今日は娘の中学校の卒業式だった。新型コロナウィルスの影響で突然学校が休校になり、受験が終わった後のもっとも開放された学校生活を過ごすことができなかった。在校生の列席もなく、卒業生の合唱などもなく、行われた卒業式だった。娘は合唱がなくなり非常に残念がっていた……。

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 校長先生の式辞は、お決まりの内容で、何だかなと思いながら聞いていた。しかし、用意された原稿を最後まで読んだ――日付と自分の名前まで言った――後、原稿を胸ポケットにしまい、先生はご自分の言葉で語られた。突然、休校にしなければならなくなったこと、受験が終わりもっとも楽しい学校生活の時間を過ごせくなった三年生の思いに触れ、この卒業式を迎えるために先生方が心を尽くして準備してきたことなどを原稿なしに、その場の校長先生の言葉でお話された。

 短い時間であったが、それがとても良かった。それだけでも良かった。しかし、教育委員会からも人が来ている中で、校長としてのしなければならない挨拶の型というのもおそらくあるのでは、と妻はいう。

 この特異な状況の中で、毎年と同じ挨拶になるわけがない(もちろん毎年の卒業式がその回限りのものだし、その意味では毎年の卒業式が「特異」ではあるのだが)。原稿のまま、コロナのコの字も出てこないで挨拶が終わったらそれこそがっかりしたが、先生が最後に自分の言葉で今の状況の中で卒業してく卒業生に言葉を贈ってくだり本当によかったと思う。

 卒業生代表の別れの言葉は立派だった。素敵だった。今回のコロナ騒動の事を受けて「当たり前は当たり前ではないことを知った」と語った言葉が印象的だった。歌う予定だった合唱の歌詞にも触れ、最後は感謝を述べて挨拶を終えた。語り方、話の組み立て方などとても上手だったし、何より、自分の言葉で話している感じが伝わってきた。

 娘は幸いやりたいことをやるために高校を選び、その道が開かれた。思いっきり楽しんでほしい。もう一度どこかに戻れると言うなら、やっぱり私は甲子園を目指して汗を流した高校時代に戻りたい。娘にも充実した高校生活を送ってほしい。

 今日卒業した一人一人の子どもたちに神さまの豊かな祝福があるように、心から祈る。

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