今日は、昨日の特集記事の続編として、月初めに山陽電気鉄道(山陽電鉄)3000系のトップナンバー編成である3000F編成を撮影してきた時のレポートをお届けさせていただきます。

すでにご存知の方も多いかと思いますが、山陽電鉄3000系3000Fは、神戸高速鉄道東西線(現阪神電鉄神戸高速線・阪急電鉄神戸高速線)とその先の阪神電鉄本線、阪急電鉄神戸線への直通運転に対応した新型車輌として、1964年12月に地元神戸市兵庫区の川崎車輌(現川崎重工業㈱車両カンパニー)で製造されました。

山陽電鉄ではそれまでにも、川崎車輌が試験的に製造したアルミ車体やステンレス車体の2000系が納入され、活躍してきた実績がありましたが、この3000系3000F編成と翌1965年に製造された3002F編成はまさにその集大成と位置付けられるべき存在でした。

アルミ車体の電車がまだまだ珍しかった時代に、地方の準大手私鉄に過ぎない山陽電鉄が片側3ヶ所の両開き扉を装備したアルミ車体の通勤電車を導入したということは当時鉄道業界関係者や鉄道ファンの間で大きな話題となり、それが幸いしたのか、3000系は1965年に鉄道友の会から「ローレル賞」を授与されています。
当時の「ローレル賞」は、前年にデビューした通勤型電車のなかで最も優秀な車輌に贈られる賞と位置付けられており、同い年の国鉄103系、京阪神急行電鉄(現阪急電鉄)3000系といったライバルを差し置き堂々の受賞ということになりました。

ちなみに、鉄道友の会には「ローレル賞」のほか、「ブルーリボン賞」という表彰制度もあり、こちらは当時は前年にデビューした特急形車輌のなかで最も優秀な車輌に贈られていましたが、1965年にこの賞を受賞したのは言うまでもなく前年に開業した東海道新幹線の0系でした。かくして、図らずも「入賞同期」となった山陽3000系と0系新幹線電車ですが、その後山陽新幹線の新大阪~岡山間が開業してから2008年12月14日に0系が完全引退の日を迎えるまで、加古川市内や姫路市内でほぼ毎日のように顔を合わせることになりました。

前置きが長くなってしまいましたが、これより2017年4月3日(月)に山陽3000系3000F編成の乗車・撮影を楽しんできた際のレポートをお届けしようと思います。

東二見駅(兵庫県明石市)の1番ホームに停車中の、3000F編成による普通姫路行き。
姫路寄りの先頭車は3600号車(Tc)です。
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3600号車の車内にて。
非常用ドアコックの説明書きプレートの字体からは、レトロな雰囲気が漂っています。
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貫通路の扉に貼られた、「足もとにご注意→」のプレートもいい味を出しています。
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中間電動車・3001号車(M)の妻面に設置された、「神戸 川崎車輌 昭和39年」の製造銘板。
川崎車輌㈱は48年前の1969(昭和44)年に川崎重工業㈱に吸収合併されており、同社の製造銘板が残る鉄道車輌を見かける機会は年々少なくなりつつあります。
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そして、3000F編成を語るうえでどうしても外せないアイテムが、3001号車と西代寄り先頭車・3000号車(Mc)の妻面に設置された「LAUREL PRIZE ローレル賞 1965 鉄道友の会」のプレートと、「禁煙 山陽百貨店」のプレートです。
1965年ローレル賞のプレートが貴重なのは言わずもがなですが、実はその隣に貼られた「禁煙 山陽百貨店」のプレートもまた鉄道ファン垂涎の一品なのです。
1991年のCI導入までは、テレビCMや広告、看板などで目にする機会も多かった山陽百貨店の旧ロゴが入っているこのプレートは、かつては3000系列の全ての編成で目にすることができましたが、現在では同系列のうちリニューアル工事が未施行の編成に残るのみとなっています。
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栄光のトップナンバー「3000」が輝く、3000号車の車番プレート。
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3000号車の運転室後ろの壁に並ぶ3つのプレート。
旧国鉄の車輌でよく見かけた号車札が、また泣かせます。
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3000号車の姫路寄り妻面。
ステンレス製の貫通扉と窓枠、くすんだ化粧板が、1960年代生まれの通勤電車らしい貫禄を漂わせている印象です。
このような内装は、つい10数年前まで、山陽電鉄の普通電車に乗車すれば当たり前のように目にすることができたわけですが、リニューアルや廃車の進行とともに気が付けばレアな存在になっていた印象です。
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3000F編成と、その後に登場した3000系列の最大の相違点が、この側面窓です。
1967年登場の3004F編成以降の車輌では、側面窓は広いユニット窓が基本でしたが、3000系の1次車として登場した3000F編成・3002F編成(2016年廃車)と、両編成の4両編成化のため製造された3500号車・3501号車(いずれもT)(注)の側面には、ドア間に各3枚、ドアと妻面の間に各2枚、運転室とドアの間に各1枚の細い窓が配置されています。
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3000号車の運転室後ろの様子。
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運転室の後ろに掲出された検査票。
「製造年月 昭和39年12月」の文字が誇らしげです。
ただ、一番下の「全般検査 平成23年7月」の文字は、3000F編成は前回の全般検査から既に6年が経過しており、それゆえ今後営業列車として長く活躍することが難しいという現実を物語っていました。
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大塩駅2番ホームで、直通特急姫路行きの接続を待つ3000F編成の普通姫路行き。
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西代寄りの先頭車・3000号車(Mc)。
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中間電動車の3001号車(M)。
3000F編成では、唯一パンタグラフを搭載している車輌です。
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姫路寄り先頭車の3600号車(Tc)。
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3600号車を先頭に、大塩駅2番ホームで発車を待つ3000Fの普通姫路行き。
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3001号車の側面。
年季の入った銀色のアルミ車体と細い窓に、「山」の字とレールの断面を組み合わせた山陽電鉄の社紋という組み合わせが泣かせます。
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こちらは3000号車。
側面に3つ並ぶ「0」の文字が、トップナンバーとしての威厳を示しているようです。
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2007年に制定された新CIロゴですが、言うまでもなく山陽電鉄の最古参である3000F編成にも掲出されています。

