あさ川進の、宗教と私

浄土真宗親鸞会に所属しながらアウトサイダーだった私(現在は会員でなくなりました)が、宗教(浄土真宗親鸞会)との付き合い方を考えつつ書いている更新頻度が低いブログ(この説明も暫定です)リンクフリーです。なお、投稿文を受け付けております。「【投稿文】」と書かれている記事は、頂いた投稿文です。

カテゴリ : 投稿文

あさ川です。

前回、熊谷は暑くなると書いた後で埼玉恵日会に行ったのですが、正直なところそこまで暑さを感じませんでした。当日の最高気温は32度くらいだったようですが、朝に洗濯物を干す時に強い日差しを浴びた印象が強かったのでした。ちなみに、最近は熊谷もめっきり涼しくなりました。もう今年は35度を超えることも無いでしょう。


さてRCさんから、次回の埼玉恵日会の案内と前回のお話の内容をいただきました。詳細は本文に書いてあるのですが、次回は熊谷ではなく(埼玉の)大宮の予定とのことです。私の場合は熊谷駅と比べたらそれなりに遠くなるのですが、東京方面の方から見たら近くなりますので、来やすくなるかと思います。


========(以下、RCさんから投稿文です)========

RCです。

次回の埼玉恵日会のお知らせと、前回の報告をさせていただきます。

次回の埼玉恵日会は、

日時 : 12月2日(日)14:00〜17:00
場所: プロスパー大宮ビル 2階 会議室 202号室
(住所 埼玉県 埼玉県さいたま市大宮区大門町3-64)
●アクセス
大宮駅「東口」を出て大通りを直進します。
そのまま進みますと左手に「河合塾」さんが見えてきます。
河合塾さんを越えてすぐ左折しますと会議室のある
建物(プロスパー大宮ビル)があります

講師: 阿部 信幾 先生

埼玉恵日会は、ずっと 埼玉の熊谷市での開催でしたが、次回は、大宮での開催とさせていただきました。
理由は、単純に、熊谷で会場が取れなかったから、なのですが。
でも、埼玉恵日会にご参加されている半数以上の方は、大宮の方が 近い ようなので、皆さんの評判が良かったら、今後も 大宮での開催も考えていきたいと思っています。

なので、次回の埼玉恵日会は、熊谷ではなく、大宮 という点、ご注意ください。

それから、10月7日の埼玉恵日会の内容や、感じたことなどを書かせていただきます。

*スッキリまとめるのも難しく、また、お聞きしたことをそのまま、全部書くのも難しいので、まとまらない文章になってしまいました。
そして、内容も勉強会の半分くらいまでしか書けませんでした。m(_ _)m

でも。
教行信証というお書物が、浄土真宗にとって どんなに大切なお書物なのかということと、浄土真宗に祈祷を混じらせて、浄土真宗を滅ぼしてしまう危機を 生命を捨てて守られた方のお話しに感動したので、そこのところをお伝えしたく、書かせていただきました。

また、この耳に、南無阿弥陀仏と、聞こえたのは、決して 偶然ではなくて、たくさんの方々のご恩報謝の実践が、私の耳への南無阿弥陀仏の通り道となってくださったのだと思います。

親鸞会にいた時は、聴聞は、信心決定のための重要な手段、という位置づけでした。
もちろん、正しい浄土真宗でも、聞かなければ救われません。
でも、聴聞を重ねて、やがて救われるのではありませんでした。
「もう救いの法が完成して、『南無阿弥陀仏』と 私に届いていること」をお聞きするのですから、聞いた時が、救われる時です。
聞いてから、救われるのではなく、救いの中にいることをお聞きするのです。
だから、「聞 即 信」です。
それを お聞きした後の聴聞は、南無阿弥陀仏という宝物のことを、いろんな言葉でお聞きするので、ひたすら嬉しいばかりです。
そして、その宝を完成してくださった阿弥陀さまと、届けてくださった尊い方々のご恩をお聞きすると、煩悩具足の私であっても、少しでもご恩に 報いたいと 思い、また ご縁のある方に南無阿弥陀仏をお伝えするお手伝いをさせていただきたいという 心も、出できます。
こんな心も、阿弥陀さまのお育てがあったなればこそ、と思うと、更に ご恩を感じます。

では、10月7日の埼玉恵日会の内容を、書かせていただきます。
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●最初の質問は、
浄土真宗では、「所行」と「能行」ということを聞きますが、どんなことでしょうか?
ということでした。

●能行、所行という言葉は、存覚上人の書かれた「六要鈔」という、教行信証の解説書にあるのだそうです。
その「六要鈔」に、辿り着くまで、本願寺の歴史とか、教行信証の歴史とか、興味深いお話しをたくさんお聞きしました。
長ーく親鸞会にいても、知っていることは、ホントに少ないので、何でも初事として聞けるのは、有り難いですねー(?)

●かつては、龍谷大学の授業などで、教行信証の勉強するとき、「教行信証の研究」と言うのはおそれ多いので、「六要鈔の研究」として、教行信証の研究がされた。それほど、教行信証は、尊ばれ、大事にされてきたお書物だということでした。

また、浄土真宗では、「真宗の学問」を「宗乗」、仏教学を「余乗」といわれていました。「宗乗」では、教行信証に 何が書かれているのかということを学ぶことが中心ですが、それを学ぶには、基本的な仏教の知識がないと、教行信証は、読めない。だから、教行信証をきちんと理解するために、仏教学、「余乗」の勉強が、必須となります。
余乗の勉強としては。
龍樹菩薩の書かれた中論を研究して出来た「中観(ちゅうがん)」、中観には、「空」ということが教えられている。また、天親菩薩の教えされた「唯識」という学問。だから「中観」と、「唯識 」というのは必須なのです。それから、仏教用語を正確に理解するためには、「倶舎論」というのをやらないといけない。倶舎論は、天親菩薩が、まだ、大乗仏教徒になる前に書いた書物で、仏教の言葉を覚えるのです。
こういう勉強は、教行信証を学ぶお坊さんの仕事です。
教行信証は、世間の仕事の片手間に勉強をやって、わかるものではないのです。
教行信証に、真向きになって、教行信証に何が書いてあるのかということを、徹頭徹尾、これを 解ろうという生活を始める。これが、浄土真宗のお坊さんになるということです。
その中で、出てくる問題が、「能行」「所行」ということです。だから、ハッキリ言ってしまえば、浄土真宗のお坊さん以外は、「能行」「所行」ということは 知らなくてもいいことです。
では、お坊さんでない人ほ、どこから 浄土真宗を頂くんですか?というと、「ご文章」です。
ただ 「ご文章」は、問題がある。
どういう問題があるかというと、蓮如上人の時代は あれで 100%わかったんです。ところが、江戸時代に、日本語が、変わったんです。特に 大きく変わったのが、「たのむ」という言葉。
蓮如上人がご文章を書いた時代に、「たのむ」は、「まかせる」という以外のたのむという意味は無いんです。ところが、江戸時代に言葉が変わって、「たのむ」が、「お願いする」という意味になった。これで「ご文章」が、わからなくなってしまった。
たのむ一念。お願いしたその時に。
そしたら、阿弥陀様ってお願いしなければ、助けてくれない仏様になっちゃう。
たのむ一念というのは、おまかせした時っていう意味なんです。
っていうことは、阿弥陀さまは、何て言っているかというと、「まかせなさい」って言っているんです。これが 南無阿弥陀仏なんです。
だから、「南無阿弥陀仏は、おまかせしなさいっていう、仏さまの言葉だ」っていうのが、「教行信証の行の巻」の「六字釈」なんです。
これ、親鸞聖人が元ですから。
「南無」というとのは、「たのむ」というとことだ。だから、「南無阿弥陀仏」っていうのは、「阿弥陀をたのめ」。もっとわかりやすく言ったら、阿弥陀さまが、「阿弥陀にまかせよ!」と。
これが、たのむというと意味で、だから、「たのむ一念の時」というとのは、「おまかせするその時に、」というのが ご文章なんです。これが、江戸時代に たのむっていう意味が、変わって お願いするっていう意味に変わってしまったから、お願いしたその時にって、なって、ここから、ご安心が、おかしくなった。
ここをちゃんと、お取り次ぎする役目が、実は、浄土真宗の説教なんです。
ところが、そういうことをちゃんと、お取り次ぎする布教使は、非常に少なくて。
当時娯楽が、無いもんだから、面白い話をして笑わせたり、悲しい話しして泣かせたり、ある意味、説教を娯楽の一部にしてしまった。それで 楽しみも無い時代だったから、お寺に行ったら、面白い話しが聞ける、涙を流せる話しが聞けると、今のテレビの代わりをしていたんです。
テレビの代わりにをしていた証拠に、テレビが普及したら、お参りなくなったんです。
「最近は、お参りが、少なくなった」という住職に、「昔は、お参りがそんなに多かったんですか?」と聞いたら、「昔は、お参りがたくさんあった」って言うんです。「じゃあ、いつから少なくなったのですか?戦争ですか?」と聞くと、「そうじゃない。前後は 特にお参りが、あった」って言うんです。
第二次世界大戦後、今まで神さまだって言っていた人が、降りてきて、「私は人間です」と言い始めたり、「あいつら鬼畜生だ」って、言っていたアメリカさんを、みんなで、ヨイショして「アメリカさん素晴らしい」なんてこと言い出したり、したのですから、真面目に生きている人達は、混乱してしまいす。
だから、余計 お参りがあったって言うんです。
「じゃあ、いつから少なくなったんだですか?」って言うと、「テレビです」って、ハッキリ言っていました。
テレビが普及したら、お参りする人は居なくなってしまった。っていうことは、なんていうことはない。説教ではなく テレビの代わりにをしていたんです。
娯楽を与えていたんです。娯楽のない時代に。

