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 つい先日この本を女房に勧められました。実は家にこの本が二冊あったのを随分前から気づいていのですがこれまで読み出すことはなかったのです。私と女房がそれぞれ買ったのか、それとも私が勘違いして二冊買ったのも今にしてみれば分かりません。1994年初版の本なので古い本ではあるのですが、「今、読んでも勉強になる」と女房言うのです。

 著者の辰濃和夫は、十年以上も朝日新聞の天声人語を担当しています。あの名物コラムの執筆者だったわけですから、文章を書く押さえどころが丁寧に解説されるだろうと冒頭から期待が膨らみました。

 それに、ここ数年私は文章を書くのに苦労していたので、読むべくタイミングだと思いました。私はその本を夢中になって読んで、そこら中にマーカーを入れたり、思いついたこともたくさん書き込みをしました。このブログではその中から、私に印象的だった二つの視点を紹介します。

 

   現場に軸足を置く

 著者が新聞記者なので、現場に対する意識の向け方はすごい。現場にこそ「本当」があるというのです。そのことを述べている箇所を引用します。

Ø  「現場に行く。現場でものを見る。見て、見て、見る。そのことの大切さはいくら強調しても強調しすぎることはないでしょう。読書百遍、意おのずから通ずという言葉がありますが、私は『現場百遍、意おのずから通ず』と思っています」(p27、同上)

Ø  「現場を踏めば、異質のものに出あえます。異質のものに出あい、驚く。その驚きが深ければ深いほど、文章は力をもちます」(p29、同上)

Ø  「雑多な現実であるのが現場です」(p30、同上)

 現場が雑多であるということは重要です。記事の書き手は現場にストーリーを見つけようとします。自分が考えるストーリーに、雑多である情報のいくつかが馴染まないこともあるでしょう。その時、その状態をどう考え、どう解釈するのか。現場は嘘をつきませんが、人は嘘をつきます。都合のいい方に解釈を歪めてしまうことがあります。そこで、記者ならば、どう現場に真摯に向き合うのかが問われます。

「現場でものを見る力、ものごとの急所を見抜く力は、鍛錬によってさらに強くなります。ものを見る鍛錬は野球の素振りのようなものです。これをしたからといってすぐに文章がよくなるわけでもありませんが、やらなければ、力が衰えることはたしかです」(p26、<広場無欲感>の巻、現場)

 その現場を見る力を鍛えるには、鍛錬しかないようです。そして、きっと現場の中にこそ、それを鍛える機会があるのでしょう。これは記者として、ジャーナリストとしての教えになるでしょうが、広く文章を書くものにとっても、書く対象になるものにどう向き合うのかを考えさせてくれます。

 

● ジャーナリストだった福沢諭吉

 もう一つ、私がこの本で面白いと思ったのはここです。ジャーナリストとしての福沢諭吉なのです。その視点から「わかりやすさの秘密」を4つのスキルとして教えてくれています。

 第一に、「・・・身の丈に合った言葉を使っていること」だと言うのです。

 諭吉は、「『文章を書くに、むつかしき漢字をば成る丈け用ひざるやう心掛ることなり』と書いています。難しい文字を使いたがるのは、文章が下手な証拠だ、下手だからこそさらに難しい字を使って飾ろうとしているのだ、文章を飾るだけではなく、『事柄の馬鹿らしくて見苦しき様』を飾ろうとしているのだ、となかなか手厳しい。『少年よ、気力を慥かにして易き文章を学ぶ可きなり』とも書いています」(p90、<平均遊戯品>の巻、平明(1))

