2011年03月22日

住宅設計―あの時から10日が過ぎた 暗い夜を大切にしよう

 最初に受けた地震の大きな揺れのショックがおさまると 事務所の そして自宅の 足の踏み場もない物の散乱 を唖然として眺めながら 電話が通じないことに不安になるが 停電になるわけでも無し テレビは普通の番組を流している と のんびり構えていた
 
やがて始まる 交通の断絶 車は勿論のこと 帰宅を急ぐ人で道路が一杯になっているテレビの画面
 恥ずかしい事だが まるで人ごとのような気持であった

 そして恐ろしい津波の映像を見せつけられる頃から そんな気分は一変する

 自分達のこと 事務所のこと を考えていた頭の中が 被災地の人達のこと 日本の国のこと に思いが及び始める

 凄い事が己れのまわりに起こっている

 豊かで平穏な毎日を それがどんなに幸せな事かを認識することも無くあたりまえにおくっていた今日の午後までが 遠い昔のことのようにおもえてくる
 今の現実は まるで夢を見ているのではないかとさえ思えてしまう

 身も心も疲れ果ててしまった

 あの時から10日が過ぎた 

 1ヶ月も過ぎてしまった気がするが 原子炉事故の変わらぬ報道を目にすると 震災が昨日の出来事のようにも思えてくる



 震災の2日目の夜 電車に乗り街に出る機会があった 行く先々の駅構内 そして街 は薄暗く 不安な暗い空気に包まれて ひしひしともの寂しさを感じる

 そして更にその1週間後 同じ電車に乗り 同じ街に降り立つ

 駅構内は薄暗く 街も暗い 

 だが 一週間前とは違う 不安な暗い空気に包まれている感覚を持っていない己れに気がつく

 適度のほの暗さが 己れに 安らぎと落ち着きを与えてくれているように感じ もの寂しさも 不安も 感じない

 テレビに繰り返される被災地の人達の姿をみる一週間の間に これが 正常な あたりまえの 夜の姿なのだ 目に痛いほどの明るさが作られている一週間前までの東京の夜は 少しおかしかったのではないか という感覚と想いが 己れの中にわいてきていたのだ

 江戸時代に とまでは云わないが 少なくとも数十年前の現代照明の原点に戻れば もっと違う夜の素晴らしさ を見出すことになるのではないだろうか
 輝く太陽のもと 昼には昼の快適な生活があるように 夜には夜の素晴らしい世界があることを思い 安全に必要な最小限の明るさは持っている このほの暗い 夜 を もっと大切にしなければならない と想っていた



 断熱をすることに一生懸命になるあまり住宅を密閉することになり 換気扇が無い生活は考えられなくなる

 エコエコと云いつつ 自然の恵みの 暑さ 程よい寒さ から逃れるすべを電気エネルギーに頼ることばかりを考え より薄着をする セーターを一枚余計に着る 等と考えない

 ほの暗さが影のように寄り添って それより明るいスペースを より明るい と 感じさせてくれる自然の原理を学ばずに ただ 明るく 明るく とエスカレートしてゆく照明技術のナンセンス


 などなど 今 我々は考え直さなければならないことが山ほどあるのではないだろうか

 たかが一住宅建築家の分際でおこなうことであっても 人間の営みの原点に少しでも立ち返る姿勢で  己れの住宅設計の 道 を歩んでゆきたいと想う



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skimura16jp at 18:52コメント(0)トラックバック(0) 

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