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 この本には極真空手の世界チャンピオンである山本由紀さんの生き様が綴られている。空手に関する話が多いが、考え方や姿勢は広く勝負にこだわる人の参考になる。そこには「道」に通じる哲学があり、「術」に通じる実学があり、「華」に通じる美学もある。

 私はトーストマスターズというスピーチを学ぶクラブで、全国コンテストの常連参加者であり勝負にこだわってきた。その戦いは極真空手のような激しさはない。それでもどこまでも自分と向き合う苦行のような時間が求められる。この本を読んだ時に、私のこれまでの準備や練習、そして最後の舞台のパフォーマンスをふりかえった。そして私は、山本さんの勝負に対する姿勢から自分の殻をつきやぶるヒントも見つけた。ぜひその一端をこのブログで共有したい。

● 勝負にこだわる

 山本さんは試合にこだわってきた。それは「極真空手」というフルコンタクト(直接殴り合う)の試合である。その凄まじさは生半可ではない。山本さんは、鼻の骨を折られても試合続行し優勝する。腕を折られてもひるむことなく戦っていく。気絶しても相手に対して戦い続けている。この人はワンダーウーマンなのか。まるで本能に突き動かされるように勝負にこだわり相手に向かっていく。

「なぜ、試合に出ることが大事なのか?」という問いに、山本さんは「非日常の中で日常をいかに再現するか」を知ることができるからだという。「たいてい、びっくりするんですよ。自分ってこんなんだったのかって。いくら稽古して強くなった気でいても、いくら技を習得しても、心が鍛えられていたかどうかは、分からない。その心がどれくらい鍛えられていたのかを、究極の非日常の世界がまざまざと見せてつけてくれるわけです」(p28、第1章、試合に挑む)

 できないときに人はいろんな理由をみつける。しかし出た実力だけが本当の力だと言い切る。どれだけ鍛えてきたのかが、試合という非日常の中で問われる。それがスピーチコンテストであっても同じだ。何百人もいる観客の前で短いとはいえ自分の時間となる。そこで「日常」を出せるか。

「試合に出て戦うというのは、その自分の心との戦いです。日々の稽古を非日常から日常に転換する作業。そして、その日常化した精神を、数分の非日常世界で再現化する。揺れ動く心の振幅をいかに狭めていくか。それが試合だと思っています」(p29、同上)

 こんな言葉が私の軟弱な心に刺さってくる。私のスピーチコンテストでの敗北は「非日常の中に日常」を出せなかった。それだけのことだ。

 空手は対戦競技である。だから試合では相手を倒すのが目的だ。それでも自分の心との戦いだという。対戦競技ではないスピーチコンテストなら、まさに敵は自分の心である。いろんな要因の中で心が影響を受ける。どう対処するか、どう対応するのか。その瞬間に問われた答えを出していく。

「相手に勝ったから強くて、相手が弱いから勝てたとか、そんな単純な世界ではない、別の精神世界が試合の中では繰り広げられているんです。だから、勝つとか負けるとかなんて実はどうでもいいことで、試合当日までの自分の生活そのものが、自分の試合を決定づけているんだといつも思っています。(中略)もっと言うと、試合のために稽古して、試合のために強くなる、というより、多分、強くなるのは試合が終わってからなんだと、いつも思っています」(p31、同上)

 まさにその日までどう自分と向き合ってきたのかがそのパフォーマンスを決定づける。そして、最後の言葉が納得できる。試合(コンテスト)が終わったあとから強く(うまく)なるんだと思えるからだ。

 山本さんが極真に見つけたものは、誰であっても「まずは強いこと、それが極真です」(p74、第2章 強さを求める)だというところ。「強さは生ものです。生鮮食品といっしょで、ほっとくとすぐ腐るし、痛みます。口八丁手八丁ではごまかせない強さを維持し求めていく姿が、空手道なんだと思います」(p76、同上)。

 極真の強烈にシンプルなところが、山本さんの考え方や生き方に合致したんだと思う。スピーチならば、「すごいスピーチ」をするかどうか、それだけだ。人の心を動かせる話ができたか。そんなことを追求していくだけの話なのだ。ガツンと蹴りを食らった思いがするのである、私は甘いと!

