SKE48とエアバスA380超絶推し男のblog

大阪府北部の地震で被災された方々にお見舞い申し上げます。がんばろう大阪!

長年の悲願だった、極東アジアの資本主義圏と旧ユーゴ諸国を結ぶ直行便の誕生です。

韓国のナショナルフラッグキャリアである大韓航空は、このほど9月1日(金)よりソウル(仁川)~ザグレブ線を週3往復開設しました。
使用機材は長距離路線用のエアバスA330-200となっています。
※写真はエアバスA330-300。
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気になるダイヤは以下のとおりです。
ソウル(仁川)1105→(KE919便)→1545ザグレブ(火曜・木曜・土曜運航)
ザグレブ1720→(KE920便)→1130(翌日)ソウル(仁川)(火曜・木曜・土曜運航)

往路便についてはソウル発の時刻が早く設定されているため、日本路線から乗り継ごうと思うと、仁川国際空港付近での前泊が必要になります。それでも韓国のみならず日本とクロアチアほか旧ユーゴ諸国を行き来する利用者にとっては、待ち望んだ路線の開設となりました。

ちなみに10月28日からの2018年冬ダイヤでは、夏場と比べて需要が低下することを考慮し、既存のソウル(仁川)~チューリッヒ線と組み合わせて運航系統が再編される予定です。
再編後は両路線を一まとめにしたソウル(仁川)→ザグレブ→チューリッヒ間のKE921便、ザグレブ→チューリッヒ→ソウル(仁川)間のKE922便として運航されることになっています。

なお、ソウル(仁川)~チューリッヒ線は、例年冬ダイヤ期間にはソウル(仁川)~ウィーン~チューリッヒ線として運航されていました。今回のザグレブ線を絡めた運行系統再編により、チューリッヒ線のウィーン寄港がなくなる代替措置として、2018年冬ダイヤではソウル(仁川)~ウィーン線の直行便が週3往復設定されることになっています。(KE937・938便、週3往復運航、使用機材はボーイングB777-200ER)

系統再編後のダイヤは以下の通りです。
KE921便 ソウル(仁川)1125→1455ザグレブ1710→1840チューリッヒ(月曜・水曜・金曜運航)
KE922便 ザグレブ1710→1840チューリッヒ2050→1530(翌日)ソウル(仁川)(月曜・水曜・金曜運航)

系統再編とともに、使用機材は写真のボーイングB777-200ERに置き換えられる予定です。
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また、1月2日からは最新鋭のボーイングB787-9が投入されることも内定しています。
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思えば、クロアチアがかつて属していたユーゴスラビアは、第二次世界大戦終結後は非同盟陣営と謳ってこそいたものの東側陣営の共産諸国との関係が強く、そのためか同国の首都ベオグラードには中国のフラッグキャリアであった中国民航(現在は分割民営化)、北朝鮮のフラッグキャリアである高麗航空が直行便で乗り入れていました。
これに対して、同じ極東アジアでも西側陣営の資本主義国だった日本や韓国からは、ベオグラードほかユーゴスラビアの都市への直行便が設定されることはありませんでした。

今回の大韓航空のソウル(仁川)~ザグレブ線の開設は、ユーゴ内戦後いち早く復興を遂げたクロアチアの年々高まる観光需要を背景にしたものだと思いますが、同路線がうまいこと利用実績を伸ばし、増便や機材大型化に漕ぎ着けることを願うばかりです。
あわせて、クロアチアのフラッグキャリアであるクロアチア航空と同じ航空連合「スターアライアンス」に属するANAも、ボーイングB787-8あたりで東京~ザグレブ路線の開設を今一度検討して欲しいところです。
(余談ですが、クロアチアはサッカーが盛んな土地です。男子代表チームの今年夏のワールドカップロシア大会準優勝は記憶に新しいところですが、過去2度もワールドカップ本大会で日本と対戦した実績があるほか、2002年の日韓共催大会にも出場し、新潟県十日町市でキャンプを張って日本国内で予選リーグを戦っています。日本サッカー界のレジェンドであるFW三浦知良選手も、一時期ザグレブのプロサッカーチームに属していました。こうしたサッカー関係のエピソードが縁で、日本とクロアチアの間では友好関係が育っています。)

ところで、大韓航空が開設したソウル(仁川)~ザグレブ線、一部の報道では「アジア初のクロアチア直行便」と書かれていました。
厳密に言えばこれは誤りで、1990年代後半~2000年代初頭の一時期、経由地は失念しましたがマレーシア航空がクアラルンプール(セパン)~ザグレブ線を運航していたことがありました。
アジア通貨危機や経営再建のあおりを受け、短命に終わったと聞きますが、これがれっきとしたアジア~クロアチア間を結ぶ初の航空路線でした。
長くなりましたが、20年近く前に、チャレンジ精神で未開の路線を開拓したマレーシア航空の偉業に改めて触れながら締めくくらせていただきます。
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四国の鉄道高速化の立役者となった名優が、静かにその活躍に幕を下ろしました。

