あさ川進の、宗教と私

浄土真宗親鸞会に所属しながらアウトサイダーだった私(現在は会員でなくなりました)が、宗教(浄土真宗親鸞会)との付き合い方を考えつつ書いている更新頻度が低いブログ(この説明も暫定です)リンクフリーです。なお、投稿文を受け付けております。「【投稿文】」と書かれている記事は、頂いた投稿文です。

カテゴリ : ご法座

「”ご縁があればまた書きます”と書いた後に、そのご縁の来たことがほとんどない」と妻に指摘されました。実際そうなので特に反論しませんでした。


さて、そういうわけでもありませんが、私自身の振り返りも含めて、先日真宗会館で聞いたお話を振り返りたいと思います。


例によって、手書きのメモしか残っていません。それを元に書いていますので、いつものごとく「私はこう聞いた」というメモであることはご理解ください。


なお、演題についてもうろ覚えですみませんが、「『聞』 本願の出所を知ろう」というような趣旨の演題だったと記憶しています。


・・・・

親鸞聖人が、道のない中聞き得た言葉が本願

親鸞聖人が、本願にあったことを「建仁辛酉の暦、雑行をすてて本願に帰す」
本願にあった喜びを書かれている


なぜ法蔵菩薩は本願を建てられたのか、その手がかりが正信偈


  一人の国王が世自在王仏の話を聞いて感銘を受けた
  自らその地位を捨てて、一介の沙門となって法蔵と号した


「所(みもと)に在りし時」・・・”所”というのが重要
                  法蔵にとっては、世自在王仏のみもとが本当に安心できる所であった


その世自在王仏の元で、”世自在王仏と同じような仏になりたい。どのように学び、修行すればよいのか”と法蔵は尋ねられた。


「汝自当知」、あなた自身が悟りなさい、自ら起こした問いには自ら尋ねていきなさい、と世自在王仏は答えられた。

「非我境界」 それに対して法蔵は、自分が何者で何を求めているのか全くわかりません、と答えた。


私たちは、「我自当知」 自分のことは自分が一番よく知っている
      「非汝境界」 人からとやかく言われる筋合いはない
      そのように思って生きているのではないだろうか。

良寛は、「裏を見せ 表も見せて 散る紅葉」 と言われた。
表しか見せない、醜い部分、見せたくない部分は見せないのが私たち。


その中にあって、法蔵菩薩は世自在王仏に率直に申し上げた。
親鸞聖人も同じではなかったか。親鸞聖人が法然上人に念仏の教えを聞かれて、味わいを率直に語られた。

法然上人がどう思われたかは分からないが、歴史的な事実が2つある。
 ①選択本願念仏集の書写を許されたこと
 ②法然上人の絵像の書写を許されたこと
いずれも、ごく限られた弟子にしか許されなかったもの。


世自在王仏はその後、国のありよう、命のありようをともに見つめられた。
覩見=つぶさに見た。
 →法蔵は、人間の悲しさ、苦しみ悩み、その中生きていく尊さをご覧になった。

 マザーテレサが、
 「慰められるよりは慰めることを、
  理解されるよりは理解することを、
 愛されるよりは愛することを、わたしが求めますように」を言っている。

 できない中で祈らざるを得ない悲しみ。
 本当は慰めるよりも慰めてほしい、理解するよりも理解してほしい、愛するよりも愛してほしい
 そういう自分であるからこそこのように祈らざるを得ない。

 広島の原爆慰霊碑には「過ちは 繰返しませぬから」と書かれている。
 もう二度と、あのような悲惨な戦争をしてはならないという誓い。


言葉が、文字となり声となる。
言葉が生まれる前には何があったのか。
悲しみ、憎しみ、つらさ、そのようないろいろのものを見た。言葉にならないものがあった。

 五木寛之氏の『親鸞』で、亡くなる前の親鸞聖人にこのような台詞がある。
 「一人の人間として、まもなくこの世を去っていくことでしょう」

 わざわざ入れた「一人の人間」という言葉。この中に、人間の生きる苦しみ悩み不安悲しみなどが表されている。

このような相を見て、手を合わさざるを得なかった。


「建立無上殊勝願 超発希有大弘誓」
自分の思いを超えて発った願い、人間の悲しみの中に尊さを見た。

過ちは繰り返しませんからという誓いであり願い、ただの言葉では意味がない。
本願をいただいた「私」が問題。
願いを聞いて、その願いが響かないとすれば、生きた誓願に出あっていない。



