業界のカタスミで細々と~涙のサンダーロード

家庭とゴルフと福岡を愛する団塊世代の日記です。福岡市出身。世田谷区桜丘在。職業は自称、音楽コンサルタント。屋号はTHUNDER ROAD。(ヒロシです)いまだ誰も相談に来たことないとです。涙がとまらんとです。音楽業界44年目。特にレコード会社現場時代は洋楽黄金の80年代。業界の片隅で今だ細々と粘っているオヤジの音楽会社員人生の整理と復習です。想い出は美しく記憶は嘘つき、です。基本テーマは仕事で関わった洋楽昔話ネタとたまにゴルフ話。好きなものは幕末と明治維新。特にジョン万次郎と坂本龍馬。忠臣蔵。秀吉信長の時代。スターウォーズとキャプテンアメリカ&その仲間たち。特にブラック・ウィドウに惚れてます。 そしてやっぱり最後はこの人、ブルース・スプリングスティーン。大好きです。    

先週22・23・24日の二泊三日で福岡戻ってました。これで、ブログの更新が遅れ気味になってました。月一の福岡戻りですが、東京での用事とのかねあいで、二泊三日しかできません。帰福のたびに、音楽業界関係者に会っては、地元福岡の人脈や生態系。はたまたメディア事情やマーケットの事を勉強しています。ま、福岡と東京を頻度多く往復している自分が、地元業界発展のために貢献できる余地が見つかれば嬉しいな、というだけです。

images (2)そして22日は到着後、実家に戻って空気の入れ替え&ひと息つけてSME福岡営業所へ表敬訪問です。所長さんと宣伝やってる女性にご挨拶で、福岡マーケットの事、色々と教えてもらいました。この営業所もかれこれ数十年同じビルにあるわけですよね。懐かしかったです。福岡戻った時に、地元情報系でなにかと相談できる仲間がいるって嬉しい限りです。

images (4)夜は某FM局のNO2と初めてサシで会食です。昨今のFM事情などもよく分かりましたし、地元事情の勉強になりました。それにしても彼が指定したお店に驚きです。うちの実家の真裏でした。昔から気になっていたホルモン屋ですが、これがうまいのなんのって、感動です。特にこの右の写真の鉄板で焼かれたホルモンですが、ふわぁとしていて口の中でスゥって溶けるほどです。日本一のホルモン屋との看板も数十年前から出てました。いやぁ、一人じゃ入りにくいけど、誰か誘って行こ、っと。
ダウンロード (2)23日は朝食を中学校時代の親友と一緒に、近くのロイホで摂ります。彼が最古の友達で毎月、生存確認としてこれを恒例化しています。昼は地元音楽業界で番組制作したりインディーズバンド面倒みたり孤軍奮闘で頑張っている若者とランチ。その後、ソフトバンク・ホークスの仲間(元会社の後輩)と一緒に大手広告代理店訪問です。1時間ほどお話して、終わって墓参り。その後、夜の番組出演までの間に、ちょっとご無沙汰していた地元音楽業界の知人と2時間近くお茶をしばきます。

そして20時からはいつもお世話になっているLOVE FM "STREET NOIZ"にゲスト出演です。中学高校時代にラジオから流れる洋楽を聴いて、結果こっちの道へ進む事になりました。その洋楽の伝道師、DJ松井伸一さんの番組に出演できるって感無量です。こういう楽しみがあると福岡に戻りにも気合が入ります。今年2回目でした。今回のテーマは”私のROCK  BEST20” 選ぶの楽しいですね、こういうの。POPS 少年に戻ります。

ROCKといっても、POPSでもなんでもあり、で心に刻んだ人生の20曲ってとこですかね。アーティストのラインナップは、こんなところです。それぞれどの曲選んだかは書くのが面倒なんで省略です。ま、それぞれのヒット曲ですが、ビートルズとストーンズはね、悩みますよね。Beatles ,Rolling stones,Chicago,Santana,Bruce Springsteen,Kinks,Beach Boys,CCR,BBA,ElvisPresley,RickNelson,Dave Clark five,T/rex,Shangliras,Led Zeppelin,
Yardbirds,Grand FunkRailroad,Cream,Derek&Dominos,Animals です。

unnamed (7)この20曲何度か書き変えました。嬉しい作業ですよね、こういうのって。今までの番組出演7,8回は全て自分が担当したアーティストのお話でしたが、今回は洋楽事始めの少年時代の思い出の楽曲ってところでございます。実際選んだアーティスト&楽曲もスプリングスティーン以外は全てこの業界に入る前のいちファンだった頃のものでした。