説教の真髄は、後生の一大事の解決。死んでいく問題の解決。これが、説教の真髄なんだけど
それを ちゃんと言わずに、面白い話しをしたり、泣かせてみたりして、なんとかやってきたから、テレビが、そういうことを受け持つようになったから、寺に来なくなっちゃった。

でも、テレビは死んでく問題の解決など、絶対に言いませんから。
だから、「死んで行く問題の解決が聞きたかったら、ここに来なさい。」
これが、 皆さん方が 元 居た親鸞会です。
だから、親鸞会の誘い方は、真っ当ですよ。
後生の一大事が、一番大事じゃないですか。
我々は、死ぬんだから。
「今 生きてるけど、アンタいつ死ぬかわからんよ。その問題は、解決ついているのか?何のために生きているのか?後生の一大事の解決のために、生まれて来たんだ」って、これ、真っ当な言い方ですよ。
ここまで、間違ってないんだよ。
逆にいったら、本願寺が ちゃんと、そう言うことを言わない。

だから、後生の一大事の解決が、一番の中心です。

得度をして、浄土真宗の坊さんになったら布教ネタを探すのではなくて、教行信証を学ばなければならない。

浄土真宗の得度では、教行信証と 黄袈裟をもらう。
*黄袈裟は、安居(浄土真宗のお坊さんが、集まって、真宗の教義の問答をして、研鑽を積む場)の時に、かけるもの。

世の中が安定していた江戸時代に、親鸞聖人の教行信証をじっくり学ぼうと始まったのが、安居です。
安居の歴史は、370年です。
その安居の最初の頃にいた日渓法霖という僧侶がいた。
日渓法霖の時代の門主は、湛如上人(たんにょ上人)という方で、すごい イケメンだった。
湛如上人は、身体が弱くて 結核になってしまった。
そしたら、なんと、皇室のお裏方が本願寺に祈祷所を作って、そこで祈祷を始めた。門主である湛如上人の病を治すために。
それを聞きつけた、日渓法霖が、門主に毒を出してた。門主に「死んでくれ」と。
なぜかというと、「アンタが生き残ったら、浄土真宗が潰れる。死んでくれ。」と言った。
そしたら、湛如さんも、わかったと言って、飲んだ。
法霖 は、門主を毒殺したんです。
そして百ヵ日の法要を済ませて、日渓法霖が自分の寺に帰る時に、町に入る手間の橋の下で
腹を切って死んだ。 その前に 血で、門主を毒殺したので生きているわけにいかないと、書いた。
そういう事件があった。

その日渓法霖が、あるお寺に行ったときに、住職に、教行信証をちょっと見たいと言ったら、そこの住職は、懐にから、教行信証をパッと出して出して、渡した。
日渓法霖は、ビックリして、「アンタはこれ、いつも持っているのか?」と聞いたら、その住職は、「これは、和上の言葉とは、思えませんな。武士が刀を持たずに歩いて武士と言えますか? 教行信証を持たずに歩いて僧侶といえますか?」と言ったというんです。
それで 日渓法霖は、参った、と言って、アンタの言う通りだ、と言って、それ以来、得度の時に、教行信証を与えるという制度に変えたというんです。
そう言う伝統かあるんです。
だから、浄土真宗の僧侶になるということは、一生涯 教行信証を読みますという、これが、浄土真宗の僧侶なんです。
そして、教行信証に親鸞聖人の声が残されているから。僧侶のお聴聞というのは、教行信証を学ぶということはです。
で、それを誰にでもわかるように、説いたのが、蓮如さんです。
だから、蓮如さんが、僧侶の手本なんです。
浄土真宗の得度をするというのは、蓮如さんの後を行くということです。
それは、一生涯をかけて、教行信証を学ぶということで、そして、それをその時代、その時代に合うように、蓮如さんはお手紙を使い ご教化をなさったんです。
文章伝道の始まりです。
それと、同じように、布教によって、教行信証の内容を人々に、お伝えすると、ここに浄土真宗の僧侶の役目がある。これ自信教人信というんです。
蓮如さんが何を参考にして、教行信証を読んだかというと、三代目の覚如上人の長男の存覚さんかお書き残した「六要鈔」です。
その 六要鈔に、この 「能行」「所行」という言葉が出ています。

●「能行」と「所行」について。
英語で言うと、能行は、active (アクティブ)、所行はpassive(パッシブ)です。
要するに、する側、と される側ということ。
能行は、する側、所行というのは、される側。
本来は、そういう言葉です。
ところが、浄土真宗の宗学用語として使われるのは、「行とは、一体 どこで 行というか?」というところです。
能行派の代表は、江戸時代の石泉という和上の学派です。石泉学派という。
石泉和上は、広島の出身なので 「芸哲」。安芸の芸、哲は学問という意味です。
芸哲といって、広島の石泉学派が 「行は称名で、行を言うんだ」「称名のところになって、初めて、行という名が付く」という言い方をするんです。
だから、私の上に称えられて、初めて 行という、と言うんです。
それを、能行派 というんです。
能行派で あろうが、所行派であろうが、どっちも異安心ではないんです。
ただ 行を、どこで、行と名付けるのか。
仏教には、行のない仏教はないって言うんです。
例えば、禅宗なら禅という行があり、天台宗は天台の行があるんです。真言宗は真言宗の行がある。日蓮宗だって 唱題目という行があるんです。仏教で行のない仏教はないんです。
浄土真宗も仏教ですから、じゃあ浄土真宗の行は何かと言ったらそれは称名です。
こういう言い方をしたのが、どうも石泉和上らしいです。らしいという言い方をしたのは、私はそんなに詳しく江戸時代の和上の学説を全部調べたわけではないですから。