そして法蔵は、「五劫思惟」された。

人間は苦悩を抱える者、その歴史をつぶさに見て誓願がおこった。


親鸞聖人は「世の中安穏なれ 仏法広まれ」という悲痛な願いを書かれている。

私たちも、何を誓い、何を願っているのか、ふり返る時にしたい。

・・・


最後の方なども、もっといろんな話があったと思うのですが、これ以上かけませんでした。
今回はお話を聞いた内容をご紹介して、終わりにします。

前々回のブログの続きを忘れているわけではありませんが、今日はまた別の話です。


さて、またブログの読者の方に教えていただいたお寺のご縁をいただきました。
あまり詳しくは分かりませんが、このお寺の住職さんは、在家だったところに仏法とのご縁があって、自分で寺を作ったということだそうです。ご縁のある方すべてに弥陀の慈悲を届けたいという思いを大きな声で話しされてましたが、今回のお話は住職さんではなくて別の先生のお話でした。


例によって、私のメモから簡単に振り返りたいと思います。いつものように、「私はこう聞きました」というメモです。あまり詳しく書いてないので、わかりにくかったら失礼しました。


・・・・

「「愚者三人に智者一人」とて、何事も談合すれば、面白きことあるぞ」と、前々住上人、前住上人へ御申し候う。是また、仏法の方には、いよいよ肝要の御金言なりと云々
(蓮如上人御一代記聞書)



・ 愚者三人・・・仏法を興す人
 讃歎、談合をする。これが大切だと言われている。

・讃歎、談合は真宗繁昌の根元 

・(誰かが言われた)讃歎の七徳
 ①聴聞の誤りを正す・・・六人のうち四人が聞き誤っている
 ②未聞の法を聞く
 ③いよいよ明瞭堅固なる・・・自分の進むべき道が明らかになる
 ④お互いの心中を知る
 ⑤報謝の情を増す・・・ご恩のお返しをするところを持つ
 ⑥懈怠の改まる縁となる
 ⑦教人信となる

・讃歎談合の根本
 1.愚者の意識
   「浄土宗の人は愚者になりて往生す」と、御消息に法然上人のお言葉をひかれている
   自分は常に教わる側だと、被教育者に徹する人が真の念仏者
   人に言って聞かせるという意識は讃歎を自己顕示の場とする
 2.御同朋御同行の心
 3.継続一貫、積極性
   続けることが大切。また、積極的に参加することが大切

・求道心を失わせるもの
 1.教法に対して恭敬供養讃歎の心をなくすこと
 2.きょう慢心
 3.約束を守らない
 4.よき師、よき友に対する尊敬の念を失う

・仏法を興す人
 ご再興の上人、蓮如上人は二つのことを言われている
 ①仏法は聴聞にきわまる・・・・信心念仏となる
 ②仏法は讃歎・談合にきわまる
  この二つは縦糸と横糸のようなもの。
 

・・・・

私の味わいとしては、少し前にもコメントをいただいた「愚者になりて往生す」について思い出しました。
智者は一人で考える、愚者なればこそ讃歎談合をする、蓮如上人が「ものを言えものを言え」と言われたことお併せて味わわれました。

 
簡単ですが、今日は以上です。 

三週間くらい間があきました。こんなに更新が途絶えていても、毎日コンスタントにほぼ同じくらいの数の方がアクセスされているようです。ありがとうございます。


正直なところ、ブログの更新を頻繁にしていた頃は、色々書きたいことがあって書き続けた時期と、義務感から書き続けた時期とがありました。義務感というのも変な話ですが、更新し続けないと気持ち悪い、といったような感覚でしょうか。今はそういう心も飛んでしまっているので、更新頻度が下がってしまいました。楽しみにされている方には失礼な話ですが、また心が変わったら、状況が変わるかもしれません。




