2018年06月16日

毎度の無内容礼賛の諸石幸生さんに代わり、真実を書こう(笑)~カラヤンVPOのブルックナー交響曲第8番~エソテリック

  エソテリックによるカラヤン晩年のブル8への推薦文で諸石さんが、音の広がりとオーケストラ全体の響きの透明感という言い方をしてるんだけど、音の広がりと言ってもエソテリックのは、中低音を中心とした音の質感が大きく前へ出ているという事であって、ホールトーン的な空間的広がりは国内DGの正規盤の方が明らかにある。それと響きの透明感と言うが、高音の曇りの無さは明らかにDG国内正規盤の方があり、つまりエソテリックの方は肉質が豊かで、倍音が空間にふわっと解けていく広がりの方は、明らかに正規盤の方があるという事だ。DSC_1823

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2018年06月12日

平和を構築する者の条件とは、

少なくとも平和主義者であるかとかは、全然関係ない。池上彰レベルには分からんだろうがね。

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2018年06月09日

東京交響楽団・第3回八王子定期は大成功。比類なき小林研一郎の内面的悲愴交響曲~9(土)オリンパスホール八王子

これも全然批評いらないよな(笑)。今までと特に変わった事やってる訳じゃないんだが、とにかく一つ一つの訴えかけ、充実度が半端じゃない。如何に今の東響さんが充実してるかだろうね。決して鮮やかに進む悲愴交響曲ではないが、そんなの悲愴じゃないと言いたげに、一つ一つが内面に滲みる様に進む。ただアンコールのドヴォルザークのユーモレスクも含めて、深いが力は抜けてるんだよね。それによってまたオケが、深い鳴り方になるんだろうね。田部京子さんとのグリーグの協奏曲も、ちょっと悲愴と似た世界だったかも知れない。流麗さよりしみじみとした世界。今のコバケンワールドはいいぜ(笑)。オリンパスホール八王子は、最高の音響だ。  DSC_1797

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2018年06月03日

ブロムシュテットさんの幻想交響曲をEテレで拝見してんだけどさあ(笑)

ちょいとちゃんとカウントし過ぎの音楽じゃねえか(笑)  

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豊島区管弦楽団、第87回定期で和田一樹と難曲を見事に聴かせる~3(日)練馬文化センター

9月に日本フィル登場の決まった和田さん。劇的起伏の見事さはよく知られているが、あとは山場に至るまでの丁寧なアンサンブルによる、緊張感の蓄積が課題だと思ったが、至難のニールセンの交響曲2番、シベリウスの5番で、豊島区管弦楽団と、見事な成功を披露した。前者は交響曲としては脈絡が掴みにくく、後者もまた交響曲としては情景的に過ぎ、また特に後者は静寂の所など、市民オケでは緊張感が持続出来ないが、和田さんは単に立体的迫力を作るだけでなく、途中の過程が丁寧になった。ニールセンでの良く言えば多面性、シベリウスでの自然への畏敬の念の様なものが、よく描かれていたのではないだろうか。アンコールのシベリウス、アンダンテ・フェスティーヴォに至っても、叙情に溺れない、低音部への造形的な指揮で、それでいて一曲目の「レミンカイネンと島の乙女たち」同様、真摯な浄化も表現出来ていた。豊島管は大健闘‼。和田さんの御家族と記念写真(笑)DSC_1788

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日本フィルと海老原光の伊福部が素晴らしいぞ!

皆様、海老原光さん指揮によるSF交響ファンタジー第1番抜粋が絶妙。少なくとも過去の日本フィル盤のどれよりも、本質をついている。これで千円。必聴‼DSC_1783

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田中祐子とストルツマン、圧巻の内面的深さ。日本フィル最高‼~2(土)オーチャード

昨日の日本フィルの演奏会は大変な内容があった。聴きのがした人は大変な損失だぜ(笑)。ストルツマンのモーツァルトのクラリネット協奏曲は、かつての遊び心よりは祈りが優先したものになり、またコープランドの協奏曲は益々そうで、祐子りんの指揮がまたその内面的な音楽をサポートし、彼女の音楽がまた一段上がったように見えた。ウエスト・サイド物語のシンフォニック・ダンスなど、恐らく空前の闘争性で、今、迫力で田中祐子に勝る指揮者はいないを証明したが、曲の最後の浄化など、彼女自身がまるでストルツマンとなったようだった。日本フィルは大絶好調‼DSC_1779

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2018年05月30日

クラシックの明日を担う四人

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今日を最期に、ブログの諸条件に変化があり、今後は、新しいブログを書き終えた時、それと同じ原稿を、知人に送信する事は出来なくなる。

まあ私もここらで、ブログそのものを止めてもいいぐらいだ。日本最高にして世界最高の指揮者、汐澤安彦さんと小林研一郎さんの進歩はとどまる所を知らず、その両方を聴こうとする“ちゃんとした”音楽ファンも増え始め、私はもう、自分が書く意味すら失ないつつある。