能行、所行の問題は、どこで 行を抑えるか?
ここから 話しが始まっているんです。
仏教 全般から言えば、禅宗には 禅という行があり、真言宗には真言の行があり、天台宗には天台の行があるが、じゃあ浄土真宗の行とは、何ですか? 念仏が行であります。というふうに、称名念仏のところで、行を語るのを能行派というのです。
かと言って、称えておる念仏とは言うけれども、これは阿弥陀さまが 私の上にはたらいているのを念仏と言うのであって、何が はたらいているかというと、南無阿弥陀仏 そのものが、私の上にはたらいて、称名となって現れ出でいるんだ。だから、出でおる南無阿弥陀仏を行と呼ぶのであって、私の称えたところでしか、行は言わなんと言う言い方は、言わないんだ というのを 「所行派」というんです。
自分が称えておる行だからと言って、それは自力とは言わないんですよ。あくまで、阿弥陀さまが 私の上にはたらいている念仏で、これは 能行の人も ちゃんと、そう言うんですよ。
自力の念仏とは違うんです。
あくまでも、他力。念仏は阿弥陀さまがはたらいているんですよ。
それ以外の念仏ってないんですよ。
なぜかって言ったら、元は、重誓偈です。
重誓偈は、四十八願の後に、三つのお誓いがあって、重要なのは、三番目です。

我至成仏道  がしじょうぶつどう
名声超十方  みょうしょうちょうじっぽう
究竟靡所聞  くきょうみしょもん
誓不成正覚  せいふじょうしょうがく

私が もし 仏になったその暁には、私の名前が 声となって 十方世界に届きますように。
もし そのようにならなければ、私は覚りは開きません。

「 名声超十方 」、 名声は、名号が声となってということです。名前が声となって、 超十方だから、 十方世界に 超えて、それが響き渡る。
だから、南無阿弥陀仏が響き渡りますように。
私が覚りを開いたら、私の名号がどんな世界においても南無阿弥陀仏が響き渡りますように。もしそのようでなければ、私は、覚りは開きません。と言うのだから、「阿弥陀さまが覚りを開いた証拠」は、「お念仏の声が聞こえているっていうこと」です。
もっと言えば、「お念仏となってはたらく」とお誓いになったのが、阿弥陀さまです。
そのお誓いの通りに申している念仏を他力の念仏って言うんです。
「念仏を称えることと、引き換えに浄土参りを手に入れよう」とやっているのを「自力の念仏」。
阿弥陀さまのはたらきにおまかせをして、阿弥陀さまのはたらきのまんまに、お念仏しておるのを言うのを他力の念仏っていうんです。
阿弥陀さまのはたらきのまんまと言うことは、「私は声となってあなたの世界に届きます」って言うのが、阿弥陀さまのお誓いだから、声となって届く念仏とは、何かと言ったら、称名念仏です。だから、称名念仏となって あなたの世界にはたらきますとお誓いくださっているのが阿弥陀さまだから、その阿弥陀さまのはたらきが私の上にはたらいている、そのまんまを念仏と言い、だから、他力なんです。

それを 「阿弥陀さまのはたらき」を名号の上で、名号がはたらいてと言って、「名号で 抑えるの」を「所行派」って言うんです。
行ぜられるのは、名号でしょ。
南無阿弥陀仏と称えるという称名のところで、行をいうのを「能行派」。
はたらいている名号のところで、行をおさえるのを「所行派」。
学問的には、所行派が 、実は 主流で、やってきて、この所行派の代表を 空華学派と言います。
空華学派は、「名号大行」と言って、南無阿弥陀仏が、行であります。南無阿弥陀仏を行でおさえる。
ところが、さっき言った石泉和上は、南無阿弥陀仏が私の上にはたらいて称名念仏となったお念仏のところで、行をおさえる。
この違いです。
どっちでおさえようとも、異安心ではない。
もっと言うと、どっちも間違いじゃないんです。
ただ、石泉に限っては、「称名以外では、行は言わない」と言うから、問題なんです。
だから、行と言ったら、称名でしか言わない。
南無阿弥陀仏と口にのぼったところで 行と言うんだと。
名号で 行と言うことは、言わない。
という 「称名に行を限る」という言い方をするので、議論になっているんです。

そんなバカなことは、あるか。口に称えられている名号であろうと、それは南無阿弥陀仏がはたらいている姿だ。だからあくまでも 南無阿弥陀仏がはたらいていることを行と言うんだと、「南無阿弥陀仏がはたらいていることを行という」、と言うことを「所行派」という。
それが口の上に現れているところで 言うのを、「能行派」って言う。
という風に 能行と所行という風に分けるんですけど、本来の、能行、所行という分け方は、そういう、称名をどこでどう取るかというこでは、なくて、「行ずる側を能行」と言い、「行ぜられている側を所行」というんです。
行ずるって言うのは、称えていることをでしょ。行ぜられてるっていうことは、名号でしょ。称えらているのは、名号でしょ。だから、「称えられている名号を、所行」と言い、「称えているところを能行」というんです。
それだけの違いなんです。
「能 所」というのは、英語で言えば、active (アクティブ)、passive(パッシブ)だから、passiveっていうのは、称えられている
だから、何が称えられているんですかって言ったら、南無阿弥陀仏の名号でしょ。だから、「南無阿弥陀仏の名号を所行」と言い、「称えられている側」と言い、「称えている、口で南無阿弥陀仏と称えている称名のところを 能行」と言い、だから、「称えるられている側」と、「称えている側」で、能行と 所行と分けているんです。
だから、能行派、所行派って言うのは、後に出できた特殊な言い方で、本来は、能行、所行っていうのは、そんな言い方ではないのです。
単純に、称えられている側、称えている側。
どっちも他力ですよ。称えられている側は、名号、南無阿弥陀仏。称えている側は 称名でしょ。
どっちも他力ですよ。
阿弥陀さまがはたらいているんだから。
どっちも他力だろって言う言い方が、ある意味、空華の言い方です。
「口にのぼっている称名といえど、南無阿弥陀仏のはたらきの姿であって、だから、行は、南無阿弥陀仏の名号だとおさえる言い方」が、「所行派の空華の言い方」で、「イヤ、そんなことはない。そんな観念的なものことを言っているんじゃない。自分の身体の上に 直接現れたところでしか、行は言わん」というのが「能行」。
非常に具体的なんですよ。能行の言い方は、だから、石泉和上は 非常に実際的、具体的です。我が身の上に現れたところでしか行は言わん。だから、称名でしか 行は言わんという言い方。
これは、間違いじゃない。
だけど、空華の場合は いや、称えていると言ったって、称えられているものがらがあって、それは何かと言ったら名号だ。だから、名号を行と名付くるのであって、称名でしか行は言わんなどというのは、極端な言い方であって、
それで、能行、所行の争いが延々続いている。
という意味の能行所行の分け方もあります。

以上が、10月7日の埼玉恵日会で、お聞きしたことの一部です。

ここに書いたこと以外にも、質問からは離れたお話しも、いろいろお聞きして、とても楽しい時間でした。

ぜひぜひ、皆さんとご一緒に、お聞きしたいと
思いました。

まだ ご縁のない方は、是非 一度は、埼玉恵日会に ご参加してみてください。

本当の親鸞聖人の教えをお聞きできます!

