気が付けば高齢者

いつの間にか高齢者と呼ばれる年齢!

おととい、2018年5月16日(水)西城秀樹さんがなくなりました。

合掌

年齢は近いが私より若い。
ファンではなかったのですが、いて当たり前というスターならではの存在感がある方でした。
なくなられた直接の原因は、急性心不全ですが、2003年2011年と2度の脳梗塞を発症し病気にもかかわらず芸能界に復帰した生き方は立派なものだと感心していました。
高齢化が進み病気を抱えて生きる人が増えてくる時代にあってこれからどう活躍していくのか楽しみだったのに残念です。
ご冥福をお祈りします。

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同じく、5月16日に女優の星由里子さんが肺がんで亡くなられました。
享年74歳(1943年生まれ)。
美人で、お嬢様と言ったイメージの女優さんで、私たちなどの憧れの女性のイメージでした。
若大将シリーズへの出演で有名ですが、あのころ、若大将シリーズが始まった1961年、大学への進学率は今ほど高くなく、それなりのお金持ち、由緒正しい家系の子息令嬢が大学へ進学するという記憶もあります。

ちょっと調べてみると、1961(昭和36)年の4年制への大学進学率は、男女平均で9.3%と1割行っていません。男性で15.4%、それに対して女性はわずか3%です。しかもこの年は女性の大学進学率が初めて3%台に乗った年でした。

若大将は大学生だったが澄子さんは学生ではなかったように記憶している。










「なんのお祭りなのだろう・・・」

秋分の日。1948年「国民の祝日に関する法律」で制定。

「戦災」という言葉が出てきて、破壊とその後の再建のイメージがびんびん伝わってきます。

主人公の住んでいる家は、1920年ころたてられたという設定になっていますが、これは、大正9年。日本で初めて国勢調査が行われた年です。

門があり建てられて当時はひどく洒落た家、ばあやがいるということからそこそこいいうちのお嬢さんなのだと想像されます。ばあや、ねえや、女中さんなどというのは、住み込みで家族の面倒を見る女性で、実際にそうした職業の女性と会った記憶はありませんが、言葉は使われていたことを覚えています。
ちなみに童謡の「あかとんぼ」に「ねえやは15で嫁に行き」とあります。
「挽歌」のばあやは「40年近く」兵藤家にいるとのことですから、小学校を卒業して10歳前後で兵藤家に住み込みはじめ、小説上の現在は、50歳くらいなのではないでしょうか?アラフィフですね。

P9
百円紙幣は、私は使った記憶があります。
記憶が違っているかもしれませんが、東京オリンピックころまでは使われていたのではないでしょう
「ゴールデンバット」の略称です。
調べると、1906(明治39年)年の発売らしい。
値段は、今¥330!!
私が記憶しているバットの最安値時代は、¥30の時代です。

P.15
敗戦の年のよく翌年数えで15
と、いうことは、1933(昭和8年)年の生まれということなのでしょうか?
小説の設定が昭和31年だから、主人公は、23歳くらい?

P.53
兵藤家の開拓者スピリッツと没落
「曽祖父は、1870年九州から(北海道に)移住」
と、あります。明治維新が1868(明治元年)年です。
明治の初めの北海道ってどんなだったのでしょうね。
九州からというのには何か意味があるのでしょうか?

私が初めて北海道に行ったのは今から40年以上前です。
学生で金がなかったので、夜行列車をホテル代わりにしていたのですが、当時の鉄道などSLがかなり多かったと記憶しています。
学校の友人に留萌出身の奴がいて何日か泊めてもらいました。
友人の父上と話すこともありましたが、
「にしんがくると海に棒を立てられるくらい数が押し寄せた」
そう語る表情が今でもかすかに浮かびます。

たまらなく切なく、それでいていい年をしてこんなセンチメンタルな小説など。

でも、どうしてももう一度読みたい

原田康子さんの
挽歌 (新潮文庫)
原田 康子
新潮社
1961-12-04



アマゾンのレビューを見ると2018年とか17年とかごく最近投稿されたものもあります。
へぇーっという印象です。
ロマンチックというかセンチメンタルというかエキセントリックというか、いずれにしてもネット検索でビンゴというのとは違う世界を読む人がまだいるのですね。うれしい感じがします。

