謹んで浄土真宗を案ずるに、二種の回向あり。一つには往相、二つには還相なり。往相の回向について、真実の教行信証あり。
(教行信証)


しかるに本願力の回向に二種の相あり、一つには往相、二つには還相なり。
(浄土文類聚抄)


往・還の回向は他力に由る。
(正信偈)



浄土真宗ののお話をずっと聞いているとすっかり慣れてしまいかねないのですが、改めて味わいますと、親鸞聖人が「すべて弥陀のひとり働き」と言われたことがなんともありがたく味わわれるのでした。


親鸞聖人は教行信証で「浄土真宗」と書かれているところを浄土文類聚抄では「本願力の回向」と書かれています。もともと親鸞聖人は、自らの宗派という意味合いで浄土真宗を使われていなかったかと思いますので特に違和感はありませんけれども、こんなところからも改めて、浄土真宗は本願力回向の教えであり、他力の教えであるということ、「弥陀のひとり働き」であることが味わわれます。


「弥陀のひとり働き」という言い方をしておりますが、つまるところ回向の主体が阿弥陀仏と言われているわけで、これに慣れ親しんでいると違和感も覚えませんけれども、考えてみますとなかなかそのように言えるということはないように思います。


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学生時代も遠くなりにけり、あまり自分がどうであったかの記憶も定かではありませんが、いくつか思い出したことを書きます。


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大学で宗教っぽい「サークル」に入って話を聞く中で、「信心決定したら、より仏法を聞きたくなる」という話を聞いたことがあります。

大まかに補足しますと、私は当時「人生の目的を達成する」ということは考えていたものの、宗教的な話に用はありませんでした。

そんな私がこのような話を聞いたものですから、「人生の目的を達成して充実感を得てその後の人生を楽しもうというのに、結局法話を聞き続けるというのは面白くないなあ」などと思っていたものでした。


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私は今現在、熊谷市に縁がありますが、学生当時はまったく熊谷に縁がありませんでした。
そんな熊谷市の有名人の一人に、熊谷の蓮生房がいます。

大学の何年生の頃だったか忘れましたが、蓮生房について以下のような話を聞いたことがありました。

細かな話の内容は覚えていませんが、親鸞会の会員さんとおぼしき人が書かれたブログ記事がありましたので、興味のある方はこちらをご参照下さい。(『とどろき』記事の転載のもよう)

ここでは長く書きませんが、このときに「南無阿弥陀仏の縄に縛られて思うままにならぬ幸せ者」ということを聞いたのです。


一応は仏法を聞いていたと言えば聞いていたかも知れませんが、性根はまったく先に述べた通りでしたし、そもそも縄に縛られて幸せなどというような趣味はありません(今もありません)から、そんな話をさもありがたく話す講師部員を見て、ちょっと違う世界の人のように思ったものでした。


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「遊煩悩林現神通」

学生時代、この正信偈の言葉について話があったことがありました。いわく、救われた人は煩悩の林であるこの世界で、自由自在に衆生済度をするのだと。救われた人にとっては、衆生済度は遊びのようなものなのだと。


やはり学生だった私は、「衆生済度が遊びと思えるかはなってみないと分からないが、あまり楽しいとは思えないものだ」と思ったものでした。


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縄に縛られて云々はさておき、先ほど述べたような思いというものは、まさにそこに「自分」が入っている、もっと言えば「自分」しか居ないように思うが故のことだと思い出されます。


自分の努力や工夫、忍耐などによって得られた境涯という名の結果であれば、いわば「報酬」として自分が満足する何かが得られなければ、「努力した甲斐がない」と思ってしまうでしょう。努力の結果、思い通りの人生が開けるものだと独り合点していたところに、「一生涯仏法を聞き続けるのだ」とか、まして次の生でも衆生の救済に励む(というか遊ぶ)のだとか聞かされたら、別にそんなもの要らない、と思ってしまいかねません。


そんなことを考えますと、よくも縁が続いたものだったと思いますし、むしろ自分で求める気を起こしていたら今の「ご縁」はなかったのだろうと味わわれます。


浄土真宗の「教行信証」について言えば、主体はすべて阿弥陀仏でした。そして教行信証が円満した往相の回向、そして還相の回向はまた、阿弥陀仏の一人働きでした。


しかれば、もしは往・もしは還、一事として如来清浄の願心の回向成就したまうところにあらざることあることなきなり。
(浄土文類聚抄)



「すべて弥陀のひとり働き」とは、たとえばどういうことかと味わってみますと、


問題にしていない「苦」を問題にされているのも、
仏法を聞きたいと思わないのに聞かせることも、
仏法が有り難いとも思わないのに縁を持たせることも、
後生のことを心配されているのも、
助からないことを問題にされるのも、
仏法を聞こうとしないのを心配されるのも、
往生一定とされるのも、
臨終後に仏の悟りを開かせるのも、
次の生で、再びこの世で衆生済度させるのも、


みんなみんなということであろうと思います。


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最近、何度か還相回向のお話を聞く機会がありました。

無常というか往生というか、お同行のそのような話もちらほらと聞きます。このブログでご縁深かった方で言えば、ひろしさん、そして嶋田さん。

まあ、娘のこともありましたので、弥陀と娘のことなどを思い出したり考えたり味わったり、そんなこともありました。

往生された同行のことを思い出し、どこかで還相の方として次の生を送られているのかなあと思ったり、ひょっとしたら親鸞会と縁を持たれるのかなと思ったりもしております。


二つに還相の回向と言うは、すなわちこれ利他教化地の益なり。すなわちこれ「必至補処の願」より出でたり。また「一生補処の願」と名づく。また「還相回向の願」と名づくべきなり。『註論』に顕れたり。かるがゆえに願文を出ださず。『論の註』を披くべし。
(教行信証)


