2011年10月20日

住宅設計―住宅建築家の休日―茶道とはつまらない 易なものなのか?

111010_2035~02 暗闇の木立に囲まれた新宿御苑 という素晴らしい環境で 薪能 を楽しんだ


 伝統芸能の 狂言 と 能 の鑑賞である

 伝統とは 伝統という殻にただひたすら閉じこもり 新しい息を吹き込まれることに強く抵抗するものだ と 良い意味にも悪い意味にも云われる

 己れの父方の祖母は観世流宗家に深い縁のある 600年続く能楽の旧家 Y家の出であった
 学生時代 己れと己れの妹は 毎週祖母の元へ 他のお弟子にまじり 茶道を習いに通ったことを思い出す
 うるさいおばあさんに 毎回 器の上げ下ろし その順序まで 単純な決まり事を事細かく覚えさせられ 反復実行させられる 


 茶道とはつまらなく 易 なものだ と 己れは浅はかにも思ったまま 建築設計の道を歩み 後年 茶道とは そんなものではないことに やっと 気がつくのである

 茶道も 能も 日本の誇る伝統芸術である

 何百年も続く この日本の伝統 とは何なのか

 それは 茶道 でも そして 能 の世界でも その合理性の追求の結果得られてくる 単純さ 簡潔さ 純粋さ   
 の集大成なのではないか と 己れは思う

 そしてその 茶道での 能の世界での 人の一挙手一投足は 日常生活の全ての場面の人の動作の本質に当てはまるのではないかと思う


 己れは 日常 人に不快感を与えないであろうか その行動は合理的であろうか という視点で判断しながら行動をすることにしている
 この指針をよりどころにすれば マナーなるものにも矛盾しないはず と思いながら行動するのである

 だが迷いが生じる時もある

 そして 己れの信念がぐらつくのは人生の修行が足らないからなのだ とその都度反省させられる

 その 単純さ 簡潔さ 単純さの 集大成の成果 伝統も それを己れのものにするためには 絶えることの無い 修行 を続けなければならないのだ


 住宅設計の道 を そして遊びとはいえ 己れの人生そのものの ヨットの道 を歩んでくると その修行の過程で まず 住宅設計の道 で段階が一つ前に進む そして 不思議なことに 同じ頃 ヨットの道 も そして己れの人生そのものの道 も その段階が一つ前へ進むのであった


長い年月をかけて残ってゆくもの 単純さ 簡潔さ 純粋さ が まさしく 伝統 そのもの であるのは 住宅設計 の世界でも全く同様である

 新たな視点で 新しい工法 新しい工夫が生まれ それが長い年月に生き残ってくれば それが 伝統 に加えられるのである そうでないものは淘汰され自然に消えてゆくのであろう

 長い年月は 計り知れない 貴重な価値 を持つものなのだ

 何百年もの 伝統 が そこかしこに存在する我国に 己れが生きていることはとても幸せなことと感じる

 伝統は 己れが生きるうえでの 力強い指針になるからだ

 そのような 伝統 の世界に生きていることを感謝し 変化してゆく人間社会の感覚に合ってゆくように 新たな視点で考えることを怠ることなく 見果てぬ夢を追う 己れの 住宅設計 の修業 そして ヨットの修業 を続けよう



 せっかくの 明暗の美しさ を味わう 薪能 は 明るすぎるスポットライトをあてられ しかも 上着を着ていても寒さに体が固くなる という環境のもとではあったが 伝統 に想いを巡らせながら 野村萬斎師の狂言 観世淳夫師 観世清和師 の能 を楽しんだ休日の一夕であった






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skimura16jp at 17:21コメント(0) 

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