2002年、2003年の天皇賞(秋)、有馬記念を連覇するなどG気4勝、2002年、2003年のJRA賞年度代表馬を受賞し、種牡馬引退後は、千葉県成田市のシンボリ牧場に繋養されていたシンボリクリスエス(牡・21歳)は、12月8日(火曜)病気(蹄葉炎)のため、死亡したとのことです。
管理していた藤沢和雄調教師はこの馬でダービーを狙っていたようですが、結果からみると6戦して2勝のみの東京競馬場は不向きだったようです。ジャパンCではタップダンスシチーに9馬身3/4千切られていますし、500万条件でも取りこぼしています。強い馬だったとは思うのですが、どうにもあの9馬身が悪いイメージを作っているようで、あまり「強い」というイメージがありません。

不思議だったのは青葉賞の鞍上が本番ではタニノギムレット騎乗が決まっていた武豊騎手だったことでしょうか(そしてダービーではそのタニノギムレットに差し切られて2着)。秋の活躍があって最優秀3歳牡馬には選ばれましたが、一番欲しかったタイトルは手中にできませんでした。

種牡馬入り後は社台スタリオンSで繋養されましたが、Robert系らしく活躍馬は牡馬に限られています(ブライアンズタイムは例外)。自社生産馬でないせいか社台側も積極的にこの馬の血統を残そうという意思がなかったように思います。ダートG1を勝ちながら東京競馬場で誘導馬をやっているサクセスブロッケンが好例でしょうか。そしてエピファネイアが種牡馬入りするのと前後して社台スタリオンSを追い出される結果になりました。
<2016年ブリーダーズSS繋養時>