あさ川進の、宗教と私

浄土真宗親鸞会に所属しながらアウトサイダーだった私(現在は会員でなくなりました)が、宗教(浄土真宗親鸞会)との付き合い方を考えつつ書いている更新頻度が低いブログ(この説明も暫定です)リンクフリーです。なお、投稿文を受け付けております。「【投稿文】」と書かれている記事は、頂いた投稿文です。

カテゴリ : 雑感

今日は埼玉恵日会です。今日の熊谷は真夏日の予想ですが、今日の会場は建物から出る必要が無いので、そこまで暑くないかと思います。直前ではありますがご縁のある方は熊谷においでください。


さて、先月はRCさんから投稿文を頂いておりましたが、私は自分で記事を書いていなかったので、自分で記事を書くのはおよそ2ヶ月ぶりのようです。なんだか、RCさんはじめ投稿文を下さる方でこのブログは続いているような気がしないわけでもありませんが、こんな感じで続いていくかと思います。


先日、ずいぶん前の記事について個別にご質問を頂いておりました。お返事は個別に差し上げましたが、せっかくなのでその記事を読み返して思ったことを少し書きます。


当該の記事はこれです。


5年半前の記事だったことを、日付を見て思い出すくらい時系列についてはあやふやで、400本くらいの記事があってしかも体系だったブログでもありませんから、自分で何を書いたのか忘れてしまっていることも少なくありませんが、この記事に関して言えば書いたことは覚えていましたし、元となった文章を書いたことも覚えています。


元となった文章を書いた2005年当時、私は大学院の二年生でした。ちょうど同じ大学の先輩というか友人というか、そういう人が退会したことを知りまして、自分でもいろいろ調べつつやりとりもしていた時のことでした。


当時のことを書くと長くなる気がするので今日は書きませんが、例の本尊論ブログの文章をこしらえつつ、ネタとなる文章を書きためていた中の一つが、今回の文章でした。


当時と言いますか親鸞会時代の私は、ほぼ一貫して地元の行事にも親鸞会館にも通い続けていました。それは、本尊論ブログを書く前も書いた後も、弥陀の本願喜ぶ前も喜んだ後も、変わりませんでした。


私は一貫して幹部にはなりませんでしたし、手を挙げることもしませんでした。しかしながら、学生時代は長いことバス係という名の会計に近いことをやっていました。


私のいた大学は、大規模ではないもののそこそこ会員がいましたが、大学院に入ってもしぶとく行き続けたのは私だけでした。おおかたは4年間で大学を出たら就職してしまっていたこともありましたが、そのようなわけで、私は大学3年生の頃から最高学年であり続けました。


しかも、地元の行事にも親鸞会館にも一応行っていましたので、いつも顔を合わせる学生からすれば私一人若干年が離れていたこともあり、見事に先輩扱いされてはいました。


一方、内面の私は、就職先は決まったが研究のネタがなかなか定まらずに悶々としながら、自分の人生がなんとなく決まったようで鬱々していたところに、親鸞会ネタの記事を書く機会を得て鬱々した気分が吹き飛んでいたのでした。


ちょうとそんな頃、書いた文章でした。




若干の誇張等はあるにせよ、当時を思い出すと、そこまで間違ったことは書いていないと思います。それは、親鸞会の学友部の実態がそうだったからというよりも、少なくとも私自身にはそのように映っていたということです。


いっぽう、その後の学友部は、急速に変化していきました。少なくとも私にはそのように見えました。


私は支部に移ってからも親鸞会館で学生に会いにいっていましたので、それこそ追い出される少し前までは若干なりと学生とは接点がありました。そこで聞いた話は、文章で書いたものとは随分異なっているようでした。


あの文章を書いた当時、私には学友部員が兵隊のようにもロボットのようにも見えていました。真実開顕の先兵ともいうべき「純粋な」学生を、大方の講師部員も求めていたように見えましたし、熱心な学友部員もそうあるべきだと思っているように見えました。講師部員は、幹部学生でなくとも、先輩ともなれば厳しくなり、ついていけない者は淘汰される、その雰囲気が一応は残っていたように思います。


2005年といえば、「私はなぜ親鸞会をやめたのか」が公開された時です。それまでもちらほらネットでは2ちゃんねるを中心に批判的な声が上がっていましたが、おおむねネット対策が功を奏していました。


以前にも書いたかどうか分かりませんが、「なぜやめ」が公開された当時に批判ブログが乱立した原因を作った一人が私でした。


一応あの当時は親鸞会も頑張ってネット対策を続けていましたが、退会者が増える流れが加速して、今も続く教義批判ブログが出たことによって流れが決定的になった、と記憶しています。


ちなみに私は、2005年当時は熱心にネタ文章を書いたりしておりましたが、「さよなら親鸞会」が出始めるあたりには傍観者に戻っていました。


そういう流れがあったからか分かりませんが、私が支部に移ってからの学生は、少なくとも話を聞く限りではほとんど講師部員から厳しいことも言われなかったようですし、私から見たら「聴聞のご縁」に対する思い入れも随分隔たりがありました。


弥陀の本願、南無阿弥陀仏からすれば、私の側に何も求められてはいませんので、当然にあの文章の如くである必要は微塵もありません。あの当時も今も、そのようなあり方を批判的に冷たい目線で見ていた私ではありましたが、いっぽう、今の学生の、「私から見たら緩いように見える」最近の状態をなんとなく物足りなく思ってしまったという、矛盾した思いがあるなあ、と思ったものでした。


