2007年07月31日

ファーストキッスは味噌の味


もうすぐ僕は死ぬんじゃねぇか。って思う。
いつ死ぬかは、誰にも解らない事なんだけど、なんかそんな気がする。誰かに言わせてみりゃ、そう言う奴程長生きするんだ。って言うんだろ。そんなん解らないじゃないか。
僕がそう思うのには、ちゃんと理由があるんだ。根拠にはならないだろうけど、そうなんじゃないかって、なんとなく思う気持は解って貰えると思う。

最近、ザーメンの量が多い。毎日オナニーしているのにも関わらず、一定以上の量が出る。
それは独り暮らしを始めた頃から続いているので、もうすぐ一年になる。
なんでそれが死に繋がるのかと、説明していきたいと思う。

人間、ってか動物は種の保存が本能行動に記憶されているもんだと思う。死ぬ間際にでも、なんとか種を遺そうと努力するんだと思うんだ。そうじゃなきゃカマキリなんか絶滅してるよ。交尾した直後に殺されちまうんだからね。セックスパートナーにさ。オスはね。
だからこそ、死ぬ間際の人間は、精子の量が多く、濃いのではないだろうか。調べた人はいないかな?いたら教えてもらいたいなぁ。まぁいないだろうけど。
地震の直前には、小動物がいっせいに危険な場所から逃げ出す。って本能行動がある。それと似たようなもんじゃないだろうか。
死の予兆は見えないけれど、体だけは反応しているとか。
そんな風に思えるんだ。だからって、どうもしないけど。

人間死ぬ時はいずれ来る。遅かれ早かれみんな来る。延命治療を施し、病床で長く生きるなら、僕は何もせずに自然に死んで生きたいと心から願う。
自分で息が出来なくなったら死ぬ時だ。自分で飯が食えなくなったら死ぬ時だ。自分で何も出来なくなったら死ぬ時だ。僕はそう思う。

別に延命治療が悪いものだなんて言う気は、更々無いよ。人それぞれ執着するものは違うし、生きると言う定義だって違う。だから、そう生きたいのなら、それはそれで良いと思う。誰だって死に別れは、したかないさ。。。
僕はあと何年間生きれるのだろうか。明日死ぬかも知れない。二百年生きるかも知れない。それは解らない。
ただ、僕は思う。
いつ死んだってそれが僕の人生だって。何をして死ぬか。何もしないで死ぬか。どうだっていいんだ。
自分の事だけど、関係ないっちゃぁ関係無いね。行き着く場所は結局同じなんだからさ。
そう。死ぬって事だ。それだけが僕らに約束されている事だ。
生まれた時に交わされる契約。神様との約束。何をさせたいのだろうか解らない。不思議だよなぁ。
結局死んで、何もかも無くなるならば、最初っから無くったって構わないような気がするんだけどね。
何もかもが無くなる訳じゃないのかもな。それも解らない事だし。


さて。お盆になったら久しぶりに墓参りに行こう。
もしかしたら父が待っているかも知れない。僕には感じることは出来ないけれど、墓の中で僕らを待っているのかも知れない。



まぁ僕が死んだって、何も困ることは無いだろう。代わりは幾らでもいる。
唯一無二の人間なんて、なかなかいないもんな。きっと誰だって良いんだもん。
新興宗教の教祖も誰だって良い。総理大臣も誰だって良い。大物芸能人だって誰だって良い。
この人以外には有り得ない。ってのは、きっとほとんど無いんだろうな。ちょっと悲しい話だけど。。。

僕が死んだら、この世界はどう変わるだろうか。
誤解しないでもらいたいけど、僕の死によっての変化じゃなくて、僕の死後の変化が気になるって話。
人類は滅びるだろうか。核戦争は起きるだろうか。日本は沈むだろうか。世界最高齢は何歳になるだろうか。。。
そんな事が、ちょっとばかし気になる。関係無い話と言えばそれまでだけど、僕の興味を引くのはそればかりだ。
つまり、どーでもいい話。根っからどーでもいい人間なんだろう。それを欲してるのだから。
だからなんだよ?どーでもいいってんだよ。バーカバーカ。お前の頭はカビの温床!


そんなもんだ。書くことなんか無いっつーの。流石にネタ切れだっつーの。


skyanyan at 06:36│Comments(0)TrackBack(0)

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