あさ川です。

私も当日にRCさんから嶋田さんの件は伺っておりましたが、改めてRCさんから投稿文を頂きましたので掲載します。(ご家族に了解を頂いているとのことです)

嶋田さんと私とのご縁はRCさんを通じてのもので、親鸞会を離れてしばらくしてからのことでしたが、結果的に浅からざるご縁となりました。いずこでかまたご縁があるのだろうと味わわれます。

南無阿弥陀仏

========(以下、RCさんから投稿文です)========

RCです。

親鸞会元講師の嶋田久義さんが、平成30年 1月9日の午前中に、お浄土へ旅立たれました。

嶋田さんとのご縁を 振り返り、文章を書かせていただきました。

嶋田さんのブログ 「 −あなたの白道 − 」に、書いてありましたが、嶋田さんは 一昨年の11月に 「 突発性間質性肺炎 」になり、その後、入退院を繰り返して、おられました。
そして、昨年の8月10日の夜中に、救急車で 病院に緊急搬送されて、4度目の入院となりました。約5ヶ月間 闘病されましたが、回復されず、1 月9日に お浄土へ旅立たれました。

「 ブログ –あなたの白道− 」の[ はじめに・目次 ]には、次のように書いてあります。

『 今回の 4度目の 入院で 臨終が 近いと 分ります。
 退院はもう無理で 今回の 入院で 最後を迎えるでしょう。
もう迫っています。
      
そこで 最後の力を ふりしぼり「 あなたの 白道  」を 書きました。
 今回 入院して 25日目で やっと パソ コンを 開くことが出来ました 。
嬉しくて 涙が出ました。また 書ける、最後まで書けると。
 ベッドの上で パソコンを 開き 打っては 横になり 打っては 横になり 書いているので中々 進みません 。
「 命の ある間に 書き上げたい 。」
この思いだけでした 。 』
と。

嶋田さんは、病院のベットの上で、ただ ただ
皆さんに、南無阿弥陀仏を 伝えたい、わかっていただきたいとの 思いで、命を削って 文章を遺してくださいました。
嶋田さんの言葉に触れると、嶋田さんの 思いが伝わって、胸が一杯になります。

振り返れば、3年半前の平成26年の夏。
私は、親鸞会への不信や不満がMAXになったのがキッカケで、親鸞会批判サイト の存在を知り、その中で、嶋田さんの「 私の白道 」と出遇いました。

ずっと、「この世界で、 真実の仏教を 説いておられるのは高森会長だけ、正しい真宗の教えを広めているのは親鸞会しかない」と、心底信じていた私にとって「 私の白道 」に書かれていたことは、にわかには 信じられませんでした。
ですが「 私の白道 」の文章の一言、一言には 否定できない誠実さがありました。
2〜3ヶ月間、心は、揺れ動きましたが、やがて退会を 決心しました。
その経緯は
http://blog.livedoor.jp/skai_as/archives/41221991.html
に 書いてありますので、ご覧下さい。

親鸞会の退会を決め、自分よりも 数年早く 親鸞会を退会されていた友人に 電話をかけたところ「『私の白道』を書いた人の 連絡先、知っているよ!」と、彼女から 嶋田さんの電話番号を教えて もらいました。
私は 携帯電話を「かけ放題プラン」に変えてから、その番号に電話をしました。
嶋田さんは、初めて 電話をかけてきた私に、いきなり、「 南無阿弥陀仏のみ心 」を話し始め、2時間くらい熱心に、話してくださいました。その後、すぐに 仏法の書籍や、法話のDVDを 私の自宅に 送ってくださいました。
おかげで 私は 「 ずっと信じていたことに裏切られたショック 」を 感じる暇もなく、「 お念仏の教えを 聞きたい!」という気持ちになっていました。

私は 親鸞会を辞める時に、自分を含めて 5人いっしょに辞めました。その時 「親鸞会の間違いが、はっきりわからないままでは、前に進めない」と思い、5人で 嶋田さんから 親鸞会の間違いを キチンと お聞きしたいと思いました。
本来なら、こちらから 嶋田さんを訪ねるべきと思いましたが、旅費などを 考えれば、嶋田さんに来ていただけたら 有り難いと思って、嶋田さんに お願いしたところ、嶋田さんは、私の申し出を 快諾されて、すぐに 福井から埼玉に来て 勉強会をして下さいました。
その時も、「皆さんに、読んで欲しい」と、本を何冊も持って来てくださいました。