と、ここまで書いて、あさ川はひどいなあと思われた方もあろうかと思います。だからこその南無阿弥陀仏だろうと味わっております。


南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏

もうすぐ日が変わってしまう時間帯ですが、明日18日は埼玉恵日会の日です。東京から見ると熊谷はそれなりに距離がありますが、ご縁ありましたら熊谷までお越し下さい。


私が阿部先生と最初にご縁があったのは、このブログにもずいぶん前に書きましたが大阪の八尾でした。光蓮寺の仏教文化講座で、またご縁あるといいなあと思いつつ時が経った頃にふとご自坊を訪ねに大間々まで行って何もせずに帰ってきたのも良い思い出でしたが、こうして熊谷でご縁があるのも不思議なありがたいことだと思っています。


さて、更新頻度が低いのは最近では毎度のことではありますけれども、これまた今更感が強いお話をしますと、山も山さんの脱会ブログでずいぶん前に紹介された親鸞会ホームページ更新の件について、(実は以前にも見ていたのですが)私も改めてちょっとホームページを覗いてみました。


月並みな印象としましては、顔が見えるようになったなあというものでした。

以前のホームページは、あれはあれで親鸞会だなあと思いながら見ていたのであまり意識はしていませんでしたが、親鸞会のことを説明しているようでしていない状態ではなかったかなあと思いました。


そういえば、私が最後に親鸞会の講師の方とお話しした時に、親鸞会は開かれた存在になってほしいと言いましたが、ひとまずホームページを見ますとそういう感じになったなあと思いました。

入会のページを見ますと、きちんと入学金(入会金)は5万円だとか、会費は親会員なら3千円だとかいうことも書いてありました。さすがに1燈会員以上の話は見当たりませんでしたが、法話等でお布施のご縁があるなどといったことも書いてありました。

別に特筆すべき内容でもないのでしょうが、そういうところに目が行ってしまったあたり、私の親鸞会に対する印象を物語っているように思いました。

山も山さんも触れられていた通り、行事の日程も公開されているので、行きたい人が行けるようになっているのかもしれません。バーコード管理を今もやっているのかは分かりませんけれども。


そういえば、入会者に「祝・仏縁セット」が贈呈されるとのことですが、最近は「『御文章』の本」や「勤行CD」も贈呈対象になっているのですね。


YouTubeにあるチャンネルに講座風景もアップされているようですが、欲を言えば親鸞会館の法話も聞けるようになるとかしてもらうと、もっと開いた親鸞会になるのではないかなあと思った次第です。



そういえば、私がよく聞きに行く講座のお話で、弥陀の本願はすべての人に開かれているのに善鸞はきわめて狭い個人的なものにしてしまった、という趣旨のお話を以前に聞いた記憶があります。

そういうことで言えば、どこそこでしか聞けないとか、あの先生からしか聞けないという話もないわけですから、まあホームページでもそんなことは言ってませんので、いつもと違う先生から聞くご縁というのもありがたいのではなかろうかと思います。

南無阿弥陀仏

そもそも、今度一七か日報恩講のあいだにおいて、多屋内方もそのほかの人も、大略信心を決定し給えるよしきこえたり。めでたく本望これにすぐべからず。さりながら、そのままうちすて候えば、信心もうせ候うべし。細々に信心のみぞをさらえて、弥陀の法水をながせといえる事ありげに候う。

(蓮如上人御文 2-1)



一月も過ぎ去ろうとしておりますので、そろそろ自分の文章を書こうかなと思っていたところ、RCさんから埼玉恵日会のご案内をいただきました。定期的に投稿文を頂けることをありがたく思いつつ、あまりに自分の文章を書かずにいるのもどうかと思いましたので、少しだけ書きまして、後ほどRCさんの投稿文を掲載したいと思います。


冒頭挙げました蓮如上人のお言葉、学生時代の私は御文章の繰り読みをしていた頃にこの部分を読んで、ここに信心が失せると書いてあるじゃないかと一人攻撃をしていたものでした。


そういえば南無阿弥陀仏を喜ばれる方の中にも、続けて仏法とのご縁を持ち続ける方と、そうでない方があるように思います。

信心決定信心決定と、ないものを獲得するかのごとく「求めて」いたとすると、求めていたものが求まったので、もういいやとなるのかもしれません。


南無阿弥陀仏が消え失せるとかそういったことではありませんけれども、個人的にはそこで仏法とのご縁が遠ざかるというのも勿体ないように思います。蓮如上人が言われているように、信心の溝浚え、というのかはともかく、聞法のご縁なり仏法の本を読むご縁なりお同行と話をするご縁なり、月に一回でもあると、ありがたいご縁だと思います。


かくいう私は、最近仏教書を読むご縁も無く勿体ない感じですが、法話ないしは勉強会のご縁は僅かでも持ちたいなあと思っております。

そういう意味では、近い場所でご縁があるというのは大変にありがたいご縁だなと思います。
人それぞれ、近い遠いはあるかと思いますが、せっかく南無阿弥陀仏とのご縁があったとすれば、何らかの形で仏法とのご縁が続くと、これまたありがたいなと思います。


