ラジオドラマを書いている。

毎週、3~5分の短いドラマだが、
シティFMで流れている、れっきとした「連続ドラマ」だ。
題名は『ボクらの日本一周どんぶらこ』。
今回は私のオリジナルではなく、原作もの。

原作は、岡山に住む若い男の子が、きびだんごを持って日本一周する、
という「なんだ、桃太郎か」とツッコミを入れたくなるような旅の手記だ。
しかし、この「きびだんごを持って」というところが、実は深い。

日本一周の旅に出る人はたくさんいる。

この本に関わるようになってから、
「私も、ボクも、日本一周、行ったよ」という人に何人か出会った。
徒歩で、という人にはまだ出会っていないが、
「自転車で」とか、「車で」など、交通手段は様々だ。

確かに、すごい。
自転車で日本一周するとか、私には想像もつかない。
たとえ電車や車で行ったとしてもだ。

やったこともすごいが、まずは「やろう」と思いついたところからして凄い。
私なんて、そんなこと思いもつかないので、とっても尊敬してしまう。

だけど、こういう見方もある。
「意外と、みんなやってるね」

冷めた見方だが。

「お金と時間があればできるよね」
「やりたい人がやればいいじゃん」
「別に凄くないよね」

まあ、そうだ。
この豊かな国で、目的もなくふらりと放浪の旅に出る事は、
それほど「凄い」ことでもない。
やろうと思えば誰でもできる。問題は「行きたいかどうか」。
それだけだ。

ただ、どんな旅であれ、旅をした人は、いつも私に話してくれる。
そこで出会った人の事。

これが、凄い。
みんな、旅に感動するのではない。
人は、人に感動するのだ。

だから、「きびだんごを持って」は、深いのだ。

最初から、見知らぬ人に、きびだんごを手渡すことを予定している、
つまり、その旅は、日本の都道府県をすべて回る事ではなく、
日本のすべての都道府県に住む人に「出会う」ことを目的としているのだ。

深い。
実に深い。

原作者にとっては、日本は、そこに住む「人」そのものなのだ。


そんな原作者の思いが伝わるように、ラジオドラマを作ろう、

そう思いながら、うまく伝える事が出来るかどうか
今日も不安を抱えながらシナリオを書いている。