これに関しては少し書いておくべきかなって。






今回の動画に関しては、近年の企画の反省を踏まえてか
長いストーリーが組まれていました。
過去の例と同じく、ストーリー原案を貰って、では映像では
どう物語を紹介するかという形です。

ただ、今回は、すごく長かった。
これをどうやって短い尺に収めるかという所から始まりました。
今回は、原案を詰める映像寿司代表の齋藤さんの時点でも
協議がありましたし、自分の方でも頭を使いました。

結果、鈴子主観で行こうという話に。原案のままだと宿屋のシーンと
潜入シーンもあり、ロケ地的に無理があったという判断です。


急に低予算じみた話をしてごめんなさい。でもこれが映像制作の
現実です。不必要な部分をどのようにして説得力を保持したまま
カットするかというのは重要なことです。

しかして、低予算映画にありがちなシーン数が少ないというのも
考えものでして。作りこまれている画が少なくてもう物語以前の
問題だよ! っていうのはそれはまた別の話です。


さて。今回は実現可能性の話をば。
自分がよく受けるお仕事に関しては、低予算に見えないようにものすごく
気を使ってシーン数を増やしていくものが多いのですが、結局現実的には
予算が下がればシーン数は減るわけです。

で、一番の違いと言えばエキストラに関してで、低予算だよって言って
優先的に削られるのはエキストラと装飾。
で、そうなってくると、
「エキストラにお金を払ったショットは使わないとなぁってことになる」
わけです。実はここいらが、表現を大いに阻害する。

監督の想定は絶対に、100%、すべてが正しく実現されることはない、
です。これに関しては、絶対ですし、すべてが実現されたところでそれが
面白さの担保にはならない、というのは真理です。

原案が、完成形に近しい何かになる事、というのは、絶対に、
絶対にありえません。ネバー

本気で物語を作った人にはわかると思います、むしろこれが
分からないのであればそれが本気で物語作ったことが無いという
証明になるのではないかというくらい、やったことがある人間には
当たり前の事です。


はてさて。
今回は4:3を採用しましたが。
いや多分一番説明しなければならないことはここなんだと思うんです。
もちろん表現的なことで4:3を採用したんです。ここと、「現像」に
ついては映像表現という面でものすごく分かりやすい表現として
取り入れる必要に駆られて入れ込んでいます。

表現とは、幻想めいたものがあります。その幻想めいたものの上で
自分たちは知識を総動員してお金をもらっていますし、払う方も
それに対する信頼で予算を振っています。

今回の演出と、その狙いに関しては多少の補足をしていくべきでは
ないだろうかと思っています。なぜならば今回は、いつも以上に
実験的な要素が多いと思ったからです。

最初に。
断っておくべきは、そういう必要性にかられるということは、
それだけ問題があるということです。解決しなければいけない
事柄が多い、ということです。この基本は、ものすごく大切な
ことです。

今回に関しては、ロケ地の都合以上に感情の流れに関して
鈴子主観で行けばいいんじゃないのかという案にはなりました。
物語を組む拠り所って、結局はテーマなんです。
今回の要素はというと、
・仇討ち
・呪い
・文化と信仰
がありました。
文化と信仰に関しては自分が付与した部分です。
で、重要だなと思うのは呪いなんです。
呪いというのがまた厄介な範疇で。

呪いっていうのは教訓的に鑑みたとしても宗教的なんですよ。





後編に続く