今月聞いたお話でおもしろいなと思いましたのは、「聞法が大事と言われるが、えてして我々は”聞話”になってしまっている」というものでした。ご縁があれば味わいを書きたいなと思いつつ、今日はこれまでとします。


南無阿弥陀仏

気がつけば大晦日ということで、今年も相変わらず実感の無い年末を過ごしております。最近はブログの更新もすっかり滞ってしまって、更新しないのがデフォルトになってしまっているように思いますが、そんなブログにも懲りずにご覧いただいている皆さん、そして投稿文を頂いたRCさんにわいるどひっぷさん、ありがとうございました。行く年のお礼とともに、来る年もご縁ありましたらよろしくお願いします。


さて、RCさんからお礼の投稿文をいただきましたが、それはこの後に載せようかと思いまして(連投)、一応大晦日くらい自分の記事を簡単に書こうと思います。いつも以上に雑駁な内容であることはあらかじめお断りしておきます。


今年も様々な方とご縁ありましたし、色々なことがありましたが、そういえば淳心房さんとお会いしたのは今年だったのかと、淳心房さんのブログを読んで改めて思い出しました。実は以前から面識はあったのですが、真偽検証の淳心房さんがどなたかということは、宗教問題の件があるまで私の中でずっと未確定情報でした。ご本人が触れられてないので書いていいのか分からないといいつつ書いてしまいますと、実際は学生時代に面識があったのですが、それほど話をしたこともありませんでしたので良いご縁でありました。

ご本人はご家庭の事情もあってあまり聴聞ができないと仰ってますが、今年も書かれたたくさんの記事を読みますと、たいへんにご縁深い方だなあとしみじみ思います。南無阿弥陀仏を喜ばれる方にもいろいろありますが、その中でも大変聞法心が強い方なのだなあと思いながらおります。


淳心房さんのブログでも触れられていましたが、私も埼玉恵日会には何度かご縁ありまして、そのたびに阿部先生がお話しになるのが「御恩報謝」ということでした。日々を忙しくしておりますと、なかなか仏法聞くご縁にもあわずに過ぎてしまいますが、たまに南無阿弥陀仏のお話を聞いて「御恩報謝」と聞かせてもらいますと、しみじみ「おかげさまで」と思うのでありました。そういうことも含めまして、仏法のお話を聞くご縁というのは有り難いなあということをしみじみ思った年でもありました。



さて話はまったく変わりますが、最近の私は「ありがた屋」が加速しているのか分かりませんけれども、娘の姿に南無阿弥陀仏、妻の実家の犬にも南無阿弥陀仏、とっちらかったお話聞いて南無阿弥陀仏と味わっている今日この頃です。その辺を言語化したいと思いつつも果たせず年が過ぎようとしておりますが、きっと年が改めっても変わらないんじゃないかと思いつつ、わんこの話を書こうと思いながら時間の都合により今年の私の文章はこれまでとしたいと思います。


南無阿弥陀仏

久しぶりの更新ですけれども、最近はPCの調子が悪いという言い訳をしながらPCをめったに起動しなくなったため、メールのお返事を滞らせてしまっておりました。そのようなわけでご迷惑をおかけした方が何人かありましたが、この場でもお詫びします。


さて、10日もすればもう12月だなあと思い始めた今日この頃ですが、先日RCさんからご案内のあった今年最後の埼玉慧日会も、あと二週間を切りました。


その阿部先生のお寺の報恩講と、落成慶讃法要とが22,23日にあるとのことです。せっかくなのでご縁あればと思いますが、毎年この時期は夫婦で滋賀に行くため残念ながらご縁ありません。たまに「体が2つあればなあ」と思うことがありますが、今回まさにそのような心持ちです。なんだかんだ、様々につけて思う通りにはいかないものです。


そんなことをしばらく考えています。そしてふと、学生時代のことと親鸞会のことを思い出しましたので、いつものようにとりとめもない話を書きます。


学生時代、平日は学業とアルバイト優先で過ごしておりましたが、休日ともなればだいたい親鸞会の行事が入りまして、行事がある時は参加するのが日常でした。特に予定が無いときは問題ないのですが、予定が重なる時がままあり、その時は都度都度、どちらを優先するかということを考えていたのは、私だけではないと思います。


私の場合、冠婚葬祭はもれなくそちらを優先させていましたが、それ以外は基本的に親鸞会の法話が優先になっていたような記憶があります。とはいえ、大学院二年には学業その他が優先になっていましたが。(その辺の経緯は微妙に過去に書いていた気がします)


そんなことを思い出しますと、親鸞会に所属して親鸞会の行事に努めて参加しようと頑張っている方は、常に「親鸞会の重し」があるように思われました。私がどれほど「努めて」いたかは脇におきましょう。

「親鸞会の重し」によって、親鸞会を中心に優先順位が決まっていく、価値観や判断の基準が決まっていく。そうなりますと、たとえば休日の過ごし方も、「親鸞会の行事に参加するか、別の用事を済ますか」ならまだしも、常に「親鸞会の行事に参加するか、親鸞会の活動をするか」などとなりますと、その方は「親鸞会の重し」によって抑えられているのを通り越してしまっていると言えるかも知れません。


