すろうらいふ音楽手帳

ゆっくり長く遠くまで旅をしよう

明けましたおめでとうございました(笑)

相変わらずぼちぼち更新です。

書きたいことが、ないわけじゃないのだけど、
なんとなーく、ブログからは遠ざかっております。

まあそんな時期もあります。
今年もがんばらないので(笑)、よろしくお願いします。


年の初めに、お正月らしい(?)動画を2つほど。



さださんらしい(笑)


こちらもなかなかのもの。




PPAPもピコ太郎も、流行ってることすらずっと知らなくて、
年末になって初めて見たという遅れっぷり。
でもこういう、音のリズムが面白い感じのは、けっこう好きだったりします。
リズム的には、ペンヌリサンポーサンポーペンが好きかなw

毎年貼ってるかもしれないけど、今年もこの曲を。





ほんとはこういうハッピーな画像だけじゃない方だよな、
こっちだよなと思って、こっちを貼りたかったのだけど、
戦争で傷ついた子どもや大人や、
ご遺体の入った映像もあるので、URLだけ貼っときます。
見るのが辛い人は無理せず、見られる人も無理のない範囲でどうぞ。

https://youtu.be/yN4Uu0OlmTg

いつからかわからないけど、
「風評被害」っていう言葉を聞くと、
どこか心の内がシクシクするような感じがしてしまいます。

これまで何度も書きかけて、書けずに降ろしてきたのは、
原発事故のこと。

原発事故について語るのがとても難しいのは、
あまりにもいろんな人が、いろんな形で、いろんな深さで、
傷つきすぎているからなのかもしれない。

作物や産物が安全なのかどうか、と不安な人もいれば
「安全なのかどうか」と思う人がいることで、不安になる人もいるし
「不安だ」と言いにくくてしんどい人も、いるのだと思う。

「風評被害」っていう言葉を使われると、
今回の事故で生まれた、
人それぞれのいろんな形や深さの不安を十把一からげに
「不安だって言う人がいるせいで、うまくいかなかったり
 辛い思いをしたりする人がいるのだ」
「不安に思うことが加害になるのだ」
と言われるような感じが、私はしてしまうのです。
感じ方には個人差がありますが。

自分が不安に思うことが、誰かを傷つけたり、
加害になったりしてしまう、となれば
どうしても「不安だ」と率直には言いにくくなる。

なんだか、窮屈だな、と思う。

原発関係の事だけじゃなくて、なんでもそうだけど
どこで安心するか、何をどれくらい不安に感じるかは、
本当に人それぞれ。
他人が決めることはできないから、
「これこれこうだったら安心するのが当たり前だ」っていうのも、ないはず。
「安心しないのは変だ」っていうのも、本当はないはず。

いや、他人が決めることはできないどころか、
自分自身ですら、どうにもできないのが「不安」ってものなんだと思う。

まして、原発事故や放射性物質のことになると
何がどのくらいだと、何にどう影響するのか、
確実なことってすごくわかっていないことなんだと思う。
それは、放射性物質の量や質のことだけじゃなくて
「それがどう表れるか、現れないか」には、個人差があるから。

だったら、不安になるのも、無理ないよね。

不安になりたくてなってる人なんて、一人もいない。
変な言い方かもしれないけど、
せめて、安心して不安でいられたら、少しは不安も減るのかもしれない。


と、ここまで書いて、
友達が「夕凪の街 桜の国」のことに触れる中で
その本の「いまだに わけがわからないのだ」という言葉を
引用しているのに出会いました。

それを読んで、
原発のことも、たくさんたくさんの人が、
わけがわからなくて、どう受け止めていいのか、
消化しきれないでいるのだろうなと思いました。


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