一部のレビューにもありましたが、「ママン」、「コキュ」などのフランス語や「ダンケシェーン」というドイツ語、「ハズ」という英語、こうした言い方って当時若い人たちは実際結構使っていました。
今の人たちにはその使っているときの感覚ってわからないだろうな。

小説って結構書かれた時代の雰囲気を漂わせています。そうでないものもあると思いますが、「挽歌」は時代を感じます。時代の雰囲気をうまく取り込んでいたからベストセラーになったのでしょう。

この小説が初めて出版されたのは、昭和31(1956)年です。

あの時代、欧米文化は憧れでした。
(私はまだ物心ついていない年齢だったのですが)

戦争が終わって11年。アメリカの圧倒的な豊かさ、経済の面だけでなくジャズやポップスや映画など文化の面でも、この豊かさを進駐軍を通じて思い知る。
荒廃したはずのヨーロッパからも実存主義みたいな哲学思想やシャンソンや映画と言った文化が入ってくる。

私が実際に知っている時代は、もっと下って、1960年代後半からですが、欧米文化はカッコよかった。
主人公がフランス語やドイツ語や英語をちょびっと使うのは、かっこいいから。それが時代の先端っぽいからでもあります。

ほとんど最初の部分で主人公が着ているのは、
「ピジャマ」
 
「パ」ジャマではなく、「ピ」です。フランス語なんでしょうか?


若い女性が「ピ」で、しかも、たばこ、今では最悪の発がん物質、を求めて父、パパの書斎に忍び込む。

しかし、見つけるのは「プリンス・アルバート」とか「ボンド・ストリート」

これ、パイプ用のタバコ、実は私昔、喫ったことがあります。

時代が進み、健康第一

ダンディズムはすたれ、寿命は延びる。
とはいえ、人間はいずれ死ぬ。死ぬ以前にボケるかもしれない。
小説の内容を分析するだけの能力はないから、小物を通じた時代回顧でもしていこう。




私が挽歌という小説を知ったのは、テレビドラマからでした。
NHKのドラマでした。
ウィキペディアで確認すると、1971年の銀河ドラマのようです。
桂木さんを佐藤慶さんが演じ、桂木夫人は小山明子さんという極めて豪華な布陣でした。主人公の兵藤怜子は木村夏江さんという女優でしたが、この人も良かった。
このドラマがよかったので本を買ったのですが、文庫本のカバーは確かこのドラマのスナップショットだったと記憶しています。
その文庫本は引っ越しの時処分してしまったようです。




酒ばかり飲んでいるせいだろう、体の調子が悪い。

ところが先日人間ドックに行って結果の概要を聞くとほとんど異常なし。
多少尿酸値が高いが問題とするほどではない。
胆のうにポリープができているそうだが、まだ小さい。これも問題とするほどではない。
挙句に、昨年までははっきりと見えていた胃潰瘍の跡も判然としないらしい。
数年前、肺がんを疑われたほど大きな影が見えた肺に関しても
「きれいです」
とのこと。

周囲には、私より若いにもかかわらず、大きな手術を受けた人間もいるのに、そろそろ高齢者と言われる私に問題がないのは、申し訳ない。

そういえば、私は若いころから生命保険に加入しているのですが、数年前、検査入院をしたときわずかばかりの給付金があったことを除けば、保険金を支払うばかり。
まぁ、
「健康でよかったですね。」
と、言われるのが一番いいのかもしれないが、今の貧乏状況を鑑みるに
”金は惜しかった!”

体調不良は、もっぱら腹に来ているのですが、酒は何を飲んでもうまい。

禁煙で浮いたかねをシングルモルトに注ぎ込んできましたが、貧乏を再認識して近頃は安酒。それでもうまい。

多少の体調不良で済むなら、酒、酒、酒!




神奈川県大和市が「70代を高齢者と言わない」宣言をした。
との新聞記事を見て、やっと数字だけで人間を区切らない組織がでてきたんだなと感じました。

年齢という数字で人間を分類するっていうのは、性別とか肌の色とか宗教とかなんでもいいのですが違いを際立たせて、こいつはこういう風に違っているから劣っているとかいう一種の差別ではないでしょうかね?

差別されればやる気も落ちる。

「ポジティブなメッセージを送ることで・・・いつまでも生き生きと活躍してほしい」
その思いが伝わってきます。

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