故聖人のおおせには、「親鸞は弟子一人ももたず」とこそ、おおせられ候いつれ。「そのゆえは、如来の教法を、十方衆生にとききかしむるときは、ただ如来の御代官をもうしつるばかりなり。さらに親鸞めずらしき法をもひろめず、如来の教法をわれも信じ、ひとにもおしえきかしむるばかりなり。そのほかは、なにをおしえて弟子といわんぞ」とおおせられつるなり。されば、とも同行なるべきものなり。これによりて、聖人は御同朋・御同行とこそかしずきておおせられけり。
(御文1-1)



最近、自分のブログの過去ログを眺めていたところ、このようなコメントを見つけました。ご覧の通り、当ブログのごく初期の頃にいただいたコメントです。


10. 3 2012年07月24日 22:00
阿弥陀様から見れば、親鸞会も高森氏も救いの障りにはなりません。むしろ、必ず救うと誓われている十方衆生のひとりではありませんか。
親鸞聖人から見れば、(私利私欲に走っていても)ご同行のひとりではありませんか。
尽十方無碍光如来。そのお慈悲は親鸞会だろうがどこだろうが必ず私達に届いています。
名無しさんも親鸞会に拘っておられるようですが、もう捕らわれたり苦しんだりしなくてもいいように思います。
少々出過ぎました。
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。



そのようなわけで、今年は「朋」の字を掲げました。
ちなみに現在作成中のMy真宗聖典を検索すると「朋」の字は数カ所ヒットしますが、私が今回引用するのはこの御文のみです。


上記コメントは前後も読まないと全体の文脈がとりづらいかと思いますが、私が注目したのは

>親鸞聖人から見れば、(私利私欲に走っていても)ご同行のひとりではありませんか。

の部分でした。
上記コメントだけでおわかりになるかと思いますが、「ご同行のひとり」が指すのは「高森氏」です。最近は私も頓着しなくなったので、以前の通り「高森先生」と呼ぶようにします。


さて、高森先生のことを親鸞聖人が「御同行御同朋」と仰ったと聞きますと、どう思われるでしょうか。


コメント欄をご覧になるとおわかりになるかと思いますが、実のところ、私はこの時点において特段の感想を持っておりませんでした。むしろ、このコメント欄の「名無し」さんが敏感に反応されていました(引用はしません)が、その「名無し」さんのコメントを通して気づいたというのが正確なところです。


私の味わいとしては、

親鸞聖人の御生涯は、南無阿弥陀仏、念仏一つでありますれば、目の前に「南無阿弥陀仏」とご縁ある人に対しては何人にも「御同行御同朋」と仰ったのであろう、

と味わわれます。もっとも、親鸞聖人の厳しい面を無視するということではないです。
それは、端的に言えば本願力回向、弥陀のひとり働きであるがゆえに、南無阿弥陀仏の前には上下もない、賢愚もない、富貴もない、善悪もない、皆ともに念仏する御同行御同朋との思いが強かったからではなかろうか、と思うからでありました。

そのようなわけで、私は特段この問いに対して答えを持ったわけではありませんでしたが、さりとて不思議にも思わなかったのでした。


一方で、「高森なんかを同行と言えちゃう感覚が全く理解できない」という方もあると思います。これについても私は特段不審に思いません。


実際に助けるのは弥陀ですから、弥陀に聞かないとお目当てかどうかも分かりません。そして、親鸞聖人に聞かないと、親鸞聖人がその相手を御同行御同朋の思いで相対されているのかも分かりません。

・・・

先ほど「最近は過去ログをあさっていた」とお話ししましたが、私から出る南無阿弥陀仏を味わいつつ、過去にこんな記事も書いていたことを思い出しました。そして親鸞会の『随行録』を思い出しました。


○念仏

先生「信仰が進むと、称えずにおれなくなってくる。
 当然である。
 お念仏が少ないと、情けなく淋しく思う。
 一大事が、それだけ分かってないということだ」
(H・2・2)



学生時代にどのような心持ちだったか、すでに忘却の彼方でありますけれど、おつとめの前後や法話の前後くらいしか称えていなかったようにも思います。会員さんでもあまりそれ以外の場面で称えているシーンを見た記憶がありませんけれども、30年くらい前の随行録には「お念仏が少ないと、情けなく淋しく思う」とありました。


