あさ川進の、宗教と私

浄土真宗親鸞会に所属しながらアウトサイダーだった私(現在は会員でなくなりました)が、宗教(浄土真宗親鸞会)との付き合い方を考えつつ書いている更新頻度が低いブログ(この説明も暫定です)リンクフリーです。なお、投稿文を受け付けております。「【投稿文】」と書かれている記事は、頂いた投稿文です。

カテゴリ : 親鸞会のできごと(ほか)

ご存じの方も多いか知れませんが、先日、元会員さんと話をしたときに、Facebookで『なぜ生きる』の映画があるらしい、という話をされました。


そういえば某ブログのコメント欄に、「親鸞会が血染めの恩徳讃のアニメを作り直したらしい」というような話題があったことを思い出しました。


親鸞会の「血染めの恩徳讃」とは、一体何にカテゴライズされるのかよく分かりませんけれども、紙芝居に素人の作ったラジオドラマをくっつけたような代物です。夢に出てきそうなインパクトのある絵に、会員さんや講師部員が声をあてていました。(その後のリメークでは、蓮如上人だけプロの声優さんになりましたが)


大ざっぱな話の内容はGoogleで調べてもお分かりになるかと思いますが、蓮如上人時代に火災で焼失しそうになった教行信証証巻(親鸞聖人真筆)を、本光房良顕が命懸けで守り抜いた、というものです。このとき、本光房良顕は、腹を切ってその中に証巻を入れて火災から守ったことから、「血染めの恩徳讃」という題が付けられています。


そのことが頭にありましたので、「血染めの恩徳讃のアニメ」と聞いた時には、「あの絵で作り直すのかなあ」と漠然と思ったものでした。



はたして、その元会員さんの紹介?してくれた「なぜ生きるの映画」は、思ったよりまともそうなものでした。今回は一般上映もするようです。とばいえ、埼玉ではなぜか幸手だけの上映と、会場数はそれほど多くないようですが。



参考


参考としてはYahoo!映画をリンクしましたが、なぜか私が見た時には、上映前にもかかわらず評価5ばかり付いていました。


元会員さんは、「『なぜ生きる』と『血染めの恩徳讃』が今ひとつ結びつかない」と言われてましたが、私が勝手に想像しますに、本光房良顕の人生の悩み苦しみ、そして蓮如上人との邂逅への道筋が、『なぜ生きる』の部分に相当するのだろう、と思っている次第です。

そういえば今月は、いずれの土日も関東にほとんどいない状態が続いていることにふと気付きました。今週末は二千畳講演の予定だったのですが、私はご縁無い予定です。


さて、表題のとおり、アマゾンから届きました。もともと別のものをアマゾンで買う予定があったため、一緒に購入と相成りました(どうでもいいことですが)。 

と思ったら、すでに飛雲氏なども読まれているようですので、いずれ詳しい内容は皆さんから出てくるかと思います。


まだきちんと読んでませんので、詳しく読む必要があるとは思いますが、少しだけ読んでみた感じでざっくりと表現すると、


「『本願寺なぜ答えぬ』の現代版」


といった内容のように思いました。
 
もちろん、あれよりも手に取りやすく、表現も良くなっています。ただ、一般読者からしたらかなり難解な内容かも知れないとも思いました。 

 
そういえば「仏願の生起本末」の「末」は、「19願・20願」という最近の説明で書かれてました。
あと、「王舎城の悲劇の話」で、最初に占い師に言われた”懐妊までの年月”は「三年」に変わってました。 




詳しく読んではいませんが、少し読んだ限りでは、「ネット上で批判されている内容」が大量に含まれているように思います。その内容を今回出版して一般書店に並べたということで、今後どうなっていくのかなあと思っているところです。

ちょっと外れますが、「マーフィーの法則」の中に


声の一番デカイ奴が発言権を得る


とあるのを思い出しました。意味合いは少し違うでしょうが、なんとなく親鸞会の志向するところなのかなあとも思っている次第です。



弥陀のお仕事は弥陀のお仕事で、私が口を挟むことはありません。まずは「如来のドラマ」の展開を楽しみにしていようと思います。 

今回のドクターストップは、「『なぜ生きる2』ご執筆の極度の疲労のため」というような内容でした。


産みの苦しみということもあってのことでしょうが、その『なぜ生きる2』は、12/10頃から書店に並び始めるかもということでした。『なぜ生きる』はついに80万部を超えたそうですが、その続編との位置づけです。


