あさ川です。

RCさんから投稿文をいただきましたので掲載します。

南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏


=======(以下、RCさんからの投稿文です)=======

法蔵菩薩さまが、仏になる力のない私、流転輪廻の輪から出られずに、苦しみ続ける私を 哀れみくださり、「助けてやりたい、仏にしてやりたい」と、五劫思惟、兆載永劫のご修行の末に、「私を仏にするおはたらき(ご名号)」を完成してくださいました。
「ご名号」とは、「私を仏にするおはたらき」です。
そのおはたらきを、立体的な形にすれば、「お木像」になり、絵に描けば、「ご絵像」になり、文字に書けば 「六字のご名号」になり、私の口から出たら、「お念仏」になります。
お木像も、ご絵像も、六字のご名号も、私の称えるお念仏も、南無阿弥陀仏のおはたらきを、お示しくださったものです。

お念仏は、私の口を通して、おはたらきが現れてくださって、私に 「お前を仏にする仏がおるぞ。まかせておくれ。安心せよ。心配要らんぞ。」と、告げていてくださいます。

お木像そのものに、私を救うおはたらきがあるのではなく、お木像の形で現れた南無阿弥陀仏のおはたらきが、私を救ってくださる。
ご絵像が私を救うのではなく、ご絵像になって現れている南無阿弥陀仏のおはたらきが、私を仏にする力がある。
六つの字が、私を救うのではではなく、六つの字で現させたご名号のおはたらきが、私をお浄土へ連れて行く。
私の口から出る、なもあみだぶつの言葉そのものが、私を救うのではなく、お念仏となって、現れてくださる「おはたらき」「お慈悲」が、私を救ってくださるので、お念仏が出る度に、私は、ご恩を知らされ、ご恩を喜ばせていただける。

「南無阿弥陀仏のおはたらき」は、私の身と心に、満ち満ちてくださって、私の口を通して、「なもあみだぶつ」と 現れ出てくださって、「一緒におるぞ。仏にするぞ。安心せよ。まかせよ。大丈夫だぞ」と 私に告げてくださいます。
私には、お念仏となって現れてくださるご名号が、 この世で、一番有り難い。
「ただ念仏のみぞ、まことにておわします。」
親鸞聖人のおっしゃる通りです。

だから、南無阿弥陀仏のおはたらき、おいわれを、お聞きできるお聴聞というご縁が、嬉しくて、仕方ない。

お木像も、ご絵像も、ご名号も、お念仏も、
みんな 南無阿弥陀仏のおはたらきを、私に知らせてくださる阿弥陀さまのお手回しですから、
どれも、嬉しく、有り難いばかりです。

なもあみだぶつ