ダウンロード (3)ちなみに、今回はもう一方ゲストがいらして、ウクレレ奏者の海田さん。上の写真で左が海田さん。中がレジェンドDJ松井さん。彼は元はジャズ・ベースプレイヤーだとの事ですが今はハワイ音楽とウクレレがメイン。番組中に生演奏もあり、70センチ目の前でウクレレの響きを体感です。腕に鳥肌立ちました。私、クソ安いのもってますが、それなりのウクレレ欲しくなりましたし、この際ちゃんと覚えたくなりましたね。それにしても、この優しい音色、リラックスできますね。再認識いたしました。副交感神経を高める事間違いないです。

私、音楽業界に43年いるとは言っても、カテゴリー違うと全く接点はありません。こっち系はさほど詳しくないので今回の番組を通じて初めてお知り合いになれたのですが、なんと我ら団塊世代にとっては、手塚治虫さん同等もしくは、それ以上にあこがれる、あの漫画家ちばてつやさんの妹だんなさんですって。名刺に有名なキャラクターが何人か刷り込まれていました。ウクレレ生演奏もそうですが、この事実に感激です。何といっても、最初は”ちかいの魔球”と”紫電改のタカ”そして社会現象になった”明日のジョー”。”のらり松太郎””明日天気になぁれ”いまでもゴルフは太陽君のチャー・シュー・メンです。いやぁ、急に身近になっちゃいました。二宮光。滝丈太郎ですよ。


いよいよビリージョエルに会うのです。番組的には、このドキュメンタリー映像をおさえなきゃいけません。競争率が何倍だったか忘れましたが、ヴューワーがいよいよビリーとご対面という劇的な演出の為に、ドアの外で中からQUEでるのを待ちます。あこがれのアーティストに会えるという彼らの気持ちを思えば、なかなかなエキサイティングなものだったのでしょね。QUEでました。当選者連れてビリーが待つ部屋に入ります。

IMG_2630そして一歩一歩ピアノの脇に立っているビリーに近づいていきます。ま、これをMTVスタッフはシューティングしています。この映像を撮るのが松本君の仕事です。彼らは各自準備したおみやげ渡したり記念撮影したり。グーフィはビリーに話かけています。記憶もあやふやですが、30分滞在していたかどうかですね。マネージメントは長身の大男パブリシストのジェフ・ショックが仕切ります。

この写真、ビリーの横にいるのが、35歳の私です。その横がMTV制作松本さん。で、なななんだと?半袖だよ私!12月ですよ。NYだよ。驚きました。バカじゃねーのか。冬でも薄着で夏の恰好するってのが恰好いい、って文化ありましたっけ?ダウンジャケットはやり始めた頃、冬なのに若者はTシャツの上にダウン羽織っている、みたいなのは今にも通じるのかもしれませんがね、どうしたことでしょう、私の半袖姿。
IMG_2261じゃ~ん。今思えば秘密はこれね。着ているのがアメリカ空軍爆撃機のボマージャンパーですよ。JOURNEYのスタッフ用ツアー・ジャンパーです。この数年前のESCAPE日本公演のあとに、私とアキ森下君あてに彼らが送ってくれました。やたら重くて肩凝りそうですが厚革で内側ボア付きの超防寒の優れもので、当時毎冬これを愛用していました。で、下はセーター不要でベストで十分です。でもなにもね、半袖である事はないと思うのですが。unnamed (4)

このジャンパーは会社あてに届いたのですが、この高級革製品、通関時に結構な関税かけられてしまいました。数万円だって聞かされてますが、そこは外国部がどさくさまぎれて経費処理してくれましたのよ。ありがとございます。Oしまさん。

上の写真に写っている二人が若きグーフィと私です。彼はこの取材の模様を平凡パンチに独占インタビュー記事として書いてくれました。これもMゆきさんが保存していたものをドイツから送ってもらいました。ありがとね。みんなでチャイナタウンで中華食べた記憶はありますが、行ったっけ?ビリー取材では何度もNYへ出向いています。あれはいつの何だったけ?ってのが30年以上の時を経て、記憶がつながってひとつのかたまりになってます。Mゆきさん、違っていたら教えてね、と言ってもこのブログの改訂版はでませんが、、。
unnamedunnamedでね、この出張の時ね、CBSビルの真ん前の歩道で商売している少年がいました。NY風景のペン画売ってます。3枚で10ドルぐらいだったと思います。売れないと親方にしばかれそうな少年の事を心配したわけじゃありませんが、なかなかナイスなタッチで、何かの時に使えそうです。買うつもりです。一応ね訊いてみます。
①”このペン画、プロモーション資料とかフライヤーとかに使っていいかな?”②”もちろん何に使ってもいいよ”。
③”これ誰が描いてるの? ”④”知らない”って。