南無阿弥陀仏

あさ川です。先日、掲載予定といっていた投稿文については、都合により掲載しないことになりました。

さて今日は、RCさんから埼玉恵日会のお知らせをいただきましたので掲載します。もう熊谷はすっかり涼しくなりました。もう今年は40度を超えることはおそらく無いでしょう。


========(以下、RCさんから投稿文です)========

RCです。

次回の埼玉恵日会のお知らせをさせていただきます。

日時 : 10月7日(日)14:00〜17:00
場所: JR熊谷駅 直結 ティアラ21
4階ハートピア 会議室
(熊谷市男女共同参画推進センター)

講師: 阿部 信幾 先生
(本願寺派補教 )

埼玉恵日会は、親鸞聖人の教え、浄土真宗を 知りたい人の為の勉強会です。
質問形式の勉強会で、真宗の理解を深めたいと思っています。
予め 質問を集めて、先生に応えて頂きますので、その場で 質問する勇気がなくても、また 匿名でも 大丈夫です。

親鸞聖人の教えについて、質問のある方は、以下のアドレスに メールで質問を送ってください。先生に 当日 お答え頂けます。

アドレスは、
rokujinotsudoiアットマークyahoo.co.jp
(アットマークは、@に変えてください)

*今年の今後の日程は、 12/2 です。

ところで。
8月の阿部先生のご自坊(群馬県 西福寺)での お盆法要の帰りに、親鸞会の埼玉熊谷会館に寄って、親鸞会会員さんとお話しした時に、「浄土真宗の信心」と、「親鸞会で教えているところの信心」のズレを実感したので、そのことを書かせていただきます。

親鸞会では、高森会長から「目の前の小さな川を渡れない者が、その先にある大きな川を渡れるはずがない。」という話しをよく聞きました。
今の人生の苦しみの解決が 出来ずに(目の前の小さな川を渡れずに)、後生の一大事の解決(先の大きな川を渡ること)が、できるはずがない。今の苦しみが解決出来たら(= 絶対の幸福になれたなら)、後生は 極楽参り間違いない身となれるのだと聞き、早く 絶対の幸福になりたいと願っていました。
現在の私の「苦しみの人生が、喜びの人生に、急に ガラッと変わること」が、親鸞会で教えられている「救い」「親鸞会の信心決定」ということだと思います。お話しした会員さんもそう理解されていたようです。
だから、 親鸞会会員さんは、今の自分の心に 何か凄い変化が 起こるのを待っているのでしょう。聴聞を重ね、親鸞会へ貢献していれば、やがて、そういう凄い変化が 自分の心に起こると信じて、頑張っておられるのだと思います。

しかし、よく考えれば、苦しみが、喜びに変わるって、変ではないですか?
例えば、多くの人は、周りの人と 仲良くできて、やり甲斐のある仕事をして、家族円満に、健康に暮らして行けたら、いいなーって、思っていると思いますが・・・。
もし、周り中から嫌われて、仕事も無く、家庭内暴力で 一家離散して、重い病になったとしても、「絶対の幸福」に 救われてさえいれば、幸せで 喜びいっぱいで生きていられるって わけでしようか???
「絶対の幸福」という言葉は、本当は 空っぽで 実体のない、妄想の言葉でしかないのではないでしょうか?
そんな幼稚な妄想の言葉に 迷わされて、大切な人生を終わって欲しくないです。
私も、30年以上も、絶対の幸福を目指して 聴聞し、お布施もし、活動もしましたが、心の変化などありませんでした。
そんな虚しい教えで、どうやって 十方衆生を助けることができるでしょう?
今、私を救わない教えが、真実の教えですか?

早く 間違いのない真実の言葉「南無阿弥陀仏」を聞いていただきたいです。
「南無阿弥陀仏」は、私の往生の証拠です。
阿弥陀仏の本願成就が、南無阿弥陀仏となって 今 ここに 届いてくださっているのです。
「南無阿弥陀仏」は、阿弥陀さまが 私を救うとおっしゃっているお言葉であり、私を救う 阿弥陀さまのお姿が、南無阿弥陀仏です。
南無阿弥陀仏という 私の往生の証拠が、届いていることをお聞きすれば、 私の自力など 全く用事がなかった、私のはからいは 要らなかったと、はからいは 廃ります。
阿弥陀さまに おまかせして、「安心」して生きていけます。
苦しみは、苦しみとしてありますが、南無阿弥陀仏が 支えてくださっている人生だから、安心して生きていける、そして 安心して死んでいけます。

阿弥陀さまのご恩を喜んで、そして お念仏となってはたらいてくださっている阿弥陀さまにおまかせして(=お念仏して)、生きて行くのが 真宗門徒だと思います。
早く、本当の浄土真宗の教えを聞いていただきたいです。

大宇宙が火の海になっても、聞かなければならないのが 仏法ですが。
親鸞会では、必死になって 聞きに行っても、そこで また、「必死に聞かなければならないのが仏法」ということを聞かされるだけした。
聞くのことの中身を 教えていないのです。
大宇宙が火の海になっても 聞かなけらば ならないことは、「南無阿弥陀仏」の おいわれです。「仏願の生起本末」です。「南無阿弥陀仏が 私の往生の証拠だということ」です。
私の代わりに阿弥陀さまが 命かげで、ご修行してくださり、南無阿弥陀仏になってくださり、南無阿弥陀仏と 喚んでくださり、南無阿弥陀仏と おはたらきくださって、全部、阿弥陀さまが仕上げてくださっているので 、私は そのことを 喜んで 南無阿弥陀仏と お念仏させていただくだけです。
こんなに 有り難いご法義なのに、違う話しを聞かされている親鸞会会員さん。
早く 南無阿弥陀仏のおいわれを 聞いていただきたいです。

南無阿弥陀仏

あさ川です。先日の記事で書きました投稿文については現在筆者の方に確定稿の確認中(返事待ち)ですが、先にRCさんからの投稿文をいただきましたので掲載します。西宮での聞法会のお知らせとのことです。

西宮といえば、その近くでひろしさんとお会いしたことを思い出します。


南無阿弥陀仏

========(以下、RCさんから投稿文です)========


RCです。
関西にお住まいのお同行の方から、響流会主催の「にしのみや聞法会」のお知らせをいただきました。
「安心問答」の 宮田さんが 講師をされるそうです。都内での宮田さんの勉強会には、何度か参加させていただきましたが、優しい空気の中で、いろんな質問に 丁寧にお答えいただいて、ご縁があってよかったー!って、いつも思います。
ご都合のつく方は、ぜひ参加ください。
素晴らしいご縁になると思います。

以下、「にしのみや聞法会」のお知らせです。




真宗大谷派の響流会が創立一周年となり、にしのみや聞法の会を開かれることになりました。そしてこの機会に安心問答の宮田様を御講師として迎えられることが決まりました。
土曜日という比較的参加しやすい日程ですので
是非とも皆様のご参加をお待ち申し上げております。

以下は響流会のHP より。



1周年にあたり、9月より新たに御講師をお迎えいたします。

電子書籍『ただ今救われて下さい 安心問答・浄土真宗の信心について 』(響流書房)の著者であり、ブログ『安心問答』の宮田秀成先生をお迎えすることになりました。
先生には年4回程度お話しをしていただくことになります。とてもわかりやすいお話で定評のある先生です。

是非ご聴聞してください。

お待ちしております。

響流会


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<2018年> 9月 響流会主催「にしのみや聞法会」のご案内

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響流会では親鸞聖人のみ教えに学ぶ講座 「にしのみや聞法会」を毎月開催(1月と8月は休会)しております。
9月は下記のとおり開催することとなりました。

どなたでもご参加していただけます。
是非、御聴聞をしてください。


〇日時  2018年 9月 22日(土)

〇会場  西宮市勤労会館 3階 第 6会議室

〇時間  15時~16時半

〇持ち物 筆記用具

〇参加費 無料 (ご懇志は受け付けております)