私はこれまで、親鸞会の退会を積極的に勧めたことはありませんし、今のところそれは変わりませんが、もし「親鸞会の重し」に気付き、それが心の重しと感じてている方があるとすれば、親鸞会との距離を広げてみるのが良いとは思っています。それは、親鸞会に籍を置いているいないにかかわらず、です。(すでに解放されている方には、いわゆる「釈迦になんとか」ですが)


思いますに、たとえば休日の過ごし方にしても、平日の過ごし方にしても、お金の使い道にしても、親鸞会の何かが選択肢に強く残っているうちはなかなか親鸞会から心が離れませんが、親鸞会もへったくれもなくなってくると、親鸞会と距離が広がって「親鸞会の重し」が取れてくると思います。


私は大学二年の時に親鸞会に対する優先順位が若干変わりまして、その翌年には親鸞会の行事への積極性が弥陀の本願とは何の関係も無いと味わわれるようにはなりましたが、一応親鸞会に在籍している間はだいたい、用事の無い時は親鸞会の行事に出ていました。

そういう意味では、私も親鸞会を離れる(自発的では無かったですが)までは若干にせよ重しがあったのかもしれません。私としては何ら悲壮感の無いものではありましたが。


ともあれ、重しが無くなると、たとえば法話にしても選択肢がたくさんあることが分かります。


法話案内


親鸞会の行事に参加するかどうか、ではなく、あっちの寺に行こうかこっちの寺に行こうか、と迷う場面も出てきます。冒頭書きました今週の件もそのようなものだと思います。


以前誰かが書いていましたが、色んな先生の法話を聞くという聞き方もあり、特定の先生の話を続けて聞くという聞き方もあります。特定の先生の話を聞くと言っても、兵隊が上官に服従するような関係性では勿論ありません。どちらの聞き方もあると思います。


もっとも、今まで「親鸞会の重し」を抱えていらした方が、いきなりその重しを取り払うことが難しいということも分かります。


これまで、選択肢の最低一つに「親鸞会」があるというのは、ある意味楽なことです。困ったら「親鸞会」を選ぶことで手持ち無沙汰になる心配が無いからです。


もちろん、数ある選択肢の一つに「親鸞会」が出てくることは否定しません。


とはいえ、その方が親鸞会に入会された時に何を求めていたかを考えた時、親鸞会自体が目的では無いとすれば、目的ではない親鸞会にあらゆる場面で囚われていることが求めていた姿なのかどうか、ということを考えたくなるのでした。



では自分はどうなのかということですが、親鸞会はどうでも良くなりました。とはいえ、いろいろなご縁がありますのでブログも細々と続けていこうかなと思っている次第です。


どうも論旨が一貫してないように思いますが、

南無阿弥陀仏

前回の記事に関連しまして、あたたかいコメントあるいは個別のメール、メッセージなど何人かの方から頂きました。ありがとうございます。

ちなみにR1000さんからのコメントについてお返事ができていなかったのは、先日書いたお返事にある通りで、しばらくブログも見ておらずPCも起動していなかったからでした。すいません。


なお、今更ではありますが、以前RCさんと一緒に投稿文を頂いていた嶋田さんが「あなたの白道」を書かれていますのでご紹介します。嶋田さんの現状はご本人が書かれているのでここでは触れませんけれども、様々な方が関わって作られたブログであると伺っております。

「あなたの白道」


せっかくですので、当ブログに頂いた投稿文のうち、もっとも反響のあった第4回のリンクも貼ります。

第4回



さて、まったく話は変わりますが、前回の記事に関連してこのような言葉を頂きました。(ありがとうございました)


仏教の言葉はこういうとき厳しいです。
とにかく心と体に気を付けてください。奥さんを大事にしてください。



確かにそうだなあ、と思いながらお返事しました。仏教の言葉を癒しだとか活力源だとかいうように捉える方もあるかしれませんが、本来仏教の言葉というのはまともに受け取ったらとても厳しくて聞けたものではなかろうか、と思ったのでした。


親鸞会の顕正新聞やら弁論大会やら体験発表やらで、身内の「ご不幸」が縁となって仏法とのご縁を持たれた方のお話はよく聞きました。別段親鸞会に限らず、私が行く寺にもそのような方がいらっしゃいます。ちなみにここで言う「ご不幸」は一般的な意味合いとご理解下さい。

弁論大会やら体験発表やらでそのような方のお話を聞きます中に、身内の「ご不幸」を「弥陀のご方便」というような表現がしばしば見られた事を思い出します。そのような方を見て、ご縁のある方だなあという思いもありましたが、自分だったらそのようには思えないなあという思いも、当時はありました。

ちなみに今もそのような思いはあまり変わらず、娘が亡くなったことについて「ご方便」という味わいが皆無というわけでもありませんが、「仏縁ということだったら娘を殺さないでくれ」という思いの方が強かったりします。


娘を火葬場で見送る際、私がよく行く寺の副住職が来てくれました。実は友人の坊さんを呼ぼうかという思いも頭をかすめたのですが、忙しい中滋賀から呼びつけるのも申し訳ないなという思いもありまして、結局当人には未だに直接話が出来ないまま日が経ってしまいました。来月に行った時にでも話をしようかと思いますが。

