牧師のひとり言

東京都国立市にあるプロテスタント教会の「牧師のひとり言」です。

【礼拝案内】
1月22日(日)主日礼拝午前10時30分より
説教題「自由への指針」

【教会学校(子どもたちの礼拝)】
午前9時〜9時30分まで
礼拝後に上級生、下級生(幼稚園生も含む)に分かれます。
教会学校は10時15分で終わります。

どなたでもいらしてください。お待ちしています。
聖書、讃美歌の貸し出しもありますので、初めての方はその旨受付にお申し出ください。

【「たまり場のぞみ」放課後フリースペース】
金曜日午後3時〜午後6時まで。出入り自由。無料です。
「おやつとケガは自分もち」を基本に、自由に遊べる場所です。
宿題を持って来て過ごしてもいいし、友達と遊んでもOK。
卓球台、オセロ、ジェンガなどちょっとした遊具があります。
隣は公園なので外で遊ぶこともできます。

【国立のぞみ教会 Address】
牧師 唐澤健太
〒186-0002
東京都国立市東3-15-9
TEL&FAX 042-572-7616
ホームページ http://kunitachinozomi.com/
Facebook https://www.facebook.com/kunitachinozomi
郵便振替 00190-7-48385 国立のぞみ教会

TPO

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昼間に所用があり目白にでかけた。

強風で飛ばされたビニールのせいで中央線のダイヤが乱れ土曜の昼なのに激混み。ゆっくり本を読みながら向かう計画だったのに身動き一つ取れない状況。ラッシュ時に通勤する会社員の方々には申し訳ないが、久しぶりにあの苦しみを味わった。

そもそも目白へは自転車で行くのが常なのだが、今回の案件はTPOが求められると思い電車にしたのに。あ〜自転車より何倍も疲れた・・・・・・。

それでも神学校時代に2年間住んだ目白の懐かしい風景も味わえたのでよしとしよう。よい土曜の昼下がりだった。

 
2017-01-21-12-24-42

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「真の文明は/山を荒らさず」

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 昨年末、嬉しいことがあった。冬休みの宿題を計画的に終わらせた娘が、「北の国から」を連続ドラマ(全24話)からスペシャルドラマ版の遺言(全8作)まですべて観たのだ。私は「北の国から」ファンで、何年もかけてDVD全作を集めている。

 「北の国から」の脚本はあの倉本聰だが、彼は「ヒトに問う」という小さな本を書いている。

ヒトに問う
倉本 聰
双葉社
2013-11-06





 この本は、倉本聰が東日本大震災を体験し、見聞きしてきたことを「愚者の拙い感想とレポート」として2011年夏から2013年秋にまとめられたもの。富良野の自然の中で生きる倉本は震災を経験するのかで改めて「ヒト」を問い、「ヒト」に問いかけている。この豊かさは本当に豊かさなのか?

 この中で倉本は東日本大震災後の原発の問題中心に、文明のことについて触れている。これを読むと「北の国から」が現代の文明に対する批判的なメッセージを「五郎さん」の生き方を通して示されていることが改めてよく分かる。

 (北の国からのセリフから)
「電気がない!? 電気が無かったら暮らせませんよ」
「そんなことないですよ」
「夜になったらどうするのッ!!」
「夜になったら眠るんです」

 東京から富良野に越してきたばかりの時の五郎さんと小学生の息子純くんとの会話の一部だ。娘も気に入った一場面だが、この場面を振り返りながら倉本は先の本でこういう。

 便利とは人間が自分のエネルギー消費量をできるだけ抑えることである。5メートル歩けばボタンを押せるのに、歩かずリモコンでボタンを押すことで、歩くエネルギーを使わぬことである。すなわち人間がサボルことである。

 人が生きる、という根本事態を金や仕事のおかげと誤認し、呼吸しているおかげであることをどっかに忘れてきてしまっている。僕は紛れもない愚者だと自認するが、物事の根本を忘れた賢者は愚者にも劣る「バカ」である。
(図書館で借りて抜書きしたもので、ページ数をメモしていなかったので、わからない)

 彼が富良野で開いていた役者たちを育てる「富良野塾」の塾生と渋谷の若者に「何が生活の必需品か」という質問をした。富良野の塾生は

1 水
2 火
3 ナイフ
4 食料

の順番で答えた。対する渋谷の若者たちの答えは

1 金
2 ケイタイ
3 テレビ
4 車

だったという。今から少し前のアンケートだったようだが、今も対してかわらないのではないかと思う。

田中正造の言葉の有名な言葉がある。
 
真の文明は
山を荒らさず
川を荒らさず
村を破らず
人を殺さざるべし
いま文明は虚偽虚飾なり
私欲なり
露骨的強盗なり

100年前の足尾鉱山事件のことをさしているのだが、1世紀がたった今、「今こそ」、世界規模で聞かなければならない「預言者的言葉」ではないか。

超大国で新しい大統領が誕生した。「いま文明は虚偽虚飾なり/私欲なり/露骨的強盗なり」と思える世界がこれからますますどうなっていくのか。私たち、「愚者にも劣る「バカ」」たちが、神からいま何を問われているのか。神の言葉に聞くしかない。それに従って生きるしかない。