このペン画、帰国後もずっと机の中に眠っていましたが、その3枚のうち1枚は、のちに1989年STORM FRONTのアルバム資料の表紙を飾ってくれました。こんな感じです。ありきたりの画ではありますが、日本人誰でも好きな構図でのマンハッタンです。あ、もちろん10ドルの領収証はもらってませんのよ、ホホホ。

グーフィさん。32年前、こんな楽しい企画で一緒にNYへ行ったのね。元気でますように。

IMG_2631当選者3名。MTV制作会社の松本さん。ABCから上田さん。ジャーナリストのグーフィさん、ってキャラクターっかい!そして私の7名が成田空港NWのカウンター前に集合します。今でこそ普通に携帯電話ありますが、この時代緊急事態発生の時はどーしてましたかね?こういう出発当日、交通トラブルで遅れそう、とかの場合ね。高知と新潟の子は成田に前泊。特に高知の子は土佐市ですよ。

幕末フェチの私、この数年夢中に資料読み漁っているジョン万次郎の故郷訪ねて、1年半前に土佐方面行きましたのよ。遠いのなんの。高知の坂本龍馬空港から西へ車で2時間近くかかります。Mゆきさんからもらった当時の資料でこの子が土佐だと知りました。成田に来るまでが大変だったはずです。一番右がABCのUえださん。その隣が高知の子。そして眼鏡が私。白コートがMゆきさん。左が川崎の大学生。みんな元気してるかな?ま、修学旅行の気分だね。私が引率します。

imagesNYの宿泊はヒルトン・ホテル。このホテル、なにせ巨大過ぎて、まずチェック・イン&アウトが凄い行列。ベル・キャプテンもコンシェルジュもどこでも混んでます。そういうわけで大嫌いなんですが、まキャパシティはあるという事で、ゲストが多いときはいやいやながらも数回利用しています。マライア・キャリーの大デレゲーションの時もここでしたね。

ジンガイは納豆の臭い嫌いなので今はどうなっているのか分かりませんが、当時増えてきた日本人客用に朝食ブッフェに納豆がおいてありました。JTBからの要望ですね、きっと。これはこれで和食派の私には嬉しい限りですが、これがね一個一個ではなく、むき身のバラで山のように盛り付けてあるのよ。納豆の山。本当に直径1M高さ70センチくらいの綺麗な円錐形ね。芸術的なディスプレイでしたが、すっごく取りにくい、って。こういう納豆、バルクで購入してんのか?ってか。

話はこっちにずれちゃいますが、この時代のマッハッタンにあるホテルが提供する和朝食の可笑しさはなかったですね。たまに朝食メニューの中のジャパニーズ・スタイルってのがあります。焼き鮭は当然ですが、サーモングリルと書かれています。嬉しくてオーダーします。無茶クチャ焼かれ過ぎて固くなった鮭の切り身が出てきたり、味噌スープと言うのに、コンソメっぽい味でスープ皿で提供されたりね。期待してないけど、もうちょっと近づけて欲しかったですね。60年代じゃあるまいし、85年ですよ。あれだけ日本人いるんだから誰かに訊きゃ分かるだろ、ってね。
ダウンロード (1)まともな和朝食を食べたければ38丁目のKITANO HOTEL までタクシー飛ばして行くしかありません。それから5年後の1990年に豚骨ラーメンを提供する、博多の”めんちゃんこ亭”が55丁目にオープンしました。ここの和朝食がMVPです。焼き鮭。海苔。納豆。味噌汁の完全無欠の朝めし食いたくて、出張のたびに毎朝通っていました。下手すりゃ、朝昼晩ここで食ったって事、何回かありました。

NYに無事到着してマンハッタンまでタクシー分乗だったのか、MTVが車手配したのか、全く記憶にありません。Mゆきさん、このあたりの事覚えていたらコメントによろしくね。オフィシャルなイベントとしては、ビリーに会うのが全てですが、そこはMTV企画です。NYにあるMTV本社の表敬訪問もついてます。こっちの仕切りはもちろんABCですね。後は自由行動ですが、当時はまだまだ夜は危ない頃です。単独行動は絶対にしないでね、と言い含めます。私はCBSへ行って、コーディネートやってくれる、あのジュリアン・シャピロと打ち合わせです。ところで私はMTV本社行ったのかな?1ミリも記憶ありません。

いよいよビリーにご対面です。ヴィレッジのはずれあたりの賑やかでもなく、かと言って閑散とした倉庫街ほどではありませんが、古めの大きな建物に向かいます。このビルの広いペントハウスを長期借りてグランドピアノを一台置いてビリーは次作の構想を練っています。イノセントマンの構想&創作はセントラルパークを見下ろすホテル・サンモリッツでした。ゲネプロにも使えそうなくらいの広さはあったと記憶しています。(もったいぶって、もう1回続きます)




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