さて、形式上は自分の意思ではありませんでしたが親鸞会から離れて3ヶ月くらいでしょうか。 

ベルトコンベアで流れてくるようにやってくる「仏法とのご縁」

でも書きましたけれども、親鸞会にいたときと離れて今の時期と比べると、一番違うのは「聞法の予定」です。
(親鸞会のは「聞法」とは言えない、と言われる方もあるでしょうが、ここではこのように書きます)
 

私の場合は幸いなことに、このようにブログを書いていたことも手伝ってか、聞法のご縁を色々紹介してくださる読者の方があります。これは本当にありがたいことです。


最近は、「法話案内」といったサイトも充実して法話の情報が以前よりは集めやすくなっていますが、それでもやはり自分で探しに行くとか、教えてもらうとかしなければ、最初のうちはなかなかご縁をいただくのが難しいと思います。


それは、何も考えなくても向こうから次々と日程の連絡が来ていた親鸞会時代とはやはり違うところです。



そのように書くと、親鸞会を追い出されたことを後悔しているようにも見えるかしれませんが、特に後悔はしておりませんで、むしろ色々なご縁を自由にいただける状態が非常にありがたいと思っています。


もちろん、行くまでどういうお話があるのかも分かりませんし、どういう雰囲気のところなのかも分かりません。初めてのお寺に電話をかけるというのも少し勇気がいるものです。それでも、仏法とのご縁は本来こういうものなのだろうと思います。



先日は、ブログの読者の方の紹介も有りまして、「真宗光明団」の皆さんのところへ伺ってご縁をいただきました。


「念仏から開かれる人生」と題して、歎異抄第七章のお話がありました。

大雑把には、まず歎異抄のほかの章との関係から始まり、「”念仏”と”念仏者”」そして「”有碍”と”無碍”」についてのお話がありました。

その中に

無碍の一道、という無碍、ということは有碍を排除しなければ本来は成り立たないもの、それがここで言われる無碍は、人間の有碍のただ中に感得されるもの、如来の無碍の徳は、人間の有碍(人生の現実、苦しみ)を転じて仏道の内容とするはたらき、

というお話もありました。

 
このお話を聞きまして、教行信証の


故に知んぬ。円融至徳の嘉号は、悪を転じて徳を成す正智、難信金剛の信楽は、疑を除き証を獲しむる真理なり。


のお言葉を思い出しました。
皆さんにとっては当たり前の話なのでしょうが、弥陀の本願といっても今を生きている私に常に寄り添うものであるということを改めて味わった次第です。

 

それで、今日の話は、こういって様々なご縁をいただきながら思い出した、とある親鸞会の会員さん(たぶん今も現役)の話を書こうと思ったのですが、ここまで書くのに時間が掛かってしまったので、また次のご縁にでもと思います。


中途半端感が漂いますが、今回は以上といたします。
 

いつの間にか6月になりました。5月は法話のご縁を頂くことがなかったので、まるまる一ヶ月以上法話のご縁が無かったことになります。落ち着くまではなかなかご縁が無いかなあと思いながらも、やはり長いことご縁が無いのもなんだか気持ち悪い感じがします。

そういえばこのブログもひっそりと2周年を過ぎたのですが、今回は特別なことをしませんでした。


そんなことを思いながら先日に「法話案内」を覗いたところ、東京で二つのご縁が見つかりました。少し時間が取れそうでしたので、葛飾のお寺に参ることにしました。


二時間あまりという距離が近いのか遠いのかはよく分かりませんが、近くもなく遠くもない距離だ、といったところでしょうか。


地図を見ると、近隣に寺らしきものもなく道順も分かりやすかったので、八尾の時ほどに迷うことはなかったのですが、私がイメージしているような寺の建物が見当たらなかったので、危うく通り過ぎてしまうところでした。どうも幼稚園のようでした。


阿弥陀経のおつとめをしまして、「醒睡の催し」とあったのは落語でした。生の落語は初めてだったのですが、まさか寺で落語を聞くとは思っていなかったので、これはこれで楽しみました。この噺家さんも、建物が寺に見えなかったことをネタにされてました。