それで、その際に寺からリーフレットやらなにやら色々もらったのですが、その中に法語カレンダーのようなものもありました。これは、初七日から七七日まで一週間単位でめくっていくもので、法語や妙好人の言葉などが並んでいたものです。そのカレンダーを仏壇に飾っていたのですが、それについて妻が

「責められているようでつらい」

と頻りに言っていました。私も実際は「そう思うだろうな」と思いながらもご縁だからと飾っていたのですが、つらい時に仏教の言葉を正面から受け取ると、尚更厳しく感じるのだろうと思ったのでした。このとき私は、妻が仏法を聞く気を無くしてしまうのではないかと少し心配になったのですが、仏法を聞く気については以前と変わらなそうだったので安心しました。

ちなみに私が妻ほどに感じなかったのは、私の他人事気質の性質によるものだと思います。それがいいとは思いませんし、「衆生苦悩我苦悩」の如来のこころとはまったくかけ離れているようにも思いますが、結果的にはこのような状態で今に至りました。


仏縁は様々なご縁によって結ばれます。その中でも「身内の不幸」は、いわゆるまったくの他人の死よりも身近に感じる分、自分により近い問題として捉えられ、それによってご縁を結ばれる方も少なくないでしょう。


いっぽう、仏教の言葉は遠慮がない分、厳しく感じられるものだと思います。そしてそれゆえに仏法を撥ね付けてしまうこともあるのではなかろうか、今回私はそのように思いました。


私の場合は幸いにと言いますか、娘の死と前後して仏法を聞く気に特段大きな変化は今のところありませんでした。無常を縁として聞法心なり御恩報謝の心なりが強まればご方便ともなったのかもしれませんが、それが私の性根なのだろうとも思います。とりあえずは逆側に触れなかっただけありがたいと思う私については、いろいろ思われる方もあろうかと思いますが、


ただ一つ言えることは、厳しい仏教の言葉を正面から受けられないような、そんな私が助かるのだとしたら、性根にも根性にも求道心も、一切条件を付けない南無阿弥陀仏より無いのだろうということでした。

もし南無阿弥陀仏の救いを求めてなお救いにあえないと思われている方があるとすれば、私が書いたところで説得力はありませんけれども、南無阿弥陀仏だから心配いりません。もっとも、素直にそのように思えれば苦労しないといわれるのかもしれませんけれど、それはまた機会があれば書くかも知れませんし、書かないかも知れません。



ところで先ほど、「仏縁ということだったら娘を殺さないでくれ」と書いておいてこういうのも変ですが、一方で亡き娘の姿が南無阿弥陀仏とも味わわれる今日この頃です。


南無阿弥陀仏

次回の埼玉慧日会は二週間後ですが、無事にご縁があるとすればまた一つ年を取るのだなあと思っている今日この頃です。


先日、バスに乗っておりますと一人のご婦人がありました。私はバスに乗る際、大概最後部の座席に座るのですが、そのご婦人は私から見て二つほど前の、詰めれば二人座れる座席の窓側に座っていたのでした。

最近のバスは、座席の通路側にも捕まり棒があります。ご婦人は、降りるバス停が近づいたのか、座席の通路側に移動して捕まり棒に捕まり、そしてもう一方の手を窓側に伸ばして、窓にある押しボタンを押したのでした。


このとき、私は一瞬「おや?」と思いました。実にご婦人が掴んでいた捕まり棒にも押しボタンがあったからです。しかも、ご婦人の手の僅かに15cmほど上にあったのでした。

しかしながらご婦人がわざわざ窓側に手を伸ばしたのは、おそらく近くのボタンに気がつかなかったからなのだろう、と思ったのでした。


もっとも気がつかないのも無理は無く、ボタンはご婦人の目線から考えれば上にあり、斜め上を見なければ視界に入らないと思われる位置にありました。


押しボタンが見つからずに探して遠くのボタンを押したら、実は案外近くにボタンがあったというのは路線バスのあるあるのような気がしますが、これがいわゆる盲点というのでしょう。


・近いものが案外見えていない
・見えているようで見えていない


視点を変えてみれば、あるいは少し離れた立場から見れば、案外造作も無く見えることなのかも知れません。
こんなことを考えて私はなぜか、観無量寿経を思い出したのでした。


汝いま知れりやいなや、阿弥陀仏、此を去りたまうこと遠からず。


阿弥陀仏は南無阿弥陀仏として目にもし、耳にもしているのでしょうが、見えているようで見えていなかった、聞こえているようで聞いていなかった、ただ超絶不思議な「何か」が阿弥陀仏なのだろうと勝手に思っていた、

そんな学生時代を思い出したのでした。


南無阿弥陀仏

気がついたら一ヶ月ほど更新していませんでした。最近は終バス率が高くなっていたからという言い訳もできるのですが、何か書こうとすると以前に書いた話と同じような話になってしまいそうで、いわゆる「筆が進まない」状態だったというのが適切かも知れません。と言いながら書かないでいると本当に書かなくなってしまいそうですので、どこかで書いたような話になるかもしれないと思いながら書くことにします。


先月、とある中華の7インチタブレット(Android)を9千円くらいで購入しました。自称ガラケー派の私はスマホを持たないことにしていたのでスマホは持ってません。ガラケー派のくせにLTE対応のタブレットを買ったという点について突っ込みどころがあるような気がしますが、今日はそのタブレットに(少しだけ)関係する話です。


