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樹は根に拠って立つ
されど
根は人の目に触れず (倉本聰)

 この人のドラマは心にしみる。何度見ても頰がぬれる。感情がつき動かされる。最近の本は「ドラマがあるけど、チックがない」と嘆く倉本だから「俺が書くのはドラマチックだからだよ」と言うにちがいない。そんな倉本聰が、40年以上付き合っていた林原博光と賢者たちに対談をしていく。学べるものは単なる知識ではなく、血がかよった知恵であり、湧き出る怒りであり、枯れない希望である。 「はじめに」で倉本はこう語る。「この本で諸氏に知っていただきたいことは、知識人たちの知識の中味もさることながら、それを知るには知ったかぶりをせず、己の無知をさらけ出して彼らとぶつかる度胸と勇気を持つことが大切である」なのだという。(p5、はじめに、『愚者が訊く』)。
 人は生きて行くと経験をつみ、賢くなったと考えたがる。わからないことには素直に聞くことは意外にできないので、ドキッとしてしまう。  
 パート2の「はじめに」で賢者の基準についてこう教えてくれる。「物事を零から考えている人。頭でなくて体で思想を実践している人、常にそもそもを忘れていない人。上品でも下品でも品のある人。知識ではなく知恵で行動している人。やっていることを楽しんで、ある種狂気をはらんでいる人」(p3、はじめに、『愚者が訊くその2』)  
 だからこそ「賢者は原点をしっかりと見つめている」し、だからこそ、悲観的になってしまう状況の中にも希望を見つけることができる。私はその対談のそばにこっそりとひかえて聞いているような気になった。そうなんだと思うことや、まったくわからずぽかんとしながらただただ聞いているような内容もあった。いくつかをここで紹介したい。

地球温暖化について
「・・・北極海の海氷が溶けても、アルキメデスの原理で、密度が軽いから、氷が沈み込んでる部分の水にしかならないんです。・・・ただ!北極の氷っていう時に、グルーンランドの氷を指した場合は、やっぱり、海水面がヤバいことになるんですね。(グリーンランドは南極と同じで大陸の上に氷が乗っている)・・・地球上にある氷の大半は、南極とグリーンランドにあるんです。・・・海の水が凍った流氷ってシャボンみたいなものですが、グリーンランドとか南極の氷っていうのは石鹸ですから、圧倒的に多いんです」(p80、大島慶一郎、海洋学者、「極地の海で今何が起きているか」、対談部分から大島氏だけの発言をひろって編集、『愚者が訊く』)
 何が本当で何がデタラメか。それを判断するのは簡単ではない。北極も南極も同じように私は考えていたが、そんなことではないと気づかされた。南極の氷が溶けると海水の塩分濃度が下がる。そうすると海の深層循環自体が弱くなるというのだ。そうなることで地球が太陽から受ける熱エネルギーを分散させていた機能が落ちてくる。日射がきつい赤道付近のエリアはさらに暑く、地球の両極はさらに寒くなるという。だから、地球の温暖化は同時に寒い地域はさらに寒くするという。そこで私は単純にわからないのは、南極やグリーンランドの氷は溶けないのではないかと思うのだけど事実はそうではないようだ。そのあたりのメカニズムは私はまだわかっていない。

人間の特性は?
「人間は生まれつき、感動の共有を本能的に求める特性があることが、それでも分かります。自分が見て感動した景色を、誰かに一緒に見て一緒に感動してもらいたい。同じ気持ちを持ってもらえる誰か、特に家族が傍にいることが嬉しくてたまらない。それはヒトかとして生まれた者の一番幸せな瞬間だと言えます。・・・感動の共有を一番一緒にしてもらいたい家族が、その時に傍にいないのが、今の社会です。『お母さん、見て見て、綺麗だよ!』って子どもが言った時、お母さんが『ホント綺麗だね〜』って一言応えるだけで、感動が増幅されてその景色は子どもの心に、一生の宝ものとして刻みこまれます。(中略)だから、今の視覚だけのデジタル情報蔓延の、経済最優先社会の弊害は、人間の根本を揺るがす危険性があるってことなんですね」(p182~3、山極寿一、人類学・霊鳥類学者、「サルを通してヒトを見つける」、この部分も山極氏の発言だけを編集、『愚者が訊く』)
 感動を共有する基本が家族だという指摘にはドキッとする。そしてそんな場が少なくなっているだろうことは容易に想像できるからよけいにドキッとする。そして世の中のいろんな場面で、その場にいる人がその場に属さないで、端末越しにどこかとつながっている光景を見ると、何を重要なことが共有できていないようにも考えてしまいドキッとした。それを考えると「人間の基本」揺るがされているのではないかと不安になってくる。