※ テキスト等があれば会場で用意しております。


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◎会場へは出来るだけ公共交通機関をご利用ください。


◎お問い合わせは、響流会HP (http://kourukai.org/) のお問い合わせ欄までお願い致します。


配信元: 真宗大谷派 響流会

あさ川です。少しの間関東を離れておりましたが、戻って来ました。


私は飛行機での移動はあまり好きではないのですが、今回は飛行機での移動で用意されていましたので、久しぶりに飛行機に乗りました。戻って来た時、関東は厚い雲に覆われていましたが、飛行機はその雲の遙か上空を飛んでいたので、着陸の直前まで強い日差しの下に居ました。客室からはまったくどこを飛んでいるのか分からない状態だったのですが、間違いなく空港に着陸したのを見てふと、「空の旅は機長まかせ、後生の旅は弥陀まかせ」という言葉が浮かんだのでした。


さて、RCさんから投稿文をいただきました。ありがとうございます。先日の埼玉恵日会の感想とのことです。私は残念ながらご縁ありませんでしたが、すばらしいご縁であったとのことでした。RCさんに限らず、埼玉恵日会に限らずとも、ご縁のあった法座での喜びなど投稿文でいただければ、またありがたいご縁であろうかと思います。


========(以下、RCさんから投稿文です)========

RCです。
8月5日、真夏の熊谷で、埼玉恵日会のご縁に 恵まれました。
少し、感想などを 書かせていただきます。

振り返ると、親鸞会を退会して、4年近くになります。退会後 すぐに 親鸞会元講師の嶋田さんに 勉強会をしていただいたり、また、あさ川さんのブログに 投稿文を書かせていただいたり、それから いろいろな経緯があり、おかげさまで 今 こうして 埼玉恵日会のご縁に 恵まれております。
埼玉恵日会を開催するに当たり、相談に乗ってくださった方々、また アドバイスをくださった方々に、改めて お礼を申し上げたいです。
ありがとうございます。

今回も、 埼玉恵日会で、阿部信幾先生に 私たちの質問に、丁寧に、詳細に お答えいただきましたが、埼玉恵日会のご縁、本当に 有り難いご縁と、深く感じました。

京都の本願寺伝道院で 主任講師をされている阿部先生から、日曜日の昼間、3時間近く たっぷり 南無阿弥陀仏のお話しを お聞きできるご縁て、なんて有り難いご縁でしょう!

阿部先生をお招きして ご自分の病院で、ご法話をされている 宮崎幸枝先生という方が、「お浄土があってよかったね。」というご著書の中で、病院の中での ご法話のご縁が整った時に 「果たして このプロジェクトは 弥陀のプロジェクトXで、あったかもしれない。」 「人のはからいを超えて起こっている作用、それを 縁 という。」と、書いておられます。
読ませていただいて、「埼玉恵日会のご縁も、阿弥陀さまのプロジェクトXに違いない。」と思いました。こんな有り難いご縁を整えることは、やっぱり 阿弥陀さましか できないでしょう・・・!

親鸞会時代は、聴聞は、信心決定するための手段でしたが、今は「南無阿弥陀仏」の 宝物を いろんなお言葉で 教えていただける うれしいご縁です。
特に、阿部先生は、いつも いつも、阿弥陀さまの本願成就であります「南無阿弥陀仏」のおいわれ を、 よくよく お話してくださるので、まるで、そこに 南無阿弥陀仏のお六字が、浮かび上がるような感じがします。

相変わらず、自分の毎日は、アレコレと いろんなことが起こり、一喜一憂してしまいますが、そういうことも南無阿弥陀仏のおはたらきの中の出来事ですから、悩みながらも 安心して 過ごさせていただいています。

この投稿文を、読んでくださっている方の中で、南無阿弥陀仏のおいわれを まだ よく 聞いて おられない方が、おられましたら、ぜひぜひ埼玉恵日会に お越しください。
また 南無阿弥陀仏のおいわれをお聞きして、喜んでおられる皆さん、埼玉恵日会は、一緒に 遠く宿縁を喜ぶご縁になると思います。

「 かるがゆえに、阿弥陀仏の むかし法蔵比丘たりしとき、「衆生 仏に成らずは われも正覚成らじ」と違ひましますとき、その正覚すでに成じたまひしすがたこそ、いまの南無阿弥陀仏なりとこころうべし。これ すなわち われらが 往生の定まりたる証拠なり。」
(ご文章 四帖目 八通)

「往生の証拠なり」
頼もしいお言葉ですね。

次回の 埼玉恵日会は、10月7日です。
また、ご案内させていただきます。

よろしくお願い いたします。

南無阿弥陀仏

暑いという看板を実は下ろしていたらしい熊谷でしたが、先日最高気温を更新しました。これで熊谷は6月(39.8度),7月(41.1度),9月(39.7度)と年間(41.1度)の最高気温記録(8月は2位)を持ったということで、記録の上では日本一暑い街に戻ってしまいました。今日の最高気温は36度だったようですが、ずいぶん涼しくなったなどと思うくらい感覚がおかしい今日この頃です。


さて、相変わらずPCの調子が悪いのでしばらくPCを起動せずにおりましたところ、とくよしみねさんから投稿文をいただきました(ありがとうございます)。今回は勉強会のお知らせで、感話を行うとのことですが、ご縁のある方が何人か集まればそこに仏法とのご縁ができるのだなあとしみじみ思いました。


勉強会といえば、次回の埼玉恵日会まで残り一週間を切りました。ご縁のある方は、ピークよりは涼しくなっていると思われる熊谷までおいでください。ただ残念ながら、私は仕事で関東におりませんので今回はご縁無い予定です。


南無阿弥陀仏

========(以下、とくよしみねさんから投稿文です)========

とくよしみね からのお知らせです。

近年夏に、勉強会を行っていましたが、今年は事情がありまして先生をお呼びすることが出来ませんでした。
そのため、どうするのか考えていましたが、今回は退会者の三人による感話を行いたいと思います。
場所は、今までメールでのお知らせをしていましたが公開します。
日時は8月26日の日曜日です。
場所は、愛知県刈谷市産業振興センターです。
時間は10時から予定しています。
どなたでも参加可能です。

ただし、妨害等される場合は撮影の上それなりの対応をさせていただきますのでご了承願います。

よろしくお願いします。

とくよしみね

あさ川です。熊谷はじめじめとした気候が続いておりますが、暑い日には熊谷駅のミスト噴霧装置が絶賛稼働するので、噴霧されている近辺だけは若干涼しい今日この頃です。

当ブログは投稿文の人気が高いのですが、初期の頃は特段注釈を入れていなかったこともあり、初見の方からはなんとなく投稿文もあさ川が書いているかのように思われている節もありますので、注釈を追加しようか考え中です。


さて先日、RCさんからの投稿文の前に自分の記事をこっそり書いて、また今月も書こうかなと思っていましたら次回の埼玉恵日会まで一ヶ月を切ったということで、RCさんから投稿文をいただきました。いつもありがとうございます。

なお、末尾に別のご案内もありますが、関係者の方に掲載のご了解をいただいているとのことですので、合わせて掲載します。

========(以下、RCさんから投稿文です)========

RCです。

前回の埼玉恵日会は、6月の下旬でしたので、次回は8月だから、まだ 少し日にちがあると
思っていたら、気がついたら、既に 一ヶ月を切っていました。
年齢を重ねるにつれて、時間の過ぎるのを速く感じます。
では、次回の「埼玉恵日会」について、お知らせ致します。

勉強会は、
日時 : 8月5日(日)14:00〜17:00
場所: JR熊谷駅 直結 ティアラ21
4階ハートピア 会議室
(熊谷市男女共同参画推進センター)
今回は、いつもの 熊谷駅 直結の会議室か取れましたので、よろしくお願いします。