嶋田さんは、喜びと熱意 いっぱいで 、南無阿弥陀仏を伝えてくださいました。

当初は、勉強会を続けてやって行こうとか、広く皆さんをお誘いしようとか 、特に 考えていたわけでは なかったのですが、「 では次回は、」「また次回は、」と 続けることになり、さらに、あさ川さんのブログで、皆さんに お声かけもして、多くの方々に 参加していただくことになりました。

勉強会では、嶋田さんは、いろいろな本を コピーして紹介して下さったり、仏教、真宗の教えをわかりやすくレジュメにして下さったり、妙好人の言葉をプリントして、いっしょに 味わったりと、本当に 本当に、力を注いで下さいました。

でも 最初の勉強会に来てくださった時に、嶋田さんの心臓の冠動脈には 10本ものステントが、入っていると お聞きして、驚きました。
親鸞会講師での 膨大な量のアニメ頒布や、 会員勧誘などの 激しい活動は、身体に 大きな負担となって、糖尿病を引き起こし、嶋田さんの全身の血管は 大きなダメージを受けていたのでしょう。
でも、定期的に心臓の検査を受けておられたので、治療を受けながら、まだまだ 元気で おられて、やがて僧侶として ご活躍されると思っていました。

一昨年、嶋田さんから 「 突発性間質性肺炎 」になったとお聞きし、お宅にお見舞いに伺った時、勉強会では 大きな声で 元気にお話ししておられた 嶋田さんは、「酸素ポンプ」に チューブで繋がれていて、少しお話ししただけでも、咳き込んでおられました。
嶋田さんの姿は、老 病 死 を、忘れていても、老 病 死 を離れた人生などないのだと、教えて下さいました。
でも、その時、嶋田さんは まだ 外出もできて、近くのお寺で いっしょに 聴聞させて頂きました。
嶋田さんや 、お同行の皆さんと、南無阿弥陀仏のおはなしを聴聞できて、本当に 有り難いご縁でした。

こうして 今、私が 嶋田さんとの出遇いを振り返っていることが、つくづく、不思議です。

気づかないうちに、 不思議な何かに、押されて、引っ張られて、気づけば、私の口から 南無阿弥陀仏が 出てくださり、南無阿弥陀仏を称える身に お育ていただいたことに 驚くばかりです。

嶋田さんが、「 私の白道 」を 書かれたのも、
余命を告げられた病床で、「 あなたの白道 」を書き上げられたのも、南無阿弥陀仏のおはたらきが 嶋田さんを通して 現れてくださったのだと思います。

南無阿弥陀仏は、自分が 南無阿弥陀仏を喜べただけでは 、済まさない。いっしょに 喜びたい、称えたい、それが南無阿弥陀仏のおはたらきなのでしょう。

嶋田さん。
嶋田さんが、親鸞会講師という厳しい世界に 飛び込み 20年の間 大変な活動の末、講師の肩書きを捨て 親鸞会を去る、という決断をされたのは、ずっと 後生の一大事に 向き合っておられたからですね。
それは 南無阿弥陀仏が、はたらき詰めに はたらいていてくださったからですね。
そして、
遇い難い南無阿弥陀仏と出遇われ、南無阿弥陀仏を 喜び、お伝えしてくださった「 嶋田さんの人生」に、今 、合掌し 念仏させていただきます。

きっと 多くの皆さんが、同じ思いで お念仏されています。
不思議で、嬉しく 有り難いことです。

嶋田さんは、これからは、還相のおはたらきを 思いのままに されるのですね。

嶋田さん。
ありがとうございました。

ふと、大峯 顕先生の「 さよならはない世界」という本に書いてあったことを思い出しました。
「南無阿弥陀仏と出遇った人は、『さよならはない世界』に 生きている」と 書いてありました。

みんな 南無阿弥陀仏のおはたらきの中の出来事で、ずっと 南無阿弥陀仏のおはたらきの中にいるのですね。

嶋田さん、また お話しできますね。

それから、この文章を読んでくださった皆さんが、嶋田さんの「あなたの白道のブログ」そして、「 あなたの白道の本 」を読んで くださったら 嶋田さんも、喜ばれると思います。

嶋田さんのブログ 「 あなたの白道 」は、
http://www.shinrankai.biz/blog.php?id=54
です。

「 あなたの白道の本 」の入手方法は、ブログに書いてあります。

「 主人はこの世にはおりませんが、この本が主人の分身となって活躍してくれる事を信じています。 」
〜嶋田さんの 奥様の お言葉です〜

南無阿弥陀仏