今年の2月末、Wheelog事務局と伊藤史人先生から連絡があり特定非営利活動法人Wheelogが主催する車いすで街歩きイベント「Wheelog in 盛岡」のお手伝いがスタートしました。Wheelogの代表理事・織田友理子さんについて活動やお名前は存じ上げていましたがお会いしたことはありませんでした。
今年はアクセシブル盛岡(正式名称Accessible盛岡since1993)が最初に手掛けた岩山展望台スロープが完成して30年目という記念すべき年だったこともあり仲間に呼びかけ始めました。
会場決定、街歩きのプランの提案、関係する団体への訪問など約1か月半の間お手伝いしてきました。
会場の「プラザおでって」で、「おでって」が完成したい時に私たちはすでに活動していましたので何度も利用していた場所です。肴町アーケードは改装時バリアフリーのお手伝いをしたところでもあり、「プラザおでって」を会場に周辺のエリアを選びました。盛岡駅西口のアイーナやマリオスも会場に考えたのですが、そこから街歩きとなるとあまりコースを設定出来ないこと、大通のリリオも会場にする案も考えリリオも訪ねましたが会場費が高いこと、「おでって」には知人もいて、ホテル勤務時代の後輩もいたなどからプラザおでってにしました。幸い東家、肴町商店街、Monaka、盛岡バスセンター、南部鉄器工房の鈴木盛久工房、もりおか啄木・賢治青春館、岩手銀行赤レンガ館などがあり今回の街歩きには最適な場所ではなかったと思います。
また首都圏や東北各県の方々と盛岡を中心とする岩手県の方々との交流を深めたいという想いもありました。事前に訪ねた先でも賛同や協力の声をいただき当日の運営に大変助かったと思います。
バリアフリーやユニバーサルデザインに満点はなく、スパイラルアップだと思っていましたので、今回のイベントでいただいた声を生かしていきたいと思います。ユニバーサルデザインの専門家が盛岡に来られた時「ハード的にはいろいろまだあるけどソフト的には良かった」と何度も言われてきましたし、今回も参加者からそういう声がありました。そう、盛岡、岩手の最大の財産は「人がやさしい」ことだと思っています。全国を旅して、47年前、茨城県から妻の故郷・岩手県に移り住むようになった私が一番感じていたことでした。
人と人が出会うことはその人が持っているネットワークが出会うことだと思っています。その結果生まれたのがAMITA(Accessible
Morioka In Tokyo Area)です。AMITAも今年30年、毎年一回東京の銀座や新宿の繁華街で開催しています。今回もさまざまな人が出会いつながり、その縁がさらに広がっていくことでしょう。
障がい者や高齢者、子ども連れの人たちが街を堂々と歩ける、それが自然であり当たり前であるということは1991年盛岡の車いすバスケットボールのカナダ遠征を企画し(半年後に実施)、初めてカナダへ打ち合わせに行った時に感じたことでした。
さまざまな人が感じる不便さや不合理さを無くしていくことこそ、今この地で今生きている私たちがするべきことだと思います。
我々の活動は人権を守るための活動だと思っていますし、これからも肝に銘じながら活動をしていきたいと思います。
一方でアクセシブル盛岡の活動は「街中で楽しく遊ぶ」ことを探す活動でもありました、最初の頃は障がい者が行きやすい居酒屋などを表彰持参で飲みに行っていました。「ひとにやさしい大賞」とか名称付けて。
今回のイベントには首都圏だけでなく遠く島根県、近くでは青森県、秋田県、宮城県、福島県、山形県からも参加していただきました。
今回のイベントを通してさまざまな財産が生まれました。企画していただいたWheelogの織田代表理事、スタッフの皆さん、参加していただいた参加者の皆さんに心から感謝申し上げます。「自分の街でも同じような街歩きをしたい」と多数の声が上がりましたが、東北の各地でそういう活動が起きていったら今回の活動の成果だと思います。「起きるか」でなく「起こしていくか」と問いながら。