河合隼雄の中空構造とか話に出ていたのだが
そのようなことを考えた当時の日本の社会の特殊性がわかるだけで
日本社会という歴史を通じてのパースペクティブなどなにもないことが今になってみるとよく分かる

たとえば
現在問題になっている日大アメフト指導者、レスリング指導者、ボクシング指導者、
更に政治の世界で言えば権力者のお友達が優遇されて当たり前、
財務官僚は政治家を守るために文書改ざんまで実行する
そして権力者の気に入らない筋である文科省は次々に叩かれ干されて見せしめにされる

この状態は、近代政治思想の一部が理想として想定する理想市民のあり方ではない
倫理も法も公平で厳格な父親的思想もない
自己の利益とワガママとを一貫させているばかりで
いってみればヤクザ映画で描かれている社会そのもののようである

自分を歴史の中に置き直してみて
現在の自分のあり方を評価する態度がない
「自分は歴史の男である」とか言ったらしいので、まさにその観点が欠落しているのである

やはりユダヤ教的・キリスト教的神の不存在が決定的なのかと思う

妻が意見したからそれに従い自分は辞任する
などの話は実に「法」「社会」「広い共同体」の観念が欠落している

生育歴の中で反社会的勢力との交流があったと自分で話しているようで
その後の人生を見ているとそれ以上には発達できなかったようである
大人の体をしているだけである

ーーー
話はもとに戻って
日本の昔話に「日本人のこころ」が現れているだろうというのであるが
昔話の中にも現在の自分の夢想する日本社会しか見ていなかった

同じことは
河合隼雄の兄がサル学でやっていたことと同じだ
サルの社会を観察して発言していたことが実は発言者の周囲の現在の人間の社会を投影していただけであり
科学的観察ではなかった
現在ではサル山についての別の味方も提案されている
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「自分は歴史の男である」とか意味空疎な大言壮語する癖のある人間、しかし現実に子分を従えていて、子分たちは反発できない程度に支配されている状態についてなにか解説するのだが、
簡単な方法は、「一見するとAであるが実はその正反対のBが隠されていて、それを隠すためにAが強調されている」という程度の俗流心理解説がよく使われるので、ここでも応用してみると、
いくつも話が作れるだろう

強がっているけれども、本当はこころの弱い人なのではないか
子分が自分を慕っていると言っているが実は信用できなくて孤独で怯えているのではないか
強い父親的イメージを売り物にしているが実際は太っ腹な母親的態度で周囲を甘やかして、それと引き換えに自分の権力を築いてきたのではないか
など
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権力は理想的には恣意的運用を徹底的に排除し
一種の機関となり、個人的事情や恣意性は完全になくなるように運用するのが正しいと
勉強した人ならば心するはずであるし、周囲の人達もそのような観点で見守り、注意もするだろうし、
何より先輩にあたるの人たちの助言があるはずだろう
しかし耳に痛いことをいう者は排除する、これが独裁者の流儀でありいま日本社会にあふれている
心が発達不全の、体だけ大人という人達のなんと多いことか