● 正義にこだわる

 この人は正義の味方だ。いつも悪者と戦っている。あるときは女性のため、あるときは介護老人のために。そんなエピソードに事欠かない。例えば、「硬質チェストガード」にまつわる話がある。

 空手はそもそも男性がはじめてきたものだから女性のことを考えられてない場合がある。例えば、女性の胸もほとんどガードするものはなく、スポンジのようなお粗末なものだったという。

「女性のオッパイにはクーパー靭帯っていう靭帯もありまして、激しい運動をすると、伸びたり切れたりします。チェストガードにはぜひ、ちゃんと乳腺をガードすることと、胸の動きをしっかりホールドするサポート力がほしいです」(p110、第3章 自分を貫く)

「乳房は脂肪組織が多く、血流も盛んですから、長期的な激しい刺激でガン化する可能性もあります。乳房の外傷からガン化した論文も発表されています。(発育途中の女子に対して)少なくとも、ガードは着けさせるべきだし、青少年に空手をやらせている以上、安全と健康に配慮するのは当然で、指導する側は空手の技で勝たせる指導をするべきだと思っています」(p115、同上)

 私は以前、山本さんが自身のブログの中で、赤黒くあざになった自らの胸を晒してその苦境を訴えているのを読んだことがある。極真というフルコンタクトをする空手だから起こるとしても、女性に対する配慮のない慣習に山本さんは怒る。そして自らが働きかけて、武具専門メーカー「イサミ」より、プラスチックでできた「硬質チェストガード」が開発され販売された。山本さんはたくさんの空手女子のおっぱいを守ってくれたヒロインとも言えるのだ。

 また、介護士として働いていた時のエピソードもある。あるとき、山本さんが勤めていた介護施設に新しい介護士がやってくる。しかしその男は老人を虐待する。それに山本さんは気づく。その施設長に報告してもなんら対策をとろうともしない状況に遭遇し本社に内部告発をする。その虐待をした男は即刻クビになるが、山本さんもその仕事を追われることになる。山本さんが告発した時に、社員さんに呼び出されたというのだ。

「『あんたね、若い人材の人生と老い先短い老人の人生、どっちが大事だと思ってんのよ! 大企業をなめるんじゃないわよ!!』

 とみんなに言われたのが、今でも胸に突き刺さります。

 あのとき、みけマンマは泣きました。あまりに悔しくて泣きました。こんなことを言われても、なんの抗議もできない高齢者がいかに多いことか」(p187、第5章 医療・介護への思い)

 山本さんが辞める時に、その老人に挨拶をしたら、高度の認知症で言葉も発せなかった人が、「いやだ、いやだ、いやだ」と言葉を発し、最後には「ありがとう!」と言ったという。一つの奇跡が起こった。このくだりなど涙なくては読み進めない。

● 人生哲学を極める

 山本さんは大学院の哲学科を出ている才女である。だから考え方がロジカルであり説得力がある。そしてブレない。例えば、ある新興宗教に勧誘された時の彼女の考えがすごい。教室の中に連れ込まれ、みんなに囲まれて入会へ誘い込まれる展開になる。山本さんは一人椅子に座られている状態、簡単に逃げられない状況になったときだ。その宗教に加入を求められて放った山本さんの言葉に私はしびれてしまう。

「私は、人間が世界に対して生きている意味なんてないと思っています。今おっしゃったように46億年もある地球に対して、100年も生きることすらできない人間に、世界が生きる意味を与えたとは私は思っていません。人は特別なのではなく、ほかの生物と同じように生き、同じように死んでいきます。それと同じように、誰かに生きる意味があって、誰かに生きる意味がないなんてあり得ないと思います。生きている意味は、自分自身で規定する以外、意味はなさないと思っています」(p142、青春の思い出)

「世界が誰かに生きる意味を与え、誰かに生きる意味がない、なんてあり得ないのだ。生きる意味なんて最初から誰にも与えられてなく、人はほかの動物と同じように生まれ、心臓をバクバクさせ、耐久劣化して死んでいく」(p145、同上)

 こんな考えを学生時代に言葉にできるこの人は何ものだろうか。哲学を追求した結果の達観なのか、強いものが生き残るという実学による悟りなのか。そんな考えがあるから「まず強いこと」を良しとする極真空手に潔さを感じたのだろう。男もなし、女もなし、ただ強いということが空手の奥義になる道であると。

 

 この本は凄まじい。生きる力が溢れているというべきだろうか。とことん向き合っていく。正義にこだわっていく。まさに、人生を戦い抜いていく魂の声を感じることができた。私は何ごとも極めるというのが唯ひとつの奥義であると学んだ。それが強さにつながる。それが生きていく意味を作り出していく源泉となるのだ。しかし、やはり思う、山本さん、あなたはワンダーウーマンなのか、と。


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