな、以前のことはどうでもいいですけど。)

 以降、聴聞は楽しみにしております。今まで、ほんとうに、聞いてこなかったなあ、と思うような、新しいことを気づかせていただけます。浄土までの間、阿弥陀仏のお育てをいただきながら、聴聞をし、ご恩をより深くお知らせいただき、わたくしなりの謝徳の行いをして参りたいと思います。
 慧日会のご縁、また楽しみにしております。