質問は、7月29日(日)までに、
rokujinotsudoiアットマークyahoo.co.jp
(アットマークは、@に変えてください)
に、メールください。

前回の埼玉恵日会では、
「『阿弥陀さまはお念仏せよ』と おっしゃっているのか?いないのか? 親鸞聖人の教えは どうなっているのか?」という ことにつきまして、丁寧にお聞きしました。

「え? 阿弥陀さまは、念仏せよって、おっしゃっているでしょ?。え? どうなの?」と 思われた方は、是非、埼玉恵日会で 一緒に お聞きしましょう。

それから、 私が初めて あさ川さんのブログに投稿させていただいた「親鸞会を退会しました」の記事に 新しいコメントがありました。
なので、私も、そのコメントに、コメントさせていただきました。
今年の4月に 大阪の光蓮寺で阿部先生からお聞きしたご法話の一部を書かせていただきました。
長文ですが、そちらも読んでみていただけたら、嬉しいです。
新しいコメントは 79、私のコメントは、80〜83です。

それから、ブログ「安心問答」が、10周年ということですが、お同行の方から以下のお知らせをいただきましたので、併せて 紹介させていただきます。
私も 何度か参加させて頂いていますが、柔らかい雰囲気で、初めての人も緊張しない勉強会です。
「安心問答」に、質問を寄せられた方も いらっしゃるかと思います。文字ではなく、直接 やり取りできるご縁は、貴重だと思います!

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次回の「山も山さん」を囲んでの讃嘆会が7月15日に予定されております。
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7月15日(日)13:30〜17:00
江東区産業会館 会議室
地下鉄東西線東陽町駅東4番出口すぐ
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この度は、安心問答10周年を記念して、講題を「安心問答」ということでお願いしました。
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楽しみです。

南無阿弥陀仏

RCさんから投稿文をいただきました。タイトルにもありますが、ドキュメンタリー映画を見て思うところがあったとのことです。映画や書物など、いろいろなものを通して味わわれることもあろうかと思います。RCさんに限らず、難しい話でなくても、そういった投稿文もいただければありがたいと思う次第です。

========(以下、RCさんから投稿文です)========

RCです。



先日、真宗のある集りで、オウム真理教のドキュメンタリー映画 『A』を 観て、いろんなことを感じ、考えました。



ご覧になられた方も いらっしゃるかもしれませんが。映画は、地下鉄サリン事件の後、マスコミや世間の猛烈なバッシングの中の 教団、主に 広報部長という立場にいた 「荒木 」という青年を 追った映画でした。

彼は、オウム真理教という教団に属し、出家していても、恐らく教団の起こした恐ろしい事件については、ほとんど部外者だったのだと思います。

ですが、彼の信じた教団は、希に見る凶悪事件を起こして、それでも 彼は、麻原を尊師と呼び、オウム真理教への信仰は、変わりませんでした。



その姿は、何年か前までの 私と重なって、胸が痛かったです。



「溺れる者は藁をも掴む・・・。」

藁じゃないものと、出遇えていたなら、藁など掴まなかった。

溺れていたから、悪いのか。

藁と出遇ったから、悪いのか。

そんな気持ちが、込み上げました。



気がつくと 「私」は、存在していたけれど。

なぜ生きているのかも わからないまま、やがて死ぬ命を生きなければならない「私」という存在自体が、疑問でした。

だから、そこに 「これが、答えだ」というものが 現れたら、それを答えとして、生きてしまわざるを得ない、危うい、頼りない、そういう者が自分なのだと、感じています。



親鸞会では、後生の一大事の解決を、何よりも優先しなければ ならないと教えられ、私も そう思っていました。



高森会長の説法を聞きに行く為の交通費や、会へのお布施に出すお金が 無いのなら、嘘をついて 親に出させることも、「善」と 勧められました。真実の為にお金を出させるわけだから、親にとっても 良いことなのだと。

「悪のように見えることも、信仰から見たら、善なのだ」という点は、親鸞会も、オウム真理教も 同じだと思います。



親鸞会と出会った当時、何がなんでも 高森会長の話しを、聴聞しなければならないと言い張る私に、きっと両親は、胸が潰れるような思いで、眠れぬ夜を幾晩も 過ごしたのだと思います。親不孝をしました。



けれど、あの時の私は、高森会長の法話を聞く以外に、生きる道がないと 固く信じてしまっていて、その気持ちを変えることが 出来ませんでした。

「死者の為」と思っていた仏教という教えが、実は 生きている者を救う教えだったということを私に教えてくれたのは、高森会長だけだったから。

因果の道理、仏教の宇宙観 、無碍の一道という世界、初めて聞いた仏教という教えは、暗闇で生きていた私にとって、たった一つの 灯だったのです。



そうして長く親鸞会にいた私は、両親や周りに 迷惑をかけ、心配させてしまったけれど、オウム信者のような犯罪は犯さずに、今、親鸞会から離れることが出来ました。

けれど、私が親鸞会の教えを信じていた気持ちと、オウム信者が オウム真理教を信じていた気持ちは、同じだったと思います。

何かが、ちょっと違っていたら、私が 犯罪者と呼ばれ、刑を受ける立場になっていたかもしれません。



何が正しいのか、どうしたらいいのか、知恵を持たない悲しい自分です。



でも、不思議なことに、今、ここに 届いてくださっている 南無阿弥陀仏の六字を、称える身にお育ていただきました。

「たまたま行信を獲ば、遠く宿縁を喜べ」の 親鸞聖人のお言葉を噛み締めさせていただいております。



私の愚かさは、南無阿弥陀仏の尊さでした。



南無阿弥陀仏

あさ川です。先週はなんだかんだと言って日曜日は概ね家に居ました。

さて、次回の埼玉恵日会までおよそ一ヶ月となりまして、RCさんから投稿文を頂きましたので掲載します。なお、次回は南口から出たところの会場だそうです。

ちなみに現在、熊谷駅の正面口は工事中です。改修工事と聞いてロータリーにある熊谷次郎直実像がどうなるかしらんと思いましたが、直実像には特に影響の無い工事のようです。


========(以下、RCさんから投稿文です)========

RCです。

次回の「埼玉恵日会」のお知らせをさせていただきます。

日時 : 6月23日(土曜日) 14:00〜17:00

場所 : 熊谷駅北口 徒歩2分
「熊谷ロイヤルホテルすずき」 (会議室)
埼玉県熊谷市宮前町2-51

*今回は 土曜日の開催です。場所も、熊谷駅直結のティアラの会議室ではありません。お間違えないようにお願いいたします。m(_ _)m

講師 : 阿部 信幾 先生

勉強会は、質問形式で進めています。ご質問がある方は、私のアドレスに 質問を送信してください。

私のアドレスは、
rokujinotsudoiアットマークyahoo.co.jp
アットマークは、@変えてください。


*5月は 浄土真宗のお寺では、降誕会のご縁がありますね。

私は、都内のお寺の降誕会で、元親鸞会会員さんや 現親鸞会会員さん達と、一緒に聴聞させていただきました。

ご法話で ご紹介していただいたプリントのお言葉の一部を紹介させていただきます。

●「天然の美」(安芸・高松悟峯和上 作)
一、
声に姿は なけれども 声のまんまが佛なり
佛は声の お六字と 姿を変えて我に来る

二、
嘆きに沈める我等をば 弥陀本願のお目当てと
とどいて救うお六字と 声の中なる佛なり

三、
浮き世の嵐吹かば吹け 宿業の波は高くとも
夜毎日毎にあらわるる 六字の声に転じらる

●念仏子守歌
(五木の子守歌の節でお歌いください)
一、
おどんがお父さんな南無阿弥陀仏
おどんがお母さんも南無阿弥陀仏
二、
もろたもろたよ六字の智恵を
愚痴が感謝に変わる智恵
三、
おどんが笑うときや阿弥陀さんも笑う
おどんが泣くときや弥陀も泣く
四、
夜半の目覚めの南無阿弥陀仏
つれて行くぞの親の声
五、
鮎は瀬に住む小鳥は森に
わたしゃ六字の中に住む

