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 私は、「神話」と聞いただけで、なぜか、ひき込まれてしまう。「神」の「話」であるのだから、神々しく、神聖であり、霊気に満ちているからだろうか。そこはよくわからないのだが、脳みその奥の方からの衝動のように思える。だから、ジョーゼフ・キャンベルと聞くと、同じようにひき込まれる。心の深いところへと連れ去られるような気がして、一種の怖れに近い感情が芽ばえ、一歩、二歩と後ろにさがってしまう。かといって、走り去るのでなく、その場にたたずんでいる。それはキャンベルが語る世界に大きな好奇心を持っているからなのだ。

 そもそも神話とは何なのか。そんなことを追求したくてこの本を読んだし、今年の9月に開催したYokohama Book Cafeのテーマとしても選んでみた。そうして、あらためて神話というものが持っている意味深さを発見したのである。それを少し紹介してゆきたい。

● 神話とは人生の羅針盤

 神話は人に生き方を教えてくれない。人が生きようとしたときにヒントをあたえてくれる。人生で起こることの意味を教えてくれない。しかし、そもそも意味なんてないと教えてくれる。キャンベルは、「神話は人間生活の精神的な可能性を探るかぎ」であると言い、神話の定義を「意味の探求」ではなく「意味の経験」なのだと説く―「(神話の意味は)生きているという経験です。意味は知性に関わるものです。ひとつの花がある、その意味とはなんでしょう。(中略)意味なんてありません。宇宙の意味とはなんでしょう。ノミ一匹の意味とはなんでしょう。それはただそこにある、あるいはいる。それだけです。そしてあなた自身の意味とは、あなたがそこにいるということです。私たちは外にある目的を達成するためにあれこれやることに慣れ過ぎているものだから、内面的な価値を忘れているのです。<いま生きている>という実感と結びついた無上の喜びを忘れている。それこそが人生で最も大切なものなのに。」(p34

 このくだりを読んだときに驚いた。なぜなら、私は神話とは、人間が神という最大の存在を創造した物語(神が人間を作ったというのと真逆)だと考えていたからだ。だから、神話が「人生に意味はない」ということを教えてくれるとは想像もつかなかった。どうやら、私は「神話」について根本的に考え違いをしていたようである。それだけに、神話のメッセージを受け入れるには、意識変革が必要である。すなわち、意味を探るのをやめ、ただ、その存在を受け入れていく。そこには大きく意識が変わらないと許容できないものがある。この点について、キャンベルは言うには―「…自我や自己保存を第一に考えるのをやめたとき、私たちは、真に英雄的な意識改革を遂げるのです。そして、すべての神話はなんらかの意識変革とかかわっています。いままではこういうふうに考えていたけれども、これからは違う考え方をしなければならない、というわけです。(意識が変わるのは)試練それ自体によるか、または啓示による。そのどちらかです。試練と啓示とが最も肝心なものです。」(p224

 さらにこう続ける―「神話は、なにがあなたを幸福にするかは語ってくれません。しかし、あなたが自分の幸福を追求したときにどんなことが起こるか、どんな障害にぶつかるか、は語ります。」(p277)—神話は人生の地図であり、コンパスである。どちらも道具にすぎないので、自分で進む道を決める人には、役立つし必須のものである。だが、地図やコンパスに、自分が向かう旅先を聞いても答えてくれないのである。

●そもそも神話とは何なのだろうか。

 神話は、私たちの考えを一刀両断する。人生に意味を求め、自分の意味を探している人に、冷水を浴びせるようだ。意味を探すのをやめ、意味をつくれという。そんなことを言う神話とはそもそもなんだろうか、と思っていたら、キャンベルが「神話の正体」と言っている箇所をみつけた―「あらゆる神、あらゆる天国、あらゆる世界はわれわれの内面にある。それらは拡大された夢であり、夢は葛藤しているさまざまな肉体エネルギーがイメージの形で表れたものだ。それが神話の正体です。神話というのは、肉体器官のたがいに衝突しあっているエネルギーが象徴的イメージ、隠喩的イメージの形で顕現したものです。」(p8788