このブログをご覧になる方は、今現在も親鸞会の会員さんだったり、過去に会員さんだったり、あるいは入会の経歴がなかったりと、様々なかたがいらっしゃると思いますが、関心がおありの方もあるでしょうから、目次を紹介します。と言っても、入力が面倒だったので1万年堂新聞の号外をそのまんま撮影しただけです。いずれこの本も大々的に広告を打つでしょうから、目次を紹介しても別に問題なかろうと勝手に思ってます。


ブログ側で勝手にサムネイルを作ってくれていれば良いのですが、そのままだと結構大きなデータです。すいません。あと、若干見づらい箇所もあるかと思いますが、ご承知おき下さい。


目次を見ると、会館でのお話そのまんまな感じがします。きっとまた新聞広告で結構な部数が出るでしょうから、物量でデファクトスタンダードでも目指すつもりではないかとしょうもないことを考えたりしています。
出版社の新聞広告って、宗教団体のお布施として集めても問題ないのか分かりませんが、来年も引き続きメニューお布施は続くのでしょう。




 naze2

昨日は、テレビ講演が中止ということで地元の講演会(ビデオご法話)でした。地元の会館では、恩徳讃についてのビデオでした。


「身を粉にしても返すぞ」「骨を砕きても返すぞ」という板書を見て、ふと親鸞聖人はどのようなお気持ちだったのだろうかと思ったのでありました。


「恩に報いる」と書いても「恩返しする」と書いても、意味は同じようなので味わいの問題になるのかも知れませんが、「返すぞ」というよりも「報いずにはいられない」という説明通りに書いてもらった方が、個人的にはまだしっくり来ます。 

「報いる」という言葉は、「受けたことに見合う行為を相手に行う」だそうで、そういう意味からいえば、弥陀に対して報いるに足る行為とは何なのか、という問題があります。まさしく「報いた」ということがあるのか、という話もあるでしょう。といいつつも、何も出来ないと座っていても何もなりませんから、報いることができないとして報いようという心がやまない、報いずにはいられない、という心が恩徳讃に現れているのではないかと思います。

親鸞聖人が

弥陀の名号となえつつ 信心まことにうるひとは 憶念の心つねにして 仏恩報ずるおもいあり
(浄土和讃) 

といわれているのも、そういう思いから出ているのかなあと思いました。


学生時代、この恩徳讃の話を聞くのが苦痛でした。と言いますのも、「恩に報いるのは当然だ」というような押しつけの意味に捉えていたからでした。字面からいえば、そのような意味にもなるのだと思いますから、完全に的外れではなかったのでしょうが、今となっては恩徳讃の根底には親鸞聖人の、弥陀に対する申し訳なさが味わわれるのでした。



さて、親鸞会の報恩講は50周年以降、10月にずれたのですが、親鸞聖人のご命日は11月ということもあり、地元の埼玉熊谷会館にて、11月28日を含む一週間の報恩講を行う予定だ、ということでした。

一週間の報恩講といえば、蓮如上人のことを思い出します。その蓮如上人に倣って、信心の沙汰を存分にしようということだそうです。

「君を囲んでの信心の沙汰がメインだから」と言って頂いたので、どこかしらの日には参加する予定です。残念ながら、期間中の土日(テレビ講演の予定)は、すでに予定を入れてしまって関東にいない予定なので、そこは参加できず残念ですが、平日の夜はどこかしら顔を出して弥陀の本願を讃歎したいと思います。


他の会館ではどうするのか分かりませんが、せっかく地元の会館を作ったのなら、使わないと勿体ないと思います。

 