 第二に、「・・・絵画的表現というか、書かれたことがそのまま次々と絵になって思い浮かべられることでしょう」。そしてこんな例文を紹介してくれています。「穢いとも臭いとも云うやうのない女で、着物はボロボロ、髪はボウボウ、其髪に虱がウヤウヤして居るのが見える。スルト母が、毎度の事で、天気の好い日などには、『おチエ此方に這入て来い』と云て、表の庭に呼込んで土間の草の上に坐らせて、自分は襷掛けに身構へをして乞食の虱狩を始めて、私は加勢に呼出される。(略)私は小さい手ごろな石を以て構へて居る。母が一疋取て台石の上に置くと、私はコツリと打潰すと云ふ役目で、五十も百も、先づ其時に取れる丈け取て仕舞ひ、ソレカラ母も私も着物を払ふて糠で手を洗ふて、乞食には蚤を撮らせて呉れた褒美に飯を遣ると云ふ極りで、是れは母の楽みでした・・・」(p91~92、同上)

 読んでいるだけで、その場面が目に浮かび、なんやらこちらまで痒くなってくるような気がしてしまいます。福沢諭吉はまさに稀代のストーリーテラーといっても過言ではありません。

 第三に、比喩のうまさがあります。こんな具合です。「たとえば絨毯のことを『日本で云へば余程の贅沢者が一寸四万幾千と云ふ金を出して買ふて、紙入れにするとか莨入にするとか云ふやうなソンな珍しい品物』とくどいほど念をいれて説明しています」(p92、同上)なんだか、イギリス人のユーモアのようなちょっと皮肉混じりになっているようにも思えます。

 第四に、口説きのうまさです。論理の明快さ、すなわち「つじつまが合う」ことを大切にした人と評されています。そして、議論を楽しむ人であったと。例えば、「赤穂浪士は義士か不義士か」で議論するとき、。「私はどちらでも宜しい、義不義、口の先で自由自在、君が義士と云へば僕は不義士にする、君が不義士と云へば僕は義士にして見せやう、サア来い、幾度来ても苦しくないと云て、敵に為り味方に為り、散々論じて勝つたり負けたりするのが面白いと云ふ位な、毒のない議論は毎度大声で遣つて居た」(p94、同上)。

 これはディベートです。福沢諭吉は、一つの問題をいつくからの視点でも考え、論じ、人を解くことができた論客であったことがわかります。考えてみれば、慶應義塾大学の総長であり、未だに慶応では、福沢諭吉ただ一人のみが先生と呼ばれます。日本に「弁論」という言葉を訳出した人でもあり、日本におけるパブリックスピーチの権化と言えるでしょう。

 

 ここまでは、福沢諭吉が分かりやすかった技術(スキル)的な面に注目していましたが、この後、そんな技術を駆使できた姿勢(マインド)に触れています。「諭吉が平明な文章を書くことができたいちばんの秘密は、『世の人になんとしても伝えたいという情熱』だったと私は思います」(p97、同上)。そして、それは、諭吉の文章は、「民衆への恋文」だったと言っています。

 その恋文(ラブレター)が文章を書くのにどういう意味を持つかということを、著者は、朝日新聞編集委員川村二郎の聞き書きとして、作家橋本治の言葉を紹介してくれます。

 「いいラブレターを書くには、自分を見さだめるのと、対象を見さだめるのと、自分と対象との間に関係があって、その関係がどういう意味を持つかということを把握して、しかもそれに希望的観測をつけ加えるってことをしなくちゃいけない。書けないでしょうね」(「朝日」199242日付夕刊)(p98、同上)

 私は過去何回かラブレターを書いたことがありますが、返事は毎回来ませんでした。この橋本治の教えがあれば状況は変わったかもしれないと思います。

 

 文章を書くことは、考えることです。そして、私たちの社会活動の全ての基本がここ、考えることになります。考えてみるまでもなく、私たちの生活は言葉にあふれています。言葉なしで生きてゆくことなどできません。その言葉は話されることもあれば、文字として書かれる場合もあります。今の世の中だから、スマホやタブレットで、テキストベースのやりとりが多いでしょう。そこで交わされる簡単なメッセージも言葉が主体です。だから、文章を書くことに真摯に向き合うことが重要になると考えるのです。文章を書く力は、書くこと以外に鍛える方法などありません。しかし、この本のように的確にヒントをくれる本はありがたいものだと感じています。

 

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