来週から牧師館のリビングと浴室の床などを修理するリフォーム工事が始まる。築年数がたち、あちこちに傷みが出ているのだが、そのうち私か、私に似てか徐々に巨大化しつつある息子が踏み抜いてしまいそうな床が数箇所あるのだ。

 今週は時間を作って荷物を整理し、棚を移動したりのプチ引越し作業。いまの牧師館に引っ越してから一度も動かしたことのないゾーンは、、、、、。ナウシカの腐海状態、、、。

 不要なものが出てくる出てくる。使うかなって思って取っておいても結局はガラクタとなって埋もれているもの多数。ほぼがらんどうになりつつあるリビングは、かなり広く感じる。多少の不便はあるが、生活はできる。いかに不要なものを抱えこんで生活しているのかと改めて思う。

 部屋の断舎離はやろうと思えば比較的簡単にできる。しかし、心の部屋はなかなか簡単にはいかない。捨てたと思っていても、なおも残り続けるものが多数ある。捨てることなんてできないし、抱え続ける悲しみだってある。自分でそれをなんとかしようとしてもできない。腐海のようなどうしようもない心の片隅がある。

 でも、そこにこそ私たちと主との出会いの場があると信じる。主はきれいに整った私たちの部屋に来てくださるのではなく、腐臭が漂うような、自分でもどうしても消すことのできない汚れを持っている部屋に来てくださるのだ。

 飼い葉桶の主は、きっとそのような方に違いない。私たちのリフォームはイエスさまにお願いするしかない。その時、私たちのどうしようもなく散らかった部屋も新しくなると信じる。

 

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