この週末といいますか三連休はおそらく更新できないため、今日少しだけ更新します。


そういえばすこし前に聞いてましたが、55周年のスローガンが正式に決まったそうです。


「五十五の 歳ふりひらく なぜ生きる ただ独り往く 祖師を慕いて」
「湧き出ずる 六字の法城 勿体なや 芳野の館 いかに活かさん」
 

こないだブログに書いてみたものとだいたい同じなのですが、少し変わっているかと思います。


さて、勿体なやと言えば、先日落慶した地元の会館を思い出します。せっかくできた会館なので、いろいろな「活かし方」があると思います。支部の皆さんもいろいろなアイデアを出されているようですので、私も少し考えてみました。


○学生の合宿
 
まわりが森林なので、ロケーションとしてはすばらしいと思います。交通の便も適度に不便(最寄りのバス停までは徒歩15分)で、最寄りのコンビニまでは30分程度歩く必要があるという立地から言っても、学生の合宿には良い環境だと思います。ちなみに、携帯電話の電波はしっかり入ります。
日常生活には不便ですから、この会館に住んで生活しようとは思いませんが、たまに来ると長閑で静かで、本当に気持ちよいところだと思います。学生の感覚でどう感じるかは知りませんが、合宿には良い場所だと思います。
私が大学1年の夏合宿は、親鸞会館でした。駅から離れていて、入会の誘いを受けたときには脱走しようかとも思いましたが、駅から遠かったので諦めたことを覚えています。 今となっては、それもご縁だと思ってます。



○あんしん弁当の出店
 
周りに店がないなら作ってしまおうという発想もアリかと思います。ただ、普通の店を出して採算がとれるかというと微妙なところですし、宗教施設で派手に営業するのは難しいような気もします。そうすると、屋台のような感覚で、たまにあんしん弁当を売り出すような程度が微笑ましいように思います。バザーなどやっても面白いかもしれません。


○関東のつどい 
 
落慶には600人以上の方が来られたそうですが、会館には半分だけの方が入れました。あまり多いとあふれてしまうと思いますが、関東のつどいくらいの大きさなら、皆さん入ることができると思います。実際問題、同じ県内でさえ遠く感じる方があるような立地ですので、神奈川や千葉といった南関東の人はなおさら遠く感じると思います。だからなのか、南関東でもそろそろ会館の目星がついているような話も聞きますが、だいたい富山に行くルート上にありますので、富山の行事の前後に集まるなどすれば、成立するような気がします。皆さんどのみち自家用車かバスでしょうから。


○親鸞聖人の言葉展示

親鸞会館の地下道には、親鸞聖人・蓮如上人・親鸞会のパネルがありますが、それとは一線を画して親鸞聖人のお言葉のパネルを定期的に変えながら展示するのも良いと思います。一線を画してというのは、親鸞会で出てくる根拠の抜き書きではなくて、もっと広く親鸞聖人のお言葉に親しむという意味においてです。会員さんもそうですが、外から会館を見に来られる方にも、親鸞聖人のお言葉に親しむご縁というのは、ありがたいのではと思います。




親鸞会が会館をボコボコ建てているそのロールモデルの大きなところでは、やはり蓮如上人のイメージがあるのだろうと思っています。蓮如上人のイメージも、割合ご都合主義な部分はありますが。


今回はこのくらいにします。
 

地元の会館がもうじき落慶を迎えます。最近の記事は特に淡々としてますね、というご指摘もメールで頂いていたりしますが、少なくとも落慶まではこのような形が続くかと思います。落慶後のことはまた考えたいと思います。


「来月のご日程」の連絡が来ました。

10月6日 テレビ講演
10月12日、13日 (既報の通り)55周年大会

あと、二千畳講演の予定も連絡がありましたが、「二千畳講演は口頭でのみの連絡」とのことでしたので、こちらにも記載はしません。ただ、この日程からすればほぼ日程は限られると思いますが。

よく分かりませんが、「テレビ講演と55周年は文字にしても良い」とのことでした。55周年は少なくとも余程のことがない限り実施、テレビ講演は仮に日程が変更になっても実害が(二千畳講演に比べると)少ないからかな、と勝手に思ってます。


