本来ならばすぐに書かないといけないのですが、今頃書きます。

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土日と、生まれて初めてのスキー旅行に新潟に行きました。
打越太鼓のメンバーとそのご友人たち、総勢25名の大所帯。スキー場は石打花岡スキー場です。
土曜日の朝、練馬から高速に乗ったとき、ふと車窓を眺めると富士山が見えました。富士見台という地名の由来は知っているけれど、練馬区内で富士山を見たのは初めて。ちょっと感動。

しばらくはガムや飴の交換にお喋りしながら、埼玉でいったん渋滞を避け、一般道を通りました。
そのなかで、地域の祭りに参加する人たちの社会的背景についてとなりに座したMさんからいくつか伺う。
でも時間が経つにつれてみんな静かになって、少しずつ眠くなってくる。Hさんのセレクションか、聴き慣れないトランス系の音楽が車内に流れている。私は寝ちゃいました。起きたときには既に関越道を走っていて、路肩には雪が数メートル残っている。そのさまは白い壁のようだった。

12時過ぎに宿に到着。
道路にも駐車場にも雪が堆く積もる。向かいの宿の軒下から1メートルぐらいの氷柱を見て、みんなビックリ。子どもたちははしゃいでいる。
部屋で落ち着いて早速、ゲレンデに行く準備をする。私はウェア、スキー一式すべて宿からレンタルしました。女将さんが屋根裏部屋の倉庫に案内してくれる。ウェアを借りたのは私を含めて3人。それぞれサイズを合わせて借りた。二人は黄色で、私は青色。なんか戦隊モノみたいにイケテいないけれど、とにかく派手だった。ゴワゴワのウェアも、白いスキーシューズも慣れていないから大変。宿の階段を下りるときも、横向きや後ろ向きで歩くことをアドバイスされる。
それで13時頃にゲレンデに到着。半日券は2700円。スキー板を履くのも、スティックも、歩くのも大変。リフトに乗るのも転んだりする。1回目上から滑り降りるのに、1時間かかる。その大半は転んだり、起きあがったりする時間で、滑っているよりも転げ落ちている感覚。Rさんからも「本当に、典型的な初心者の転び方をするねぇ」と苦笑される。Wさんからは転ぶときには「尻餅をつくように」とアドバイスされる。それでたくさんゲレンデに穴を開ける。ボーゲンをしようとしてもうまくいかず、立ち上がってすぐ重心が後ろ向きのまま傾き、滑り出し転び、ターンができなくて直滑降のまま、縁の雪の壁に突っ込んで空を仰いだりする。足首がヘンな向きに曲がっているし、雪の中に板が埋まっているので、起きあがるのに苦労する。
1時間でやっと戻るまでにはぐっしょり汗をかいている。その様子を見るとメンバーは「大丈夫かぁ?」と心配し、その汗の量に驚いている。滑っているよりも雪の中でゴロゴロ転がっているだけなのに、寒さよりもむしろ暑いくらい。
アドバイスは太鼓の練習のときと同じ、マジメに聞いて次どうするか。
汗だくだけど再びリフトに乗る。ゆっくりと進み、時々ちょっと止まる。その間中、有線で川嶋あいとか流れていた。なんかゲレンデこういうのを聴いているのも不思議な感じ。

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スキーは、リフト終了の17時まででした。途中、タバコ+コーラ休憩以外はずっと滑っていましたが、リフトに乗るときに転び、リフトを降りてカーブできずにフラットな最上部で転び、鈍くさく起きあがっては、また転ぶの繰り返し。結局、アドバイスを受けるよりも受け身をたくさんとりました。空を観たり、雪の縁に突っ込んだり、体勢を入れ替えるために足首に負担をかけたり、転んではずれた板を取りにゲレンデを登ったり。うーん。ホント運動音痴。。。orz
ターンができないのでボーゲンできても直滑降で止まるために転ぶ。その繰り返し。
最後は子ども部のエース・Mさんが「ほら、また滑りに行くよ♪」といわれてリフトに乗り込む。リフトに乗るときにうまくボーゲンできずに止まれずに、他のお客さんにぶつかって、邪険な顔されたり。
とりあえず、滑っているよりも雪崩れているって感じ。
雪山

