2021年2月7日礼拝説教要約「屋根の上でいい広めよ」マタイ10:26−31

 「人々を恐れてはならない」(26節)。ここで主イエスは3回繰り返して「恐れるな」と語っておられる。それは、弟子たちが「恐れ」の中に置かれることを知っておられたからだ。16節以下では、主イエスは派遣する弟子たちが厳しい迫害にさらされることを告げている。弟子たちは会堂でつかまり、鞭打たれたり、裁判にかけられたりするだろう。厳しい迫害が予告されている。しかし、「人々を恐れてはならない。覆われているもので現されないものはなく、隠されているもので知られずに済むものはないからである。わたしが暗闇であなたがたに言うことを、明るみで言いなさい。耳打ちされたことを屋根の上で言い広めなさい」と主は言われる。

 「覆われているもの」「隠されているもの」「暗闇で言われたこと」「耳打ちされたこと」とは、とても秘密めいている。それは何か? それは主イエスから聞いた「言葉」である。神の言葉であり、キリストの十字架と復活の出来事であり、福音である。あなたがたはイエスが主であることを恐れずに大胆に告白しなさい。逮捕されるかもしれない。捕らえられて裁判にかけられるかもしれない。でも恐れるな。小さな雀も神様のご配慮の中にある。あなたがたの髪の毛一本も神の憐れみの中に置かれている。だから恐れるな。イエス様はここで「狼の中」で恐れてしまうであろう、弟子たちを励まされているのだ。

 私は先週、『香港の民主化運動と信教の自由』という本を読んだ。そこにはいま香港で起こっている信仰の戦いが記録されていた。私たちが祈りに覚えているW牧師も登場する。推薦のことばに「どの言葉も、執筆者たちがいのちを注いで発信した、魂の記録です」とあった。その通りであった。大きな政治的な圧力が加わる中で「イエスこそ主である」と「恐れずに」、「屋根の上で言い広め」ているキリスト者の証が記録されている。

 昨年、香港の牧師たち有志が、「香港2020福音宣言」を公にした。「イエス・キリストこそ、福音そのものである」という第一項から始まるわずか六項目の「宣言」である。この宣言は、「決して新しい教義を言い表すことではなく、むしろ教会の群れのために、古き信仰がこの時代にもっている意義を、新たに宣言することである」と言われている。まして特別な政治思想を語るものでもない。教会がこれまでに聞かされたこと改めて「明るみ」で、「屋根の上で言い広めた」に過ぎない。しかし、それが「国家転覆を目論む」と危険視された。起草者の一人であるW先生は香港を離れざるを得なくなった。ある牧師は、イエス様が予告された通り、法廷に立たされた。

 「しかし、神の言葉はつながれていません」(競謄皀2:9)。私は香港のキリスト者たちが「屋根の上で言い広めた」神の言葉は、つなげられていないことを改めて畏れを持って教えられた。迫害されればされるほど、神の言葉が、火の子のように広がっている。迫害が迫る中で、屋根の上で言い広められた神の言葉の出来事は、いまも広がっている。それは確かに、私のところへ届いた。香港での出来事、W先生を襲った出来事を簡単に理解することはできない。それでもなお「福音の前進に役立ったと知ってほしい」と語ったパウロの言葉を思う。「だから、恐れるな。あなたがたは、たくさんの雀よりもはるかにまさっている」。その言葉に励まされて、主を告白することの意味を問い、学び続けいたい。

【説教動画】


【説教録音】



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