ご法話は、茨城のお寺の方で、失礼ながら思ったよりも若く、私より若干上、というくらいの年齢の方でした。

讃題は「本願力にあいぬれば」ご和讃。
静かな語り口でしたが、情熱的な感じを受けました。


少し経つとすぐに記憶が曖昧になるのですが、簡単に思い返してみます。



人は皆、いろんな生まれ方をして、いろんな行き方をして、世の去り方も人それぞれあるなかにおいて共通しているのは、世をむなしく過ぎたという人は一人もいないのだ、ということ。

それは、如来の本願力にあうから、如来の願いが私に働いて下さるからだ、


こんなようなお話から始まったと記憶しています。


また、途中でこのような『教行信証』のお話もありました。


浄土を論ずる者常に多けれども、その要を得て直ちに指うる者あるいはすくなし
(信巻) 



救いとはこういうものだ、こういうお働きだと、頭で理解して論ずる人は多い。しかし、「その要を得て直ちにおしえる者あるいは少なし」を書いてある。

ありがたい、と口ではいえど、如来の心を手づかみにして、縁に触れれば何でもすがってしまう私の姿が知らされるのではないか。

願うより先に願われている私であったと、如来の心が私となって心から頷かされる人、というのはどれだけあるだろうか。


どうしても私たちは、如来を向こうに回して頭で理解しようとする、如来との距離がある。私中心に考える。
そうではなくて、如来中心になるのだと。


こんなお話もあったと思います。




ここで親鸞会の話を出すのもどうかと思いつつ、まあ出しますけれども、私が追い出される少し前、 ある会員さんが別の会員さんと話をしているのが漏れ聞こえて来たことを思い出しました。会話の内容は、「私は弥陀に救われていない」、その先は別に書きませんがそんな話が聞こえました。


「私は弥陀に救われていない、それはハッキリしている」
 

いや、助けるとか助けないとかは弥陀の仕事だから、勝手に決めつけちゃいかんでしょう、と言おうとして、「いやあ、弥陀の一人働きだからねえ」としか言わなかった私はチキンかも知れませんが、このやりとりが、「浄土を論ずる」やりとりのように味わわれたのでした。


いや、この件だけではないのですけれども、


学生時代の私には、本願文の話を聞いた時に常に、まったく、(私にとって)理解不能な問題が頭から離れなかったのでした。


「十方衆生を助けるとかいってるくせに、自分が助かっていないということは、結局阿弥陀仏は嘘つきなのではないか」

端的に言えば、

「十方衆生を助けるとか言いながら、自分が助かっていないのはなぜだ」

ということ。


なるほど、まさに「浄土を論じて」いる姿だと味わわれたのでした。


自分が助かっているかどうか、それを判断する根拠が「私」とすると、どうしても如来と私の間に距離ができる、あるいは「私が如来のはたらきを理解して論ずる」ことになってしまうのではないか、と思うのでした。


とかく、根拠ガー根拠ガーと言う親鸞会に漬かっていると、やはりいろんな根拠を探し出して自らの正当性を担保したくなるのですが、最近は、如来の本願を語ることについてそういう力みを入れることに、意味を見いださなくなりました。もちろん、善知識方とくに親鸞聖人は教行信証等にたくさんの根拠を引いていられますが、あれは自らの正当性の担保のために出されたとは味わっていません。
 

山も山さんのブログで取り上げられていたこの質問も、今回のご法話を聞きながら思い出されたのでありました。

「阿弥陀仏に見捨てられるのではないかは思うと不安になります」(頂いた質問)

「縁さえ来ればどんなことでもしてしまう私」と口では言えるけれども、かといってやはり、「念仏者はこうあるものだ」というイメージが拭いきれない私。それもまた如来にはまったく関係がないのだと、改めて味わわれたご縁でした。



今回はいつも以上に何を言っているか分からない記事になってしまったように思いますが、ひとまず以上といたします。
 

(1)を書いてから、(2)を書こうと思ってはいたのですが、どうしたことかノートが見当たらなくなりました。少し探してみたのですがやはり見つかりませんので、(2)はおそらく書かないことになろうかと思います。ノートが見つかったらそうしたご縁があるかも知れませんが。


4/5のお話で、私が良かったなと思ったことはいくつかあったと思うのですが、やはり放置してしまうとそのままうち捨てられて、現在はなかなか申し訳ない状態になっております。そんな中で記憶の片隅にある話を今回はします。