最後は子どもたちと雪合戦。新雪は丸めると遠くまで投げられるが、履き慣れない靴は辛い。
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宿に戻ってウェアと靴は乾燥室、濡れた服は着替え、そのころ筋肉痛はあんまりだけど、とりあえず疲れた。交代でお風呂に入る。私は宿の入口にあるストーブ&灰皿の前でまったり。そのときに入口で遊ぶ3人の女性の子どもがちょろちょろしている。Yさんが靴下でフロアを滑っているのを真似たり、幼児が乗るようなオモチャの車で遊んでる。

続きは明日書きます。
一番印象深いのは、宿にいた3人の女の子の話です。そこまでには長くなるかな。センチメンタルな旅行記になるかもしれない。まだオチはうまくできていないかも。

2006.02.18追記:
丁度、スキー旅行に行ったのは一週間前。書き足すのはスキーが終わって宿に帰ってからだね。

宿の玄関は雪対策なのか、数段の階段を上がってまず、スキーの板やスティック、ボードを立てかける三和土がある。その正面にエアロバイクとストーブ、灰皿がある広いスペースがある。奥には客間に続く階段がある。左手に調理室・スタッフ用の部屋があり、右手の大きな2つの部屋が宿泊していた広間だった。軽く傾斜があるフローリングされた廊下。子どもたちがオモチャの車で遊んでいる。
目の形が細い、黒髪ストレートの女の子が、タバコを吸っていた私の横にちょこんと座って、話しかけた。
「ねえ、東京から来たの?」
そうだよ、と答えると、「名前はなあに?」と聞いてくる。素直に答えると、スキーどうだったとか?いつ帰るの?東京ってどんなところ?と質問攻めにあう。
この子が小学3年生で「未紅(みく)」さんだ。あとサキさんに、コトリさん(漢字でのお名前は聞いていないのでカタカナ)。小学1年生に保育園の年長さんで「キリン組」というらしい。そうすると保育園のクラス別の話や、小学校での授業の話をしてくれる。なんでも「キリン」の下は「クマ組」らしい。
ミクさんは算数が得意で、かけ算を諳んじてくれる。でも5の段じゃん。
誰彼かまわず玄関先にいる宿泊客に声をかけて、遊んでくれとせがむのは、民宿という来訪者がひっきりなしにやってくる空間で生きてきたことに由来するのかなぁ?と思って、「ここに住んでいるの?」と聞いてみた。
彼女たちの答えは「否」だった。ここは祖父の家で、自分たちは別のところに家があり、遊びに来ているとのことだった。しばらく、私のケータイについている井上トロのストラップに興味津々だった。いくつかもらったイラストを見せてあげる。三原ジュンが気に入ったようで、その話をする。
しばらくして、食事の時間やら荷物の整理、飲み会の準備などで部屋に戻ったりしている合間にも、彼女たちはスタッフ用ルームでテレビを観ていた。

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21時になると太鼓のメンバーの自己紹介から始まって、飲み会。

あんまり自分自身の研究関心は飲み会のネタにならないのでしないようにしていた。
お酒は飲み過ぎないように留意。久米仙の水割りを薄く作って、韓国海苔を食べていた。
T.K.さんの話やW.Y.さんの話をメモリーするし、私の関心についても指摘してた。曰く「太鼓でもエイサーでもそうだけど、日本の文化って奥が深いと思うんだよ。鼓動にしても、完璧にマスターしたっていうひとはいないと思うんだよ。逆にそういう人に俺は会ってみたい。」
おそらくこういう趣旨だったと憶えているが、彼の文化に対する認識がはっきりと現れているかも。