その「還相回向の願」を親鸞聖人は、次のように読まれてます。

願に言わく、「設い我仏を得たらんに、他方仏土のもろもろの菩薩衆、我が国に来生して、究竟して必ず一生補処に至らしめん。その本願の自在の所化、衆生のためのゆえに、弘誓の鎧を被て、徳本を積累し、一切を度脱して、諸仏の国に遊び、菩薩の行を修して、十方諸仏如来を供養し、恒沙無量の衆生を開化して、無上正真の道を立せしめんをば除く。常倫に超出し、諸地の行を現前し、普賢の徳を修習せん。もししからずは正覚を取らじ」


還相回向は浄土に往生して仏のさとりを開いてからということになりますので、本来は「還ってくる」のも「衆生済度する」のも、この世で出来ることではありません。そして、「すべて弥陀のひとり働き」ですから、自分の意思で出来ることでもありません。


とは申せ、利他の行が出来ないとしても御恩報謝の日暮らしが出来るのが、浄土真宗の有り難いところだと思います。御恩報謝の道はそれぞれありましょう。その中で分け隔てなく南無阿弥陀仏を讃歎することもまた有り難いご縁だろうと思います。結局いつもの話になってしまいますが、親鸞会であるとかないとか、捨てるとか拾うとか、拒絶するとか崇拝するとか、そんなこととは関係無い弥陀の本願ですから、還相の方と同じように自由自在に神通を現すとはいきませんけれども、その心を汲んで親鸞会など関係無く、彼我の境目もなく、日々の姿が縁ある人とともに南無阿弥陀仏を喜ぶご縁ともなれば有り難いことだと思います。



あともう一つ。まったく還相回向とは話は変わりますけれども、以前に親鸞会の良いところについて考えてみたことがありました。当時は結局思い当たらず、皆さんに色々ご意見も出して頂いた、そんなことがありました。


今ひとつ思い当たるのが、熱心に「聞法」していた、ということ。


もちろん、聞法の目的が全く違うとか、喜びと言うにはほど遠く苦痛であったとか、そもそも聞「法」ではないとか、特に親鸞会経験者で親鸞会から離れた方はいろいろ思うところがあろうかと思います。

そういった方全員のことは分かりかねますので私は自分のことを書くのですが、弥陀の本願とのご縁でもありましたし、また「熱心な聞法」ということからすれば(形の上では)親鸞会は素晴らしいものがあったと思います。また、これも形式的なものかしれませんが、仏法大事に思うことに関しても、親鸞会の人は一生懸命だったと思います。(対象が仏法に向いてないのではないかと思われる方もあるかしれませんが)


もう一つの「還」は、そんな熱心さに思い出し、その大事に思う「思い」に「還」っても良いのではないか、そんな意味も込めてみました。


当時を思い出しますと、毎週のように富山の親鸞会館に通っていた時期もありました。

教学も頑張ってました。

お聖教も下に置いてまたがないように気を遣ってました。


当時は自分自身のために、自分自身に幸せがかえってくると思って、自分自身が助かるためにしていたことでした。南無阿弥陀仏はそんなことを求めてはいませんでしたし、頑張る必要も無い教えでした。

ただ、南無阿弥陀仏との縁を喜ぶようになった、といって仏法とのご縁が遠ざかってしまう方もあります。それは残念に思います。


先ほど、学生時代に「救われた人は余計に仏法が聞きたくなる」と聞いた時のことを書きました。結局あれは、南無阿弥陀仏(もっとも、当時は「人生の目的」としか思っていませんでしたが)を努力の対価としか思っていなかったということでした。

そんな私ですのでえらそうなことは言えませんけれども、聞法を大切に、仏法を大切に思っていたはずの時の思いに「還」る、

それもまたご縁の形ではなかろうか、と味わわれます。



昨年は教行信証と歎異抄のご文を出して本文は何も書きませんでした。それはそれで良いかとも思ったのですが、「なんとコメントしたら良いか分からない」と言われた方もありましたので、まとまってませんが文章を書きました。

今回の漢字は何にしようか、と思った時に二つの候補がありました。一つは、昨年も書こうと思っていた文字、もう一つは先週ふっと思いついた文字。どっちもあまりまとまらなかったのですが、今回は先週の味わいを元に(だいぶ変わりましたが)書きました。


南無阿弥陀仏

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改めてご説明しますと、毎年2/26には●「親鸞会」と題した記事を書いてきました。

卒「親鸞会」
超「親鸞会」
忘「親鸞会」
転「親鸞会」
離「親鸞会」

そして今回は、「還」親鸞会 と題しました。


今回、カギ括弧の位置が変わりましたことについては思うところはありますが、なかなか文章になりませんでしたので、皆さんそれぞれに味わっていただければよろしいかと思います。


他のブログでは、いわゆる「聖典」の言葉に対しては現代語訳や解説などを載せる場合が多いのですが、当ブログは私の味わいを載せるだけにしております。現代語訳や意味をご所望の方は、他の方の書かれたブログや書物等でお調べ下さい。