最初にお断りしておきますと、今回の話は「話題が分からない人にはまったく分からない」度合いがいつも以上に高いかと思います。


私は学生時代と比べて、PC等でのゲームをほとんどやらなくなったのですが、たまたまタブレットに必要なアプリを入れている最中に見つけた「ファイヤーエムブレム(FE)」をとりあえず入れてみたのでした。アプリ自体は無料だったので。


FEと言えば、古くは小学生時代の友人が、わざわざ私の家に遊びに来て、(友人が)自分で持ってきた
FEを何時間も遊んで帰って行ったというシュールな思い出がありました。その後SFCでようやく、自分が「紋章の謎」「聖戦の系譜」を遊んで、こういうものかということが分かったのでした。


それから20年近くは経っておりまして、久方ぶりに出逢ったFEは大きく変化していました。この内容についても語ることもできますが、今回の本筋とは異なりますのでやめておきます。
もっとも、据え置き型ゲーム機でやるSRPGと、携帯端末でやるSRPGが同じゲームシステムで成立するわけがありません(ゲームとして作ることは出来ても、プレイスタイルに合わない)ので、当然の成り行きだろうと思いました。


さて、今回のFEには、最近の「スマホゲーム」同様に「アプリ内課金」がありました。課金対象は、キャラクタの召喚で使用する「オーブ」です。18歳以上で購入可能なオーブの値段を見ていましたら、個数によっては数千円という値段が付いておりました。ものすごく端折ってざっくりした言い方をすれば、オーブを大量に使いさえすればキャラクタを強くすることができます。よって、手っ取り早くキャラクタを強くしたければ、金さえ掛ければ強くなれる、ということが言えます。



このような「インストールは無料、アプリ内で課金」というゲームの場合、ユーザは「無課金で遊ぶユーザ」と「課金して遊ぶユーザ」とに分かれます。無課金でもそれなりに遊ぶことはできますが、課金で遊ぶユーザと比較すると、当然ながらゲーム進行においては随分不都合があります。例えば、大金を使ったユーザと同じレベルに上げようとしたら、お金を遣う代わりに多くの時間や労力を費やす必要がある、などです。(むしろ、それに極まるようにも思いますが)


そんなことを考えてふと、私の学生時代のことを思い出したのでした。(今回は久々に導入が長めでした)


端的に言えば、私が学生時代に親鸞会で話を聞いていた結果としての行動は、アプリ内課金でせっせと大金を使うゲーマーのようなものだった、という感慨です。


私は、入学手続きをした日に「人生の目的とは」という、宗教臭い香り漂う勧誘を受けて話を聞き始めました。他の大学の部室に行くための交通費は掛かりましたが、この時点で会費のようなものは取られませんでした。つまり、「最初は無料」でした。


その後、「人生の目的を達成するために」様々なあれこれが出てきました。まずは新歓合宿(親鸞会的には新勧合宿)。そして夏合宿、そして親鸞会への入会勧誘。


以前に何度か書きましたが、夏の時点での入会勧誘は断りました。その年の夏合宿で勧誘を断ったのは、関東近辺では私以外にもう一人居ただけだったようです。その時には、「入会しなくても(=金を遣わなくても)続けていけるだろう」とのもくろみがありました。


しかし数ヶ月経って、まったく「人生の目的が達成できる」気もせず、金銭的に若干の余裕が出てきた頃にまた「新しい人に対しての入会勧誘」があり、そこでも最後まで粘ったものの入会しました。つまり、金を出しました。入会しさえすれば「人生の目的」とやらが達成できるのだろうという、今振り返れば壮大な勘違いがありました。


会員になったら、いよいよお金を遣う場面は増えました。ここの読者の方でしたらご存じの方も多いかと思いますが、一応例を挙げてます。


・募財(当時は「御報謝」)。色々な建物を建てたり、出版物の広告を出したり、といった費用。
・会費。学生の場合、最初は毎月2000円からでした。実は色々な種別がありました。
・法話の参詣費用。私が大学二年の夏までは地方で法話がありました。夏以降は富山だけになりました。


まだまだいろいろあるかと思いますが、これくらいにしておきます。

私はしばらく会費二千円でしたが、会費を増やすと法話の時に前へ行けるということがあって、毎月一万円にしたり、三万円にしたり、大学院二年のときには十万円にしたりしたこともありました。

そのほか、正本堂等の募財がありました。私が出したのはそれなりでしたが、人によっては百万円単位のお金を出したりした人もあったようです。

なんだかんだ金を遣ったのも、使わないよりは使った方が「人生の目的達成に近づける」という漠然とした思いがあってのことだったのかな、と思いました。



アプリ内課金のスマホゲームも、ゲームによっては際限なく金を掛けられるため、たまに課金の請求がすごいことになったというニュースが流れていたりすることもあります。ゲームの場合は、キャラクタが成長したり、レアアイテムが入手できたり、一応はゲーム内での「成果」が分かります。
ただし、その成果はあくまでゲーム内の話であって、実世界においてハッキリした「成果」の果実を得ることは難しいかも知れません。リアルまたはネットの世界で自慢の種にすることはできるかもしれませんが、例えばお金や財物あるいは国家資格といったようなものが手に入るわけではありません。もっとも、少なくともゲームの目的に対しては近づきこそすれ遠ざかるといったことはないでしょうが。