●毎日のたしなみ

するんじゃ無い させて頂くんです
寺島・常寺


お寺の雰囲気もステキで、 ご法話も 心に響きました。

南無阿弥陀仏

あさ川です。毎年この時期は花粉アレルギーがひどくなる私です。薬が効いているのか効いていないのかよく分かりませんが、多少は効いているのだろうと思うことにしております。


そういえば、私が何度かご縁のあった大阪八尾の光蓮寺の仏教文化講座は、どうも今年も4/3~5あたりと聞いております(正確なところをお分かりの方はお知らせ頂ければ有り難いです)。年度替わりの平日だとなかなかご縁が難しいなと残念に思っておりますが、ご縁ある方は、お寺に確認の上お越し下さい。


さて、RCさんから投稿文をいただきましたので掲載します。埼玉恵日会でのお話の内容紹介と次回日程も合わせてご案内いただいております。

========(以下、RCさんから投稿文です)========

RCです。

歎異抄の教えの「念仏往生」と、親鸞聖人の教えの「平生業成」につきまして、以前 埼玉恵日会で 阿部先生から、お聞きしたことをまとめましたので、ご紹介いたします。

その前に、次回の埼玉恵日会のお知らせをさせていただきます。

◎埼玉恵日会

日時: 4月 22日(日曜日)
14:00~17:00
場所: JR熊谷駅 直結 ティアラ21 4階
ハートピア 会議室
(熊谷市男女共同参画推進センター)
講師: 阿部 信幾 先生
(本願寺派補教 )

○親鸞聖人の教え、浄土真宗を 知りたい人の為の勉強会です。
質問形式の勉強会で、真宗の理解を深めたいと思っています。
予め 質問を集めて、先生に応えて頂きますので、その場で 質問する勇気がなくても、また 匿名でも 大丈夫です。

親鸞聖人の教えについて、質問のある方は、以下のアドレスに メールで質問を送ってください。
先生に 当日 お応え頂けます。
アドレスは、 rokujinotsudoi@yahoo.co.jp

☆今回は いつもディアラ21の会議室が取れました。
尚、ディアラの会議室は、改装されて とても広くなったそうです。
たくさんの方が押し寄せても、大丈夫です!

ご参加、心より お待ちしております。

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︎では 往生は、
『念仏申さんと思い立つ心が起こる時』に決まるのか?
『名号のいわれを聞いて自力のはからいを離れた時』に決まるのか?

以下、埼玉恵日会で 阿部先生のお話しです。
(お話しの途中からの文章なので、わかりにくかったら、ごめんなさい。)

「歎異鈔の救い」とは、
阿弥陀さまが、18願を立てて、念仏申さん者を迎え取ると お誓いくださった。その誓いを信じて、「念仏を申さんと思い立つ心の起こるとき」救われる。
だから、「18願を信じた時に、往生が定まる。」歎異鈔は、こういう言い方です。
歎異抄では、「いつ往生が 定まるのか?」と言っら「18願を信じた時」です。
18願は「称える者を迎え取る」という約束だから、「念仏申さんと思い立つ心の起こるとき」というのは、「称える者を助けるという阿弥陀さまのお誓いが 信じられた時」ということです。
「『称える者を助けるのが18願』だ。じゃ、称えて助かろう。」と、念仏申さんと思い立つ心が 起きる時に、摂取不捨 の救いにあずかる、こういう話です。
歎異鈔に 説かれている救いとは何か というと、「阿弥陀さまが 18願を 誓われた。その18願は、念仏申す者を皆、お浄土へ迎え取るという誓い。だから、その誓いを信じて、念仏申さんと思い立つ心の起こる時、摂取不捨の利益にあずかる」これが 歎異鈔です。
これを 、念仏して浄土に応じてして成仏する から「念仏往生」とも、「念仏成仏」ともいうのです。
これが歎異鈔です。

もうひとつは、
「本願が成就した。」ということは、「南無阿弥陀仏の名号が成就した。」ということです。「南無阿弥陀仏の名号が成就した。」ということは、「本願がはたらいている。」ということでしょ。「本願が はたらいている。」ということは、「私のはからいは 要らん。」という事でしょ。だからそれを「たのむ一念。」というのです。

これが 同じですか?

違いますね。
「名号を聞いて、信心歓喜乃至一念」と言っている一念と、
「念仏申さんと思い立つ心の起こる時」は、違うでしょ?
言っていること、わかります?

何で 違うのか?
同じ阿弥陀さまの救いなのに。
「何でだ?」と思います?この違いは。

「念仏して浄土に往生する」って誰が言い始めたのか?。
善導大師です。
善導大師は、何の本を書いたのですか?
「観経疏 」です。

親鸞聖人は、何を 教行信証に現されたのですか?
「大無量寿経」です。

だから、「大無量寿経」と、「観無量寿経」の違いです。

「観無量寿経」は、「念仏して 阿弥陀さまの浄土に往生せよ」という お釈迦さまのお説教です。
観無量寿経の最後に 阿難に「 念仏せよ。」と 出ています。
観無量寿経のお説教の結論は、阿難に対して
念仏せよです。「念仏して、浄土に往生せよ。」なのです。

「大無量寿経」は、「本願が成就して名号と なってこの世界に届いている。だから阿弥陀さまは 成仏されている、その証拠は、南無阿弥陀仏の名号が 今 お前の世界に届いている」と 名号のいわれを説いたのが、大無量寿経でしょ。
だから、「大無量寿経のお説教は、教行信証」で、「観無量寿経のお説教が、観経疏で、選択本願念仏集で、法然上人の教え」なのです。
その違いです。

だから親鸞聖人は、法然上人の「観無量寿経の法門」を聞いて、そして、「大無量寿経の法門」に転入した。
親鸞聖人は、念仏往生と信じて、念仏申して浄土に往生するという法門に 転入し、その念仏して浄土に往生するというところから、18願の絶対他力の法門に 転入した。それは 本願のはたらきです。

親鸞聖人は、観無量寿経の法門から、大無量寿経の法門に行ったのです。

法然上人は、大無量寿経の法門を 腹に納めて、観無量寿経のお説教をなさった。
お釈迦さまの方便は、それです。
お釈迦さまの 方便は、あくまでも 大無量寿経のお説教を 内容として、お説教のすがたは、観無量寿経の念仏往生を説いているのです。
何故かというと、「修行して悟る」という人間に 合わせて説いた。
「修行して悟る」という人間に合わせて説いたから、「念仏して往生せよ」と 説かれたのです。
これを方便と言うのです。相手に合わせるのを。
だから 観無量寿経というのは、あくまでも 聖道門の「修行をして悟るんだ」というお坊さんを対象として、「修行して悟るのですよ。その修行は何かというと、念仏です。念仏くらいのことで、何で仏に成れるのか?っていうと、阿弥陀さまのお誓いが、そうなっている。
だから、「南無阿弥陀仏」と お念仏する者は、皆、浄土に往生して仏となるのです。
それは 阿弥陀さまの本願が そうなっているからだ。」と。
これが、観無量寿経のお説教です。
だから、修行して悟る、修行して悟るという人間に、念仏往生、念仏往生だと合わせているのです。これを方便と言うのです。

それに対して、「本願成就」のところで、「もう私の往生は、決定しているのだ。」と、「南無阿弥陀仏のいわれを聞くところに、自力の心を離れて、他力に帰する。ここに往生が決定するのだ。」これが、「大無量寿経」です。
これをそのまま受け継いで行ったのが、「ご文章」です。
だから 「タノム一念の時、往生一定、御助け治定、この上の称名は ご恩報謝。」と こうなります。
その「大無量寿経の法門」と、「観無量経の法門」の違いが、「平生業成」と 「念仏往生」の違いになる、と言うことです。
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また、いっしょに お話しをお聞きしましょう。