奥の方でみんなで盛り上がっている。宿から出された八海山を飲んで、楽しげな雰囲気。私は昨年の三社祭のDVDを鑑賞。なにやら既に祭りに向けてのイメージトレーニングは始まっている様子。腕の上げ方や囃しの手の振り、頭の位置にこだわりがあるらしく、その様子を語っている。
いろんな話があったし、顔へのイタズラもあった。私のそばにいたHさんが先に寝てしまい、画伯がカワイく落書き。30分ほどして起きてまた大爆笑。笑いたいのこらえて、酒を造ってあげるが、黙っている私が一番残酷だったかな?

それからまたしばらくして先週水曜の太鼓の練習の話をしてくれる。1人でそれぞれ乱の2拍子をやったときの話だった。私は自分自身のパフォーマンスに自信がないために、間違えを犯さないようにと念じていたために、途中で叩くのを止めてしまったことがあった。それを指摘された。
「間違いを犯そうとすることが、間違い」そういわれた。今できるパフォーマンスを見せて、間違えている部分に気を遣っているよりもグルーヴ感やインプロヴィゼーションで、いかに見せる/魅せるかが重要で、あくまでも練習のための練習ではなく、本番のための練習なのだと。
それから子どもたちが太鼓のメンバーに関わることの重要な側面の話になった。

22時過ぎだったかな。奥の方が大爆笑になっていた。1人がいい感じで酔っぱらいになったみたい。詳しい話は聞いていないので割愛。
結局、2時近くまで最後まで起きていた。鼾をかかないか心配したが、寝ました。100円入れて回収ボックスから取り出せるテレビではスキーのモーグルの映像が映し出されていた。

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翌朝、スキーに行く人と、宿に残る人に別れた。私は何とはなしに宿に残っていた。
昨日の片づけを始めたり、横になったり、3人の女の子たちは「昨日うるさかったよ」と笑っていた。
それからまたちょっとだけ話したりしていたが、片づけをしている合間はミクさんが部屋を伺ったりしていた。
11時過ぎに宿を出る。そとは昨晩から降り続いていた雪が積もる。大勢が荷物を抱えるなかで、ミクさんはこっちをみて「また来年も来る?」と聞いてきた。「うん、たぶん」と曖昧に返事する。「勉強もしてね。今度スキーを教えてね」とも言い添えた。

その後、近くの温泉。越後湯沢駅でお土産と爆弾おにぎりを買って、雪の関越道を通って東京に戻る。
行きと同じようにすぐさま寝てしまった。起きたときにはすでに雪景色はなかった。
ラジオからはAUがスポンサーの着メロダウンロードランキング番組が流れ出す。1位は「恋のダウンロード」だった。車内での共通意見として仲間由紀恵はこの曲でマイナスイメージになるって。確かにそう思う。

練馬で高速を降りるとき、東の空にきれいな満月があった。行きでは朝焼けを浴びた富士山だったのを思い出した。あっという間の2日間だった。
練馬区役所の前でクルマを降り、風の強いまま駐輪場に向かった。その際にどういうわけか、フランス暴動を総特集した論集を買った。

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旅に出るというか、数日でも家を空けて、全くメンタルマップのないところに行ったときにいつも印象に残るのは、旅先で出会った人たちと別れるシーンだ。
それはどこに行っても変わらないし、どういうわけかその話を自分自身でも書き残している。
一週間が経過して、書き起こすときにまず最初に浮かんだのも、三和土でこっちは靴を履いて、どこかに戻る人と、それを見送る人の姿だった。3人の女の子たちは、今日も新しいお客さんを笑顔で迎えているのだろうか?私は全くそう思わなかったけれど、ミクさんは私のことを「速水もこみち」ににていると言ったが、その理由は全くわからずじまいだった。

なんかまとまりもなくダラダラだけど。この辺でおわり。