地震にまつわる思い込みが・・・  
 地震については、「プレートの境界が地震の巣と聞いたんですが」と問われて、河田は日本海側の地震(1964年新潟地震、83年日本海中部地震、93年北海道南西沖地震)を引き合いに出して、「これは北米プレートとユーラシアプレートの境界の地震」と解説する。「プレート境界地震。ところがこの境界の生成が、比較的にまだ新しくて、どっちのプレートが強いのかが勝負がついていないんです」と。「いずれどちらかのプレートが、沈み込む側か、跳ね上がる側になるかが決めるのですが。多少なりとも重かったり、移動速度が速かったりする方のプレートが、沈み込む側になる場合が多いんですが、今のところ互角なんですね。どっちが沈み込むかが決まっていないので、地震の時の津波も、第一波が押し波出きたり、引き波で来たりする場所が混在するんです」(p90、河田憙昭、防災研究者、「『想定外』を想定せよ」、同様に編集、『愚者が訊くその2』)
 震災の報道を聞いていて、私も大津波が来る前は、水が海に一度引いていくものと理解していたが、必ずしもそうじゃないとはじめて知った。そうじゃない場合、押し波でくる場合もあるというのだ。こんな説明を読んでいると、日本はいろんなプレートがかなさっているところにあるんだと知らせてくれる。そして、プレートの境界の生成が新しいからこそ、どちらが上になるかがわからないという。「新しい」といっても、地球規模の時間だろうからすごく長期なんだろうけど。ここのところの大きな気づきは、過去の津波の詳細な記録が人に勘違いを与えてしまう恐ろしさだった。それは一つのケースではあるが全てではないというのが、専門家から説いてもらってはじめてわかる。今、私がこのブログを書いているのは、昨日大阪の北部において震度6.1の大地震があったタイミングだから余計に怖く感じている。他にも、大地震が起こった時には、東海道は地面の上に線路を敷いているので、新幹線などはひとたまりもなく「即死」につながると河田氏は警告している。それに比べて東北新幹線はコンクリートで骨組みを組んだ上に線路があるので東海道ほど脆くないという指摘もあった。私はこれまで出張の時は空の移動よりも地面の方が安全だと盲信していたが、必ずしもそうではないと思い知らされた。

甘酒は飲む点滴!
「・・・甘酒は大変な食べ物なんです。蒸した米に麹菌をつけて米麹にして、お湯を加えて一晩置くと甘くなります。これが甘酒です。分析すると、甘いのは100%ブドウ糖です。米のデンプンが麹菌の糖化酵素で、ブドウ糖になります。さらに分析しますと、ビタミンB1,B2,B6、パントテン酸・イノシトールなど、優れた天然のビタミンが全部、甘酒に入っているんです。麹菌がビタミンを作っちゃうんです」(p247、小泉武夫、発酵学者、「発酵食品が育てた日本人の体と心」『愚者が訊くその2』)
 だから、飲む点滴だというのだ。都市で生活するというのは慌ただしい。食事などは外食で済ますことや、コンビニなどのお惣菜で済ませることも簡単にできる。栄養バランスを崩しがちになるし、生活リズムも不健康になりがちだ。そこで発酵食品が重要になるのだが・・・その代表格である納豆は、私は苦手なのだ。ヤクルトは飲むし、キムチも好きだけど、会う人会う人は異口同音に「納豆は体にいいよ!」と言う。私は関西生まれ、関西育ちなので、食卓に納豆が並ぶことはなかった。そんな生い立ちも手伝い、私がはじめて納豆を食べたのは大学生の時になるが、食べてみてダメだった。それから納豆は勘弁ねがっている。それでも「健康」を意識する年になって、嬉しい情報がこれだ。「甘酒は飲む点滴!」だと。私は好んで甘酒を飲む方ではないが、健康にいいのなら話は別だと思う。そんな知恵をいただいた。

 他にも、倉本と林原がさまざまな賢者にそもそもの「愚問」を投げていくこのシリーズは、学びが本当に多いと感じる。それともう一つ気づいたのは、やりとりされる中で、倉本や林原の意見も出てくるのだが、それがいろんなドラマや映画に「描かれている」ところが散見できるのだった。これは、私が倉本聰ファンだから「ドラマ」や「映画」をけっこう見ている。だから、ここの考えは、あのドラマのこのシーンであんな風にセリフになっていたとか、こっちのドラマの緊迫したあのシーンはこんな気づきが元になっているんだと見つけられる。それがなんかファンとして嬉しい瞬間だった。先日、何かの記者会見だったかもしれないが、倉本聰が車椅子に乗っていた写真を見た。考えてみれば、かなりの高齢になっているわけだからそういうこともあるだろう。ただ、一人のファンとしてはもっともっと、倉本ドラマを見てみたい。見るものの心の琴線に触れる「ドラマチック」な物語を書ける稀有な作家だと思う。


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