81年目の終戦記念日。
「親と一緒に死んでしまえば良かったのに」
私が大学を卒業して勤務した茨城県の児童養護施設は戦後間もない昭和22年、上野駅地下道の戦争孤児を収容することから始まった施設です。
開設当初入所していた人たちに、その当時の話を聞く機会が何度もありました。
また、東京の児童養護施設勤務時代は戦争孤児に関する展示や遺物に接す機会が多々ありました。
その中で出てくる話が
「親と一緒に死んでしまえば良かったのに」
という言葉です。
親を失った子供たちの多くは親戚等に引き取られましたが、誰もが生きることに必死の時代、親戚の子と言っても面倒を見る余裕がない時代でした。引き取られた家で虐待や実の子との差別を受けして家出したり再び浮浪児になったケースも多数見受けられました。
81年前の終戦、そしてその後続いた苦難の時代を思い起こす日です。
「戦争を知らないやつが出てきて日本の中核になったと時怖いなあ」(田中角栄)
「軍備拡張」「軍事費〇パーセント」声高に叫ぶ政治家や評論家は後方で安泰。
兵士として役に立たない人や子ども、高齢者、障がい者が悲惨な目に合うのが戦争。
戦後81年、祈る日、心に刻む日。
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