しばらく、退会者の方(複数名の方)とはたまにお会いしていたのですが、最近はなかなかお会いできずにいて残念に思っています。残念ながら今月もほぼ予定が入ってしまっていて、お会いするのが難しいかと思います。
もし残念に思われている方がありましたら、申し訳ないことです。

(ちなみに、今月の”ご法話”は富山に行きますが、二千畳講演はご縁がありません)
 


会館の落慶は、座談会(直接または中継)と祝賀会(温泉旅館に宿泊)があります。今回、遠方から座談会のみのご縁のために来られる方が何人かあるそうです。平日なのに、なかなか私にはできないことです。
ちなみに私はなぜか祝賀会の参加資格はあったようですが、この時期に二日連続で休むわけにもいかないのでご縁がありません。このように書くと、「仏法を軽んじている」と言われる方もあるかしれませんが。


今回も中身がありませんが、ひとまずは以上と致します。 

明日は親鸞会館での御法話です。


さて、1ヶ月あまり前の記事にて、


>さて、顕正新聞2/1号を頂きました。ついに [真実開顕へ刻む時] は4年11ヶ月、来月には5年を迎えることとなりそうです。5年を迎えたら、1面に大きく「正統と異端が逆転」といったような内容が掲載されるのではないか、と一人で勝手に思っています。 


などと書いていましたが、このたび、顕正新聞の3/1号を受け取りました。その1面の横書きのタイトルが、今回の記事の見出しです。ちなみに、縦書きの大見出し?には、

「自称正統派が異端となった日」

とありました。若干予想が外れたとも言えますし、なんとなく当たっていたようにも思います。


そのうちまた、どなたかのブログなどで内容が公開されるのではないかと思っていますが、

(4・5・6・7・12・13・16面に関連記事)

とあるとおり、3/1号はこのことがメインとなっています。ただ、まだ厳密に言うと5年経ってなかったと思いますけど。


すいませんが、コメ返しはまた後日いたしたく思います。

先回少し触れましたが、顕正新聞2/1号の論説に、滝つぼの話が詳しく出ていましたので紹介します。

私の問題(全文を書く気力がなかった)で、中略が発生していましたが、1/31に全文追記しました。


===顕正新聞 平成25年2月1日号 論説より引用===
「全人類は滝つぼに向かっている」

 
 生きるのは何のためであろうか。
「生きることは旅すること」と歌われているように、人生は旅のようなものだ。昨日から今日、今日から明日へと、止まることなく私たちは旅をしているが、一体どこへ向かっているのだろうか。

 このような場面を思い浮かべてみよう。今、私たちは、川を下る船に乗っている。船の中では、好きな人ができたり、嫌いな奴とケンカしたり、酒を飲んだり歌ったり、儲かった、損したと、泣いたり笑ったりしながら、あくせく日々を過ごしている。

 毎日毎日、そんなことに一生懸命だが、自分の乗っている船の行く先はどうなっているのか。誰も考えていないようだが、滝つぼなのだ。すべての人は、死の滝つぼに向かっている船に乗っているのである。これでは、船の中でどんなものをどれだけ手に入れたところで、心からの安心も満足もあるはずがない。
 
 このことを、蓮如上人は『御文章』にこう教えられている。

「まことに死せんときは、かねてたのみおきつる妻子も財宝も、わが身には一つも相添うことあるべからず。されば死出の山路のすえ・三途の大河をば、唯一人こそ行きなんずれ」

「生ある者は必ず死に帰す」といわれるように、滝つぼは百パーセント確実な私たちの未来である。いよいよ死なねばならぬとなった時は、今まで頼りにし、あて力にしてきた妻子も財宝も全てのものは、わが身から離れていく。

 私たちは何かを頼りにし、あて力にしなければ、生きてはいけない。夫は妻を、妻は夫を頼りにして生きている。親は子供を、子供は親をあて力にして生きている。

 また「これだけお金があるから大丈夫」「財産があるから安心だ」と、金や財産をあて力にしている。総理だ、大臣だ、社長だと、地位や名誉を力にしている人もあろうが、これら全てが死ぬ時には何の力にもならず、船ごと暗黒の後生の滝つぼに落ちていくのだ。
 