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3000F編成の普通姫路行きと、5000系5010F編成の直通特急阪神梅田行きの並び。

3000F・3002F編成がアルミ車体で建造された後、3編成目の3004F編成以降は、神戸高速鉄道開業に備えて短期間に大量の3000系を増備することになり、1編成あたりの製造コストを下げる必要性が出てきた結果、在来車同様の鋼製車体で製造されることになりました。
そのような背景故、山陽電鉄では1968年に3000F・3002F編成の4両編成化用に製造された3500号車、3501号車を最後に、長らくアルミ車輌の導入が途絶えていました。
しかし、コストのかからない新工法が開発されたことを機に、1981年製造分の3050系を皮切りにアルミ車輌の導入が再開されることになります。
その後、直通特急の主力である5000系・5030系も、3000系を置き換えるために目下製造中の6000系もアルミ車体で建造されており、日本のアルミ製電車の始祖となった山陽2000系・3000系、及びその開発に携わった川崎車輌や山陽電鉄の技術陣の努力が長い年月を経て実を結ぶことになりました。
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飾磨駅(兵庫県姫路市)で下車。
3000F編成の体験乗車は、これにて幕を閉じます。
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せっかく姫路まで来たのだから、3000F編成の走行写真も撮影したいということで、1駅手前の妻鹿駅(兵庫県姫路市)で撮影を楽しむことにしました。
市川橋梁を渡り、妻鹿駅に進入する3000F編成の普通須磨行き。
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妻鹿駅を発車する3000F編成の普通須磨行き。
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2016年10月の前面デザイン復刻以降、日本全国の鉄道ファンの憧れの的になっている3000F編成ですが、山陽電鉄ではゴールデンウィーク前後までにさらに2本(6003F・6004F編成)の6000系を運用入りさせる方針のようで、置き換えられる形で3000F編成が現役を退く可能性も決して低くないのではとされています。
日本のアルミ車輌のパイオニアとでも言うべき3000F編成ですが、後輩である3050系、5000系、5030系、6000系の活躍を見届けて静かに引退するのも時代の流れゆえ仕方ないのかもしれません。
しかし、同編成が山陽電鉄の近代化、並びに日本の鉄道界の技術革新において果たした役割は計り知れないわけで、営業運転を退いた後も末永く大切に保存されることを願いたいものです。

最後になりましたが、3000F編成の乗車、撮影を楽しみたい方は、このゴールデンウィーク頃までにぜひ一度山陽電鉄を訪れてみてください!

(注)現在、3500号車は3050系アルミ車の3076F編成(4両編成)、3501号車は同じく3078F編成(4両編成)に組み込まれています。これに伴い、3000F・3002F編成はデビュー当初の3両編成に戻ることになりました。