2024年10月01日
ディケンベ・ムトンボ氏が58歳で死去〜18シーズンにわたるNBA選手生活でオールスター8回にディフェンス王4回!!
1991〜2009年までの18年間にわたってNBAでプレイしたディケンベ・ムトンボが
58歳で亡くなりました。彼の死因は脳腫瘍であり、2年前に治療を受けていることが
発表されていました。コンゴ民主共和国で生まれたムトンボは身長218cmでもあり、
高さを生かしたディフェンスでも注目されました。ジョージタウン大学へ留学して、
こちらもNBAで屈指のCとなったアロンゾ・モーニングとのツインタワーで活躍した
ムトンボは1991年ドラフトでナゲッツから1巡目4位で指名されます。1年目の成績は
平均16.6点・12.3リバウンド・3.0ブロックを記録して、新人王は全体1位指名だった
当時ホーネッツのラリー・ジョンソンに譲るも、新人ながらオールスターの選出を
果たしました。オールスターにキャリアで8度ほど選ばれて、得点とリバウンドでの
ダブルダブル・アベレージはデビューから11年連続で続きました。93−94シーズンは
平均12.0点・11.8リバウンド・4.1ブロックの数字を記録して、初のブロック王となり、
3年連続でリーグのブロック1位となります。その年は8位シードでプレイオフに出て、
1位シードのソニックスを相手に3勝2敗で勝利する伝説のアップセットもありました。
ソニックスとのシリーズ突破を大の字になって喜んだムトンボの姿は名シーンです。
94−95シーズンは平均11.5点・12.5リバウンド・3.9ブロックの成績で自身初となる
ディフェンス王を獲得して、キャリア通算で3度の獲得となります。96年のオフには
ホークスへ移籍して、そこでもゴール下の番人として活躍して、2000−01シーズンの
オールスターゲームで22本ものリバウンドを奪い取り、イーストの勝利に貢献して、
直後にシクサーズへトレードされて、ムトンボにとって初のファイナルを経験します。
シャキール・オニールとコービー・ブライアントらを擁するレイカーズと対戦するも、
シクサーズはファイナル敗退となりました。シクサーズには02年まで在籍しました。
その後はネッツとニックスとロケッツを渡り歩いて、キャリア最後の5年に所属した
ロケッツでは中国出身でオールスターの常連となったヤオ・ミンのバックアップ役で
活躍していたのも印象深いです。ムトンボはキャリア通算では1196試合に出場して、
平均9.8点・10.3リバウンド・2.8ブロックとなります。通算ブロック数は歴代2位の
3,289本を記録して、通算リバウンド数では歴代20位の12,359本を記録しています。
引退後はナゲッツとホークスの永久欠番(ともに背番号55番)となり、オフコートは
慈善活動でも活躍しており、リーグを代表する人格者や紳士のイメージも強いです。
slam52 at 20:14│
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