ここで指すお念仏がどうかはさておき、称える側から見たときの「お念仏する心持ち」にはいろいろあるかしれません。親鸞聖人も


真実の信心は必ず名号を具す。名号は必ずしも願力の信心を具せざるなり
(信巻)



と注意されております。


それでは、ほかの人が称える南無阿弥陀仏が聞こえてきたときはどうでしょう。私はかつて、そのお念仏にもその人の信心を推量していたことがありました。しかしながら、改めて


大行とはすなはち無碍光如来の名を称するなり
(行巻)



という言葉を味わいますと、周りの人が称える南無阿弥陀仏はいずれも他力の御催しによって称えられた南無阿弥陀仏ではなかろうか、と味わわれるのです。その人がどういう心か、そんな詮索は超えて南無阿弥陀仏の讃歎を聞く。


十方恒沙の諸仏如来、みな共に無量寿仏の威神功徳の不可思議なることを讃歎したまう
(大経)



周りの人は諸仏如来じゃないだろうという突っ込みはありましょうけれども、そのような南無阿弥陀仏の声によって、実のところ今こうして南無阿弥陀仏のご縁に恵まれているとも思われます。


・・・

如来の功徳のきわなくひろくおおきに、へだてなきことを大海のみずのへだてなくみちみてるがごとしと、たとえたてまつるなり
(尊号真像銘文)



如来のさとりは「無分別智」と言われるそうです。分け隔てることなく我彼の区別をしないということでありましょう。対して私はと言いますと、あらゆるところに我彼の境界線があります。つまり「分別」の世界に生きております。また分別は境界線の存在するあらゆるところに存在します。そしてそれは、私だけではないでしょう。ひょっとしたら、南無阿弥陀仏すらも自分の分別に当てはめてしまうことがあるかもしれません。


とは申せ、南無阿弥陀仏は誰かの専有物ではありません。誰かを正当化する武器でも勿論ありません。我彼を分別する境界線でもありません。

いずこの人も、他力の御催しで念仏する人は、いずれも皆兄弟であると言えないでしょうか。


曇鸞この文を、「同一に念仏して、別の道なきがゆえに」(論註)と釈したまえり。「とおく通ずるに、四海みな兄弟なり」(同)。善悪、機ごとに、九品、くらいかわれども、ともに他力の願行をたのみ、おなじく正覚の体に帰することはかわらざるゆえに、「同一念仏して別の道なきがゆえに」といえり。またさきに往生するひとも、他力の願行に帰して往生し、のちに往生するひとも正覚の一念に帰して往生す。心蓮華のうちにいたるゆえに、「四海みな兄弟なり」というなり。
(安心決定抄)



そうしますと、ここは私の味わいなのですが(と明確に断っておきますが)、親鸞会がどうとか関係なく南無阿弥陀仏とご縁のある人は皆御同朋御同行ではなかろうか、と味わわれるのです。そしてそのような御同朋御同行に手をさしのべて行かれたのが親鸞聖人であろうと思います。


我歳きはまりて安養浄土へ還帰すというとも
和歌の浦の片雄波の よせかけよせかけ帰らんに同じ。
一人居て喜はば二人とおもふべし 二人寄て喜はば三人と思ふべし その一人は親鸞なり
我なくもと法は尽まじ和歌の浦あをくさ人のあらんかぎりは
(御臨末の御書)



後世の創作とも言われますが、それでも「親鸞聖人の御遺訓」として今まで伝わっているということは、私以外にも少なくない人が、この言葉に親鸞聖人を見ていられるのであろうと思います。



南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏


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改めてご説明しますと、毎年2/26には●「親鸞会」と題した記事を書いてきました。

・卒「親鸞会」
・超「親鸞会」
・忘「親鸞会」
・転「親鸞会」
・離「親鸞会」
・「還」親鸞会

そして今回は、 朋「親鸞会」 と題しました。


今回、カギ括弧の位置を戻したことについて、私自身に思うところはありますが、それは皆さんそれぞれに味わっていただければよろしいかと思います。


他のブログでは、いわゆる「聖典」の言葉に対しては現代語訳や解説などを載せる場合が多いのですが、当ブログは私の味わいを載せるだけにしております。現代語訳や意味をご所望の方は、他の方の書かれたブログや書物等でお調べ下さい。