浄土真宗を聖道門自力の仏教と比較して、のお話の中で、こんなことがありました。


自力の教えは、 「幸せは、自分が頑張った先の未来にある」。
浄土真宗はそうではなく、今、幸せになる教え。
 
この話を聞いて、学生時代を思い出しました。



自力で幸せになる教えは、自分がどれくらい頑張ったかが結果として返ってくるもの、とすると、ある意味世の中の営みそのもののような気がします。
 

「この坂を 越えたならしあわせが 待っている そんなことばを 信じて越えた七坂四十路坂~」


この歌詞は、新入生勧誘の時期に 毎年のような新入生に語るフレーズの一つです。

「しあわせが待っている」のが「この坂を越えたなら」ですから、幸せはどうあっても未来です。そうやって、未来にきっと幸せになれると信じて頑張っているけれども、最後には必ず裏切られて云々、という話です。


そこで、「生きている現在只今、人生の目的が云々」と、話をするわけでした。



しかしながら、そんな話を新入生に話をしている当の学生は、当時の私も含めてですが、「この坂を越えたなら」を地でいっているように思えてなりませんでした。


思えば、私が大学一年の頃。

今でもよく覚えていますが、三万八千円の合宿費を払って新歓(先輩的には新勧)合宿に行ったのは、先輩の言葉を脳内変換して「新歓合宿に行けば人生の目的が達成できる」と思ったからでした。ちなみに、先輩は「人生の目的がハッキリする」としか発言してませんでしたけど。

どういう理解からか、先輩は皆「人生の目的を達成している」と思い込んでいて特に疑わず、合宿で先輩同様に「人生の目的を達成できる」と思っていた私は、当然に新歓合宿を失望のうちに終えることになったのでした。

その新歓合宿で、「高森先生」なる存在を知らされて、「この先生から話を聞けば人生の目的を達成できる」と、これまた勝手な脳内変換が私の中でなされて、聴聞のためのアルバイトをするようになったのでした。

アルバイトで貯めたお金を握りしめて、大阪で話を聞いたものの、これまた「人生の目的は達成されずに」失意のうちに帰りのバスに乗り込んだものでした。


一年生の時の七月、私は唯一だと記憶していますが、このときに「人生の目的を達成できそうにないからやめたい」と先輩に言いました。しかし、「一年だけ頑張って聞いてみよう」と励まされてその場を過ごし、新入生を迎える頃にはやめるにやめられなくなったのです。(気分的に)


思えば一年生の時は、

新歓合宿、
大阪、
富山、
夏合宿、
報恩講、、、

と、「この合宿」「このご縁」と、次から次へと幸せ(「人生の目的達成」)を追い求め、学年が上がってもこのローテーションはさほど変わらず、さらに実感としては

お誘い
教学
ご報謝(今で言う「お布施」)

の繰り返しが続いていったのでした。



「今幸せになれる教え」を聞いていたはずが、実のところは「頑張った先の未来に【きっと】幸せになれる教え」を追い求めていたのだろう、そのように思いを馳せたのでした。


私がする苦労は全部弥陀が先にされている、とか私が頑張らなくとも弥陀がご苦労されている、などと聞くと、人によってはお気楽に聞こえるかも知れません。けれども、私が頑張らないといけない教えならば、私が幸せになるのも私の苦労した結果ですから、そこに報謝という思いはあまり出てこないかも知れません。善因善果自因自果、私が幸せになるのは当たり前、となってしまいかねないからです。

親鸞聖人が歌われた恩徳讃、それは、今幸せにしたまう如来や善知識の恩徳を思うからなのだろう、と、これまた思いを馳せたのでした。


まとまってませんが、今日はこれくらいにします。 

そろそろタイトルにある通りの「更新頻度が少ないブログ」が文字通りになってきた感があります。本当はもっと早く振り返りをして、味わいたいと思っておったのですが、なかなかできませんでした。


