今週の読んでいた本の中に「作家が人間を好きでないなら、世間の人もまたその人の作品を好まない」という言葉があった。作家を説教者に、作品を説教に置き換えて読んだ。

 世間の人に好まれることだけを狙った説教、人に媚びる説教も問題だが、そちらよりも説教者として「人間を好きであるか」を問われた気がした。人間を無視して、無関心に説教する言葉は、聞き手に届かないし人間を嫌って説教することはできない。神様はこの上なく人間を愛してくださっているのだから。

 説教の聞き手を無視して語ることはできないし、神の言葉と聞き手の状況とを結びつけるところに説教の言葉が生まれる。さて、今度の日曜日の説教はどうなるかな……。

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