 武士として初めて天下を取った平清盛は、NHKの大河ドラマで「手に入れても手に入れても光に届かぬ。真っ暗闇だ。誰か助けてくれ」と叫んでいるが、まさに滝つぼに落ちていく心境だろう。

 これほどの大事は無いから、これを「後生の一大事」という。

 こんな悲劇の滝つぼに向かっている私たちを、この世から永遠の幸福に救ってくだされるお方は、大宇宙に仏さま多しといえども、本師本仏の阿弥陀如来以外にはましまさぬのだと、お釈迦さまは教示されて「一向専念無量寿仏」と仰ってる。

 だから蓮如上人も続けて、

「これによりて、ただ深く願うべきは後生なり、またたのむべきは弥陀如来なり、信心決定して参るべきは安養の浄土なり」

と言われているのだ。

 信心決定とは、阿弥陀如来に救われ、後生の一大事が解決されて、いつ死んでも浄土往生間違いない身になることである。

 浄土往生こそが、全人類の究極の目的であり、その身になれるか否かは、一向専念無量寿仏になるか否かで決するのである。

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たまには緩い話もいいかなあと個人的に思っておりますので、次回以降、どこかでまたそういう話も入れたいと思います。 

日曜日はテレビ講演でした。大講堂(旧第一講堂、願海)の映像が映し出されていまして、

「今日は”釈迦と弥陀の本願”について聞かせて頂きます」という生放送で始まったのですが、いざ始まってみると二千畳の映像が映し出されました。


要するに、昨年11月の二千畳テレビ講演のお話のビデオだったわけです。

「お疲れのために」お休みになった、と、終わってから聞きました。
 

最近はやはりお休みも多く、さすがに「月に3回のご縁は、80歳を超えた年齢にはかなりの負担である」ということなのだと思います。 

テレビもビデオも映像なので、 時事ネタに若干の古さを感じた以外は特に違和感はありませんでした。




さて、顕正新聞2/1号を頂きました。ついに [真実開顕へ刻む時] は4年11ヶ月、来月には5年を迎えることとなりそうです。5年を迎えたら、1面に大きく「正統と異端が逆転」といったような内容が掲載されるのではないか、と一人で勝手に思っています。 



今回の「お言葉」は、

○教えを説くべし

親鸞学徒は
 自己を語らず
  教えを説くべし


こうなった 仏法使って 自慢する


でした。

何を意識されてのことか、正確なところは分かりませんけれども、「我がごと」として聞きますと、この「教えをあまり語っていないブログ」ということも一つ言えるかもしれません。

私がブログで「教え」を書いていないのは、そもそもの私の立場とスタンスを考えてのことであり、ブログの趣旨が「教え」を説くことではないからです。会員さんもアンチの方も、教えを一所懸命書かれている方は何人もいらっしゃいまして、それぞれの立場や教学、スタンスによって書かれています。もちろんそういう方があっての上で、必ずしもそこに引っかからない方もあるだろう、という趣旨でこのブログは書いています。


まあ、体験談のオンパレードだった昭和時代の親鸞会はどうなんだという思いが無いこともありませんが、私が言う立場にはないでしょうし、それを反省しての上での、この言葉なのだろう、とも思っています。




あと、以前に、「全ての人間のすがた」 として紹介した滝壺の話が、今回の新聞の論説に詳しく書かれていました。


私がいろいろ言うよりも、たとえ話について詳しく書いてあると思いますので、機会がありましたらいずれ紹介したいと思います。

(今日は短いです)


そういえば随分前に、親鸞会館で執り行われる予定の、親鸞聖人降誕会の日程が発表されました。


 5月18日(土)、19日(日)


会員の皆さんには既に案内されているかと思いますが、会員さんでない方で参詣を希望される方があれば、お近くの会員さんもしくは親鸞会館にでも問い合わせになれば、喜んで案内してくれると思います。




全国各地で講演会が行われていた頃と比較すると、今は親鸞会館で固定されており、「通りすがりにちょっと興味がわいたから参詣しよう」という方は多くないと思いますが、現在は名札の着用が必要です。ですから、「通りすがりにちょっと」というご縁の方は参詣が難しくなりましたね。 

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