南無阿弥陀仏

あさ川です。
先日のRCさんに続きまして、わいるどひっぷさんから投稿文を頂きました。わいるどひっぷさんは以前にも投稿文を頂いてます。今回は嶋田さんへのお礼ということで頂きました。


改めて思いますに、やはり熱量なのだろうと思います。私は会員時代に特にご縁はありませんでしたが、勉強会のご縁を頂いて、お話されている途中で南無阿弥陀仏のご縁を喜ばれながら涙を流されていたことを思い出します。


========(以下、わいるどひっぷさんから投稿文です)========


わいるどひっぷです。
嶋田さんがご往生されたこと、RCさんからうかがいました。改めて、私に六字の心を届けて下さったこと、御礼申し上げます。

RCさんが、埼玉で勉強会を開いてくださったこと。
嶋田さんが、講師としていらっしゃったこと。
当時失業中で、なんとなく芯が抜けたような思いで過ごしていたこと。
父が危篤との知らせを受け、当然のように当たり前と思っていたことが、当たり前でないと、はっとさせられたこと。

など。

わたしが、こうしてこうなろうとか人生設計のように予定を立てているところではなく、想定外のところで、全く思いもかけないところから、南無阿弥陀仏をいただきました。

30年前に、故郷の福井で会にご縁があったこと。3年足らずで辞めてしまったこと。嶋田さんのことはその時に存じ上げていました。青年部と学生部とで、特段親しい間柄ではなかったのですが、24年ぶりに埼玉でお会いした時も、私のことは覚えていて下さっていました。

(わたくしの人となりにつきましては、以前の投稿があります。よろしければご参照ください。http://blog.livedoor.jp/skai_as/archives/49231003.html )

東京に出てきてから10年ばかり、独力でお聖教の読解を試みたりしてきましたが、(平成初期の当時は今のように数々のブログはまだ無く)とても飛雲さんのように、あざやかに読み解くことはできませんでした。会についてゆけず、学業もつとまらず、なら一人ででもやるしかない、と思い詰めて、哲学科に入りなおしてそのように過ごしていたのですが、要するに、ただこのままだったら世間的にあまりにもかっこ悪くて、見栄で恰好つけていただけだったように思います。
(また、とくよしみねさんもブログでおっしゃっていましたが、どうしても、会で刷り込まれた先入観で読んでしまい、文面をその通りに受け取ることができなかったです、思い返してみれば。)
会を辞めて東京へ再受験するまで、大学を卒業できないことが恥ずかしくて実家にも帰れず、かといって下宿は学生部の部室兼用なのでそこへも帰れず、あてもなく3カ月ほどぶらぶら過ごしていたころ(よくお金がもったものです)、もうそれもそうしていられなくて、実家に帰ろうと一旦下宿に戻りました。担当の講師は、わたしにご縁のあった谷川秀大講師から別の方に変わっていました。
「どうしていたんだ」「仏法、辞めてはいけないだろう」「後生の一大事がかかっているんだ」一見、励まし、や、仏法の重さを説諭していながらも、受け止めるこちら側としては、それは脅迫です。とりあえずその場から離れるためだけに「はい」とだけ返事して「これからはきちんと求めるよな」と念を押されてその場を離れ、以後二度と会の方々と会うことはありませんでした。
「ここにだけ真実が説かれている」その優越感、裏返しに、ついて行けないものの敗北感、後生の解決がありながらそれを為さないままでいることの閉塞感…要はマインドコントロールの残滓が残っているのでしょうが、辞めたら辞めたで、独りぼっちの感覚でつらいことは変わりませんでした。
10年経ったその後は、仏法のことは「なかったこと」にすることにしました。思い返さないように、見ないようにして過ごしてきました。
それから数年経って、「私の白道」他いろいろなブログを通して、教義の誤りがようやく分かりました。まるで呪縛が解かれたように、ほっとしました。
「私の白道」は、掲載が始まったころから、見ていました。当初は匿名であったのですが、話される地理感覚や、にじみ出るお人柄から、もしかして、と思っていましたが、やはり、嶋田さんでした。ほかのブログと相まって誤りを誤りと知らせ、南無阿弥陀仏をいわれを説かれ、現実に他力はあるのだということ、それを説かれる方はいらっしゃるのだ、ということを、教えて下さいました。また同時に、なんとまっすぐな方なんだろう、と感動もいたしました。

それからまた数年、間違いは間違いであると分かっても、他力の世界があると分かっても、説かれる方がいらっしゃる、と分かっても、相変わらずブログの読者でいるだけ、という状態が続いていました。

そこへ、勤めていた大手受験予備校の、わたしが属する部門が規模縮小となり、そのあおりで人員整理となってしまいました。組織の末端ではありますがその立場なりに築き上げてきたつもりの時空間が、市場の競争原理とはいえあっけなく無くなってしまったこと、自分の居場所がなくなってしまったことが、何と言いようもなく空しく思えました。時を同じくして父危篤の知らせを受け(1カ月ほどなくしてあっという間に亡くなりました)、まわりの出来事が、明日も同じように当然にあると過ごしていたら、そうではなかった。そうやって出来事と年月だけが過ぎて行って、ただ年だけ取った自分がぽつんとあるような、まるで浦島太郎状態のようにに思えました。

RCさんが埼玉で勉強会を開いていらっしゃること。
私の知っているあの嶋田さんが、「私の白道」のあの嶋田さんが、講師でいらっしゃること。

「参加したいのですが」スマホをポチッとしてみました。するかしないかの、ほんのわずかの動作ですが、何年も眺めていただけの自分と、実際にメールするのとでは、気持ちにとても隔たりがありました。どうやら背中を押されたようです。

ほんとうに、ご縁というものは、分からないです。過去の知人や友人など、これまでに知り合った記憶のうっすらとある中で、まさか、20年以上も前の、あの嶋田さんが、私に南無阿弥陀仏を伝えて下さる方だったとは。思いも寄らないご縁でした。学生当時の私が知る嶋田さんも、こちらが襟を正されるような思いがしたものですが「私の白道」の情熱も、実際にお会いしてお話し下さるお人柄も、印象は全然変わりませんでした。

2年前の今ごろ、埼玉の勉強会でR1000さんが六字を喜ばれているのを見て、前年末にいらっしゃったばかりなのに、なんでまた急に? と思っていたら、ほどなく私もお任せの身になりました。翌3月の埼玉勉強会で嶋田さんに「いただけました。ありがとうございました。」と報告できました。「そうか、よかったね。」とおっしゃって下さったのが、思えば、今生最後の機会でした。

南無阿弥陀仏は、わたしから求めて得られたんじゃない、向こうから一方的に、わたしのほうへやって来た。そう思えてなりません。
どうしてわたしが、六字を喜ぶ身でいられるのだろう。不思議といえばありきたりの表現かもしれませんが、そうとしか言えません。
とうに故郷を離れて仏法も見ないようにして暮らしていたところに、その福井から、嶋田さんのほうから、わざわざ六字を届けに来て下さり、お任せの心、いただけましたこと、御礼申し上げます。

お体がすぐれないとは、うすうす存じ上げてはいましたが、わたくしに六字を届けて下さり、届けて下さったと思ったら程なく、往生されました。
二度ほど福井に帰省する機会もあり、道すがら伺いに行くこともできたはずなのに、思いつかずに過ぎやってしまいました。まさか、六字を喜んでいる旨、お伝えしたのが、最後になろうとは、思っていませんでした。

改めて、御礼申し上げます。

南無阿弥陀仏

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