さて、一週間空いてしまいましたが、先週八尾に行って聞いてきたお話を少し振り返りたいと思います。
といっても、

「お話は聞いて忘れるくらいでちょうど良い」

という話もあって、たいしたメモを取ってませんでしたので、流れに沿うというよりは、私が心に残ったフレーズを羅列するという形式にします。ですので、話の流れはつかみにくいかと思いますが、ご承知おき下さい。
表現が正確ではないということは、毎度のお断りとしております。


===
 
本願力にあいぬれば  むなしくすぐるひとぞなき  功徳の宝海みちみちて  煩悩の濁水へだてなし 


・親鸞聖人は、「あう(遇)」を、「聞」「信」と同じに使っていられる。
 南無阿弥陀仏をいただいて、本願信ずる身にさせていただく。


・人間に生まれて仏法聞かずに死んでいく 、これをむなしいといわれている

・なぜ人間に生まれてきたか。蓮如上人は五戒を保てる功力によるといわれている。 
 五戒を保ったのは私だけれども、仏さまの、人間に生まれさせてやりたいという願いが働いた
 仏法を聞かせて仏に生まれさせてやりたいという計画。
 私は、その計画を知らない

・お前が救われなければ、この私(仏)が救われないという仏さまの心

・全部如来の一人働き。これが浄土真宗と浄土宗の違い。
 浄土真宗は「母さん助けて」が南無阿弥陀仏ではない。如来の働きが先。

・阿弥陀如来のはたらきにおまかせしての念仏。
 はたらくままがお念仏。

・若不生者 不取正覚、お前を仏に出来ないうちは私の仏にならないというお誓い。
 (仏になったという)阿弥陀如来の名前は、私が仏になる証拠

 阿弥陀仏の、むかし法蔵比丘たりしとき、衆生仏にならずはわれも正覚ならじとちかいましますとき、その正覚すでに成じたまいしすがたこそ、いまの南無阿弥陀仏なりと、こころうべし。これすなわちわれらが往生のさだまりたる証拠なり。
(御文4-8)

 私が仏になる証拠が届いているのが、南無阿弥陀仏のお姿。
 だから、助けて下さいという念仏は、浄土真宗にはない。
 
・「もろもろの雑行雑修自力のこころをふりすてて」とは、自力には用事が無いこと。
 南無阿弥陀仏以外の証拠は無い。

・南無阿弥陀仏のいわれを聞いた。もう人生の目的は済んだ。御恩報謝の人生。
 浄土真宗の人生には、救われるための人生は無い。

・ご法義を喜ぶ姿を見て、ご法義を喜ぶ人が現れる。
 私が「念仏させよう」ではない。仏さまが念仏させようとされてる。
 自分のご法義を喜ぶ姿が、周りをご法義にする。これが御恩報謝。



つづく

 

蓮如上人の御文には、「細々に信心のみぞをさらえて、弥陀の法水をながせ」とあります。


そのようなこともあるのでしょうが、


黙って八尾に行けやハゲ。
あれすごいぞ。行かないと絶交だ。
 

というメールがきました。私は別に禿げているわけではないのですけど、私を誘ってくれた人がありましたので、大阪の八尾までご法話を聞きに行ってきました。 誘った当人は北海道に行っているみたいで、電話を掛けても出られないくらい忙しいようでした。



それはさておき、八尾を「やつお」と読んでしまった私は、きっと未だ富山に思い入れがあるのでしょう。そんなことを思いながら行ったわけです。


ブログの読者の方、何名かの方とお話しすることが出来ました。書物を下さった方、近隣のお話の日程を下さった方、ご馳走して下さった方、いろいろ有り難いご縁でした。 ありがとうございます。


もちろん、それはそれでありがたいご縁でしたが、法話もまた私にとっては味わい深いものがありました。


天親和讃の、


本願力にあいぬれば  むなしくすぐるひとぞなき  功徳の宝海みちみちて  煩悩の濁水へだてなし

を通してのお話でした。ご縁があればまた書きたいと思いますが、南無阿弥陀仏について味わい深く聞きました。


あと、聞きながら思ったことは、おそらく学生時代の私が聞いていたら今のような味わいにはならなかったであろうな、ということでした。やはりなんと言ったら良いか分かりませんが、お気楽に聞こえてしまうような。それもまた弥陀のお計らいなのだろうと味わっております。


短いですが、今日は以上です。 

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