JR四国の2000系特急形気動車といえば、土讃線と予讃線(内子線含む)、高徳線、瀬戸大橋線、土佐くろしお鉄道中村線、同宿毛線で長年特急列車の主力として活躍してきた車輌です。その試作車は、1989年に富士重工業で先頭車2両+中間車の3両1編成が製造され、以来29年にわたり「TSE」(注)の通称で親しまれてきました。
(注)「Trans Shikoku Experimental」(四国横断実験)の略。

世界初の振り子式気動車、日本初の制御付き振り子車輌ということで、鉄道史にその名を残す車輌だった「TSE」ですが、製造から30年近くを経て老朽化が進行していたこともあり、去る2018年3月17日(土)の特急「宇和海2号」を最後に定期運用から撤退しました。
その後は引退記念ツアーと称し、3度にわたり通い慣れた四国各地、そして岡山へ団体列車として運転されましたが、これも7月3日で終了し、現在は多度津工場に留置されています。

今日は、四国はもとより日本の鉄道の歴史を大きく変えた名車「TSE」の思い出を、過去に乗車した際の写真を交えて軽く振り返ろうかと思います。

1987年に国鉄の分割民営化により発足した当時のJR四国では、近く予定されていた高速道路網の整備により、ドル箱の特急列車の利用者が減少するのではと危惧されていました。
とりわけ、急峻な四国山地を越えるため急カーブや急勾配が連続する土讃線内の抜本的スピードアップは喫緊の課題となっており、それを実現すべく同社が鉄道総合技術研究所(鉄道総研)と共同で開発したのが「TSE」ほか2000系特急形気動車です。
それまでの技術では困難とされた振り子式気動車は、急カーブ区間でも時速120Kmで走行できる当時としては稀に見る高性能車両として登場。日本はもとより世界の鉄道業界に衝撃を与え、日本機械学会賞、そして鉄道友の会の「ローレル賞」(1990年)に輝いています。

さて、デビュー当時は土讃線の特急「南風」・「しまんと」の臨時列車に運用された「TSE」ですが、1990年に出揃った量産車に合わせて量産化改造が施された後は、予讃線の特急「しおかぜ」、土讃線の「あしずり」・「しまんと」、高徳線の「うずしお」といった列車の運用を転々としました。
最晩年となる2003年以降は松山運転所に所属し、松山~宇和島間の特急「宇和海」専用車となっていたそうです。

私も1999年7月19日、池谷~高松間で特急「うずしお」で運用されていた「TSE」に乗車する機会に恵まれました。おそらく「うずしお12号」もしくは「うずしお10号」だったと記憶しています。

編成表はこちら
徳島←2001+2201+2101→高松

私が乗車したのは、自由席車だった高松寄り先頭車の2101号車でした。
幸いなことに、車掌台真後ろの座席が空いていたので、デッキや運転室との仕切り窓ガラス越しに約1時間のかぶりつきを楽しむことができました。
時速120Kmの高速で走る「TSE」の車内。コンビニで買った昼食をパクつき、ヘッドホンステレオでSPEEDや鈴木亜美さんのナンバーを聴きながら前面展望に見入った時間は、まさに至福の時間でした。

高松駅旧ホームに到着した2101号車を先頭とする「うずしお」。
運転台側に貼付されたステッカーは、前年夏の豪雨により3ヶ月近く寸断された土讃線の復旧を記念するものです。
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こちらは最後尾の2001号車。
当時、高松駅では再開発プロジェクト「サンポート高松」により駅舎の移転新築が進められており、1999年7月時点では予讃線・土讃線・瀬戸大橋線が新ホームから、高徳線が旧ホームからの発着となっていたように記憶しています。
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この2年前、1997年8月に中学の部活合宿で高知を訪問した際も、当時の地上駅時代の高知駅に隣接していた高知運転所で「TSE」を目撃しています。
画面左隅にその姿が写っていますが、当時の「TSE」は特急「あしずり」、「しまんと」の一部列車に充当されていました。私たちが中村まで乗車した「あしずり1号」も所定では「TSE」による運用だったはずですが、この日はイレギュラーがあったのか量産車が充当されていました。
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発足以来31年間、高速道路網の発達と、それに伴う高速バスの増発のなか、新型車輌や観光列車の導入、企画切符の発売など少しでも利用者を増やそうと努力しているJR四国ですが、その原点というべき車輌がこの「TSE」でした。
功労者である「TSE」が引退後も末永く保存されることを強く願うばかりです。

