ここをもって、愚禿釈の鸞、論主の解義を仰ぎ、宗師の勧化に依りて、久しく万行・諸善の仮門を出でて、永く双樹林下の往生を離る、善本・徳本の真門に回入して、ひとえに難思往生の心を発しき。しかるにいま特に方便の真門を出でて、選択の願海に転入せり、速やかに難思往生の心を離れて、難思議往生を遂げんと欲う。果遂の誓い、良に由あるかな。ここに久しく願海に入りて、深く仏恩を知れり。
(教行信証化土巻)


善悪のふたつ総じてもって存知せざるなり。そのゆえは、如来の御こころによしとおぼしめすほどにしりとおしたらばこそ、よきをしりたるにてもあらめ、如来のあしとおぼしめすほどにしりとおしたらばこそ、あしさをしりたるにてもあらめど、煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、よろずのこと、みなもって、そらごとたわごと、まことあることなきに、ただ念仏のみぞまことにておわします。
(歎異抄後序)



南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏



~~~~~~補足~~~~~~

改めてご説明しますと、毎年2/26には●「親鸞会」と題した記事を書いてきました。

卒「親鸞会」
超「親鸞会」
忘「親鸞会」
転「親鸞会」
今回は、 離「親鸞会」 と題しました。

いろいろ考えた結果、やはり南無阿弥陀仏だなあということで、今回はこのような形式にしました。

他のブログでは、いわゆる「聖典」の言葉に対しては現代語訳や解説などを載せる場合が多いのですが、当ブログは私の味わいを載せるだけにしております。現代語訳をご所望の方は、他の方の書かれたブログや書物等でお調べ下さい。