親鸞会の場合も一応お金を掛けないことはできますが、大概お金が掛かります。そして、たまにものすごい金額を遣う方があります。そうやって金を掛けた「成果」としては何があるでしょう。たとえば、会員種別が上がったり、法話で前の席に行けたり、銘板に自分の名前が刻まれたり、功労者として名前を呼ばれたり、といったことはあるでしょう。ただしこれもゲームと似たようなもので、いずれの「成果」も親鸞会に留まるものです。そして、そもそも親鸞会にいる理由、すなわち目的に役立つのかという点においてもおぼつかないです。

親鸞会で言うところの「人生の目的達成」とは、つまるところ「信心決定」ですが、信心決定はお金を掛けなければできない、などということは言われません。信心決定という言葉をよく御文で使われた蓮如上人は、たとえばこう言われています。


その信心というはいかようなることぞといえば、なにのわずらいもなく、弥陀如来を一心にたのみたてまつりて、その余の仏菩薩等にもこころをかけずして、一向にふたごころなく弥陀を信ずるばかりなり。これをもって信心決定とはもうすものなり。
(御文1-15)



親鸞会なり、何かの宗教なり、その他夢中になっていることが、夢中になる正当性を自分の中に持っていたとしても、ひょっとしたら課金ゲームにひたすら課金し続けてゲーム内の成果に満足しているようなことと似たような状態になっている、ということがあるかもしれません。後から振り返って、あるいは離れた立場から見れば、その入れ込み方に違和感を覚えるのでしょうが、夢中になっている当人は、当人なりの正当性を持っているために違和感を感じない。そこにギャップがあるのだろうと思ったのでした。


熊谷に引っ越してきて7年半くらい経ちました。妻が引っ越してきてから数えても三年あまり経ちました。結婚前からずっと同じ家に住んでいますので、主立った家電は、妻が来た時に妻が持ってきた冷蔵庫に変わった以外はほとんど変わっていません。


以前に2回くらい書いたような気がしますが、熊谷にはビデオ法話をやるために引っ越してきたようなもので、ほとんど自分で使っていなかった42インチのモニタやエアコンなども、いわば「客人用」にと引っ越し時に設置したものでした。もっともエアコンについては、結婚してからは冬と夏はほぼ毎日使用するようになりましたが。


そんなわけで、結婚前はほとんどエアコンを使用していませんでした。どれくらいの使用頻度だったかと言いますと、1シーズン全く使用しなかったこともあるくらいで、多くても1シーズンで5日程度でした。だからなのか分かりませんが、取説もどこにやってしまったのか分からなくなっていました。


ところで最近ふと、家のエアコンにフィルタ清掃と内部洗浄機能があることに気がつきました。そういえばリモコンには「フィルタ清掃」と「内部洗浄」のボタンがあったのですが、全く気にしていませんでした。遠い過去にそんなボタンを押したことがあったかもしれませんが、7年半も経ってようやく気付いたのでした。


きっかけは些細なものでした。

1~2週間に一度、掃除機でエアコンのフィルタの埃を吸っていて、たまたまフィルタの取り付けが甘かったのか、普段点灯しない表示が点滅していたのでした。それで何とはなしにリモコンを見て、見つけたという次第です。


もともとこのエアコンは、とりあえず自分で頻繁に使うことも想定していなかったため、池袋のヤマダ電機で「安い機種」として選んだに過ぎないものでした。そういうものに、フィルタ清掃機能が付いているという発想はありませんでした。


「盲点」という言い方をする場合がありますが、まさに見ているけど見えていない、思い込みなどによって気付いていない、といったことがあるものです。


・・・

大聖易往とときたまう  浄土をうたがう衆生をば 無眼人とぞなづけたる  無耳人とぞのべたまう
(弥陀和讃)



南無阿弥陀仏のお話を、発想とか気付きとかで語るのもおかしなように思いますけれども、もし南無阿弥陀仏のお話を聞いて南無阿弥陀仏のお助けを求めていられて、なお南無阿弥陀仏にあえないと思われる方があるとすれば、何かの思い込みによって「聞いているけど聞こえていない」といったことがあるのかもしれません。


蓮如上人は、

「雑行をすてて、後生たすけたまえと、一心に弥陀をたのめ」

といわれていますが、


・雑行を捨てなければ・・・
・雑念を振り捨てて真剣に求めなければ・・・
・法話に欠かさず参詣しなければ・・・
・自分のようなものは救われないのではないか・・・
・因果の道理が徹底されなければ・・・
・必堕無間と知らされなければ・・・


などといった思い込みを挟むと、


阿弥陀仏の、むかし法蔵比丘たりしとき、衆生仏にならずはわれも正覚ならじとちかいましますとき、その正覚すでに成じたまいしすがたこそ、いまの南無阿弥陀仏なりと、こころうべし。これすなわちわれらが往生のさだまりたる証拠なり。されば他力の信心獲得すというも、ただこの六字のこころなりと落居すべきものなり。
(御文4-8)



このように往生の証拠と言われている南無阿弥陀仏を聞いても、「それはただの必要条件であって、南無阿弥陀仏を聞くために何かが必要」と勝手にハードルを付けてしまうことにもなりかねません。


