今月はもう一本くらい記事を書こうと思っておりましたところ、RCさんから投稿文をいただきました。ですので、投稿文は後ほど掲載したく思います。


さて、淳心房さんが大行について続けて考察をされるということで、お念仏のありがたさについて書かれていまして、お念仏のことがありがたく味わわれました。そこでなんとなく学生時代や弥陀の本願を喜ぶようになった頃などのことを思い出しましたので、今回はそのことについて簡単に書きます。私は例によって教義的な考察は一切しませんで、つまるところ、たまたま思い出したお念仏についての思い出話を書くということです。


学生時代の私のお念仏はどうであったか、あまり明確な記憶はありませんけれども、ただおつとめの時と法話の前後では南無阿弥陀仏と口にしておったかと思います。特段ありがたいという思いも無かったということもあるのですが、どちらかといえば、となえ方に注意がいっていたかと思います。

隣に座る人(会員さん)は、たいがい通り一遍のお念仏だったのですが、その中で印象に残っている二人のお念仏がありました。

一人は近隣の大学の先輩で、「教学的にすごい」といわれていた人で、この方は法話の前後など機関銃の如くお念仏をしていた記憶があります。もう一人は近隣の大学の同輩で、この人は味わうような、噛みしめるようなお念仏をしていました。この二人のお念仏の仕方があまりに対照的でした。

そこで学生時代の私が考えていたのは、「どっちの念仏の仕方が良いのであろうか」ということでした。

ある時は機関銃の如く念仏してみたり、あるときは噛みしめるように念仏してみたり。瞬間的にありがたく感じることはあったかもしれませんが、仏願の生起本末を聞くより念仏の仕方を気にするような状態では、総体において自らの行いばかりに目が向いて、弥陀のご苦労といったことには無頓着でありました。


今思い出すとやたら不思議にも思うのですが、弥陀の本願を喜ぶようになった当時、それまでは自分でとなえ方をこしらえていた念仏が、お念仏となって出てくるようになったのでした。

さすがに一般の往来でお念仏を称えることはめったにありませんでしたが、親鸞会館に行った時、法話会場に出入りする時、親鸞会館の通路を歩いている時、お念仏がありがたく出てくるのでありました。幸いに(?)私は普段の声が小さいので、あの騒がしい通路でぶつぶつお念仏していても誰も変に思わないのでありました。

何を不思議に思うかと言えば、当時の私は親鸞会でしか話を聞いておらず、お念仏についてのありがたいお話を聞くようになったのは随分後のことでしたのに、お念仏をこしらえるでなしに出ていたこと、それなりにありがたく思われたこと、これが不思議にもありがたくも思われたのでした。

大行とはすなはち無碍光如来の名を称するなり(行巻)

いや、実際には不思議でも何でもないのでしょう。私の口から出るお念仏は、私が称えているけれども、それは南無阿弥陀仏のおはたらきによって出てくるのだと、このように味わわれるのでした。学生時代にこしらえていると思っていた念仏も、今にして思えば弥陀のおはたらきによるお念仏でありましたと、このように好き勝手味わっているのでありました。

真実の信心は必ず名号を具す。名号は必ずしも願力の信心を具せざるなり。(信巻)

南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