 ここのところがどうにもわからない。神話とは、私たちの内面、それも「肉体器官のたがいに衝突しあっているエネルギー」がおおもとであるというのだ。また、キャンベルはこうも言っている―「神話は歌です。それは肉体のエネルギーによって生気を吹き込まれた想像力の歌です。」(p62)そして読み進んでいって、「このことか!」と思えるところを見つけることができた―「情欲と恐怖。この二つの感情が、この世の生のすべてを支配している。情欲がえさで、死が釣り針なんですね。」(p248)—まさに、これらはエネルギーそのものだ。

 なるほど、「情欲」と「恐怖」ならば、確かに人の内面であり、肉体器官の作用によってもたらされるものである。そして、そのエネルギーはどちらもとても強いもので、そうそう簡単には制御できるものではない。この世の中でも、この二つを使いこなす人間は、どの社会にいたとしても、がっちりと主導権を持ち、その世界を牛耳ることになるだろう。それこそ、やくざが「情婦」を自分から別れられないようにする手管も「情欲」と「恐怖」を使い分けていくと聞いたことがある。そんな「情欲」と「恐怖」のことを語っているのが神話だと言える。

●いま私たちに必要な神話とは

 21世紀に入って、大きな物語がなくなった、と言われたりする。それが物語にしろ、神話にしろ、そういうお話の枠組みは、人々を包み込み、まとめてゆく。物語の欠如は、そんな枠組みの欠如を意味し、局地的な神話は、その局地間の違いを際立たせ、それこそ、自分たちの存続をあやしませる「恐怖」をもたらし、相手をつぶしてしまいたいという「情念」を燃やしていくのではないか。その点については、キャンベルはどちらかといえば、悲観的なコメントをのこしている―「…今日価値を持つ唯一の神話は地球というこの惑星の神話ですが、私たちはまだそういう神話を持っていない。私のしるかぎり、全地球的神話にいちばん近いのは仏教でして、これは、万物には仏性があると見ています。重要な唯一の問題はそれを認識することです。まず行動を、というのではありません。大事なのはただ、在るものを在るがままに知ること。そのあとで万民万物の友愛にふさわしい行動をすることです。」(p63

             ◆ 

 在るものを在るがままに知ること。まるで、ヨーダが語る言葉のように聞こえる。いや、ヨーダならば、「在るがままに知ること、在るものを。」なんて言い方をするだろう。いつまでも紛争が続いている地域がある。お互いが、自国の正当性を語って譲らない。自国がその土地を求めて主張している。そこに意味を持ち込み、その都合の良い意味を手放さないために、たくさんの人々のいがみあい、たくさんの人たちの尊い命が犠牲になってきている。だからといって、現状もつれてしまっているものは、簡単にはもとに戻せないし、簡単にほどくこともできない。そんなことも、神話の中に解決するヒントがあるのだろうか。おそらく、キャンベルはこう言うだろう。神話は何かの答えをくれるわけではない。しかし、その解決を踏み出そうとしたときに、そこに至るまでに遭遇する困難を教えてくれるだろう、と。


—目次情報

 

編集者からのごあいさつ

まえがき

第1章 神話と現代の世界

第2章 内面への旅

第3章 最初のストーリーテラーたち

第4章 犠牲と至福

第5章 英雄の冒険

第6章 女神からの贈り物

第7章 愛と結婚の物語

第8章 永遠性の仮面

訳者あとがき

—著者

ジョーゼフ・キャンベル

1904年、ニューヨークに生まれる。

コロンビア大学で哲学・神話学を専攻。

長年にわたりセイラー・ロレンス大学

で教鞭をとるかたわら世界各地の神話

の比較研究に多くの業績を残し、比較

神話学の第一人者として活躍した。

主な著作に『千の顔を持つ英雄』

『神話のイメージ』などがある。

1987年に逝去。『神話の力』は遺作。

ビル・モイヤーズ

1934年、オクラホマ生まれ。

アメリカを代表するジャーナリスト。

テレビを中心に活躍、現代の思想家

たちをテレビで通じて紹介したことで

知られる。『神話の力』のもののテレビ

シリーズの企画・政策を担当。

—訳者

飛田茂雄

1927年生まれ。早稲田大学大学院

博士課程修了。中央大学教授・英米文学

翻訳家。

訳書はJ・ヘラー『キャッチ=22』、

K・ウォネガット『母なる夜』など多数。

—奥付情報

書名:『神話の力』

発行:1992731日初版発行

   2005年6月3013版発行

発行:早川書房