さて写真は、この3/18に名古屋市民会館での、セントラル愛知響と中川区の合唱によるベートーベンの第九を、最も曲の真実に近く、しかも歌心満載で成功させた、指揮者の角田鋼亮さん。そして4/1のサントリーホール オープンハウスにて、横浜シンフォニエッタとのハイドン・チェロ協奏曲第1番フィナーレ等を、極限の繊細さと躍動で成功させた、指揮者の田中祐子さん。因みに、チェロ協奏曲での独奏は佐藤晴真さん。彼のニュアンスの繊細さもまた、ちょっと過去例がない程であろう。そしてそして、現在、恐らく世界でも有数の、響きの圧倒的美しさを誇る、既にコンクール1位獲りまくりの、未来のナンバーワンソプラノ、小川栞奈さん。

私がブログを止めても、この方々は不滅である事を、どうか御心のスミにでも留め置いて下さいませ。

ではまたいずれ(笑)


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2018年05月28日

楽壇の新・帝王、小泉和裕を追って。3/17(土)名フィルとの悲愴、そして今日、都響とのドヴォ7~市民会館&文化会館

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私は昨日、小林研一郎さんが、初めて上から下までガッチリした鳴り方のチャイ4をやり、交響曲としての威厳と品格を示したという話をしたが、今日の小泉さんと都響のドヴォ7は、もうそれどころの騒ぎじゃない(笑)

コバケンさんはカラヤンのブル8のリハーサルをベルリンで聴いた時、その響きの分厚さたるや、風格威厳、あたりをはらうという感があったと書いてらしたが、今日の小泉さんと都響は正にそれだ。カッコだけでなく、小泉さんと都響が本当に、カラヤンとベルリンフィルに見えた。あの天才指揮者がこれだけキャリア積むと、こんな音が出るのかと、現場でボーッとするしかなかった。勿論楽曲解釈は、この人お得意の「絶対的王道」というやつだ。

しかし待てよという気もしなくもない。ドヴォ7ってここまでドイツ的に、分厚くガッチリ鳴る必要があるのか(笑)、と思わないでもない。

しかし今や小泉さんが、特別独特な音楽はないにしても、ど真ん中の絶対的王道で、どの曲でもこれ以上ない鳴り方による快進撃を続けている事は確かだ。それがもっと成功した形になっていたのが、ずっと書いてなかったけど、3月に金山の市民会館で聴いた、名古屋フィルとの悲愴だ。

とにかく悲愴の弦であそこまで美しい響きを、私はウィーンフィルの実演(ショルティ、ゲルギエフ)でも聴いた事はない。王道安定路線の音楽だから、特別踏み込んだ表情はないのだが、逆に余裕を感じさせる“大横綱相撲”で、今現場で、小泉さんが引く手あまたなのはよく分かる。

彼が言ってらした“ザ・音楽”というのを、彼自身が出来るお歳になられたんだなあと、今日も上野での圧倒的拍手歓声の中で、感慨深く聴いた。

うちの親父は野球の監督だったが、「本当に強いやつは、セオリーだけでいいんだ」と言ってたけど、小泉さんて本当に強い男なんだね。昔より明らかに音楽は重くなったが、それもやはり、巨匠になったからだろう。凄すぎる(笑)


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2018年05月27日

書くのが楽(笑)。完全な横綱相撲。小林研一郎&日本フィルの、チャイコフスキー交響曲第4番~27(日)サントリーホール

64185a4c.jpg横綱と言っても、今日初めて横綱になったの。当日券がそれなりにあったり、脇の方はちょいと空いてるのが、彼のチャイ4には今まで定評がなかった事を物語っている。

私も彼のチャイ4を、特別素晴らしいと思った事は過去ない。マゼール、チョン、小泉、汐澤の鮮やかさを考えたら、彼のは表現的には地味だ。

彼がチャイ4や悲愴に過去、意外に定評がなかったのは、彼自身が持つ切実なまでの切なさと、曲自身が持つ、完全に構成されきった、古典的品格の様なものが折り合いがつかないからだろうと、私自身も今まで思っていたが、それは間違いだった。その意味で今日は、本当に勉強にもなった。

日本フィルとコバケンが過去この曲をやった時に、この曲の肝である、主要主題や伴奏音型の、単純にして執拗なまでの、それこそくどいくらいの反復、循環が、低弦等を基礎にして、これ程までにしっかり鳴った事はない。つまり曲の骨組みがしっかり鳴っていると、その合間合間に訪れる切なさや歌心はそれ程、曲の品格を崩す事にはならないのね。むしろ芸術的にも、いい緊張と弛緩のバランスを作り出す。今までのコバケンは、先ずこの曲において、土台がここまでガッチリ鳴ってない。それで色んな事しようとしてたから駄目だったのよ。

コバケンのチャイ4で一番おかしかったものの一つに、フィナーレのコーダの、それこそ最後の末尾での加速に、仕掛けるタイミングの無理がありすぎる場合があったのだが(そういうのは汐澤さんやチョンさんは本当にうまい)、今日のは極めて自然で、あれも品格に貢献したね。ちなみにあの最後の一撃に、打楽器を加える加えないの是非の議論があるが、私は全くその議論には関心がない。どっちだっていいそんな事。それが本質に関わるとは、私には思えないからだ。今日の日本フィルは、そこも見事だった。

「今年は大神田さんはコバケンさんをおだてる作戦ですか?(笑)」と、ある人に言われたけど、私はそんなに人は良くない(笑)。今年のコバケンは、いいからいいのだ。ただ、今日はとにかく日本フィルも良かった。オーボエさんの第2楽章での切なさなど、表彰ものであろう。感動した。


smj_ohkanda at 22:52|PermalinkComments(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 音楽