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 この本は色っぽい。どのページを開けてみても、そのまま見入ってしまうように艶っぽい。だから、私はこの本を数年前に買ったけれど、読むというより、ときどき引っ張り出しては、気まぐれに開いたページを眺めて、その妖気にふれてうっとりとしてしまう。まさに書名のとおり、「色っぽい」本であり、そこで登場する人たちも、ぞくぞくするように「色っぽい」のである。

 ホスト役の松岡正剛を軸に、いろんな分野の人が登場する。活躍する世界は違えど、こだわりには通底するものがあり、その結果、誰もが「色気」を醸し出している。こんな企画が生れ出た背景には、日本の「色事」をリードとする、総合ペイントメーカー日本ペイントの存在がある。これは、日ペの会社PR誌『可視光』の創刊号とともに始まった対談だというのだ。年1〜2回の発刊だったので、この本が出来上がるまでに10年の歳月を要したことになる。私は、日ペが関わっていたところに業界をリードする会社の底力を見た気がしている。実は、私は10年間、建築業界で働いた経験があるのだが、そのときは、日ペと競合する建築塗材の専門メーカーに在籍していた。しかし、その会社ではとてもこんな企画など生れ出なかったと思うと、もうその業界から離れてしまっているのに、その巨人たる日ペに、嫉妬を感じてしまうのだ。

 さて、その色っぽさの一端をお見せしていこう。この記念すべき企画の最初のゲストは、ファッションモデルの山口小夜子である。もう、目にする写真がこの世のものとも思えぬ、妖しげな世界に取り込まれそうな、色っぽさが立ち上ってくる。そんな山口が色について語っている—「自分でいろいろな服を着てみて言えることは、やっぱり白か黒が、あらゆる色の原点だということ。そして、終点。白や黒に始まって、白や黒に終わります。」(p9、山口小夜子、ファッションモデル、セイゴオ・カラローグ1)

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 ※京都丸紅SAYOKO YAMAGUCHI着物『そして夢』パンフレット1990(p14)

 この人の手にかかえれば、人以上に人形だって妖しげな魅力を漂いだす。本で紹介される着物姿の人形は、まるで生きているようだが、人よりもはるかに端正である。着物も着ている人形と一体化していて、あやしげな生命の気を発しているようだ。人形作家の辻村ジュサブローは、衣装の色合いを探るときにまずは全体から入るというのである—「全体的にブルーだとか紫だとかグリーンだとかって決める。いわば舞台の性別を色で分けるんですよ。その芝居のもっている色合いっていうものがあるんですよ。全体としてのひとつの色を考えて、そのメインカラーを引き立てたり刺激したりするように衣装の色をつくっていく。補色を強調したり、いろいろそこから考える。」(p26、辻村ジュサブロー、人形作家、セイゴオ・カラローグ3)

 昨年の暮れ、NHKが特別版として『プロフェッショナル』を放映していたとき、この樂吉左衛門が話題の人だった。そのテレビの姿ではあたまはつるつるてんになっていたが、この本のときにはまだ、髪の毛はふさふさな写真だった。焼き物を作っていくときの時間の幅がとんでもなく大きいことに驚いた。出来上がる「色っぽい」茶碗は、これまでの伝統を突き破っているが、その基になっている土は、三世代を経ているということに、なにやらすごさを感じた。伝統という言葉をこえて、DNAのように血を通じて、次に生き残っていく「逞しさ」のようなものを感じた。それが、樂がつくる茶碗の「色気」の源泉なのだろう—「土は相伝ですね。三代前の曾じいさまが見つけて寝かせた土をつかっている。京都の伏見のほうに大亀谷というところがあって、そこから来ている。もちろんそこに自分なりに少し工夫をして、別の土を何割も入れたりすることがもあります。」(p59、樂吉左衛門、陶芸家、セイゴオ・カラローグ6)

 昨年、亡くなった石岡瑛子は、仕事に対する入れあげ方は半端ではない。それは、仕事に惚れこんで突き詰めていく。これも、NHKの『プロフェッショナル』で、ブロードウェイのスパイダーマンの衣装を担当したときの出来事を追っていたが、日本人としてこんな仕事人がいることを知って、誇らしく思ったものだった。そんな石岡の仕事に対する姿勢を語っている—「惚れるということは全部受け入れることじゃないし、全部拒否することが、惚れるというアクションになったりすることもある。相手がちがえば、自分のメソッドも当然変わってくる。そういうキャパシティを豊かに蓄えていくことがひとつの課題です。それに、過去の成功したメソッドを次のケースに押しつけるのは、私にとって最大の恥ですね。」(p117、石岡瑛子、ヴィジュアルアーティスト、セイゴオ・カラローグ11

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 ※映画『ドラキュラ』(監督:フランシス・コッポラ)のドラキャラのコスチューム、1991(p113)

 そして、この「色っぽい」話の最後を飾るのは、やはりこの人だった。美輪明宏だが、どの写真を見てもなんとも妖艶な姿は、女性以上に女性である。美輪の写真を見ているだけで、妖気に誘われてしまい、本の中に取り込まれそうになるようなオーラの風を感じてしまう。そんな美輪は、美しさに対してこういうのである—「『シンプル・イズ・ワースト』なんですよ。シンプルということは殺風景ということなんです。こうしてはならない、ああしてはならないと規制を設けすぎて、楽しくなくなっちゃったんです。ファッションも規制緩和するべきですよ(笑)。退廃の美とかゴージャスとか、洗練されたおしゃれのじつに微妙なバランスのあやうさ、一歩まちがえば悪趣味になるようでならない、そういう美の技法がなくなっちゃったということね。」(p249、美輪明宏、俳優、歌手、セイゴオ・カラローグ20

 これ以外にも、まだまだ色っぽいゲストをまじえた、艶っぽい話が展開していく。刊行されたのが、平成10年であるから、13年前になるが色気は、時を経たからといって失われるものではない。むしろ、発酵した結果、さらに人を酔わせるような色っぽさの純度が上がったようだ。私が、この本でいちばん色っぽいと感じたのは、この対談の主人の松岡正剛である。現在は、仙人然とした風貌だが、ここでの松岡は、髭もなく、艶やかな肌で、あか抜けたクリエーターのようである。それでも変わらないのは、煙草を愛して、煙の中から眼光するどく世の中や相手を見つめていることだろう。いやあ、色っぽい。そして、本のすべてが色っぽいのだ。色の道に関心にあるかたは、ぜひ、いちど、かぶれてみては!