 私たちは明日の主日礼拝からからしばらく「十戒」に耳を傾ける。主よ、私たちを憐れんでください。

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集中力

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 わたしは集中力がありません。一つのことをしていても、あれこれと気が散ってしまうことがよくあります。インターネットもよくありません。一つのことを調べていたつもりが、いつの間にか関係ないページに飛び、ネットサーフィン・・・・・・。それで何を調べていたのかもあやふやになっていることがわたしにはあります。読書にしても本によりますが、没頭していても30分くらいで頭が疲れてきます。読んだり、書いたりするわたしの集中力の持続時間は30分くらいのようです。長い時間、一心不乱に読書をしたり、長時間勉強できる人がうらやましいですが、うらやんでもできないものは仕方がありません。

 そこでここ最近、私が実践しているのは25分集中、5分休み、25分集中する。すると1時間の内、何かの作業をする時間は50分になりますが、集中している時間は長いように感じています。調べると、そういう作業方法を紹介しているものもありました。「ポモドーロ・テクニック」というらしいです。それによると作業25分、休憩5分のワンセットを4サイクルする。そこで長めの休憩を取る。そのためのアプリもあるようですね。アプリまでは使っていませんが、「この25分はこれに集中する」と決めて携帯のタイマーを使ってやる。もちろん電話がかかってきたり、誰かが訪ねてきたり、中断することもありますが、それ以外はやらないと決めるだけで集中できる時間は増えているように思います。その時間はパソコンもスマホもシャットダウン!  ・・・・・・どんだけに集中力がないのかと思いますが。

 あくまでもこれも一つの方法で、絶対的に縛られているわけではありません。それでも私にはこの方法はあっているように感じています。電話などに遮られないように、今年になってからまた4時に起きる朝方のリズムにしています。すると邪魔されること無く、集中する時間を朝の疲れていない時間に確保できるので、よいかなと続けています。ただ寒いので、布団から起き出る戦いを乗り越えなければいけませんが・・・・・・。

 集中力に難がある人は、短時間集中法をお試しあれ^^ 

 

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「ねこ派? 犬派?」 アンデレ会のお便り 1月

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 子どもの頃、ねこを飼っていた。最近では見なくなったが、昔は時々、道端に子ねこがダンボールに入って置かれていた。一匹の赤ちゃんのねこを拾い、母親に頼んで飼ったのが最初のねこ、ミィーヤだ。ミャミャ−と鳴くのでそう名付けた。次は三毛猫のタマ、最後は黒猫のクロだ。のぞみ教会では犬派が多いように思われるが、私はねこ派だ。犬はどうも苦手だ。

 「忠犬」とは聞くが、「忠猫」とは言わない。ねこは基本的にわがままで、勝手だ。そろそろ反抗期に入ってきた我が家の娘もどことなく似ているが、ねこは足元にすりよったかと思えば、ぷいといなくなる。いなくなったと思ったら布団にゴロゴロと喉を鳴らして入ってくる。なんとも気ままだ。「忠誠」より「自由」がねこの特性のようだ。


 「国境を
またいで猫は あくびする」(沢崎夏子)。東京新聞に毎朝掲載されている「平和の俳句」からの一句。国境をまたいで、おもいっきり背中を伸ばし、国境にこだわる人間を小馬鹿にするように大きく口を開けてあくびをするかつての愛猫たちの姿を想像しておもわず頬が緩んだ。


 この手紙が届く頃には、国境に壁を作ると豪語している男が超大国のリーダーに就任する。関税の壁を恐れて、大企業が次々と忠誠を表明しているように見受けられる。自国主義が強くなり、国境が人々を分断している。何とも息苦しく、酸欠になりそうだ。大きなあくびでもして、しなかなに、自由に生きる者たちでありたい。今年も、わたしはねこ派でいきたいと思う。 

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ことばに生きた人 マルティン・ルター

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 本屋で岩波新書に徳善先生の『マルティン・ルター――ことばに生きた改革者 (岩波新書) 』を見つけたので即買しました。今年は宗教改革500年の年、関係図書も多く出版されるでしょう。できるだけ読みたいと思います。 ルターは「ことばに生きた人」であったと冒頭で紹介されているように、この本は、「ことば」を鍵語にルターの生涯、宗教改革の出来事をまとめています。

1章 ことばとの出会い
2章 ことばが動き始める
3章 ことばが前進する
4章 ことばが広がる
5章 ことばを受け止める
終章 ことばに生きた改革者

 本書を通して言葉と格闘したルターの姿がかび上がってきます。

 著者のあとがきの言葉を記しておきます。
「キリスト教とは何か、宗教改革とは何かと考えるとき、問われているものは、突き詰めれば、人間の問題である。そして、いまこの問題を考えるとき、現代の人間にとって「ことばの回復」が、緊急かつ究極の課題だと思っている。このことを心の内に思いつつ、「ことば」が生きるために、生涯を賭し、歴史を動かしたルターの姿をここにまとめてみた。一人ひとりが自らの生き方の拠り所となることばをもち、そのことばに立って、生のどの領域でも、心を開き、心を込めて、語り、聴き、読み、行動することが求められていると思うところ切だからである」

 一読をおすすめします。



 

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