日付が変わってしまいましたので今日なのですが、今日6/4は埼玉慧日会です。ご縁のある方は熊谷までおいでください。


さてこのブログも気がつけば解説から丸5年が過ぎました。このブログでは毎年恒例のシリーズがある一方、例年の開設日には特段の注意を払っておりません。とは言いながらもせっかく5周年ということもありますので、開設日は若干過ぎておりますが「5周年」のタイトルを付けました。


私が親鸞会を離れてからは特に更新頻度も(当初のもくろみ通り)低くなり、5年を経過して記事は400本に満たない状態(頂いた投稿文を含めなければ350本程度)ですので、あまり多くはありませんけれども、投稿文しか無い月があったにせよ、除名騒動で意図的に休止していた2014年3月を除けば毎月何かしら更新できているのも、読んで下さる方、ご意見下さる方、投稿文を下さる方、皆さんのおかげであります。ありがとうございます。


もともと何を思ってブログを始めたかということについては、「さよなら」に出した投稿文や、一周年のこれも含めて過去に何度か触れていますし、抽象的にはPC版の表書きの


宗教というのは、少なくとも人を幸せにするために存在するものだ、と思っています。
ところが、親鸞会と関わった少なくない人が、苦しみながらフェードアウトする姿も見てきました。
親鸞会はともかく、弥陀の本願とのご縁まで遠ざけてしまうのは、個人的にもったいないことだと思います。

私自身は追い出されるまでやめないということにしていましたが、そんな私自身の経験も含めて書くことで、宗教によって苦しんでしまった人に対して、なにかしらのご縁にでもなればと思います。


にある通りです。


まあ、それはそれでその通りですし、そういう思いを持っていたためにこのようなブログになったわけですが、直接的に「どうしてブログを始めたのか」というのはまた別の話です。

せっかく5周年ということで、最初は私と親鸞会の出会いについて書こうと思ったのですが、ブログの内容に直接はまったく関係無いことを承知の上で変更してその話をします。
(いつものエクスキューズです)


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前段の話として、20代のときに私は起業家セミナーに出入りしていて、数ヶ月に一度は話を聞いていた、ということがありました。そこで聞いた話の中で、とある健康食品会社の経営者の話として「●歳の時に△△をする」という人生計画表のような書いたらそのようになった」という趣旨のことを聞きました。眉唾物だと思われる方が大方だろうと思いますが、私も特段熱心に信用していたわけでも無く、さりとて「書くだけなら大して損もしないし」ということでうち捨てるわけでも無く20代も終わりを迎えようとしていました。


確か2010年の暮れだったと思いますが、俗に言う「1000円高速」が実施されていた折、ふと私は思い立って「人生計画表」を書いてみることにしました。しかも、ただ家で書いても仕方ないので行ったことも無いところへ行って書こう、ということで自動車を走らせ北へ向かったのでした。当時行ったことのあった北限が山形県酒田市、少なくとも酒田よりは北へ行って翌日昼には浦和に行かなければならないという微妙なスケジュールで、雪の中をどうにか岩手県まで進み、ホテルの中で思いつきの「計画表」を書きました。「表」は30歳から始めました。


そのように書いた背景までは説明しませんけれども、「表」の30歳の欄には「居場所を失った人の居場所となるWEBサイトを作る」という趣旨のことを書いていました。しかしながら、ただ書いただけのことですでに記憶の片隅にしまわれたこと、思い出して具体的に何をするわけでもなく30歳最後の日を迎えようとしていました。そんなタイミングで「表」に書いたことを思い出しました。


「表」に書いたこととはずいぶん違ったのですが、若干美化して言えば「思いを込めた結果」として、露骨に言えば「苦しんだ結果の産物」として、開設したのがこのブログでした。


「表」は単なるきっかけといえばきっかけであって、そもそも持っていた思いの表現ではありましたけれども、由来が微妙なゆえにスタンスがまた微妙になってしまったのかもしれません。とは言いながら、批判も多かった中、ごく初期から応援してくださったナイスミドルの方を始め様々な方に支えられ、様々なご縁を頂いて今日を迎えたということに深い感慨を覚えます。


いつつの不思議をとくなかに  仏法不思議にしくぞなき
 仏法不思議ということは  弥陀の弘誓になづけたり (高僧和讃)



南無阿弥陀仏