淳心房さんが紹介されている「お天道様を見たら傘は要らない」という表現を借りますならば、傘を持っているから雨が降るわけでもなければ、傘をしまったからお天道様が出てくるわけでもありません。言うなれば、自分の行為によって「お助け」が決まるわけではないといえましょう。


私の場合、「安い機種だからフィルタ清掃機能など付いていないだろう」と勝手に決めつけてしまっていましたが、自分の思い込みなど関係無く付いているものは付いていたのでした。


「心得たと思うは、心得ぬなり。心得ぬと思うは、こころえたるなり。弥陀の御たすけあるべきことのとうとさよと思うが、心得たるなり。少しも、心得たると思うことは、あるまじきことなり」
(蓮如上人御一代記聞書)



が今回もまた味わわれたのでした。

先日(2/26)の記事は、毎年恒例のシリーズだったのですが、今年は趣を変えてというか必然的にというか、自分の言葉を載せるのをやめました。途中まで文章を作っていたのですが、結局それを出すのはやめました。別の日にこっそり出すかも知れません。

あと、今年の文字が「離」となった上にその件に関して何も説明をしていないので、あさ川の味わいが変わったかと思われる方があるかも知れないなあと思ったのですが、特に何も無さそうでしたので、取り急ぎ「例年と特に変わっていません」とだけ申しておきます。


ところで明日は埼玉慧日会の予定です。だいたい私が法座のご縁とか仏法絡みのご縁に行くとなると、近くても約40km離れた大宮ですので、東京のご縁となると高崎線で一時間以上掛けて行くことになります。

通勤で毎日片道二時間程度のバスの旅をしている私にとって、一、二時間の鉄道の旅が格別苦痛だとか遠いだとかいうわけでもありませんが、それでも半日のご縁が一日がかりになったりしますので、近場で行われるご縁というのはありがたいものです。探せば他にも近場のご縁もあるのでしょうが、それも含めてご縁なのだろうと思う次第です。



さて、先日の淳心房さんのブログの記事に、


さて、話の中で『帖外御文』にあるという、

「信心という二字をば、まことの心と読めるなり、まことの心と読む上は、凡夫自力の迷心に非ず。全く仏心なり」

という文章を出して話があったそうです。ただ、この文章は調べても親鸞会関係のサイトでしかヒットしませんでした。

ただ、『御文章』1帖目15通には、

信心といへる二字をば、まことのこころとよめるなり。まことのこころといふは、行者のわろき自力のこころにてはたすからず、如来の他力のよきこころにてたすかるがゆゑに、まことのこころとは申すなり。

とあり、覚如上人の書かれた最要鈔には、

この信心をば、まことのこゝろとよむうえは、凡夫の迷心にあらず、またくの仏心なり。

という御文がありますので、蓮如上人がそのような文章を書かれていたとしても不思議ではありません。が、ちょっとモヤモヤしますので、もしご存じの方は前後の文章を含めて教えて頂きたく思います。



ということがありました。すでに林遊さんがお調べになったようでしたが、私もせっかく学生時代に買った『御文全篇』が手元にありましたので、流し読みして探してみることにしました。


『御文全篇』は、「蓮如真筆ならびに真偽未決を収録し、年記を尊重して配列し、その後に無年記、真偽未決分の順に配列した」ということで、真偽が未決のものも含めて掲載してあるそうです。500ページ近くあるので、それなりの分量でした。同じような御文も分けて掲載されています。


結論を言いますと、私も見つけることは出来ませんでした。


似てるとは言いがたいかしれませんが、せっかく流し読みしましたので、私がしおりを挟んだ二カ所を紹介します。いずれも「真偽未決」のところにありました。


そもそも当流に沙汰するところの信心といふ二字をば、まことのこころとよむなり、また安心とかきては、やすきこころとよむなり。これによりて不審あり。信心の二字をばまことのこころとよむは、弥陀如来の他力のまことの御こころときこえたり。(後略) p427


(前略)されば当流の安心とまふすは、一念にも多念にもあらず、唯念佛往生と深く信ずるをもて、宗の正義とす。すなはち、真の知識にあひたてまつり、念佛往生の本願をきき開て、佛願にまかせ、一念発起するところをさして、信心決定とはいふなり。この信心と申すは、凡夫自力の迷心にあらず如来清浄の願心なり。願心はまことのねがひとよめり。(後略) p443


こうやって見ますと、淳心房さんが紹介された最要鈔のお言葉が一番近いように思いました。


ちなみに、学生時代に私が『御文全篇』を買ったのは、

後生という事は、ながき世まで地獄におつることなれば、いかにもいそぎ後生の一大事を思いとりて、弥陀の本願をたのみ、他力の信心を決定すべし。


が、本当に帖外御文にあるのか、ということを調べるためでした。
これについては探すのに時間が掛かりましたが、p406にありました。


後生といふ事は、ながき世まで地獄にをつることなれば、いかにもいそぎ後生の一大事を思ひとりて、弥陀の本願をたのみ、他力の信心を決定すべし。


よく見たら「おつ」ではなくて「をつ」でした。

親鸞聖人の、

もしまたこのたび疑網に覆蔽せられなば、かえってまた曠劫を径歴せん。
(教行信証)


のお言葉と同じようなことを言われているのかなあと思いました。


特にオチもありませんが、今日はこのくらいにします。

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