そして、去る9月13日には「TSE」の最後の職場で、西日本豪雨のため長期不通となっていた予讃線の卯之町~宇和島間が運転を再開。2ヶ月ぶりに四国の鉄道が全線運転再開に漕ぎ着けました。
未曾有の災害を乗り越えたJR四国が、「TSE」の想いを受け継ぎ、明るい未来を築けることを願って締めくくらせていただきます。

去る8月27日(月)、漫画「ちびまる子ちゃん」の作者であるさくらももこさんが、同月15日(水)に乳がんのため53歳の若さで急逝していたことが報じられました。

言わずと知れたことですが、「ちびまる子ちゃん」はさくらさんご本人の小学生時代を題材にした漫画で、1986年に集英社の少女漫画誌「りぼん」で連載が始まり、1990年からはフジテレビ系列でアニメの放映も開始された大ヒット作品です。その人気は日本にとどまらず、中華圏を中心とした海外にも広がっており、世界中がさくらさんの突然の死を惜しみました。

今日は、さくらさんへの追悼記事として、「ちびまる子ちゃん」に関連する鉄道の話題をお届けします。

「ちびまる子ちゃん」の舞台は、さくらさんが小学3年生だった1974年4月~1975年3月の静岡県清水市(現静岡市清水区)です。
主に長距離の都市間移動に用いられる東海道新幹線を別にすれば、同市には東海道本線と静岡鉄道静岡清水線、計2路線の鉄道路線が走っています。このうち、さくらさんが日常的に利用していた路線は、駅間距離が短く電車の本数も多い後者でした。
アニメ版の「ちびまる子ちゃん」には、当時の静岡清水線で運用されていた白とマルーンの2色塗装の在来型電車がたびたび登場していたものです。
該当する形式は、静岡鉄道が自社の長沼工場で製造した21形、100形、300形、350形あたりとみられますが、これらの車輌は1973~1986年にかけて製造された1000形(下の写真)により置き換えられました。
100形の一部車輌は静岡鉄道での廃車後に日立電鉄(2005年廃止)、熊本電気鉄道に、300形は福井鉄道に譲渡されていますが、すでに譲渡先でも全車が引退、廃車解体され現存する車輌は1両もない状況です。

「ちびまる子ちゃん」の舞台設定である1974年にはすでに運用が始まっていた1000形電車ですが、私が見る限り、原作・アニメ版のいずれにも登場したことがなかったように思います。
この1000形電車も、2016年から後継車となるA3000形電車が登場、順次置き換えられています。
写真の1003Fは、1973年に東急車輛製造(現総合車両製作所)で製造された1000形の初期車です。
2004年に静岡清水線を乗り潰した時に乗車した編成ですが、2018年に運用を離脱しています。
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クハ1503号車の車内には、東急車輛製造とアメリカ・バッド社のライセンス契約を示すプレートと、1979年に鉄道友の会静岡支部から贈られた「おれんじ賞」のプレートが貼付されていました。
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また、先程も少し触れましたが、「ちびまる子ちゃん」のアニメ版は「櫻桃小丸子」というタイトルで台湾・香港といった中華圏でも放映され、絶大な人気を博しています。
そのようななか、台湾第2の都市・高雄市の地下鉄である高雄捷運(MRT)では、2016年頃より「高雄捷運×櫻桃小丸子」と銘打ち「ちびまる子ちゃん」とのコラボイベントを実施。車内に「ちびまる子ちゃん」のキャラクターのステッカーを装飾した編成が運用されています。
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紅線と橘線の乗り換え駅である、高雄市中心部の美麗島駅には、記念写真用のパネルも設置されていました。
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私が小学1年生だった1990年春にアニメ版の放映が開始された「ちびまる子ちゃん」。
一時期は毎週観るようにしていた作品で、テーマソングの「おどるポンポコリン」や「俺は正直者」は小学生の間で愛唱歌になりました。
放映4年目の1993年にJリーグが開幕した時、さくらさんの小学校時代の同級生であった清水エスパルスのFW長谷川健太選手(現FC東京監督)との関係が話題になり、サッカー少年だった当時の私は親近感を覚えたものです。
成人してからは、「おどるポンポコリン」をE-girlsがカバーすると聞いて喜んだこともありました。

私にとっては何かと思い入れのある作品の一つだった「ちびまる子ちゃん」でしたが、お姉さん役の水谷優子さん、「俺は正直者」を歌っていた西城秀樹さん、そして原作者のさくらさんの相次ぐ訃報に触れ、寂しい気持ちとともに一つの時代の終わりを感じさせられたものです。

最後になりましたが、さくらももこさんのご冥福をお祈りするとともに、「ちびまる子ちゃん」が今後とも世界中で愛され続けることを願って結びとさせていただきます。

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